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22-4(キャナヘ4(竜王の墓守))

 リアはまだ5歳だ。

 相手が本当のことを言っているかどうか見極めるのは難しい。

 しかし、ターシャと初めて会って、トロワに投げかけたのと同じ質問をしたとき、この人は本当にフランという人を知っている、とリアは思った。

 リアの質問を聞いたターシャはぴくりと眉を動かし、口を閉じ、しばらく何かを考えてから「そうか。リア様はフランをお探しか」と言った。

 笑いがターシャの口元にあった。

 それまでリアに見せていた作り物の笑いとは違う、皮肉っぽくも楽しそうな笑いが。その笑いを見てリアはターシャを信じた。


 トロワの反応は、ターシャとはまた違っていた。

 リアの質問を聞いたトロワは、それまでの落ち着きが嘘のように目を見開き、口をポカンと開けた。

『こんなにおどろいたおとなのひと、みたことないな』

 リアはそう思い、トロワがフランという人を知っているのだと確信した。

 理由は判らないが、フランという名は、知っている人を驚かせる何かがあるようだとリアはすでに理解していた。

「フラン」

 喘ぐようにトロワが呟く。

「ごぞんじなんですね」

 声を弾ませたリアに、「あ、うん、知ってるよ」と、トロワは答えた。

「フラン」

 動揺を隠せないまま、トロワが右手で口を覆う。

「わたし、ふらんというかたをさがしているんです。ごぞんじなら、どちらにいらっしゃるか、おしえていただけないでしょうか?」

 落ち着きなくあちらこちらを彷徨っていたトロワの視線がリアに戻って来る。

「探している?何のために?」

「それは、はなせません」

 と、リアが微笑む。


 あら。こんな簡単なことも判らないの?うさぎくん。


 聞こえるはずのない声がトロワの耳に聞こえた。

 魔術師らしく、『極度のストレスからくる幻聴だ』と心の隅で分析しながら、その幻聴に蹴っ飛ばされるように、トロワの頭がくるくると回った。

『そう言えば、伯爵様、トロワさんがショナから来たことも知っていたって。魔術師なのも』

 カイトの声がトロワの耳に蘇る。

 それは知っているだろう。

 酒を造るためだけにショナから来た魔術師。それだけで、オレと師匠の関係を疑うには十分だ。

 師匠のことを知っている者にとっては。

 ロード伯爵は師匠のことを前々から知っていた。多分、師匠のもうひとつの名前も。だから、酒を造るためだけにショナから魔術師が来たと聞いて、オレが師匠と関わりがあるのではないかと疑った。

 そして、オレに知られないよう、ショナに人をやって調べた。オレのことを。師匠と繋がりがあるかどうか、確証を得るために。

 オレならそうする。

 師匠と関わりがあるかも知れない者を、不確実な推測のまま終わらせられるはずがない。

 オレの師匠がフランという名の魔術師だということは、すぐに判ったハズだ。

 ロード伯爵はずっと前から知っていた。

 オレが師匠の弟子だと。

 だから、リアちゃんをオレに預けた。

 次の道標として。

 何のために?

 何故、師匠を探す?

 闇の神の信徒たるロード伯爵。狂泉様の信徒であるカイト--。

「……そういうことか」

「なにがでしょう?とろわさま」

 トロワは短い息を吐いた。笑顔をリアに向ける。

「いや、何でもないよ。うん、知っているよ。フランというのはオレの魔術の師匠だよ、リアちゃん。

 だけど、師匠が今どこにいるか、悪いけどオレも知らないんだ」

「え」

「知らないけど、リアちゃんの力になれるかも知れない」

「え?」

「少し考えさせて欲しい。いいかな」

「わかりました」

 リアが深々と頭を下げる。

「よろしくおねがいいたします、とろわさま」



「フラン?誰だ、それ」

 トロワに尋ねたのはライである。例によってトロワ宅に晩メシを食べに来て、面白そうだからと首を突っ込んできたのである。

 部屋にはトロワとライとカイトの三人しかいない。

「オレの魔術の師匠だよ」

「トロワさんに魔術師になるように勧めてくれたって、前に言ってた人?」

 カイトが訊く。

「ああ」

「そうなんだ」

「ロード伯爵も師匠とは知り合いなんだろう。だから、リアちゃんをオレのところに送り届けるようにカイトに言ったんだろうな」

「何のためだ」

「これはオレの推測だが、あの子は多分、竜王様の墓守だ」

 湯呑を手にしたライの手がぴくりっと止まる。

 カイトはきょとんとしている。

「竜王様の墓守って、なに?」

「カイトは知らないか。キャナには、竜王様の墓を守っている一族がいる、という噂があるんだよ」

「でも、竜王様のお墓はどこにもないんじゃなかったっけ」

 狂泉の森に墓がないように、竜王もまた、己の墓を造ることを良しとしなかった。と、カイトは聞いたことがある。

「そう言われているのはオレも知っているよ。竜王様の墓はどこにもない。ただ、土に返されただけだってね。

 だけど、どこかに葬られたことは間違いない。その竜王様が葬られた場所を墓として、ずっと祈りを捧げている一族がキャナにはいる、と言われててね。

 多分、リアちゃんはその一族だと思う」

「……」

「どうしてそう思うの?」

「ロード伯爵の信じる神と、狂泉様や海神様、光の神々の双方に加護されている、となると、リアちゃんが竜王様に関わっていることは間違いない。

 そんな方は、竜王様以外いないからな。

 だが、王族ではない。

 本人もそう言っているようだし、それにもし王族なら、レンツェがもっとリアちゃんに拘るだろう」

「誰だ。レンツェっていうのは」

「キャナの諜報部門のトップさ。会ったことはないが。

 陰気で粘っこい男らしくて、前にタルルナに訊いてみたら、虫唾が走るような男だよって言ってたよ。

 だけど、諜報部門のトップとしてはイヤになるぐらい優秀だってね」

「ふむ」

「何よりオレが、リアちゃんを竜王様の墓守の一族だって思う最大の理由は、リアちゃんが師匠を探しているからだよ」

「どうしてそれが、竜王様の墓守ってことになるんだ?」

「師匠なら知っているからだよ」

「何を」

「竜王様の墓がどこにあるかを、だよ」


 ライが訝し気にトロワを見返す。

「知ってる?竜王様の墓がどこにあるか?なんでだ。誰も知らないハズだろう、竜王様の墓がどこにあるかなんてよ」

 ライの問いにトロワが首を振る。

「いや。師匠なら知っているだろう。何せ、師匠は竜王様の友だちだったらしいからな」

 声を上げてライが笑う。

「友だちってお前、竜王様がいつ頃の方か、知ってるだろう?トロワ」

「いつ頃の方だと思ってる?ライ」

「迷宮大都は三千年の都と言われてるな。だから3千年ぐらい前じゃねえのか?」

「師匠は違うと言われてた。

 竜王様が生きていたのは7千年前だってね。そして、あの子の墓は迷宮大都にあるわって言ってたよ」

「7千年……」

 カイトが呟く。

「……何モンなんだよ、トロワ。お前の師匠っていうのは」

「まず断っておくが、怒るなよ、ライ」

「何を」

「幾つかオレはお前に嘘をついてる。まずはそのことをだよ。それと、師匠のもうひとつの名前を聞いても、だよ」

「内容によるぜ。それは」

「お前らしいな」

 トロワが笑う。

「オレの師匠の名前はフランだ。

 しかし、師匠にはもうひとつ名前がある。シャッカタカー、千の妖魔の女王っていう名前がね」


「千の妖魔の女王?」

 ライの声が低い。怒りに身体が膨らんでいる。

「”古都”の、首席か」

「あ」

 カイトも思い出した。ゾマ市でエルが教えてくれた話だ。

「お前、”古都”と繋がってるのか?」

 抑えている。が、ライの声に怒気が混じる。

 トロワは首を振った。

「繋がってない。何も関係していない。師匠が”古都”の首席だっていうのも、こっちに来てから知ったことだ。

 いや、そもそもショナにいた頃には、”古都”の存在そのものを知らなかったよ」

「だったら、どういうことだ」

「師匠がどういう理由で”古都”を造ったかは知らない。教えてくれなかったからな。今回の件に”古都”がどう絡んでいるかも判らない。

 だが、お前も知っているだろう?

 ”古都”は不死を売り物にしている。不死はすでに実現しているからと言ってな。

 師匠は確かに不死と言ってもいい。それをどう実現しているのか、詳しいことはオレにも判らないけどな。

 大事なのは、師匠が竜王様の時代からずっと生きている、ってことだ」

「……」

「それと、お前についていたっていう嘘は、オレがどうやって酔林国に来たかってことなんだ」

 ライが記憶を探る。

「確か、クスルクスル王国を経由して、船でキャナに着いた、って言ってたな。で、ガヤの街を通ってここに来たって」

「ああ。だが本当は、オレは師匠の操る飛竜に乗って酔林国に来たんだよ」

 飛竜に乗って。

 いいなぁ。とこっそりカイトが思う。

「乗ってと言うより、むりやり飛竜に乗せられて、って言った方がいいかな。その時に、平原公主様と狂泉様に会ったよ」

 ライが酒を吹き出しそうになる。

「平原公主様と、狂泉様だぁ?」

「師匠とは友だちだそうだ。お二方とも」

「……ウソだろ」

「もしオレの言っていることが嘘なら、オレはもう死んでるよ。お二方の神罰で」

「……」

「どんな方だったの?お二方って」

 トロワがカイトに顔を向け、笑う。

「神の御姿を話すのは、止めた方がいいだろうな」

「でも、クスルクスル王国では海神様の写し絵とか胸像を売ってたし、すごく大きな像もあったわ。

 だからいいんじゃない?」

「神々もいろいろだよ、カイト。ご陽気な海神様はともかく、狂泉様と平原公主様は、あまり、良しとはされないだろうな」

「どうして平原公主様と狂泉様にお会いできたんだよ、トロワ。ただ、飛竜に乗って来たってだけでよ」

「オレを驚かそうとしたんだろうな、師匠が。平原公主様は、飛んでいる飛竜のすぐそばに姿を現わされたからな。

 思わず飛竜から転げ落ちそうになったよ」

「驚かそうって、お前、そんな理由で?」

「そういう人なんだよ、師匠は」

「マジか」

「信じてくれるか?ライ」

 しばらく考えて、「信じるしかないだろうな」と、ライは答えた。

「お前の言う通り、まだお前が生きてる。それが、お前の話が嘘じゃない何よりの証拠だろうな」

「じゃあ、どこにいるの?その、フランっていう人は」

「判らない。キャナに自宅を持たれていたが、今もそこにいらっしゃるかどうか。自宅がそのままだとしても、いらっしゃるかどうか判らない。

 何しろ、旧大陸から新大陸まで、世界中に自宅があるようだからな、師匠は。

 ただ、やっぱりキャナにいる可能性は高い、と思うよ」

「どうして?」

「師匠は多分、雷神様が神殿の扉を閉じたことに関わってる」

 ライが呆れたように「はっ」と声を上げる。

「狂泉様と平原公主様の次は、雷神様かよ。

 で、お前の師匠が雷神様が扉を閉じられた件に関わっているって、お前がそう思う理由は何だよ」

「師匠はよくオレの酒を呑みに来られてたんだ。それが、雷神様が扉を閉じた後からパッタリ来なくなったからだよ。狂泉様と平原公主様を友だちだと言うような人だ。無関係ということはあり得ないだろう。

 あれからもう、15年、いや、16年か。

 そろそろ戻られても不思議じゃない。

 酒の減りも早いしな」

「酒って?」

「酔林国の酒蔵からはね、たまに酒がなくなるんだよ。オレたちはそれを、狂泉様がお持ちになられた、と考えてる。

 狂泉様が呑まれてるってね。

 カイトが北に戻った頃から、酒の減りが早くなったんだ。いつもより。だから多分、狂泉様がご自分が呑まれる分だけじゃなく、師匠が呑む分も持って行かれているんじゃないかって疑ってたんだ。

 師匠が戻って来ているかも知れないってね」

「えーと。どんな人なの、そのフランって人。あ。えーと、身長とか」

 トロワが考え込む。

「もう、オレが知っているのとは違う姿をしているだろうなぁ」

「え?」

「確かじゃないが、年齢はカイトと同じぐらいだろう。しかしね、師匠の年齢はね、判り難いんだよ」

「どういうこと?」

「実際に生きている年月と見た目の年齢が一致していないからか、若くても歳をとっていても、不思議と何歳か見分けるのが難しいんだ、師匠は」

「年齢が一致していない……」

「トロワ」

 ライが軽く咳払いしてトロワに声をかける。

「何だ、ライ」

「お前の話は判った。お前が嘘をついていたこととか、師匠とやらのことを黙っていたことは気にしねぇ。

 いろんな事情が人にはあるからな。

 で、オレもお前に話していないことがある」

「どんなことだ、ライ」

「竜王様の墓守の話だが、オレも知っている。で、墓守には、墓守を守る一族、というか、組織がついていることも知ってる」

「竜王様の墓守を守る組織?初めて聞くな。そんなものがあるのか」

「で、その組織に属してるヤツも知ってる」

「え?」

 トロワは居住まいを正した。

「誰だ?」

「タガイィだよ」

「タガイィ?ガヤの街の?」

「あっ!」

 カイトが声を上げる。

「どうしたんだ、カイト。いきなり」

「思い出した。わたし、会ったことがあるかも」

「誰にだ。カイト」

「トロワさんの師匠の、フランって人」

「ええっ!」

 今度はトロワが声を上げた。

「いつ、どこで」

「ガヤの街に行った時に。雷神様の神殿の前で。ううん。会ったって言うより、見かけた、かな。雷神様の神殿を一人で見上げてたわ。

 赤い髪をした、きれいな子だった。

 だけどなんだか不思議な感じで、うん、トロワさんの言う通り、わたしと同い年ぐらいに見えたけど、なんだか歳が判り難かったわ」

 トロワとライは顔を見合わせた。

「これは」

「ああ」

 ライが頷く。

「タガイィに会いに行けと、狂泉様が言われてるんだろうな」

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