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24-1(新しい神1(フウが待つ街へ1))

 ようやく戻って来た。

 カイトは船の上からスティードの街を見てそう思った。

 崖に張り付くように建てられたたくさんの家、あの崖の向こうがトワ郡だ。

 しかし、浅黒くがっちりとした船長は、スティードの街から戻ると、カイトと並んで立ったオーフェに向かって首を振った。

「ダメだな、何を言ってもキャナの船は入港させられないの一点張りだ。あまり粘っていると、沈められないまでも拿捕されて、逆にここから出られなくなるってこともありそうだ。

 どうする?オーフェ」

 問われたオーフェは少しだけ考えて「仕方ない。隣のタリ郡の港まで行きましょう」と答えた。

「理由を教えて貰えるか?」

「グイ伯父は、キャナがクスルクスル王国に攻め込んだ、と思いますか?」

「いや」

 グイ伯父と呼ばれた船長が即答する。

「まだ攻め込んではいないだろうな。もし攻め込んでいたら、あの婆さんのことだ、追い返すより先にこの船を拿捕しているだろうよ」

 あの婆さん。

 スティードのムラド艇長のことだ。

「攻め込む気配を見せている、といったところだろう。ザワ州とトワ郡の国境に軍を集結させていて、ムラドの婆さんがその情報を掴んで港を閉めた--、おそらくはそんなところじゃないかな」

「ボクもそう思います。安全を第一に考えるなら引き返した方がいい」

「だったらどうして先に進む?」

「だろう、では婆さまに報告できません。

 正確な情報が必要です。

 スティードの街の対応からすると、グイ伯父の言う通り、おそらくまだキャナはクスルクスル王国に攻め込んではいない。だったら正確な情報を得るためにもタリ郡まで行くべきです」

「いいだろう」

 グイが頷く。

 眉を上げ、意味ありげな笑みを口元に浮かべる。

「見聞官殿を降ろすため、じゃないんだな」

「そのためだけじゃない--、ということですよ。グイ伯父」


 伯父と呼ばれはしたものの、グイは法的にはオーフェの身内ではないという。

「わたしはキャナの民ですらありませんよ。見聞官殿」

 グイさんもタルルナさんの子供なの?と、カイトに問われて、グイは明るく笑って答えた。わたしは旧大陸の西岸にある小さな港町の生まれですよ、と。

「わたしの親父は仕事もしないクセにいつも家族を殴っているようなダメなヤツでしてね。わたしは6歳のときに逃げ出して、港に泊まっていた船に飛び乗ったんですよ。

 それがおっかあの船だったんです」

「おっかあって?」

「婆さまのことですよ。カイトさん」

「ああ」

「おっかあはわたしを船から降ろさなかった。降ろさないどころか、うちに乗り込んで親父を叩き出した上で、『あたしの子になるかい?』って言ってくれたんです。

 けど、意地、ですかね。そこまで甘える気になれなくて、代わりに船で働かせてくれって頼んで、今でもこうして船乗りをやってるんですよ」

「法的には身内ではないってことになっていますけど、グイ伯父はうちの身内ですよ」

「そうなんだ」

 グイだけでなく、旧大陸、新大陸の多くの街に、そうしたタルルナの”子供”たちがいるのだという。

「タルルナさんの子供って、いったい何人いるの?」

 低く唸ってカイトが訊く。

「さあ。多分、婆さまにも判らないと思いますよ」

 と、オーフェが答え、グイも「違いない」と笑った。


「そうと決まれば、とっとと先へ進むぞ!」

 グイが船員たちに向かって声を張り上げる。

「順風だ!見聞官殿のために、キャナの海の男の腕、しっかりお見せしろよ!」

 オウッ!と船員たちの応えが響き、錨が上げられ、帆が張られた。

「カイトさん」

 スティードの街を見つめ続けるカイトに、オーフェが声をかけた。

「申し訳ありませんが、もう少し、辛抱してもらえますか?」

 カイトは首を振った。

「オーフェさんのせいじゃないもの」

「明日にはタリ郡の港に着きますから、そこで、何が起こっているのか調べます」

「うん」

 翌日、到着したタリ郡の港で、船がスティードの街に入れなかった理由をカイトはオーフェに教えられた。

「やはり、ザワ州とトワ郡の国境にキャナの軍が集結しているようです。だからスティードの街はキャナに対して港を閉じたんです」

 痛いほどの焦燥感がカイトの心臓を握り締める。

「トワ郡はどうなってるの?」

「カイトさんは、ロールーズという街を知っていますか?」

「ううん」

「中部トワ郡で二番目に大きな街で、反乱軍……、いや、トワ王国軍はそこに閉じ込められています」

「どういうこと?」

「クスルクスル王国軍に包囲されて、出て来れないってことです」

「そう」

 カイトが頷く。

 すぐにでも飛び出して行きそうな様子で立ち上がったカイトに、オーフェは「ロールーズの街まで案内できる者を用意しましょう」と言った。

「いいの?」

「うちの者を行かせるには危険すぎますから、人を雇うことにはなりますが」

「オーフェさんはどうするの?」

「グイ伯父とも相談して、船の荷はここで降ろすことにしました。

 下手をすると船ごと荷物を差し押さえられるかも知れませんから、その前にここで売ってしまいます。

 グイ伯父には、荷物を降ろした分、別の品物を仕入れてキャナに帰って貰いますが、ボクはもう少し状況を詳しく調べたいので海都クスルまで行こうと思っています。

 陸路になるか、海路になるかは、まだ判りませんが」

「判った。ありがとう、オーフェさん。オーフェさんも気をつけて」

 オーフェが首を振る。

「礼を言われることではありません。むしろ、ロールーズの街までご案内できないのが残念です。

 雇った案内人にはもう、うちの支店で待ってもらっています。

 これまでも何度か支店の方で仕事を頼んだことのある人ではありますが、戦争状態の街に行こうという案内人です。

 くれぐれも油断はしないで下さい」


 なるほど、カイトが引き合わされた案内人は、これまでも何度か会ったことのある外れ者のたぐいだった。

 どちらかと言えば、カイトが捕まえてきた賞金首に近い。

 大柄な男で、よく笑い、大きな身振りでよくしゃべった。人に好かれそうな、少し斜めに構えた笑みが口元にある。しかし、オーフェとカイトに向けられた小さな瞳に笑いはなく、代わりに、光も届かない深い井戸のように底の知れない用心深さが昏く音もなく揺らいでいた。

 シンク、と男は名乗った。

「今のところは」と、肩を竦める。

「シンクさんにお願いしたいのは、こちらのカイトさんをロールーズの街まで案内していただくことです」

「はいはい。いいですよ」

 へらへらと笑ってシンクが応じる。

「こんなに頂いたんだ。貰った分の仕事はしますよ。ワタクシは」

「勘違いしないでいただけますか」

 笑みを浮かべたままオーフェが応じる。

「何をです?フォルの若様」

「それは前金です」

「へ?これが?」

「きちんとカイトさんをロールーズの街まで案内して頂けたら、後金としてその倍を支払いますよ」

「この倍!?」

「あなたは抜け目のない方だ。大金を手にする機会をむざむざ捨てるような方ではない、と信じていますよ」

 呆れたようにシンクが背もたれに身体を預ける。

「信じてるって言うの?それ」

「ロールーズの街がどんな様子かも報告してください。お願いします」

「仕方ねぇなぁ」

「念のために言っておきますが、カイトさんを殺めて、ロールーズの街を見るだけ見て帰って来るつもりなら止めた方がいいですよ。

 あなたがひどい目に合うだけですから」

「この嬢ちゃんを殺しちゃうって?このオレが?」

「ええ」

 シンクが声を上げて笑う。

「これでも人を見る目はあるんですよ。そんなことできねぇって判らないほど、バカじゃないですよ、ワタクシメは」


「で、いつ出発するんです?」

 と訊いたシンクに、カイトは、

「いま、すぐに」

 と答えた。

「そうじゃないかと思っていましたよ」

 シンクがへらへらと応じる。

 オーフェたちと簡単な別れのあいさつを交わし、カイトはシンクと二人でフォル商会の支店を出た。

「何のためにわざわざいくさが行われてるロールーズの街なんかに行くの?」

 歩き始めて、シンクが尋ねてきた。

「友だちが待ってる」

「へー。友だちがねえ。いいねぇ。友だちのためにいくさ場にまで出向くなんて、カッコイイねえ、カイトちゃん。

 オレなんか、友だち、ひとりもいないもんね」

「だったら、あの人たちは何?」

「誰のこと?カイトちゃん」

 カイトが足を止める。

「どうかしたの?」

 シンクがカイトの顔を覗き込む。「よお、シンク。どこに行くんだ?」という声に釣られて顔を上げると、数人の、如何にもな風体の男たちが行く手を阻んでいた。

「やべえ」

 慌ててシンクが踵を返すと、背後にも別の男たちが下卑た笑いを浮かべて立ち塞がっていた。

「はぁ」

 深いため息を落としてから、「やあ、キュリ。久しぶりだなぁ」と、行く手を阻んだ男たちの中でいちばん背が低い男に、シンクは親し気に笑って話しかけた。

「悪いけど、いま仕事中なんだよ。後にしてくれねぇ?」

「シンクさん」

 囁き声でカイトが訊く。

「あ、なに?」

「友だちじゃないのね」

 軽口を叩こうとして、シンクは止めた。カイトの声。何かヤバイ気がした。正直に言った方が吉、と判断する。

「違うよ」

 キュリと呼ばれた男が前に出てくる。

 口元には怒りを押し殺した、歪んだ笑みがある。首が異様に太い。胸から二の腕にかけての筋肉の盛り上がり方もただ事ではない。

 身長の低さを感じさせないほど威圧感がある。

「ふざけんじゃねぇぞ、シンク。オレにアイサツもしねぇで、街を出て行けるとでも思ってんのか?」

「ねえ」

 カイトがキュリに声をかける。キュリの怒気を気にする様子はまったくない。

「ああ?」

 キュリが首を回す。カイトを上から下まで睨め回す。

「なんだ、ガキ」

「わたしたち、急いでるの。邪魔をしないで」

「はぁ?」

 キュリの額がひくひくと引き攣る。歪んでいた口角がさらに上がる。

「テメェ、誰に向かってクチきいて……」

 キュリが「ぐおっ!」と呻いて倒れる。膝を矢が射抜いている。肩にかけていた筈の弓が、いつの間にかカイトの手にある。

「邪魔をしないでって、言ってるでしょう」

「テメェ!」

 カイトの背後にいた男のうち、数人が怒声を上げてカイトに襲い掛かろうとして、何かに躓いたように倒れた。顔面から地面に叩きつけられ、痛みに無様に喚く。

 足の甲を矢が射抜いている。

 正面を向いたカイトの弓には矢が番えられている。カイトが一度、くるりと身体を回した。男たちにもそれは判った。だが、すぐに身体は戻した。それだけだ。

 その間に矢を放ったとは、それも、襲いかかった全員の足の甲を射抜いたとは、とても思えなかった。

 しかし、カイトの背後では、確かに数人が倒れて泣き喚いている。

「道を開けて」

 脅すでもなく、ただ静かに、カイトが言う。

 行く手を阻んでいた男たちが下がる。道を開ける。カイトが弓を肩にかける。

「行こう。シンクさん」

「すみませんね、みなさん。ちょっと前、失礼しますよ」

 大柄な身体を丸めてぺこぺこと頭を下げながらシンクがカイトの後ろに続く。

 立ち去ろうとしたカイトに、「待ちやがれ……!」とキュリが倒れたまま怒鳴り--。矢が彼の両耳のすぐ傍を通り過ぎた。

 開いていた口をキュリが閉じる。

 カイトが弓を下ろす。

「わたし、急いでいるの」

 と、冷ややかに言う。

 キュリが顎を引く。怒りが目に宿る。値踏みしている。カイトに隙がないか素早く考えている。

 しかし、キュリ以外の男たちは、明らかに怯んで、後ずさった。

 カイトが背中を向ける。誰も追いかけてこない。

「いやいや。スゴイね。カイトちゃん」

 へらへらとシンクが言う。

「でも、キュリに恨まれちまったなぁ、カイトちゃんも。あいつ、しつこいぜ?」

「わたしも?」

「オレと一緒ってことだよ」

「シンクさんはどうしてあの人に恨まれたの?」

「いやぁ、たいしたことじゃないんだけどね。

 あいつ、妹がいるんだよ。ひとり。

 この妹があいつの妹らしく、とんだ暴れモノなんだけどね、人を殺すことなんかなんとも思ってもいないようなじゃじゃ馬でさ。ところがこの妹がガラにもなく青っちょろいカタギの男に惚れちまったんだよ。

 ホントにひょろひょろっとしてて、なーんの役にも立たないぐらい真面目で、キュリのいちばん嫌いなタイプさ。

 それであいつ、妹と彼氏を別れさせようとしたんだけど、見た目と違って彼氏が意外と骨があるヤツで、キュリの脅しにちっとも怯まなかったんだ。

 そしたらあいつ、完全にキレちまって、彼氏だけじゃなく庇った妹まで殺そうとしたんだよ。

 さすがにそれはひどいなぁと思ってね。オレが二人を逃がしてやったんだ。そしたらあいつ、今度はオレを狙ってきたんだよ。

 ホント、ヒマなヤツだって呆れっちまったね、オレは」

「あの人、賞金首なの?」

「残念ながら違うね。あいつもオレと同じで、ズル賢いから」

 カイトは少し考えて「急ぐのは変わらないわ」と言った。

 シンクも「ま、そうだね」と頷き「カイトちゃんも急いでいることだし、フォルの若様にいっぱいもらっちゃったからさ、ちょっとゼイタクしようか」と、提案した。

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