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22-6(キャナヘ6(リアの理由))

「わたし、リアちゃんと迷宮大都に行く。そのまま船でクスルクスル王国に戻れるように、タルルナさんにお願いしてみる」

「そうか」

 ハルが頷く。

「あたしたちはね、オルガの集落に帰ることにした」

「えっ?」

 カイトがハルを見返す。

「いつ?」

「まだ決めてない。でも、近いうちに。ごめんね。またあんたを見送れなくて」

「ううん。でも、どうして急に戻ることにしたの?」

「プリンスさんの母さまはプリンスさんを産むときに亡くなって、父さまは、プリンスさんが10歳になる前に亡くなったって、カイト、知ってる?」

「初めて聞いた」

「あたしを連れて帰ったからなんだけど、プリンスさんの一族の人に教えて貰ったの。もう話してもいい頃だろうって」

「何を?」

「プリンスさんの父さまはね、お家で病気で亡くなったんだけど、本当は、森に帰ろうと思えば帰れたらしいの。

 実際、まだ歩けるうちに森に帰ろうとしたことがあったんだって。

 でも支度を整えて家を出ようとした時に、最後にってベッドで眠っているプリンスさんの姿を見て、まだ森には帰れない、と思い直されたって」

「……プリンスのために?」

「うん。プリンスさん、その話を聞いて、しばらく黙ってて、『父親になるのって大変だな』って言ったの。

 それからあたしに、『オルガの集落に戻ろうか』って。『ハルちゃんの父上に、きちんと話して認めて頂こう』って」

「……」

「ずっと明るいままだったわ。プリンスさん。でも、二人だけになってから、『ボクは初めて、父上が死んで、心の底から悲しいと思うよ』って言ったの」

「そう」

「あたしもね、人を好きになるってこういうことなんだって、プリンスさんの言葉を聞いてやっと判った気がするわ」

 カイトが隣に座ったハルを抱き締める。

「がんばってね。ハル」

 ハルはカイトの背中に腕を回して、「うん」と頷いた。


 みんなで狩りに行こうという話になって、ハルとニーナ、ロロの4人で森に入った。ハルが矢を射る姿を見て、ニーナとロロは「わお」と声を上げた。

「上手いねー、ハル」

「ありがとう、ニーナ。でも」

「そうだね」ロロが頷いて、3人が視線を向けた先にいたのは、カイトである。

「なに?」

「なんでもないわ」

 くすくすとハルたちが笑う。

「ねぇ、ニーナ」

 笑いを収めてハルがニーナに顔を向ける。

「なに?」

「ちょっと後で教えて貰いたいことがあるんだけど」

「何かしら」

「プリンスさんの昔の話」

「あ」

 カイトが声を上げる。

 ニーナが「ふむ」と真顔になる。

「本当に聞きたいの?」

「ぜひ」

 ニーナの笑い声が森に明るく響く。

「いいわ。わたしの知ってることは、全部、話してあげる」

「ありがとう。ニーナ」

 にこりとハルが笑う。

「ねぇ、カイト」

 ロロがカイトに囁く。

「こういうの、勇気がある、って言うのかな」

 カイトは低く呻き、「わたしにはとてもできない。それだけは確かだわ」と、ロロに囁き返した。


 同じ日にトロワ宅で、プリンスとハルのささやかな送別会が開かれた。

 送別会にはライとカーラも来ていて、以前と少しも変わらない二人の様子に、カイトは小さく唸った。

「どうしたの。カイトちゃん」

 めざとくプリンスが気がついて声をかけてくる。

「何でもない。ちょっと、難しいなと思っただけ」

「もしかして、ライさんと師匠のこと?」

「うん」

 プリンスが笑う。

「そうだね。ボクにも難しいね、あの二人は。

 もしエトーさんがここにいたら、また、ボクがお子ちゃまだからって言われそうだね」

 カイトも笑った。

「わたしもかな。あ、そう言えば」

 カイトがプリンスに向き直る。

「わたし、プリンスに訊いてみたいことがあったの」

「なに?カイトちゃん」

「サッシャさんが、どうしてミユ様を、えーと、トワ王国の王様にしたのか」

「どういうこと?」

「クロは、サッシャさんがロタ一族の分家だから、それじゃあトワ王国をまとめるには弱いって言ってたわ。

 でも、それってどういうことなのか、よく判らなくて」

「ミユ様というのは、トワ一族なんだよね?」

「うん」

 プリンスはしばらく考えていて、「多分それは、ロタ一族とトワ一族じゃあ、格が違うってことじゃないかな」と答えた。

「ますます判らない」

 プリンスが笑う。

「そうだね。でもその質問は、ボクよりもトロワさんにした方がいいと思うよ。トロワさんの方が、ボクより森の外のことは詳しいからね」


 翌日、カイトは改めてトロワに、プリンスと同じことを尋ねた。

「難しい質問だね」

 と言って、

「狂泉様の森で、一族の”水”はどうやって決めるんだろう」

 と、トロワは逆に、カイトに尋ねた。

「一族の”水”をどうやって決めるか」

 トロワの質問の意味を確かめるようにカイトが繰り返す。

 クル一族の”水”は、狂泉の巫女でもある老女だ。老女は、母であるサヤが生まれる前から一族の”水”だった。だから老女が、どうやってクル一族の”水”に選ばれたか、実際のところをカイトは知らない。

 しかし、”水”がどうやって選ばれるか、と訊かれれば、

「みんなで選ぶわ」

 ということになる。

「革ノ月を終えたみんなで集まって、決める」

「どういう人を選ぶ?」

 これも答えは簡単だった。

「みんなの話をきちんと聞ける人」

「他に何か条件はあるかい?」

 カイトはしばらく考えて、首を振った。

 一族の”水”になるなら、他の誰よりも弓が上手い方がいいだろう。婆さまも弓は上手い。森の外の出来事まで注意を払い、先を見通す力のある者の方がいいだろう。ハルの母のルゥのように。他の一族と争いになった際に、双方が納得できるように交渉し、争いを収める力がある方がいいだろう。

 しかしそれは、絶対に必要なものではない。

「みんなの話をきちんと聞ける人なら、それだけで問題ないわ」

 ということになる。

「なぜだろう」

「え?」

「なぜ、話を聞くだけでいいんだろう」

「え、えーと」

「オレはね。人々の独立性が高い、それが理由だと思う」

 カイトが答える前に、トロワは話し始めた。

「一族の”水”の一番の役割は、集落の人々をまとめることだ。

 ”水”という呼び方にしても、狂泉様の信徒として一族の人々を等しく浸すという意味だと言われてるよね」

「うん」

「狂泉様の森は豊かだ。そして狂泉様の民人は、革ノ月を経ることで、一人でも生きていける者だけが残される。

 だけど森の外はそうじゃない。

 カイトももう、知っているだろう?」

「--うん」

「森の外の人々は、ひとりでは生きていけない。必ず他者の助けがいる。みんなで助け合って生きている。

 助け合い、生きるために組織を作る。

 森の外の世界で人々を率いるには様々な能力がいる。みんなの話を聞いているだけではリーダーにはなれない。場合によっては誰よりも強い力が必要になることもあるだろうし、人々の利害を調整し、他の集団と交渉する必要もある。

 本当にたくさんの能力が必要だ。

 しかし、そういう人をどうやって探すんだろう。

 例えば、カイトは海都クスルに行ったから知っているだろうけど、50万人もの人が住む海都クスルで、一人のリーダーを決めるにはどうすればいいんだろう」

 改めて50万人と聞いて、カイトは頭がくらくらした。

「--判らない」

「それと、さっき、森の外の人たちは生きるために助け合い、組織を作るって言ったけど、組織を作るとね、王が担うべき能力を分散することができるんだよ。

 例えば、他の国と交渉するのに、カイトがお世話になったロード伯爵を外務大臣にするようにね。

 いくさになったらいくさに秀でた者が組織を率いるのがいい。酔林国なら、オレが軍を率いるより軍団長にお任せした方がいい。しかし、最前線で戦うなら軍団長よりもライやエトーに任せた方がいいってことになる。

 だったら、国という組織で、王はどんな意味を持つんだろう」

「えーと」

「極端な言い方をするとね、組織がしっかりしてくると、王はただのお飾りでも良くなるんだよ。

 人々の話を聞く必要さえない。

 ただ、国をまとめられればいいんだ。

 だとしたら、王として誰を選ぶかってなった時に血筋の確かな方の方が、民が納得しやすい」

「……」

 カイトには良く判らない。

 どこかに論理の飛躍がある気がした。

「竜王様の伝説が生きている狂泉様の森の南の国々では特にそうなんだ。

 狂泉様の森の南の国々ではね、竜王様の血が濃いほど価値があると考えられているんだよ。

 洲国の王家もかなり血筋としては確かだけど、やはりまずは、竜王様の末裔を自称するキャナの王家、ということになる。

 クスルクスルの王家にしても、国を興すときに、まずはクスル王国の末裔から王権を譲られたという形を取り、虚言王の海賊という出自もあって、それでも弱いと考えたんだろうね、キャナ王国からアリア姫様を迎え入れた。

 竜王様の血を取り込もうとした訳だね。

 しかし、キャナの王家も様々に分岐しているから、今の王がいちばん血が濃いか、と言えば、必ずしもそうとは言えない。

 実は、トワ一族にはひとつ不思議なところがあってね」

「なに?」

「出自がはっきりしないんだよ」

「シュツジってなに?」

「祖先が誰か、どこから来たか、そういうことだよ。国を建てるとなると血筋は大事だ。だけど、トワ一族はそれを隠そうとしているように思えるんだ。大災厄の後だから自分たちの出自が判らなくなっているということはあるだろうが、あえて、ね。

 いつからかは判らない。

 国を建てた時に主張していなかったことは確かだ。だけど、誰かが言い出した。トワ一族の方がキャナの王家よりも竜王様の血が濃い、ってね」

「……」

「オレの知る限りトワ一族はそんな主張はしていない。でも、否定もしていない。

 ロタの若者がミユという子を王として担いだのは、竜王様の血が濃いという、トワ一族の正当性を重視したからだよ」

「でも」

 カイトが言葉を探す。

「繋がっていない命なんて、ひとつもないわ」

 トロワの瞳をしっかりと見返して、訴えるようにカイトは言った。



 もしトロワが、狂泉の森で長く暮らしていなければ、カイトの言葉の意味を取り違えただろう。

 誰もが父と母から生まれ、ずっと続いている。繋がっていない命はない。過去からずっと続いている命に、貴賤はない。

 カイトが言ったのはそういう意味ではない。

 トロワも最初は理解できなかった。狂泉の森人にとってそれはあまりに常識に過ぎたからだ。繋がっていない命はひとつもない。狂泉の森で狩り、彼らが食べる命も。逆に獲物に狩られ、食べられてしまう命も。

 例え、一族同士が争い、殺してしまう命でさえ。

 だからこそ彼らは14歳になった子供たちを革ノ月に送り出し、死に際しては森に帰る。

「そうだね」

 革ノ月から戻ったハノと二人だけで森に入って、トロワもようやく知った。

 ハノの狩った獲物をハノが捌き、二人で食べた。ハノが差し出した肉を口にして、

『あっ』

 と、思った。

 何度も見てきた筈の狂泉の森が、それまでとはまるで違って見えた。こういうことだったのかと、理解が身体の内側から溢れ、感動に胸が震えた。

「繋がっていない命なんてひとつもない。オレもそう思うよ。

 でも、外の世界のように、人の社会の中だけで生きていると、どうしてだか人はそのことを忘れてしまうんだよ」

「どうして?」

 トロワがカイトに笑って見せる。

「オレにも判らないな。オレが森の外で生きていたのもずいぶん前のことだから」

 カイトが顔を伏せる。

『でも、また密輸を手伝うかもしれねぇな。もしアイツに会っちまったら』

『他に知らないからですよ、生き方ってヤツを』

『あたしもそうだ。

 他に生き方なんか知らないよ。こんなところまで来ちまってもね』

「……わたしもそうだ」

「何がだい?カイト」

 カイトが顔を上げ、首を振る。

「たいしたことじゃないわ、トロワさん。わたしはやっぱり森人なんだなって。そう思っただけだから」



「また北で会おうね。カイト」

「うん」

「フウとクロさんによろしくね」

 ハルはそう言ってプリンスと二人、紫廟山に続く道へと去っていった。

 数日後、ニーナやロロ、カーラや、カーラの取り巻きの少女たちと一緒に、カイトはガヤの街まで買い物に出かけた。ハノと双子の娘も一緒だ。彼女たちの護衛としてライだけでなくマクバとエトーまでついてきて、ざわつくガヤの住民をよそに、森人たちは雷神の神殿前で開かれている市場に賑やかに繰り出した。

 カイトは迷宮大都に行くためにガヤの街に残り、名残りを惜しみながらニーナやロロと別れた。

 タガイィの自宅に行くと、リアが笑顔で出迎えてくれた。

 少女たちの間に紛れ込ませて、密かにガヤの街まで連れて来たのである。


 リアは街の子の装いに戻っている。けれど手にはおもちゃの弓矢がある。

 プリンスとハルに作ってもらったものではない。

「ねえさまたちとこうかんしたの」

 トロワの双子の娘のことだ。

「宝物だね」

 ハルと交換した山刀やニーナとロロと交換した矢のことを思って、カイトが言う。

「うん」

 と、リアは明るく頷いた。

「フランっていう人が住んでた住所をトロワさんに教えて貰ったから、まずはそこに行ってみるわ」

 カイトはそうリアに説明した。

「ありがとう。かいと」

「ううん」

 カイトが首を振る。

 本当にそこにいるかどうか判らない。探し出せるかどうかも。それも話すべきかと、少し迷う。

 カイトが迷っているうちに先にリアが口を開いた。

「かあさま、わたしとおわかれするときにね、わたしにいったの」

「なにを?」

「おつとめをはたしなさい。そうすれば、かならずまたあえるからって」

「……」

「かあさまにあえるよね。かいと」

 リアがカイトを見上げる。大きな瞳で。気持ちの全てを乗せて。

 死人に襲われ、フウが倒れたとき。倒れたフウを見つめて呆然としていたリアの姿が思い出された。

「うん」

 力強くカイトが頷く。

「会えるわ、リアちゃん。きっと」

 リアを安心させるために、カイトは笑って見せた。本当にそうなればいいのに。と、強く望みながら。

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