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23-12(竜王の国12(ハララム療養所の騒乱3))

「大丈夫。すぐに痛くなくなるからね」

 声もなく泣き続ける子供に、元”医師”の男は優しく話しかけ、後ろに立ったレンに向かって頷いた。この子は楽にしてやった方がいい。つまり、殺してやった方がいい。という意味だ。

 レンが顔をしかめて頷き返す。

「大丈夫。大丈夫だよ。すぐに楽になれるよ」

 元”医師”の男が呪を唱える。

 子供の胸の奥、元”医師”が金属の手を添えた下で、ボンッと音がする。子供の小さな身体が一瞬だけ震え、力が抜けた。

 火の精霊術で子供の心臓を破裂させたのである。

 元”医師”は動かなくなった子供の髪を愛おしそうに撫でてから、そっと目を閉じてやった。

「これで最後だな」

「ええ」

 揺れる声を抑えて、元”医師”が頷く。

「おい」

 声をかけながらレンに近づいて来たのは、百神国の男である。

「やっぱりアイツら、ここに残るとよ」

 子供たちと同じ療養棟に閉じ込められていた大人たちのことである。レンは舌打ちした。キャナの民人らしい彼らも身体をいじられてはいる。けれども、生きていく覚悟があれば十分生きていける筈だとレンは思う。

 だが、無理強いする気はない。

 彼らには彼らの想いがあるのは判っている。レンにしても残ると言う連中を無理に連れて行けるほど余裕がない。

「レンさん」

「なんだよ」

 いらいらとレンが、元”医師”に応える。

「ボクが彼らと一緒に残ります。レンさんはその子たちを連れて逃げて下さい」

 その子たち。レンの後ろの10数人の子供たちのことだ。

「てめぇ。ここで放り出そうって言うのか」

 怒りを込めたレンの声に、元”医師”は笑って応じた。

「ボクは人のまま死にたいんです」

「なんだって?」

「ボクの」と、元”医師”が自分の腹部を示す。「腹の中には食べ物を消化する器官がひとつもありません。食べ物を消化する器官がないまま、どの程度、生きていられるか、実験のために取られたんです」

「……な」

「代わりに、ほら。彼らは、ボクに人の血を吸うための牙をつけてくれましたよ」

 指を使って剥きだした元”医師”の口腔には、左右に一対の牙があった。

「でも、血から直接、栄養を取るのは意外と効率が悪いんです。これもやってみて判ったことですが。

 ボクが生きていくためには、毎日、人、ひとり分の血が要るんですよ」

「お前……」

「ここで放り出して、レンさんには申し訳ないと思います。でも、ここで死なせて貰えませんか」

「オレが殺してやろうか?」

 百神国の男が口を挟む。元”医師”は首を振った。

「ここに残る方たちを見送る義務がボクにはあると思いますので。死ぬならボクが最後です」

「そうか」

 レンが吐息交じりに言う。

「判ったよ。お前の好きにしな」

「ありがとうございます、レンさん」

「だが、オレたちもどう逃げるか、それが問題だぜ、レン。ほれ」

 と、百神国の男が示したのは、ロの字型に造られたハララム療養所の、各棟に囲まれた広い中庭である。



 ”医師”への復讐よりも、ハララム療養所から逃げようとした”患者”もいる。むしろ、逃げようとした”患者”がいちばん多い。

 彼らは最初、窓から逃げようとしたが、窓には外から鉄格子が嵌められ、押しても引いてもビクともしなかった。ならばと向かったのは、事務棟にある玄関である。だが、警備の側も当然のように、玄関は固めていた。

「なんだ、ありゃ」

 玄関へと向かった”患者”たちの前に立ち塞がったのは、普通の身体に巨大な手足がついた、バランスの崩れた巨漢が3人である。

 素手だ。

「構うことねぇ。行くぜ!」

 ”患者”たちが一斉に走り出す。”患者”たちにしても、ハララム療養所で身体をいじられている。巨漢が繰り出した巨岩のような拳を、ひとりの”患者”が正面から受け止める。別の”患者”が素早く長剣を心臓に突き刺す。しかし、仕留めた、と思った途端、長剣を突き刺した”患者”は巨漢に殴り飛ばされ、頭を失くした。

 巨漢の拳を受け止めていた”患者”の手が握り潰され、悲鳴を上げる。

「コイツら、”古都”の製品だ!」

 誰かが叫ぶ。

「首だ!首を落とせ!」

 ”患者”の多くは捕虜となった洲国や百神国の兵士たちだ。一ツ神の信徒への抵抗組織に属する者や、死刑を宣告された凶悪犯たちだ。彼らは”古都”の製品だからと怯むことなく巨漢に躍りかかった。たちまち”患者”たちが薙ぎ払われる。巨漢の腕の一振りで幾人もの頭が潰される。

「くそっ」

 距離を取った”患者”のひとりが忌々し気に吐き捨てる。

 3体の巨漢のうち、真ん中に立った一人が、大きな嗤い声を響かせた。

「お前らごときがオレらに叶うとでも思っているのか?このクズど……」

 巨漢の左側に立った仲間の頭が弾け飛ぶ。仰向けに転がる。「えっ」と巨漢が顔を向けた時には、仲間の首は落とされていた。

 広場にいる誰よりも小柄な人影が、首を失くした巨漢の上で身体を起こす。

 光る刃が鞘に収められる。

 肩には弓がある。

「あなたはソアクヒンじゃないのね」

 澄んだ少女の声が広場に響く。

「な……」

 巨漢を掠めて矢が飛ぶ。

 三本の矢がもうひとりの仲間の頭に吸い込まれ、破裂する。巨漢が振り返った先で仲間が倒れる。

 いつそこへ移動したのか、少女が胸の上にいる。

 頭部は破裂したものの、まだ口から下が残っている。その頭部が落とされる。

「な……!」

 叫ぼうとした巨漢の声が途切れる。彼自身の頭が破裂したのである。


 脳を破壊しておけば、時間が稼げる。ターシャの屋敷で死人に襲われた際に、カイトはそう覚えた。脳を失くした巨漢の重心を崩して仰向けに倒し、胸に乗る。山刀を首に当てる。こうすれば腕を振って来られる心配がない。時間に余裕がある。しっかりと力を込めて、カイトは山刀を圧し込み、横に引いた。

 巨漢の首が落ち、カイトは素早く巨漢の胸の上から飛び離れた。

「お、お前は……誰だ……?」

 声をかけてきた”患者”を無視してカイトは弓を構えた。

 最後に首を落とした巨漢の身体が、ぴくりっと動いた。むくりと身体を起こす。

 ”患者”たちの間にざわめきが起こる。

「く、首を落としたのに……」

 ”患者”たちのひとりが呆然と呟く。

 巨漢が手を突き、膝を立てる。立ち上がる。首はない。が、血が止まっている。

 カイトは矢を放った。

 巨漢の心臓へ一本。それと同時に、巨漢のみぞおちの辺りと、その少し下。巨漢の腹部へ向かって。

 ぎゃっと短く、くぐもった悲鳴が聞こえた。

 巨漢が動きを止め、ゆっくりと後ろへ、地響きとともに倒れる。

 今度こそ動かない。”患者”たちが息を殺して見つめる中、そう判断して、カイトは弓を下ろした。

「良く判ったわねえ、カイト。もうひとつ、顔があるって」

 カイトの耳元でフランの声が響く。

 姿はなく、声だけが。

「呼吸音が聞こえた」

 呆れたようにフランが笑う。

「普通なら気づかないわよ、そんなの」

「何モンだ。お前は」

 細い目に殺気を漂わせた”患者”がカイトに声をかける。カイトはそれに応えようとして、玄関へと顔を向けた。

「あら」

 フランも気づく。

 ハララム療養所の外に、数えきれないほどの人の気配があった。

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