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23-4(竜王の国4(ヨリ1))

 フランの自宅とは別に、カイトにはもう一ヶ所、迷宮大都で行きたいところがあった。

 キャナの魔術師に嫁いだヨリのところである。

「もし良ければヨリの様子を見て来てくれねぇか」

「どうして?」

 酔林国を発つ前の日のことだ。いつにない真剣な様子のライに、カイトは戸惑いながら尋ねた。

「アイツのダンナだけどな。魔術師なんだ」

「知ってる」

「ソイツが何年か前に一ツ神の信徒になっちまったんだ」

「えっ?」

「”古都”の魔術師ともツルんでるんじゃないかってヨリは疑ってる」

「……ホントに?」

「森に戻った方がいいんじゃねぇかって言ったんだがな」

「ヨリさんは何て?」

「考えてみるとは言ってたが、ちょっと考え過ぎてるようだったからな」

「判った」

 ヨリの家まで案内して欲しいと頼むと、最初は「いいですよ」と笑顔で引き受けてくれたオーフェだったが、カイトの話を詳しく聞くと「ああ」と表情を曇らせた。

「カムラ魔術師のところか--」

「だれ?それ」

「ヨリさんのダンナ様です。そういえば、カムラ魔術師の奥様は森人だって聞いたことがあるな」

「知ってるの?オーフェさん。その、カムラ魔術師のこと」

「噂で聞いたことがあるだけですよ。カムラ魔術師よりも、カムラ魔術師が所長を勤めているハララム療養所について」

「どんな噂なの?」

 オーフェがうーんと唸る。どう言えばいいかと言葉を探す。

「療養所と名はつけられてはいるが、ハララム療養所は療養所なんかじゃない、という噂です。

 あれは療養所ではなく、本当は”古都”の魔術師の実験場だと」

「どういうこと?」

「ハララム療養所に入ったら二度と生きては出られない。そう言われているんですよ」


 ヨリの家の前までは案内してくれたが、「ボクは外で待っています」と、オーフェは言った。「カイトさんが出てくれば判るところにいますから、申し訳ありませんが、カイトさん一人で訪ねて貰えますか?」

「判った」

 ヨリの家は旧市街から遠く離れた、上流階級の人々が住むという閑静な高台の、大通りからひとつ入った路地にあった。

「まあ」

 カイトの姿を見ると、ヨリは言葉を失くすほど驚いた。

「こんにちは、ヨリさん」

「どうしたの、カイトちゃん」

 ようやく声を絞り出し、「ああ、ごめんなさい。突然でびっくりしたから。とにかく入って」と、扉を開く。

「ライに言われたの。ヨリさんの様子を見て来て欲しいって」

「ライさんに?」

「うん」

「そのために来てくれたの?」

 カイトが首を振る。

「迷宮大都に来たのは別の理由があったからだけど、心配してたわ。ライ」

 ヨリの表情が曇る。

「そう」

「お客様かい?ヨリ」

 廊下の奥の扉が開き、一人の男が姿を現した。

 小さな子供を抱いている。子供は男に抱かれて安心したように眠っている。

「おや。森人とはめずらしいね」

 少し甲高い声で男が笑う。

「カイトちゃんよ、カムラ。カイトちゃん、この人がわたしの夫のカムラよ」

 カイトは酔林国でヨリと一緒に森に入ったときのことを思い出した。『ひと目惚れ?』とロロに訊かれて、『そうね』と笑ってヨリは答えた。『とても物静かで、優しそうに見えたの』と。

 確かに優しそうな人だな、と男を見てカイトも思った。

 ひょろりと背が高い。顔が長く、口元には笑みがある。少したれ目の大きな青い瞳は優しくヨリとカイトに向けられている。

 悪い人には見えない。

 むしろ、きちんと森と向き合っている人のように見える。

 だが。

「カイトちゃんか、よく来てくれたね。せっかく来てくれたのに申し訳ないけど、わたしはもう出掛けなくちゃいけないんだ。

 でも遠慮する必要はないから、ゆっくりしていってくれるかな。

 ヨリ、ミィはわたしが眠らせておくよ」

「お願い、カムラ」

「ねぇ、ヨリさん」

 リビングに案内され、湯呑を両手で包み、しばらく迷ってから、カイトはヨリに話しかけた。

「何?カイトちゃん」

「わたし、これまでに4人、ううん、5人かな、魔術師に会ったことがあるの。トロワさんも含めて。

 クロは--、わたしが森の外で一緒に旅した人は、魔術師は薬臭いから見分けられるって言ってたわ。薬師とはまた違うって。

 わたしには判らないけど。

 でも、誰も血の臭いをさせてはいなかった。

 イズイィさんも、巡察使さんも、イタカさんも、ペル様も」

 少し言葉を切る。

「--カムラさんみたいには」


 やつれている。

 扉を開けたヨリを見たとき、カイトはそう思った。顔色も悪いように見える。

 カイトの言葉を聞いたヨリの顔色が一層悪くなる。

「どうして、あんなにカムラさんから血の臭いがするの?」

 ヨリが首を振る。

「判らないの」

 答えるヨリの声に力がない。

「最初はそんなことなかったの。ハララム療養所に勤めるようになっても。

 でも、少しずつ帰るのが遅くなって、ある日、酷く塞ぎ込んで帰って来たわ。『どうしたの』って訊いても上の空で。翌日、『お休みしたら』って言ったけど、『行くよ』って。

 帰って来た時には普通に戻ってた。でも、微かに血の臭いがしたの」

 狂泉の森を出たとはいえヨリは森人だ。夫の纏う臭いが、何の臭いかすぐに気づいた。

「--人の血の臭いが」

「うん」

「それからすぐよ。カムラが一ツ神の信徒になるって言い出したのは」

「どうして?どうしてカムラさんはそんなことを言い出したの?」

「一ツ神こそが本物の神だからって。キャナが洲国と百神国に攻め込んている、それが証拠だって。

 わたしにも一ツ神の信徒にならないかって勧めてきたわ。

 そんなこと出来る訳ないって断ったら、二度と言わなかったけど」

「わたし、ここに来る前に聞いたの。ハララム療養所は、療養所って名前だけど、ホントは療養所じゃなくて、”古都”の魔術師の実験場だって」

「……」

「ヨリさんもそう疑ってるの?」

 ヨリが「ええ」と頷く。

「最初は微かだった血の臭いが次第に濃くなって、今ではもう、いくら洗ってもあの人から血の臭いが消えないわ」

「ヨリさん、カムラさんに訊いたの?どうしてって」

 ヨリが弱々しく首を振る。

「訊いてない。怖くて。何度も訊こうと思ったけど。何をしているのって。本当は、ハララム療養所で何をしているのって。

 でも、いつも足が竦んで、言葉が喉につかえて、訊けていないわ」

「うん」

 ムリもないと、カイトも思う。

「一ツ神の信徒がキャナを支配するようになってね、彼らはキャナの教育の仕組みを変えたの」

 ヨリが話を飛ばす。

「えっ?」

「それまでは子供の教育ってね、裕福な家なら家庭教師をつけるか、そうでなければ雷神様の神官様が教師になって、子供たちを神殿に集めて行われていたの。

 でも、モルドは、キャナ全土に学校を作って、すべての子供たちが等しく教育を受けられるようにしたのよ」

「ガッコウ?」

「そう。5歳になったら学校に行かないといけない。モルドがそう決めたの。5歳になったら学校に行って算数や国語を習わせないといけないって」

 ヨリが言葉を切る。

「ミィムは、もうすぐ5歳になるわ」

「さっき、カムラさんが抱いていた子?」

「ええ」

「……もしかして、ヨリさんは行かせたくないの?」

 ヨリが頷く。

「学校ではね、算数や国語だけじゃなくて、一ツ神の信徒が正しいと考えていることも教えているの。

 一ツ神だけが本当の神で、一ツ神以外の神様は偽物だって。

 そんなところにあの子を通わせたくないわ」

 短くカイトが沈黙する。

「……森には、戻れないの?」

「ミィムを残してはいけないわ」

「連れて行けないの?」

「あの人が許してくれる筈がないもの」

「ねぇ、ヨリさん」

「なに?」

「ヨリさんは、鶏は市場で買ってる?」

 唐突な問いに、ヨリが訝し気にカイトを見返す。

「ええ。それがどうしたの?」

「もう羽も毟ってあって、内臓も取ってあって、きちんと捌いた鶏を買ってる?」

「ううん」

 ヨリが笑って首を振る。

「街中だと自分で獲るのは難しいけど、やっぱり自分で捌かないと美味しくない気がするの。不思議なことにね。

 だから、今でもまだ羽を毟ってない鶏を買ってるわ」

「海都クスルで会った元森人の人がね、わたしに話してくれたの」

「えっ?」

「もう森には戻れないって思った時のこと」

「森には戻れない……?」

「うん」

 カイトが頷く。

「ある時にね、鶏を買ってくるようにお嫁さんに頼まれて、もう羽を毟ってあってきれいに捌いてある鶏を市場で買って帰って、それがとても美味しかったって。

 その夜に、子供と家族3人でベッドに横になってて、ああ、もう森には戻れないなって思ったって」

「……」

「ヨリさんは、まだ森人だわ」

「……カイトちゃん……」

「ヨリさんの父さまは、いつも難しい顔をしてる人だけど、ヨリさんが森に帰っても迎えてくれると思う。

 ライも心配してる。

 ヨリさんはひとりじゃないわ」

「……」

「帰りたくても、帰る一族のない子だっている」

 フウのことだ。

「ヨリさん。ヨリさんには、まだ、帰る一族があるわ」

 ヨリが顔を伏せる。うんと頷く。口を手で覆う。押さえた手の下から耐えかねたように嗚咽が漏れた。



「また遊びに来てね」

 カイトを見送ってくれたヨリの顔は、憑き物が落ちたかのように明るかった。

 大通りに出たところでオーフェが姿を現し、「じゃあ帰りましょうか」とだけ言って、後は黙り込んだカイトをずっと放っておいてくれた。

「オーフェさん。今日はちょっと一人でいたいの。夕食はタルルナさんのところの居酒屋で食べるわ。

 いい?」

 オーフェが明るく笑う。

「もちろん。婆さまにはボクから言っておきます」

「ありがとう」

 オーフェは居酒屋に入るとメニューを見てカイトの希望を聞き、注文だけして「それじゃあ、また明日」と言って店を出て行った。

 料理が運ばれて来て、カイトがフォークを手にしたところへ、「ここ、座らせてもらっていい?」と、若い女の声が響いた。

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