24-12(新しい神12(キャナが来た理由1))
「元気そうだな。公子さま」
正門からカイトと二人だけで出て、クロはオセロに話しかけた。静かだった雨はいつの間にか霧雨となっていた。
「犬公殿と嬢ちゃんもな。ちょっと呑まないか?あっちにいい具合の廃屋がある。犬公殿がいるって聞いて、オム市でマララ酒を仕入れてきた」
「相変わらず、気が利くねぇ」
と言って、クロは城壁の上のレナンに「ちょっと行って来るぜ!」と叫んだ。
昔は城の一部だっただろう廃屋に腰を据え、クロとオセロが向かい合って座り、カイトはクロの後ろに立った。
湯呑を置き、オセロが酒を注ぐ。
「で、なんでアンタがこんなトコにいるんだよ」
「どこから話せばいいかな」
オセロが湯呑を口に運ぶ。
「犬公殿たちと別れてから、モルド殿に会ったよ」
クロが湯呑を持つ手を止める。
「モルドってキャナの?執政のこと?」
「ああ」
「何のために」
「殺すつもりだったんだ」
オセロがマララ酒を喉に落とす。
クロが嘆息する。
「互助会を潰したのは、それが狙いだったのか」
「ああ」
「オレはてっきり、あんたは、キャナをバックにつけて、ザワ州の州公の椅子を狙っているんだと思ってたよ」
「州公にはなるつもりだったさ。ザワ州はオレのモノだからな」
「誰かのモンじゃねぇだろ。国はよ」
「いいや。オレのモノさ。父だろうが兄だろうが好きにさせるつもりは毛頭なかった。もちろんキャナだろうが、な」
「だから殺そうとしたのか?モルドを」
「頭を潰す。それがいちばん手っ取り早いからな」
「ホント、物騒なお人だな、あんたは。自分のモノに手を出したから殺そうって、発想がちょっと子供っぽ過ぎるんじゃねぇ?
でもよ、モルドが死んだ、なんて話は聞いてねぇぜ?」
「しくじったからな」
「つまり、やってはみた、ということなんだな」
「ゾマ市で互助会を潰して、”古都”の魔術師に会った。その魔術師にモルド殿と会う手筈を整えて貰ったんだ。ザワ州を餌にしてな」
クロが嗤う。
「それで、失敗したと。ま、モルドの部下がいたんじゃあ、流石のあんたでも手は出せなかったってことか」
「モルド殿とは、サシで会ったよ」
「サシで?」
クロがオセロを見返す。
「そんなことできんの?フツウしねぇだろ。一国の大将が。それに、一対一で会って、あんたがしくじったっていうのも、ちょっと信じられねぇよ」
「信じられないのは、オレも同じだ」
「どういう意味だよ」
「モルド殿と会って、話を聞いた。聞くフリだけだが。
”古都”もどうやらモルド殿を持て余しているらしいと知ってね、興味があった。
それで、話を聞くだけ聞いてから、モルド殿を斬ろうとした。
だが、できなかった」
「どうして」
「オレにも判らないんだよ、犬公殿」
「はあ?」
「『貴殿にわたしは斬れない』とモルド殿に言われたんだ。そう言われると、何故か剣を抜く手が鈍った」
「斬れないって言われただけで?」
「不思議なことにな」
「わたしも似た話を迷宮大都で聞いたわ」
カイトが口を開く。カイトの気配が薄い。オセロを警戒している。初めて会った時よりも強く。
だからか、話すカイトの声に、いつにない落ち着きがある。
「迷宮大都が百神国と洲国から攻められた時に、迷宮大都の人たちが、その、モルドという人の言葉に逆らえなかったって」
「ただの世迷い言かと思っていたんだがな」
オセロが頷く。
「それでも剣を抜いて、モルド殿の首に突きつけはしたが、それ以上はどうしてもできなかったよ」
「魔術か?」
「呪を唱えている様子は微塵もなかったな」
「ふーん」
興味なさそうにクロが応じる。
「それで、どうなったんだよ。モルドに剣を突きつけた。だったら普通はそこで死んでるだろ、あんたの方が。
それなのに、どうしてこんなとこにいるんだよ」
「気に入られてしまってね」
「誰に」
「もちろんモルド殿にだよ。犬公殿」
クロがため息を落とす。
「そんなことで気に入るなんて、モルドもやっぱり、カワリモンだねぇ」
「そうだな」
「で、それから?」
「モルド殿に手伝って欲しいと言われたよ」
「何を」
「全ての神々を、この世界から立ち去らせることをだよ」
「あなたは神々を恐れていない。神々でさえ見下している。わたしと同じだ。そう言われたよ」
低くクロが笑う。
「人を見る目はあるんだな。モルドは」
「犬公殿と同じく、な」
「なあ、公子さま。アンタは、ホントにモルドが、全ての神々を立ち去らせることができるって信じてるのか?」
「判らないな。ただ、モルド殿が本当に、全ての神々を立ち去らせようとしていることは確かだ」
「はっ」
クロが声を上げる。
「いっちゃってるねえ」
「おれもそう思う。モルド殿は狂ってる。だが、狂っているのは、モルド殿だけじゃないさ」
短い沈黙の後、クロは、
「で、オレたちに何の用だい?」
と訊いた。
「できれば、ここから立ち去ってくれないかと思ってね」
「どうして」
「ゾマ市で世話になったからだよ。それに、嬢ちゃんはモモの友だちだ。死なせたくはないからな」
「なぁ、公子さま」
「なんだい?」
「ここに迫ってる軍がいるって聞いたんだ。公子さまの話からすると、それ、キャナの軍なんだな?」
「ああ」
「キャナは、どうしてここに来たんだ?」
「犬公殿は知ってるか?新しい神が最後にどうなるか」
クロの問いに、オセロが質問で返す。
「”門”の向こうに追いやられる、って話なら知ってるよ」
「その通りだ。
新しい神は信徒の祈りから逃れられない。だから、新しい神を縛るのに必要なだけの信徒を残して、残りの信徒は殺す。そうして、”門”の向こうに信徒ごと追いやる。
だが、もし、全ての信徒を殺したらどうなるのか」
「全ての信徒を、殺したら……?」
「そうだ。新しい神の力は、信徒の数に依る、とも言われている。だから、新しい神の討伐には、まずは信徒の数を減らすことに眼目が置かれる。
しかし、新しい神の力が信徒の数に依るのなら、そもそも、全ての信徒を殺してしまえばいいんじゃないか。
それなのになぜ、そうしないのか。
そうしない理由が何かあるんじゃないか。
と、”古都”の魔術師の誰かが考えたんだろうな」
クロは慄然としている。
「つまり、キャナの軍がここに来たのは」
喘ぐように声を絞り出す。
オセロが頷く。
「新しい神の信徒を全て殺したら何が起こるのか。オレたちは、それを確かめに来たんだよ」