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23-16(竜王の国16(ハララム療養所の騒乱7))

 フランの影から出た時、自分がどこにいるか、カイトはすぐには判らなかった。

 頭の上には夜空がある。

 周囲には何もない。

 建物も。何も。いや、と思い直す。

 ここ、高いだけだ。背後に建物がある。カイトはそれを知っている気がした。

「もしかして、ここ、鐘楼の上?」

「そうよ」

 カイトの背後でフランの声が響く。

 オーフェと一緒に登り、フランを見かけた鐘楼の上である。

「ここからだとハララム療養所がよく見えるわ。ほら」

 夜の闇の中、燃える建物が遠くにある。遠すぎて形はよく判らないが、言われてみればロの字型のハララム療養所のように思えた。

 暗い街中にあって、死んだ人々への送り火のように燃えている。

「燃え広がらない?あれ」

「本当の火に魔術の火も混ぜているわ。周囲には燃え広がらないけれど、すべてを燃やし尽くすまでは消えないわ」

「良かった」

 と頷き、カイトはハララム療養所では訊けなかったことを訊くことにした。

「ねえ、フラン」

「なに?」

「どうやってあの人たちを殺したの?」

「裸だったあの二人?」

「うん」

「影よ」

「影?」

「ええ」

 フランが頷く。

「あの子たちの本体は影の中にあったの。影の中にあって、器、とでも言うべき身体を動かしていたのよ。

 だから痛みを感じることもなかったし、頭を破壊されても死ぬこともなかったのよ。

 あの子たちの影の中にあたしの妖魔を忍び込ませて、本体を殺したわ。だから死んだのよ、あの子たちは」

「そうなんだ」

「カイトがやったように、死ぬまで殺し続けるというのもひとつのやり方よ。復元する材料とエネルギーが尽きるまでね」

「他にやり方があるの?」

「そうね」

 フランが短く考える。

「水の中に放り込んで窒息させるというのもアリね。窒息させ続けるのよ。毒ガスも同じ。致死性のガスを用意して閉じ込めちゃえば、いずれは死ぬわ。後は地面に埋める、酸で溶かし続ける、火山に放り込むというのもアリね」

「火山なんか近くにないよ、フツウ」

「同じように見えるけど、これが英雄や戦巫女になると話が違うわ」

「どう違うの?」

「彼らは神の力で復元するから復元のための材料やエネルギーが尽きることがないのよ。腕を不格好に大きくしたり、本体を影の中に隠したりする必要がないの。

 知ってる?

 戦神様の護り人なんて、腕が増えるのよ。

 いったいその腕はどうやって生やしたのよって思うわ。

 どこをどう脳と繋げて、脳は脳でどうやって増えた腕を動かしているのか、機会があれば解剖してみたいわ」

「解剖……」

 カイトの脳裏に、ベッドに縛り付けられたマルの姿が浮かんだ。

 マルを解剖しようとするフランの傍らには、楽しそうにフランの助手を務めるエルの姿もありありと想像できた。

「英雄にしても戦巫女にしても、首を切れば死ぬわ。

 彼とは違う」

「彼?」

「ひとりいるのよ。何をしても死なない子が。多分、あの子は死なないんじゃなくて、そもそも生きていないんじゃないかって気もするけど。

 ま、それはあなたには関係のない話ね」

 短くフランが沈黙する。

「カイト」

「なに」

「彼らは記憶を消されていたわ」

「彼らって?」

「さっきの裸の女と男よ」

 ずっと無表情だった女の顔を、カイトは思い出した。あれはそういうことだったのか、と思う。

「兵士として使うには邪魔になると判断されたんでしょうね。

 でも、女の方は記憶を取り戻したわ。あなたが何度も脳を復元させているうちに。多分、まだ調整が完了していなかったんだと思う。

 そうでなければ記憶が戻ることなんかないもの。

 頭のいい子だったわ。記憶を取り戻して、自分がもう死ぬってすぐに理解して、あたしに教えてくれたわ」

「何を?」

「名前よ」

「名前?」

「ええ」

 フランが頷く。

「わたしはイーズって。

 それだけだった。

 もうそれ以上、口を開くこともできなくて。

 だから殺したわ。

 カイト、あなたも憶えておいてくれる?あの子の名前。多分、あの子も喜ぶと思うから。あなたが憶えていてくれたら」

「判った」

 フランがもう一度、燃えるハララム療養所に視線をやってからカイトに向き直る。

「送って行くわ。カイト」

「うん」

「リアちゃんは明日の夜、迎えに行くわ。カイトも一緒に来て貰える?」

「もちろん一緒に行く。何時ごろ待ってればいい?」

「そうねぇ--」



「カイトさん!」

 タルルナの家に戻ったカイトに真っ先に駆け寄ったのはオーフェだった。カイトの一部が削られた髪や額にこびりついた血を見て、顔色を変える。

「怪我をされたんですか?」

「あ、うん」心配させない方がいいかな、とカイトは思った。「わたしの血じゃない。怪我はしてないわ、オーフェさん」

 オーフェがほっとため息を落とす。

「そうか。良かった」

「心配かけてごめんなさい。オーフェさん」

「ヨリと坊やはうちで預かってるよ」

 タルルナは、まずそう言った。

「だから安心しな。それで、フランって子は見つかったのかい?」

「うん」

「そりゃ良かった」

「明日の夜、リアちゃんを迎えに来るって。竜王様のお墓に案内してくれるって。ただ、その、フランらしいやり方で迎えに行くからって言ってた」

「なんだい。それって」

「悪者らしく、忍んで行くって」

 タルルナが笑う。

「そうかい」

「カイトさん」

「なに?オーフェさん」

「ハララム療養所が燃えているって騒ぎになっていますけど、あれ……」

「その話は後だよ。オーフェ」

 タルルナが横から口を挟む。

「今日はもう、風呂に入ってとっとと寝ちまいな。あんた、いまにも倒れそうに見えるよ、カイト。フランって子は見つかった。それだけ判りゃあ十分だよ」

「タルルナさん」

「なんだい?」

「ありがとう。タルルナさんのおかげだわ。フランを見つけられたのは」

 タルルナが笑う。

「礼を言うのはあたしの方さ」

 タルルナがカイトに歩み寄り、優しく抱きしめる。

「よくやってくれたね。ありがとうよ、カイト」

「ううん」

 と、タルルナの肩に顔を埋めて、カイトは首を振った。

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