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23-14(竜王の国14(ハララム療養所の騒乱5))

 フランがカイトを助けなかったのは、3つ理由があった。

 まずひとつは、そもそも、カイトと女、どちらも速過ぎて手が出せなかったこと。

 二番目に、カイトが助けを求めているようには見えなかったこと。

 最後に、これが一番の理由だが、おそらくは”古都”の製品であろう女の”性能”に興味があったからである。

『良くできているわねぇ』

 と思い、感心していたのである。

『ん?』

 誰かに肩を叩かれ、フランは振り返った。彼女自身の足元から伸び上がった彼女の妖魔だ。

『どうしたの?』

 妖魔がフランに示したのは、カイトが倒した巨漢に近づく”揺らぎ”である。


 騒ぎに気づいた時、”古都”の魔術師である彼は、すぐに自分の姿を消した。他の魔術師と異なり、彼は野蛮人どもを一掃しようとも、逃げようとも思わなかった。

 ただ、観察し続けた。

 ”患者”たちが何をするか。警備員が、他の魔術師たちが何をするか。逃げるよりも己の好奇心に従って観察者に徹したのである。

 彼が観察者であることを止めたのは、三体の巨漢がカイトに倒された時だ。

 彼は驚愕した。

 カイトの技にではない。

『何故、動かぬ』

 カイトに首を落とされ、そのまま倒れている二体の巨漢のことだ。

 三体とも同じ術を施している。にも関わらず、首を落とされて立ち上がったのが一体だけだったことに、彼は驚愕したのである。

 巨漢の施術には彼も加わっていた。

 己が手を加えた製品が予定通りに動かない。これほど腹立たしいことはなかった。

 カイトと女の戦いを横目に、彼は倒れたままの巨漢に忍び寄った。首を落とされてはいる。だが、それだけだ。と、判断する。

 だとすると何が問題かと彼は巨漢の身体を詳しく検めた。

「……心臓が動いていない……?」

 興奮して独り言が出た。

「……頭を落とされて、予備脳への切り替えが上手くいかなかったのか?……そう考えれば、なるほどだな……。だとしたら、心臓さえ動かしてやれば……」

「そうね」

 ぎくりっと彼は声を振り返った。

 誰もいない。

「光の屈折のかけ方が甘いわよ。おかっぱくん」

 魔術師の身体から冷たい汗がどっと噴き出す。おかっぱくん。自分をそう呼ぶ相手に、彼はひとりだけ、心当たりがあった。

「……も、もしや、しゅ、首席……で……?」

「久しぶりね、おかっぱくん」

 魔術師は姿を消したまま、がばっと平伏した。

「ご、ご、ご無沙汰しておりますぅ……!」

「あの子、ルモアの製品ね」

 姿のないまま”古都”の首席が、フランが問う。カイトと戦っている女のことだ。

「は、はいっ!」

「もっとあの子の性能を見たいわ」

 甘い声が歌うように囁く。

「え?」

「あたしがその子たちを再起動してあげるわ。それと、もう少しその子たちを改良した方が、面白そうね--」


 カイトが前へと足を踏み出す。

 女の手がカイトの身体をすり抜ける。女にはそう見えた。感情のない女の顔に、驚きが浮かぶ。

 しかし、驚きは女の動きを止めなかった。すぐに振り返り、カイトを探す。

 女の背後で、カイトのではない、咆哮が上がった。

 頭を失くした巨漢が二体、立ち上がっていた。

 首からぶくぶくと泡が立っている。

 巨漢が己の服を引き裂く。腹部に顔がある。目も、鼻も、口も。だが、焦点が定まっていない。腹部に穿たれた昏い瞳には狂気と怒りしかない。

 巨漢が獣のように低くグルグルと唸る。身体ごと回して視線を周囲に巡らせる。女の上で視線が止まる。

 腹に響く重い咆哮が響いた。巨漢の腹に開いた口から雄叫びが迸った。

 地面が揺れる。

 巨漢二体が女に向かって走り出したのである。

「あ、あんな機能は無いはず……」

 おかっぱくんが呆然と呟く。修復されようとしている巨漢の頭部のことだ。

「ただの感覚器としてなら、頭部を修復するのは簡単よ」

「え?えっ?」

「副脳は最低限の機能しかないのね」

「え?」

「知能はないのね」

 知能がない。

 フランがそう訊いたのは、頭部が復元されるまで巨漢が待たなかったからだ。

「は、はっ。あくまでも、予備脳ですので……」

「おかっぱくん」

「は、はい」

「脳のサイズは関係ないわ」

「え?」

「脳の神経密度を高めれば、知能を持たせて腹部に埋め込むこともできるわよ」

「え?」

「まだまだ修養が足らないわねぇ」

 女が横に飛ぶ。腹部にある顔。あれでは視野が狭すぎる。と、理解した上での行動だ。つまり女には知能がある。と、フランは理解した。

 死角から女が巨漢に突っ込んでいく。

 腹部の顔を抉り、埋め込まれた副脳を引きずり出す。

 巨漢が吠える。頭部がすでに復元されている。ただの感覚器とフランは言ったが、最低限の脳の機能は復元されている。生物としての本能は取り戻している。

 巨漢が女を睨む。

 岩のような拳が打ち下ろされる。

 女が飛び離れる。

「少し止まってもらえるかしら」

 何かにつまずいたかのように、がくりっと女が膝をつく。女が足元に視線を落とす。だが何もない。

 彼女の足を止めた何かは、疾うに走り去っている。

 巨漢が女に躍りかかる。

 女が飛び離れようとする。しかし、遅い。躍り掛かってきた巨漢の手からは逃げられたものの、すぐ近くに迫っていたもう一体の巨漢の腕の中に飛び込む形になった。

 背後から抱きかかえるように巨漢が女を捉える。ごきりっと不快な音が響く。巨漢の手で、女の細い首が折られている。

 女の足は地面を離れている。女の首が、修復されない。

「そこね」

 フランが呟く。

「え、え?何がでしょう?」

「本体の隠し場所よ」

 おかっぱくんが「本体……?」と頼りなく呟く。

 首が異様にねじ曲がったまま、女が眼球だけを動かして巨漢を見上げる。己を掴んだ巨漢の手を握る。引き千切る。

 巨漢の手首から先が、幾つもの肉片となって飛び散る。

 女の身体が落ちる。足が地面を踏む。顔を上げる。首が修復されている。跳ぶ。大きく腕を振り、巨漢の頭を叩き潰す。そのまま勢いを殺すことなく、落下しながら腹部に埋め込まれた副脳ごと巨漢の身体を粉砕する。

 女が振り返る。

 残った巨漢に視線を止める。

 女の背後で、ふたつに分かれた巨漢の身体が左右にゆっくりと倒れた。

「耐久性も知りたいわねぇ」

 フランの足元から妖魔が忍び出る。残った巨漢の背中をすばやく這い上がり、首の後ろに取り付く。

 女が身体を屈める。

 飛び掛かって来た女を、それまでにはなかった俊敏さで巨漢が避けた。

「え」

 おかっぱくんは驚いて声を漏らした。

「な、なんで?」

 フランは答えない。

 巨漢の神経を妖魔に支配させ、妖魔を通じて彼女が巨漢を操っているのである。

 まだ宙にある女の身体を巨漢が掴む。地面に叩きつける。激しく、何度も。首の折れた女の身体を勢いよく振り回し、炎に包まれた療養棟へ放り投げる。壁を突き破り、炎の中に女の身体が消える。

『いいわ。戻って』

 巨漢から妖魔が離れる。

 妖魔の支配から解き放たれた巨漢が、棒立ちになる。

 女が出て来るところは見えなかった。

 気がつくと巨漢の背後に女がいて、巨漢は胴で二つに分かれていた。


 白く輝いていた女の足から次第に光が消える。

 女の身体が燃えている。だが、燃える端から修復されている。炎が滑り落ち、下から白い素肌が現れる。

 折れた首も元に戻っている。

『素晴らしい出来ね。カイトには少し、荷が重いかしら』

 フランはカイトを探して視線を回した。

 いない。

 いや。

 立っている。だが--。

『何かしら』

 カイトの存在が薄い。

 まるで夜そのものになったかのように。

 口は真一文字に結ばれ、栗色の瞳で女をただ見つめている。

 恐れはない。

 むしろ、仮面のように表情のないカイトの顔が、何故か笑っているように見えた。

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