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24-14(新しい神14(キャナが来た理由3))

「お久しぶりですな。オセロ公子」

 クロが立ち去った廃屋で、オセロに声をかけた者があった。戸口に現れた人物を見て、オセロが破顔する。

「これはこれは。こんなところまで来られるとは、随分と仕事熱心ですな。巡察使殿」

 ゾマ市で会ったクスルクスル王国の巡察使、ダウニである。

「それともこちらに来られたのは、本業の為ですかな」

 こもった笑い声がオセロに応じる。

「わたしが紹介した御方が、恐れ多くもキャナ王国の執政殿を害そうとなされましてな。そのおかげで、すべての信徒が殺された後、何が起こるか見届けるという、子供の使いのような仕事を押し付けられましたよ」

「それはお気の毒なことだ。まだ酒が残っている。良ければ呑まれますか?」

「遠慮しておきましょう。ここであなた以外の誰かに姿を見られる訳にはいきませんからな。術を破られたのならともかく、酒の臭いで人に気づかれたのでは洒落になりませんからなぁ」

「だとしたら、何故、ここに?」

 首尾を見届けに来ただけなら、オセロの前に現れる必要はない。むしろ、現れない方がいい。

「愚痴を聞いていただきたくて参りましたよ」

「ほう」

 ダウニが睨めるように下からオセロの瞳を覗き込む。

「何故、討ち損じられたのかと」

「ああ」

 オセロの顔に理解が笑みとなって広がる。

「随分とあっさりこちらの依頼を聞いて頂けたと疑念を感じなくもなかったが、そうでしたか」

「オセロ公子でも成せなかったのですなぁ」

「人に頼るのではなく、巡察使殿がご自分でやれば宜しいのではないか?」

「彼の御方は、次席のお気に入りですからな。それに--」

「そもそも何者なのです、モルド殿は」

 ダウニの言葉を遮ってオセロが訊く。

 短く沈黙し、ダウニが苦笑する。愚痴を、いや、そもそもダウニの話を、オセロは聞く気はなさそうだった。

「”古都”の者も誰も知りませんよ。次席以外は」

 ”古都”の指導部は12人の委員で構成されている。しかし、委員のトップである首席はいつも不在で、”古都”を実質的に率いているのは委員の2番手、次席だとオセロは知っている。

「次席--。確か、ルモアという名の女性でしたな」

「ええ」

 ダウニが頷く。

「我が主の御神託があったそうです。次席に」

「惑乱の君の」

 ダウニが黙る。背筋を何かが這うような悪寒を感じた。仮にも信徒でありながら。

「よく平然と口にできますな」

 と、声を潜める。

「何がですかな」

 ダウニが首を振る。

「いや。あなたはそういう方だ。だからと見込んだのだが--」

「それで、どんな神託だったのですかな」

「……」

「ん?何かおかしなことを言いましたか?」

「いや」

 ダウニが気を取り直す。

「御神託の内容もまた、誰も知りません。しかし、御神託に従って次席はしばらく旅に出て、彼を連れ帰ってきた。どこで見つけたかも判らないが、見たことのない身形で、聞いたこともない言葉を話す彼を」

「あなたが聞いたことがないだけでなく?」

「”古都”の誰も聞いたことのない言葉だった」

「”古都”の誰も、ということは、”古都”の首席もですかな?だとしたらそれは凄いことだ」

「首席は知りませんよ。彼のことは」

「ん?」

「そもそも首席が”古都”にいらっしゃること自体が稀ではありますが、次席が会わせなかった。常に隠していた。何故か」

「ふむ」

「だが、彼の方は知っているようだった。首席を」

「言葉が通じなかったのに、何故、知っていたと判るのです?」

「首席のもうひとつの名を知っていたからですよ。言葉は通じなかったが、名は判る。誰かに会わせてくれと言っていると、察することはできる。

 シャッカタカーに会わせてくれと、フランに……」

 ハッとダウニが口をつぐむ。話し過ぎたと悟る。

「フラン」

 オセロが繰り返す。

「それが、”古都”の首席のもうひとつの名か」

「ご存知か?」

 そろりとダウニが訊く。

 オセロは明るく笑って首を振った。

「知らぬ名ですな」

 ダウニがほっと胸を撫で下ろす。

「ところでオセロ公子」

「なんですかな」

「あなたは何故、見聞官殿に会いに来られた?」

「わたしにとってはどうでもいい、この雑務を少しでも早く片付ける為ですよ」

「どういうことですかな」

「巡察使殿。あなたは、この城から新しい神の姫巫女が逃げられる、と思いますか?」

「いや」

 ダウニが首を振る。

「2万の軍勢で囲んでいる」

「無理だと?」

「あなたは違うお考えなのですか?」

「嬢ちゃんがいる」

「--森人の娘ですな」

「彼女なら逃げられる。周囲の森に紛れてしまえば、誰も追えない。森に逃げ込んだ狂泉様の落し子を捕まえられる者など、どこにもいない。

 彼女なら、姫巫女を連れてどこへでも行けるでしょうな」

「ふむ」

「それに彼女なら、誰にも悟られることなくハラ司令とイスール副司令を殺ることもできる。あの二人が殺られたらキャナは引くしかない。ここからではなく、クスルクスル王国そのものから。

 わたしならそうしますよ」

 ダウニが低く笑う。

「あなたなら、ご自分でキャナの本陣に正面から突っ込んで行かれる方にわたしは賭けますよ」

「ああ。確かに」

 オセロも明るく笑った。

「だから犬公殿に、わざわざあんなことを言ったのですよ」

「何を言われたのですか?」

「聞いておられたのではないのか?」

 オセロの問いに、ダウニが低く笑う。

「獣人と森人の娘、それに、龍翁様の英雄の話を盗み聞きするほどは、自信過剰ではありませんよ、わたしは。

 あなた方の姿を見かけて、話が終わるのを遠くで待っておりましたよ」

「なるほど。それはそうですな」

 オセロが頷く。

「わたしには新しい神がどこにいるか判ると伝えたのですよ。つまり、わたしには姫巫女がどこにいるかも判る、と」

「もしや、それは、いつわりなのですか?」

「いくさというのは、ある意味、騙し合いだ。あちらもわたしの言葉を疑ってはいるでしょうが、嘘と断言もできない。

 だとすれば、あちらの取り得る策は、ひとつしかない」

 ダウニの理解は早かった。

「--もしや、あなたを殺す?」

「わたしを含めた、こちらの英雄、3人を。姫巫女を守るには、それしかない」

「楽しそうですな。オセロ公子」

「ええ」

 オセロが頷く。

 笑って。

「オレは今、いくさ場にいる。血が滾る。やはりここがオレの生きる場所だと、実感していますよ。巡察使殿。

 だが--」

 オセロが、ダウニを指さすかのように湯呑を上げる。

「随分と楽しそうに見えますよ、貴殿も。巡察使殿」

「そうですなぁ」

 ダウニが頷く。

「新しい神に遭遇できる機会なぞ、そうそうあるものではない。しかも、信者を殺し尽くせばどうなるか、わたしの知る限りそれを記した書物も碑文も一切存在しない。

 楽しいと言うより、いささか浮かれていますよ。わたしは」

 オセロが嗤う。

「業の深いことですな」

 こもった笑い声が応じる。

「お互いさまと言っておきますよ。オセロ公子」

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