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23-2(竜王の国2(タルルナとの再会))

 鋼の女史。

 カイトは久しぶりにタルルナに会って、ターシャの言葉を思い出した。痩躯ではあるが立ち姿はしなやかで力強く、ターシャの言う通り、良く鍛え上げられた長剣のようにタルルナは見えた。

 ただし、鞘に収められて、決して抜かれることのない剣だ。

「タルルナさん!」

 馬車から降りるカイトの声が弾んだ。

「よく来てくれたね。カイト」

 駆け寄ったカイトを、タルルナが優しく抱き締める。

「よく頑張ったね」

 カイトの耳元でタルルナが囁く。

「うん」

 と、タルルナの肩に顔を埋めて、カイトは頷いた。


「久しぶりだなぁ、タルルナ」

 カイトに続いてタガイィが馬車を降りる。

「めずらしいね。呑んでないんだね、タガイィ」

「ちぃと、生活を改めようと思ってね」

「おやおや。何があったのかねぇ。どうだい、せっかくだからウチで茶でも飲んでいくかい?」

「そうだな。これと言って予定もないしな。頂くとするか」

 タガイィが馬車から荷物を下ろす。

「お世話になりました。パメラさん」

「こちらこそ。また馬車が必要になったらいつでも声をかけてね」

「うん」

 走り去っていく馬車を見送り、カイトとタガイィは居酒屋にもなっているタルルナの自宅の奥へと進んだ。

 広い。

 意外なほど奥行きがある。

「この一角がぜんぶ、通りの反対側までウチなんだよ」

「ホントに?」

「ウチは家族が多いからね。さあ、ここだ」

 タルルナが扉を開いたのは中庭に面した応接室だった。カイトが部屋に入ると、さっき馬車から降りたカイトのように、「かいと!」と、声を弾ませて、明るく笑ったリアが立ち上がった。


 昨夜のことである。

 カイトたちが泊まる宿に訪ねて来た者があった。

「お久しぶりです。カイトさん」と言った若い男を見て、カイトは「あ」と声を上げた。見覚えがある。

 タルルナと一緒に紫廟山を越えた隊商にいたタルルナの孫のうちの一人だ。

 オーフェ、と、若者は名乗った。

「カイトさんが、あまり人には知られたくないお客様を連れてくるから、どうやってうちにお連れするか相談しておいでって、婆さまに言われたんですよ。婆さまのうちの前で馬車を降りるのは人目につきますからね」

 タガイィが頷く。

「オレも嬢ちゃんも目立つからなぁ」

「どうしよう」

「明日、婆さまのところに行く途中に、うちの者が先にお客様をお預かりするのがいいんじゃないかと思いますが、如何ですか?」

 タガイィが考え込む。

「確かに、その方がいいかも知れないな」

「誰に預ければいいの?」

「ボクの叔父です」

「叔父さん?」

 オーフェが笑う。

「まあ、ボクの叔父と言っても、ボク自身、覚えていないぐらいたくさんいますけどね。カイトさんも会ったことがある人ですよ」

 翌日、つまりタルルナの家に着く一時間ほど前に片手を挙げて馬車を止めたのは、なるほど、カイトも会ったことがある男だった。タルルナの使いとして、フウがトワ郡にいるらしいと酔林国まで知らせに来てくれた男である。

 男はリアに向かって親し気に笑って、「やあ、久しぶりだね」と言いながら馬車から抱き降ろした。

 男は妻らしい女とリアと同じ年頃の子供を連れていて、彼らと一緒に人混みに紛れると、リアはもう、よくいる親子連れとしか見えなくなった。


 走り寄って来たリアをカイトがぎゅっと抱き締める。

 リアが楽しそうに笑う。

「別れてからそんなに時間も経ってないっていうのに、まるで何年振りかに会ったみたいだねぇ」

 笑いを含んで、呆れたようにタルルナが言う。

「だって、やっぱり心配だったもの」

 と言ったカイトに、

「ぜんぜんだいじょうぶでした、かいと」

 リアが顔を上げて応える。

「うん」

 リアから預かっていたおもちゃの弓矢をカイトが取り出す。応接室の扉が開いたとき、不安そうにしているリアの姿がちらりと見えたことは、口に出すことなく胸の奥に大事に仕舞う。

「はい」

「ありがとう、かいと」

 リアが両手で弓矢を握りしめる。

「それじゃあ、感動の再会はそれぐらいにして、二人とも椅子に座りな」

「うん」

 リアの手を取り、二人で並んでカイトが座る。

「さてと」

 全員が椅子に腰を落ち着けるのを待って、タルルナが改めて口を開く。

「あんたが海都クスルからどこを通ってここまで来たのかは、おおよそのところは見当がついているよ。でもひとつだけ判らないことがあってね。カイト、あんた、狂泉様の森で誰にリアちゃんを預けたんだい?」

「プリンスよ、タルルナさん」

 タルルナが深く頷く。

「それならあんたが安心してリアちゃんを預けられるはずだ。プリンスのことは後で詳しく教えておくれ。

 それじゃあ、改めて確認させて貰うけど、リアちゃんは、竜王様の墓守の一族なんだよね?」

「ロード伯爵が教えたのか?」

 誰かに聞かれる心配はない。しかし、タガイィが声を抑えて訊く。

「まさか」

 タルルナが怒ったように口元を歪める。

「最初はね、ロード伯爵からあたしのところに手紙が届いたんだよ。

 海都クスルのロード伯爵の屋敷に、カイトと、カイトの探していた子がいる、ってそれだけだったよ。

 なんであの人から突然こんな知らせが届くんだろうって不思議に思ってたら、その翌日にロード伯爵の弟さんが訪ねて来てね」

「弟さん?」

「そうだよ。あの人の弟さんとは思えないようなさわやかな人でね。ロード伯爵からあたしに伝言があるってね。なにやらロード伯爵と弟さんの二人だけに通じる子供の頃から使っている暗号があって、その暗号を使って知らせてきたってね。

 ズイブン面倒なことをするなと思ったら、またその内容っていうのが、そのうちカイトが、あまり人には知られたくない客人と二人、あたしを訪ねて来ることになるでしょうって、それだけなんだよ。

 なんのことかさっぱりだからさ、弟さんに文句を言ったら、『兄のすることですから』って」

「伯爵様らしい……、かな」

 カイトの言葉に、タルルナがフンッと鼻を鳴らす。

「あとは自分で調べろってことかと腹が立ってね、クスルクスル王国にも支店があるから情報を集めてみると、あたしは呆れちまったよ。カイト、あんた、海都クスルで何をしてきたんだい?」

「えーと」

「ま、それは後でゆっくり聞くとしようか。

 あんたらが港に着いた時、騒ぎを起こしたこともすぐに判ったよ。だから陰険野郎が追ってたリアちゃんを、ロード伯爵が手元に置いたこともすぐに判った。

 それとも計算ずくだったのかねぇ、あれも。

 リアちゃんを預かったってロード伯爵がわざわざ言ったのも」

「……もしかすると、そうかも」

「ホントに厄介なお人だよ。

 ゲイル刑務所を三巨竜が襲ったことに、あんたらは関わっていないことになってる。あんたらはみんな、もう海都クスルにはいなかったってね。

 でも、ロード伯爵は絡んでる。どんな風にかは判らないけれど、ロード伯爵の周囲を探るとそうとしか思えなくてね。

 で、ゲイル刑務所が潰されて、姿を消した囚人がいないか調べてみると、気になる名前がひとつあった。

 ファロのマウロさんだよ」

「あ」

「知ってるんだね。カイト」

「うん」

「あたしもトワ郡の反乱については情報を集めていたからね。マウロさんが海都クスルから逃れて来たってことは知ってたけど、それがゲイル刑務所からだってなると、あんたも海都クスルの騒動に関わっていたなって判ったよ」

「どうして?」

「オム市の郡庁を落とすのに森人の子が関わってたって噂があったんだ。そんなこと、とてもできないだろうっていうような噂がね。

 でも、あんたならできるからね。

 だからあんたはあそこに、オム市にいた。

 マウロさんも知っている。

 そう考えて、ゲイル刑務所から辿っていくと、今度は海都クスルの北で起こった事件が引っ掛かった。

 おそらく寄宿生と思われる男たちが殺されてた。

 矢でね。

 ウチの者に詳しく調べさせると、黒毛の犬の獣人と森人の子のいる妙に目立つ一団の目撃情報があった。

 歳の離れた二人の娘を連れた、壮年の男と一緒に北を目指していたってね。

 となると、あんたはフウって子とリアちゃんとマウロさんを連れて狂泉様の森に逃げ込んだのかと思って、そこからオム市に行ったんだと仮定してみた。

 マウロさんはトワ郡に残っている。トワ王国軍に犬の獣人がいるって情報もあった。どうやらフウって子も残ってる。

 だとすると、あまり知られたくない客人というのはリアちゃんの可能性が高い。

 後は、リアちゃんが何者なのかだけど、これはもう想像するしかなかったよ。

 ただ、なんとなく竜王様に関わりのある人じゃないかって気がしてね。名を口にするのも憚られる御方たちの信徒であるロード伯爵が関わっていて、しかも狂泉様が森に入ることをお許しになられたとすると。

 そっちの線で考えてみると、リアちゃんが竜王様の墓守の一族だとすると、いろいろ辻褄が合う気がしたんだ。

 これといって根拠はなかったけどね。

 だとしたら、どこから来るか」

「嬢ちゃんが一緒だ。多分、酔林国経由だろうと考えて、オレに手紙をくれたって訳か」

「予想が外れなくて良かったよ」

 タガイィが首を振る。

「みんなして弄ばれてるって気がするな。ロード伯爵に」

「ホント、好きにはなれないお人だね、あの人は」

「でも、いい人だわ。伯爵様。だってリアちゃんにもヌーヌーにも、お屋敷のみんなにも優しかったもの」

「ヌーヌーって誰だい?カイト」

「死の聖女様よ」

 ぎょっとタガイィが目を剥く。

「ああ、そう言えば、死の聖女様がいるんだったね。海都クスルのロード伯爵のお屋敷には」

「うん」

「そうか。死の聖女様にも優しかったか」

「うん」

 短く黙考した後、「判ったよ」と、明るくタルルナが笑う。

「あんたが言うんだ。少しは信じてみることにするよ。

 さて、それじゃあこれからどうするのか、せっかく海都クスルまで逃れていたリアちゃんをどうして迷宮大都に連れて来たのか、教えてくれるかい?」



「あんたと同い年ぐらいの、赤い髪の子か--」

 千の妖魔の女王と聞いても僅かに眉を動かしただけで、最後まで話を聞き終えてタルルナは考え込むように天井に視線を彷徨わせた。

「探せる?」

 タルルナがカイトに視線を戻す。

「あたし一人じゃあ、ムリだね。でもみんなで探せばなんとかなるよ。いくら人が多いと言っても、迷宮大都にはたった40万人ぐらいしかいないからね」

「……たった、かな」

「目立つ子なんだろう?その子」

「うん」

「だったら何とかなるさ。

 迷宮大都にはあたしの知り合いも多いし、フウを探した時みたいに口入れ屋に探し人の依頼書を回してもいいしね。

 トロワの言う通り、その子が”古都”の首席なんだとしたら、こっちが探してるって気がついたら向こうから現れるかも知れないしね。

 それでカイト、あんたはこれからどうするんだい?」

「トロワさんにフランという人が住んでいた住所は教えて貰ったから、まずはそこを訪ねてみるわ」

「そうかい。あんたは迷宮大都に慣れていないだろうからオーフェを連れておいき。あの子は口が固いし、迷宮大都のことならあたしより良く知っているからね」

「いいの?」

「もちろんだよ。好きに使ってもらっていいよ」

「ありがとう、タルルナさん」

「タガイィ、あんたはどうするね?」

「オレは10日程でガヤに帰らなきゃあいけねぇからな。こっちの仲間と連絡を取りたいが、信頼できる仲間は地下に潜っちまっててどこにいるか判らねぇ。

 まずはそこからだ」

「あたしんとこは女の子がひとり増えたぐらいじゃあ目立つことはないしね。リアちゃんはちゃんと預かるから、安心しな」

「すまないが、頼む」

「リアちゃん」

「はい」

「あたしの生まれは洲国だけど、あたしも今じゃあ竜王様の民の一人だ。竜王様のお墓参りのためってことなら他人事じゃないからね。

 必ずフランって子は探してあげるよ。

 だから安心しな」

「ありがとうございます、たるるなさん」

 リアが深々と頭を下げる。

「礼を言われるようなことじゃないさ。

 さて。それじゃあ、まずはメシでも食おうか。

 予め言っとくけど、ウチの食事だ。家族が多いけどびっくりしないでおくれよ」

「もう知ってるわ。タルルナさん」

 タルルナが笑う。

「見ると聞くとでは大違いっていうのがどういうことか、改めて教えてあげるよ、カイト」

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