表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/233

24-2(新しい神2(フウが待つ街へ2))

 シンクの知り合いだという男に馬車を出してもらった。

 最初、男は、「キュリに恨まれるから」という理由で渋ったが、結局、カネの力で納得させた。

 途中、カイトは、トワ郡から歩いて来る多くの人々を見た。荷車を引いている者もいれば、子供の手だけを引いて何も持っていない者もいる。

 誰もがひどく疲れて見える。

「あの人たちは、何?」

「いくさから逃げてきた人たちだよ。家を焼かれたりしてさ、住むところを失くしたか、それとも、いくさに巻き込まれて死んじゃう前に逃げ出して来た人たちさ。

 クスルクスル王国と反乱軍の騒動だけじゃなくて、キャナが攻め込んで来るって噂もあるしね」

 カイトはタルルナから聞いた話を思い出した。紫廟山を越える際に、平原王について聞いた時だ。

「前に、大平原の国は洲国と同じで、よくいくさを起こしているって聞いたことがあるわ。その度に苦しむのは民人だって。だから、平原王は、大平原からいくさを失くそうとしているって。

 民人が苦しむって、ああいう人たちのことなのかな」

「いくさを失くすためにいくさをするっていうのも、変な話だよねぇ」

「うん」

「逃げて来る者もいれば、そうでない者もいるよ」

「えっ?」

 トワ郡の手前で「これ以上はゴメンだ」と馬車の持ち主が強硬に主張し、トワ郡には徒歩で入った。

 トワ郡に入ってすぐ、カイトはシンクの言葉の意味を知った。

 野盗に出会ったのである。

 ただし、野盗はカイトたちを襲ってきたのではなく、トワ郡から逃れようとしていた人々を襲っていた。

「コイツら、身形がいいよね。多分、タリ郡からの出稼ぎ組だよ」

 シンクが話す先で、野盗はすでに死体になっている。

 カイトが射抜いたのである。

 襲われていた人々は野盗が倒れるとすぐ、関わりになることを恐れるようにタリ郡へと逃げて行った。

「さっき逃げて行った人たちは、ま、善良と言っていいかなぁ。オレなら絶対そんなことしないもの」

 シンクが膝をつき、野盗の死体を検め、「あったあった」と笑って、野盗の懐から何かを取り出す。たぶん財布だ。

「えーと」

「これぐらいしても神様は怒らないよ。カイトちゃん」

 悪びれる様子もなく明るい声で言って、シンクは次の野盗に取り掛かった。


 小さな集落に泊まった時のことである。

「もし、オレがカイトちゃんを襲ったら殺っちゃってくれてもいいから。今夜は同じ部屋にいた方がいいと思うんだよ」

「うん」

 カイトがシンクに同意したのは、集落の人々が明るい笑顔の下に暗く淀んだ殺気を漂わせていたからである。

 二人の予想通り、深夜、様々なエモノを手にした集落の人々が二人の部屋に雪崩れ込んで来た。正しくは、雪崩れ込もうとしたところで次々とカイトの矢で足を射抜かれ、戸口を塞いで終わったのだが。

「外から来てることも判ってるよー」

 窓の外に向かって呑気にシンクが大声を響かせる。

 外で人々が怯む気配がする。

「さてと。誰かひとり試しに殺してみせた方がいいかな?それとも諦めて、慰謝料を払って終わりにする?

 もちろん、みんなで仲良く西の公女様のトコに行くって選択肢もあるけど?」

 集落の人々は卑屈に笑って、慰謝料を支払うことを喜んで選択した。

 ただ、すぐに慰謝料の減額交渉を始めたのは、呆れるよりもむしろ、カイトを感心させた。

「彼らも善良なんだよ。いくさなんかなければ」

 翌日、集落を後にしてシンクはそう言った。

「いくさが起こって治安が緩んで、ちょっとぐらい悪さをしても誰にも罰せられないんじゃないかなーって思って、だったら、こんなご時世に呑気に旅なんかしてる不謹慎な奴らを襲って、ちょっと持ち物を奪ってもいいんじゃないかなー、って思ったんだね。

 ま、フツウの人たちだよ」

「フツウの人より逞しいって気がするわ。あの人たち」

「それはね、フツウの人が意外とタクマシイってことだよ。カイトちゃん」


「ところで、ちょっと確認だけど、カイトちゃんの友だちって反乱軍とクスルクスル王国軍のどっちにいるの?」

「トワ王国軍の方」

「やっぱりね。だったら--」

 シンクが言葉を止める。カイトの気配が消えたからだ。横を見ると、すぐ隣を歩いていた筈のカイトがいない。

 少し首を傾げただけでシンクはそのまま先に進み、少し行った先に、臨時の検問所が設けられ、クスルクスル王国の兵士が数人、立っているのを見た。

「止まれ!」

 兵士に誰何され、シンクが身分証を差し出す。

「何の為にトワ郡に来た」

 年嵩の兵士が問う。

「いやぁ。いくさが行われているってなったら、こちらでいい儲け話があるんじゃないかと思いましてね。この近くに知り合いもいるし、ロールーズの街に菓子なんか持ってったらけっこういい値で買っていただけるんじゃないかと」

 シンクの身分証は、個人商会の代表となっている。

「ふん」

 兵士が身分証を返す。

「や、お手数をおかけしました。些少ですけど、これで、皆さんで一杯、やっちゃって下さい」

 身分証を受け取りながらシンクが手の平に隠れる程度の小さな包みを兵士に渡し、兵士は、行け、と、軽く顎をしゃくった。

「おありがとうございます」

 ぺこぺこと頭を下げて通り過ぎた検問所が背後に見えなくなった辺りで、カイトが道端で待っていた。

 周囲は開けていて姿を隠せそうなところはどこにもない。しかし、カイトがどこを通って来たのか気にすることなく、「さっきの話の続きだけどね」とシンクはカイトに話しかけた。

「うん」

「ロールーズの街はすっかりクスルクスル王国軍に囲まれてるハズなんだけど、どうやって忍び込むの?」

「行ってみないと判らないわ」

「だったら、オレが下見をしてきてあげるよ」

「え」

「ちょっと小遣い稼ぎついでにね」


 ロールーズに近い街で宿をとり、シンクは下見のための支度を整えた。食料品や酒を仕入れ、商人に扮したのである。

「じゃ、ここで待っててくれる?夜には戻ってくるから」

「わたしも行く」

「目立ちすぎるよ?カイトちゃんは」

「見つからないようにするわ」

 シンクは笑った。

「それじゃあ別々に下見することにしようよ。オレはカイトちゃんのようには上手く隠れられないもの」

 ロールーズの街までは、まだ徒歩で2時間ほどかかると言う。

「街が見えるまでは一緒に行く?」

「うん」

 ロールーズの街からシンクが戻ると、カイトもすでに戻っていた。

「けっこう売れたよ」

 満足そうにシンクはカイトに笑いかけた。シンクと違って、カイトは難しい顔をしている。

「忍び込むのは夜になってからだよね。じゃあ、メシでも食おうよ」

 居酒屋に入るとカイトはまず、「あの人が来たわ」と、シンクに告げた。

「あの人って?」

 シンクが訊く。

「キュリ、だったっけ。あの人」

 シンクは呆れたように首を振った。

「こんなとこまで追いかけて来るなんて、いやいや、ホント、ヒマなヤツだねぇ。

 で、何人ぐらいいるの?」

「一人だと思う」

 シンクが笑う。

「とうとう手下にも見捨てられちまったかな」

「……」

 黙り込んだカイトに、シンクが「大丈夫だよ」と軽い口調で言う。

「オレがなんとかするよ。あいつに付き合うのもいいかげんウンザリだからね。ちょうどいいよ。

 いまのトワ郡なら、ヒマ人が一人ぐらい死んでも誰も気にはしないからね。

 だから、カイトちゃんは気にすることないよ」

 シンクが食事と酒を注文する。

「カイトちゃんも見てきたから知ってるだろうけど、ロールーズの街は二重の濠で囲まれてるね」

「うん」

「どっちの濠も多分、クスルクスル王国軍が水を引き入れたんだろうなぁ。元々、濠はあったけど古くて、あんな風に繋がってなかったんだよ、オレが前に来た時には。

 クスルクスル王国軍は、外側の濠と内側の濠の間の市街にいるよ。

 で、トワ王国軍の方は内側の濠のさらに中だね」

 カイトが頷く。

「外側の濠はトワ王国軍の援軍に備えているんだろうね。橋はあるけど、すぐに落とせるようになってた。もしトワ王国軍の援軍に攻められたとしても、橋を落とせば耐えられるって考えなんだろうね。ここならタリ郡からすぐに援軍が来られるし。

 もう一方の内側の濠は、トワ王国軍を逃がさないための濠だね。

 橋はないし、濠の手前にも頑丈な塀が建ててあるし、ロールーズの街の城壁より高い見張り台もいくつもあったし」

「……うん」

「でも、ま、カイトちゃんなら何とかしちゃうかな」

「濠を越えられないわ」厳しい表情のまま、カイトが答える。「飛び越えるには広すぎるし、気づかれないように泳いで渡るのはムリだわ」

「そうかなぁ」

「えっ?」

「多分だけどね、どこかで切れていると思うんだ、あの内濠。

 警備が厳しくて確認できなかったけど、ロールーズの街全体を囲むのは地形的に難しいんじゃないかと思うんだ。警備が厳しいってことは、知られちゃ困るものがそこあるってことだし。ロールーズの街の西側は高台になっててね、多分、そちら側で内濠は切れているんじゃないかと思うよ」

 カイトが考え込む。

 本当に内濠が切れているかどうか、カイトも確認していない。しかし、言われてみれば確かに、西側は高台になっていた。

「ま、濠が切れている分、兵士は多いと思うけど、それはカイトちゃんにはたいした問題じゃないんじゃない?」

「うん」

「城壁もなんとかなるでしょ?」

「シンクさん」

「なんだい」

「シンクさんが案内人で良かった」

「オジサンが嬉しくなるようなことを言ってくれるねぇ、カイトちゃん」

 シンクが酒の入った湯呑を口に運ぶ。

「あとね、あまり楽しくない話を聞いたよ」

「なに?」

「ロールーズの街から逃げようとした子供が殺されたんだって。見せしめのために」

「子供が?」

 シンクが頷く

「子供だけは助けると言っておいて、出てきたところを、バッサリ」

「……」

「酷いよねぇ。

 クスルクスル王国軍を率いてるカン将軍はさ、海都クスルからタリ郡に左遷されてきてたから、オレ、噂だけだけど、どんなお人か聞いたことがあるんだ。

 だから、カン将軍はそんなことする人じゃないんだけどなぁって思って詳しく訊くと、最近、代わったんだって。クスルクスル王国軍の司令官が。

 カン将軍がトワ王国軍をロールーズの街に追い込んで、逃げられないよう濠に水を満たして、塀を建てて、トワ王国軍に降伏を勧めていたんだけど、新しい司令官が海都クスルの宮廷から派遣されて、カン将軍は首を切られちゃったって。

 今度のことは、ソイツの仕業だって」

「なんて人?」

「リプスってヤツだって。いちおう将軍って肩書になってるけど、いくさの経験なんかいっこもないようなカス野郎だって、兵士たちは話してたよ」

「そうなんだ」

「ま、カイトちゃんが忍び込むにはちょうどいいかもね」

「え?」

「兵士の士気が落ちてるよ。子供をだまし討ちするようなクソ野郎……、あ、ゴメンね、口が悪くて。

 兵士たちが言ってたんだよ。

 あんなクソ野郎の下で命を張ってられるかって。

 兵士たちの中にはトワ郡出身の兵士だっているからね。実際、クスルクスル王国軍を離れた兵士もけっこういるみたい。

 だから、警備はズイブン緩くなってると思うよ」



 それじゃあ気をつけてね、とカイトを送り出し、シンクは郊外へと足を向けた。人目を避けるには十分なだけ人里から外れた辺りで、「ここらでいいかなぁ」と、誰にともなく大声で言う。

「ああ」

 低い声が応える。背後の暗闇から現れたのは、キュリである。

「いつもいつも逃げ回っているお前にしちゃあ、ズイブン諦めがいいな。シンク」

「なぁ、キュリ。もう止めねぇ?」

「ああ?」

「オレらがやりあったら、ただじゃあ済まないぜ?

 多分、どっちかは死ぬし、残った方だってもう五体満足ってワケにはいかなくなっちゃうぜ?

 そんなのムダじゃん」

「テメェを殺す。森人のガキもな。オレを虚仮にしたヤツは、誰であろうと殺す。それだけだ」

「カイトちゃんを殺すなんてさ、そんなこと、どうやってやるんだよ。

 ムリだって。

 あの子の腕は見ただろう?

 そもそもさ、お前のやったことって、手負いの獣の前で裸踊りしたようなモンだぜ?命があるだけ儲けモンじゃね?

 オレも大人しく殺されたりしないよ?

 それにさ、お前、まだカイトちゃんにヤラレた足、ちゃんと治ってないんだろう?」

 キュリは足を引き摺っている。

「ぐちゃぐちゃうるせぇんだよ、シンク」

 キュリが長剣を抜く。巨剣である。背の低いキュリ自身と同じぐらいの長さがある。幅も広く重量感がある。

「やれやれ」

 と、シンクも長剣を抜いた。

 シンクが構えるのを待つようなことを、キュリはしなかった。巨剣を器用に手首を回しただけで振り上げ、一息に間合いに入って振り下ろす。

 シンクも判っている。

 大きく踏み込み、剣の根元で巨剣を受け止める。

 シンクの腕が痺れる。

『バカ力め……!』

 キュリは幅広の巨剣を軽々と振り回している。治りきっていない足が痛むだろうに、気にする素振りもない。リーチの短さもまるで感じさせない。

 巨剣が何度もガンガンと打ち下ろされる。

 シンクが圧される。後ろに下がる。『くそっ』と悪態をつく。『やってやらぁ!』心の内で叫んでガンッと全力で打ち込み、巨剣を止める。

 キュリが口の端を歪める。

 シンクの長剣を押し返しながら、

「今だっ!テメェら!」

 と、シンクの背後に向かって叫ぶ。

 シンクは嗤った。

「判ってんだよっ!お前が一人なのはよっ!」

「あのガキか……!」

「おうよ!だから、大人しく、くたばっちまいな!」

 息を合わせたかのように二人が僅かに剣を引く。

 素早く手首を返し、キュリの首を目掛けてシンクが長剣を振り下ろす。シンクの長剣が空を切る。キュリがいない。消えた。シンクにはそう思えた。

 だが、キュリがどこにいるか、シンクには判っていた。


 何ヶ月か前のことだ。

 シンクはキュリが戦っているのを見た。

 相手はキュリとサシで戦おうという、つまりは街でも評判のイカレた野郎だった。二人が戦るという噂を聞いて、どちらが死んでも見逃すには惜しいと、シンクはこっそり見物に行ったのである。

 どちらも我流の剣だ。型もクソもあったものではなかった。罵り合う。物を投げる。無茶苦茶だ。

 しかし、シンクの見たところ、イカレ野郎の方が優勢だった。

 イカレ具合が違った。本当に頭のネジが飛んでいた。自分が斬られることを全く気にしていなかった。

『こりゃ、今日がキュリの命日だな』

 と、シンクは思った。

 奇声を発してイカレ野郎が剣を振るい、キュリが倒れた。シンクにはそう見えた。だが、そうではなかった。

 キュリはイカレ野郎の剣を躱しただけだった。

 両足を大きく開いて腰を落とし、イカレ野郎の腰よりも低い位置にキュリの頭があった。ほとんど蜘蛛のように這いつくばったその体勢で、キュリは巨剣を振るった。水平に。キュリが巨剣を振るったゴッという音が、離れたところから隠れて見ていたシンクにも聞こえた。

 両足を切断されたイカレ野郎の手にした剣が、虚しく空を切った。


 シンクは、両足を引き上げるように跳んだ。

 数ヶ月前に聞いたゴッという短い音が、風を巻いてシンクの足の下を通り過ぎる。

『知ってんだよ、それは!』

 長剣を返す。自分の前に這いつくばっている筈のキュリを突き殺そうとして、ぞくりっとシンクは悪寒を感じた。

 身体を引く。懸命に首を捩じる。

 下から突き上げられたキュリの巨剣が、シンクの目の前を掠めて過ぎた。

 脳が沸騰したかのようにシンクは感じた。シンクが意味不明な叫び声を上げる。死への恐怖が、そうさせた。

 恐怖は怒りとなり、いい意味でシンクを狂わせた。

 シンクが何度も激しく長剣を振り下ろす。

 ガタイはシンクの方がある。

 思いっ切り打ち込んでキュリの動きを止め、上から圧しかかる。

 圧し込みながらシンクは、治っていない筈のキュリの足に膝を入れた。キュリが低く呻く。合わせた巨剣から僅かに力が抜ける。隙ができる。

 考えるより先に身体が勝手に動いて、シンクはキュリの腹に蹴りを入れた。まるで岩でも蹴ったかのように硬い。効いたという気がしない。だが、キュリはよろめいている。ここだ、とシンクはキュリの身体目がけて長剣を突き出した。

 キュリが踏み留まる。顔を上げる。身体を大きく反らしながら捻る。シンクの長剣が躱される。長剣を突き出したシンクが勢いを殺せずに体勢を崩す。

 あっ。

 キュリの巨剣がすでに振り上げられている。夜だ。キュリの顔は、前につんのめったシンクからは見えない。しかし、夜空の星のようにギラギラと光るキュリの目が、自分をしっかりと捕らえたキュリの目が、シンクは見えた気がした。

 あ、死んだ。

 シンクはそう思った。

 が、キンッと金属と金属がぶつかる甲高い音が響いて、振り下されたキュリの巨剣が僅かに逸れた。

 シンクの身体を掠めたキュリの巨剣が地面を抉り、シンクは、巨剣が地面から離れる前に、キュリを肩口から斬り下した。

 浅い。手応えが弱い。すぐに胸を突く。

 キュリが身体を捻る。しかし、今度は躱し切れない。シンクの長剣がキュリのあばらを砕き、肺を突き破る。

 だが、キュリのタフさは良く知っている。シンクはキュリの身体を蹴り、蹴った勢いを利用して長剣を引き抜き、倒れたキュリに覆い被さって喉を突き刺した。

 キュリが血を吐く。キュリの手がシンクの足首を掴む。ぎりぎりと締め上げられる。喉を貫かれているとはとても思えないほどの力だ。

『痛ぇな、ちくしょう!』憎しみに溢れたキュリの目を見下ろしたまま、シンクは長剣を更に強く握り、深く抉った。

 やがて、短い息がキュリの口から洩れた。

「はあ」

 シンクは身体を起こし、足を掴んだシンクの手を振り払った。

 長剣を引き抜く。

 さすがに死んでいる。死んだフリじゃない。と慎重に確認して、シンクはキュリの懐を探った。金目の物を盗るために殺された、と、例えムリがあろうがなかろうが結論を下せるようにするためだ。それらしい結論が下せれば、ならず者と思われるヨソ者の殺人を、役人も詳しく調べようとはしないだろうという読みである。

 キュリの財布を盗り、「さて」と、シンクが暗い夜道を探る。

「ああ。あったあった」

 近くに一本の矢が落ちていた。

 死んだキュリを見下ろし、何か気の利いたことを言おうとしてシンクは止めた。不思議なほど何の感慨も湧かなかった。

「お前に言いたいことなんか、別にねぇわ」

 軽く手を振り、シンクはキュリの死体に背中を向けた。

 手にした矢を弄ぶ。

 笑顔のまま「あーあ」と、声を上げる。「カイトちゃんに、借りが出来ちゃったなぁ--」



『シンクさんの言った通りだ』

 深夜、クスルクスル王国軍の陣に忍び込んで、カイトはそう思った。軍に緊張感がない。弛緩している。兵士たちの多くが、集中力を欠いている。

 まず、内濠を囲む塀を越えた。

 内濠はシンクの読み通り、西側の高台のところで切れていた。

 兵士が多い。それになぜか、ここだけ兵士たちに緊張感があった。しかし、その理由を気にする余裕はカイトにはなかった。兵士たちの呼吸を読み、一気にロールーズの街の城壁に走り寄る。

 姿を隠すには低すぎる草むらに巧みに紛れ、あらかじめ目星をつけていた南西の城壁まで走り、足を止めることなく僅かな凹凸を見極め、飛ぶように城壁を駆け上がる。

 城壁の頂上は積み上げた石が僅かだが外に向かって突き出ている。

 慎重に、しかし、思い切って城壁を蹴る。

 突き出た頂上に向かって手を伸ばす。指の先が引っ掛かる。両足が宙に揺れる。最後は懸命に身体を引き上げ、這い上がった。

 息が乱れた。

「カイトか?」

 暗闇から声が響いた。誰の声か、すぐに判った。

 息を整え、笑顔を浮かべる。

「ただいま。クロ」

「すまねぇ」

 暗い声でクロが応じる。

 ざわりっと胸の奥で無数の虫が蠢いた気がした。

「オレはフウを守り切れなかったよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ