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23-8(竜王の国8(不死の研究))

 カイトの顔色を窺い、「食べないわよ」とフランは答えた。

「でも、だったらどうして、あの人たちは--」

 カイトが言葉を探す。

「……生きている人を捌いているの?」

 なるほどと納得して、フランが頷く。

「不死の研究のためよ」

「わたしには判らないわ、フラン」

「不死の研究をするということは、どうすれば人が死ぬか、ということを調べることでもあるわ。

 カイト、あなたは獲物を狩るときに急所を狙うでしょう?どうしてかしら」

「殺せるから」

「どうして、急所を射抜けば殺せるの?」

「それは--」


 まだおもちゃの弓矢で遊んでいた頃のことだ。母であるサヤが、カイトに寝物語として話してくれた。

「心や魂がどこにあるか、あたしも知らないわ」

 と、子守歌代わりにしてはズイブンと物騒な話を、サヤは話し始めた。

「あたしはお腹の中にある気がするけど、カタイは心臓にあるんじゃないかって言ってるしね。

 ホントのところは判らない。狂泉様ならご存知でしょうけど。

 ま、それはべつの問題だからちょっとこっちに置いておいて、怪我をすると血が出るよね、カイト」

「うん」

「血がたくさんたくさん出るとね、人は死んじゃうの。獲物を殺すときに、首のここを--」

 サヤが頸動脈に指を当てる。

「切るのも同じことよ。

 わたしたちが生きるためには、血が身体ぜんぶに回っていなくちゃいけないの。

 血は心臓から流れてるわ。だから、心臓を矢で射抜けば血が流れなくなって、人は死ぬのよ」

「のどは?」

「人が生きるためには新鮮な空気も必要なの。空気はお鼻や--」サヤがカイトの鼻をつつき、カイトが小さく笑う。「お口から吸い込むでしょう?吸い込んだ空気は喉を通って肺に届くわ。

 喉を射抜くとね、血が喉に詰まって空気が肺に送られなくなるの」

「そうなんだ」

「それとね、脳とからだの連絡が断ち切られるからっていう理由もあるわ」

「どういうこと?かあさま」

「あたしが母さまに聞いたのはね、脳は血を冷やすためにあるんだってことだったけど、婆さまは、脳には身体を動かす役割があるんだって言われてたわ。むかし、森の外の魔術師に聞いたって。

 婆さまがおっしゃるんだから、多分そうなんだと思う。

 脳と身体は首で繋がっているでしょう?喉を射抜くと、脳と身体を繋いでいる仕組みが断ち切られちゃって、身体が動かなくなって死んじゃうのよ」

「だからなの?」

「何が?カイト」

「だから、あたまをいぬいても、ひとはしぬの?」

 サヤがカイトを抱き締める。

「いい子ね、カイト!あたしが教えなくても判るなんて!」

 母に褒められて幼いカイトが嬉しそうに笑う。

「つまりね、急所を射抜くことで人が死ぬのはね、急所が人が生きるのに絶対に必要な器官だからよ。

 必要な器官が壊れるから、人は死ぬの。

 判った?」

「うん」

 と、ベッドに横になったままカイトは頷いた。


「急所が、人が生きるのに絶対に必要な器官だから」

 母に教えて貰った理由をカイトが答える。

「訊くまでもなかったわね」

 と、フランが笑う。

「どうすれば人が死ぬか、狂泉の森で生きているあなたたちの方が詳しいものね、下手な魔術師より。

 それだけじゃなくて、どうすれば人を生きたまま苦しめられるかも、あなたたちの方が詳しいかしら」

「わたしたちは」

「なに?カイト」

「あんなことしないわ。……あんな、こと」

 フランが微笑む。

「そうね。ごめんなさい。彼らとあなたたちは違う。判ってるわ、カイト」

「……」

「あなたの言う通り、急所を射抜けば死ぬのは、急所が生きるために必要な器官だからだわ。

 例えば喉を射抜けば、気管を塞いで窒息させることができる。頸椎も損傷するから、脳と身体の連絡を断つこともできる。

 でも、窒息したら、どうして死ぬのかしら。

 どうして呼吸をする必要があるの?」

 カイトが首を振る。彼女にとってはそこまでの知識は必要ない。呼吸を止めれば死ぬ。それだけで十分だった。

「知らない」

「あなたたちにとっては必要ないことでしょうけど、彼らはそういうことを調べているのよ。

 窒息と言っても、どの程度の間、窒息させれば人は死ぬのか。そして、だったら、どうすれば喉を矢で射抜かれても死ななくなるのか、と考えるの。

 やり方はいろいろあるけれど、ひとつの答えは、予備の気管を用意して、喉を射抜かれてもとりあえずは死なないようにしておいて、その間に喉の修復を行う機能を用意する、ということになるわ。

 もちろん、脳との連係を取るための予備の仕組みも必要になる。

 カイトは肺や心臓を意識して動かしたりはしていないでしょう?それは脳が勝手にやってることよ。だから脳と身体の連係が切られちゃったら肺や心臓が動かなくなってやっぱり死んじゃうから、予備の脳を用意する場合もあるわ。

 でも、脳は大きいから、どこに仕舞うか考えなくちゃいけない。

 胃を小さくする。腸を短くする。

 栄養を血液を通して直接与えるようにすれば、胃や腸そのものが不要になるから場所が確保できる。

 女の場合は子宮も不要だわ。

 そうして場所を確保して、予備の脳を用意することもある。

 ひとつひとつ対策を施すだけじゃなくて、細胞の復元力そのものを高める方法もあるわ。でも、いくら復元力を高めると言っても復元するための材料やエネルギーが要るから、そのための貯蔵庫として手足を大きくすることもある。復元のための材料とエネルギーを筋肉として貯めておくのよ」

「あ」

「知ってるの?」

「ゾマ市で会った。喉を射抜いても心臓を射抜いても死ななかった人。手足が妙に大きかったわ。”古都”の製品だって」

「知能はどうだったかしら」

「え?」

「ちゃんと自分で考えているように見えた?」

「ううん」

「だったら脳を復元できるようにした、粗悪品ね、それは」

「ソアクヒン?」

「喉や心臓だけじゃなくて、脳も復元できるようにすることがあるのよ。でも、脳を復元するときに、きちんと記憶を退避する仕組みを用意しておかないと脳を破壊される度に記憶が飛んじゃうわ。

 下手な魔術師だと、呪を施すときに知能が失われることもあるわ」

「……」

「カムラ魔術師は天才だわ」

「えっ?」

「予備の脳を準備すると言っても、予備の脳と神経を繋げるのはかなりの技量が必要よ。あたしは、カムラ魔術師ほど精緻な作業はできない。

 さっきあたしにもできないことはたくさんあるって言ったけど、これはそのうちのひとつよ」

「そうなんだ」

「カムラ魔術師はね、自分に溺れちゃったのよ」

「どういうこと?」

「元々彼は、自分の技量に自信があったの。人に認められていないだけで、自分は歴史に名が残るような偉大な魔術師になれるはずだって、鬱屈していたの。

 運が悪いと言っていいでしょうね、そこに”古都”から誘いがあったのよ。

 存分にあなたの技量を発揮して欲しいって。

 罪に問われることはない。むしろこれは、人のためになる。歴史にあなたの名を残せる絶好の機会だって。

 それで”古都”に加担するようになって、いまでは不死の探求にのめり込んでいるわ」

「フラン--」

 応接室の扉が開く。

 笑いながら男がふたり、入ってくる。談笑する彼らの足元を影が通り過ぎたが、男たちが気づくことはなかった。


 ハララム療養所から離れた地下世界で、影の中からフランとカイトが現れる。

「何かしら?カイト」

 話が中断されたとは思えない口調でフランが訊く。

「お願いがあるの」

「なに?」

「わたしを、ヨリさんのところに連れて行って欲しいの。あんたの家に飛ばされたみたいに、ヨリさんのところに飛ばして欲しいの」

「転移術は準備が必要なの。だから飛ばしてあげるのはムリだけど、あたしの影に入れば走るよりは早く着けるわ。

 カムラ魔術師のことを話すの?カイト」

 カイトが頷く。

「ヨリさんはまだ森人だもの」

「そうね。知らずに済ませられることではないわね。あなたたちには」

「うん」

「カイト、あなた、きのう裁判官をひとり殺したでしょう?」

「--うん」

「どうしてあんなことをしたの?」

「そうするのが正しい気がしたから。フィータさんのために」

「あの子のお兄さんだけどね」

「えっ?」

「一ツ神の存在を否定して、処刑されたっていう、あの子のお兄さんよ」

「それが、なに?」

「ハララム療養所で死んだわ」

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