24-13(新しい神13(キャナが来た理由2))
「そんなこと、わたしがさせないわ」
静かな声で言ったカイトをオセロが見上げる。カイトの気配が濃い。怒りの余り、気配を消すことさえ忘れている。
「オレも、嬢ちゃんがここにいるっていうのが一番の障害だと思っているよ。嬢ちゃんの弓の腕はよく知ってるからな。それもあって、ここを立ち去ってくれないかと提案しているんだ」
カイトが首を振る。
「わたしはここに残るわ」
「そうか。仕方ないな」
「うん」
「カイト」
背中を向けたカイトに、クロは声をかけた。
「オレはもう少し公子さまと話していくからよ、レナンにそう言っといてくれ」
「判った」
カイトが歩み去っていく。霧雨の中に後姿が消える。
それを見送ってから、
「なぁ、公子さま、あんた、ひとりなのかい?ゾマ市までついて来てくれてた連中は一緒じゃないのか?」
と、クロは尋ねた。
「彼らは国に必要だからな。残してきた」
「ひとりぐらい無理にでもついて来そうなのにな」
「ガイ、覚えてるか?犬公殿」
「ああ」
「ガイとは、あいつがまだガキの頃に、あいつの父親の仇討ちの助太刀をしてからのつき合いでね。忘れればいいものをそれを恩義と感じているんだろう、あいつだけは、どれだけ言ってもついて来ようとしたんだよ。
仕方ないんで、足をへし折ってついて来れないようにした」
「ひでえなぁ」
「弟にはああいうヤツこそ必要だからな」
「なあ、公子さま。なんで、あんたが州公にならなかったんだよ」
「オレより弟の方が相応しいからさ」
「ホントかね」
「--モモは、元気にしてるか?」
「あー、悪いが知らねぇ。ゾマ市には行ったけど、いなかったからな」
「ゾマ市を出たのか」
「エルとマルと一緒にな。どこに行ったかは、オレも知らねえよ」
「そうか」
オセロが手元に視線を落とす。
「エルとマルが一緒なら、心配することはないだろう」
「迎えに行かねぇのかよ」
オセロがクロを見返す。驚いている。
「迎えに?」
「そうだよ」
「考えてなかったな」
「待ってるんじゃねぇか。あんたが来るのをよ」
オセロが湯呑を口に運ぶ。
「モモは賢いからな。オレよりも」
「そういう問題じゃねぇだろ」
「そうだな」
小さく頷いてから、オセロが笑みを浮かべる。
「それで、犬公殿はオレに何を訊きたい?」
訊きたいことがある。だからカイトを先に帰して、クロはひとりで残った。と、オセロは察している。
何を訊きたいのかも、予想はついている。
「ゾマ市で世話になったって思ってくれてんのなら、教えて貰いたいことがあってね」
「ここに来ている軍の規模か?」
「ああ」
「話すと思うか?」
「思うよ」
確信を込めてクロが言う。
「あんたなら」
オセロが苦笑する。
「よく判っているな、犬公殿。オレのことを」
オセロが湯呑の酒を呑み干す。
「2万だ。犬公殿」
クロは嘆息した。
「よくもまぁ、そんなに連れて来たもんだ。こんな田舎によ」
「長く帯陣するのはムリだな。だからとっとと片付ける。明日、5千で攻める。残りはひとりも逃がさないよう周囲を固めている」
「もうひとつ、いいか?」
「ああ」
「そっちにもいるんだよな。英雄が」
ロールーズの街では、新しい神の存在を隠して不意打ちをすることができた。だが、すでに新しい神の存在は知られている。だとすると、既存の神の力を与えられた英雄がいる可能性があった。
「それともキャナの軍だ。英雄なんか、いねえのか?」
オセロが首を振る。
「キャナと洲国の混成軍だ。いるよ。龍翁様の英雄がな」
「何人」
「3人だ」
「そうか。3人か」
クロが安堵したのがバレたのかも知れない。
「新しい神の英雄より、龍翁様の英雄の方が力が強い。信徒の数が違うからな。それは判っているかい?犬公殿」
と、オセロは訊いた。
「判ってるよ」
「それと、もうひとつある」
「なんだよ。公子さま」
「同じ英雄と言っても、地力が違えば英雄になった後の力の差も変わってくる。そうだな、例えばだ、英雄になれば力が倍になると考えて貰えば判り易いだろう。
1の力は英雄になっても2にしかならないが、2の力は4になる。元々が4なら、英雄になった後は8だ。
だから安心しないでくれ。
何せ、こちらにいる龍翁様の3人の英雄のうちのひとりは、このオレだからな」
「あんたが?」
「ああ」
「ウソだろう」
クロの声には嘆きがある。
「悪いな」
クロは、「はぁ」とため息を落とし、「助かったよ、公子さま。礼を言うよ」と立ち上がった。
「犬公殿」
「なんだい。公子さま」
「夜陰に紛れて逃げようというのなら、諦めた方がいい」
「どうして」
「オレたちには、新しい神がどこにいるか判る。新しい神がいるところに、信徒は、姫巫女はいる。
だからさ」