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22-2(キャナヘ2(リアの質問1))

 翌日、カイトがロロを訪ねて行くと、ロロはカイトの姿を見るなり抱きついて、何も訊かずに泣いてくれた。ロロと二人で訪ねて行ったニーナは、ロロと同じようにカイトを抱き締めて、「ごめん」と言った。

「行けなくて……、ごめんなさい」と。

 カイトは首を振り、「一緒にいてくれたわ」と応えた。「ロロとニーナは。いつもわたしと一緒に」

 カイトの矢筒で矢が鳴った。カイトの言葉に頷くかのように、ニーナとロロの矢が、カタリと、小さく。


「大冒険だったんだね」

 3人で並んで座って、カイトの話を聞いたロロはそう言った。

「そうなるかな」

 他人事のようにカイトが応じる。

「でも、あまり冒険をしたって気はしてない」

「カイトらしい」

「ホントにね。あんたが何をしていたか、知らなくて良かった。もし知ってたら心配で夜も眠れなかったもの」

「ゴメン」

「酔林国を出るときに言ったでしょう?わたしが心配しているってことを忘れちゃダメだって」

「うん」

 仕方なさそうにニーナが笑う。

「無茶をしないでって、言うだけムダかな」

「多分」

 カイトの答えに、ニーナは「あはははは」と楽しそうに笑った。


 ”スフィアの娘”にも会ったわ、とカイトは話した。

「まだ見習いの子だったけど」

 ニーナとロロの瞳が、急に輝きを増した。

「ホントに?」「どんな子だったの?」

「きれいな子だった。それに、なんだか不思議な子だったわ」

 ニーナがカイトの耳に口を寄せる。ごにょごにょと何かを囁く。ロロがきゃーと悲鳴を上げる。

「……そんなことしてない」

 声を落として怒ったようにカイトが答える。

「ホントにぃ?」

「ほんと。あ、そう言えば」

 カイトはロロに顔を向けた。エルのことを思い出して、ふと気になったことがあった。

「なんだかきれいになったね、ロロ」

 どこかエルに似た輝きがロロにある。

「やっぱり判る?」

 応じたのはロロではなくニーナである。

「恋人ができたのよ、ロロ」

「ホント?」

 カイトの声が僅かに弾む。本当に僅かに。しかし、その僅かな変化に、ニーナとロロは鋭く反応した。

「おやあ」

 ニーナの口元に妖しい笑みが浮かぶ。

「あんた、いつもならもっと反応が薄いのに。どうしてそんなに乗って来るのかなぁ?さては、あんたも恋人でもできたかなぁ?」

 ロロもコクコクと頷く。

「え、いや、えーと」

 ニーナが顎を上げ、カイトを見下ろす。

「誤魔化そうとしてもムダよ、カイト。とっとと白状なさい」

「違う、だってまだ、あ」

「まだ、なんだね」と、ロロ。「でも、誰かを好きになったんだね、カイト」

 カイトは「あう」とか「え」とか言うのみである。しかし、ニーナとロロの追及を躱すことは難しい、と、カイトは骨身に染みて知っている。

 諦めてカイトは天を仰ぎ、「判った」と大きく息を吐いた。

「でも先に、ロロのこと、教えて」

「そうね」

 ロロの相手はカイトも知っている人だという。

「ほら。演武会の時、カイトが最初に試合をした人。カイトがあっという間に転がしちゃった人よ」

「ああ」

 初戦でカイトも緊張していた。だから覚えていた。

「カイトのおかげ」

「わたし、何もしてないよ。ロロ」

「カイトが北に戻った後にね、みんなで狩りに行ったの。その時、偶然森で出会ったんだけど、ロロったら、その人を指さして、『カイトに負けた人だ』って言ったのよ」

「……それが、きっかけ?」

「うん」

 こくりとロロが頷く。

「ホント、判らないものよねー」

「それからしばらくして月に一度の市で会って、今度は向こうから、『次は負けないから』って言ってきて、どうしてかな。気がついたら、好きになってた」

 しばらくロロの話で盛り上がってから、

「カイトは?カイトの好きになった人って、前に言ってた子?」

 と、ニーナがカイトに訊いた。

 カイトは首を振った。

「フォンじゃない。フォンは、平原王とのいくさで死んだわ」

「あ……。ゴメン」

「ううん。いいの。ニーナが前に言ったでしょう?わたしのこと、まだ恋をしたことがないのねって。

 フォンは、フォンが死んだのは悲しいけど--」

 少し沈黙する。

「やっぱり、好き、というんじゃなかったと思うわ」

「そう」

「うん」とカイトが頷く。「わたしが、その、好きになったのはね、わたしが探してた子」

「え」

「さっき話してくれた、フウって子?」

 ニーナが訊く。

「うん」

「わお」

 と、ロロ。声が弾んだ。

「ロマンスだ」

「ん?」

 カイトが首を捻る。

「ロロ、言葉の使い方、間違ってない?」

「えー。そうかなぁ」

「良かった」

 ニーナがホッとしたように笑う。

「何が?」

「カイトが下手な男の子なんか選ばなくて」

 ロロも頷く。

「そうだね」

「えーと。どういう意味?」

「カイトらしい。--ってことよ」

「むう」

 からかわれているのか褒められているのか、それともどちらでもないのか、どう反応すればいいのか判らずカイトが唸る。

「それで、きっかけは何だったの?」

 ニーナに問われて、カイトが気を取り直す。

「判らない。でも、フウと弓の勝負をして、負けて……」

「ええっ!」

 ニーナとロロが上げた声が大きく響いた。

「あんたが負けた!?」

「うそ」

「ホント」

 ぽつりとカイトが言う。

「うそよ。だって、ライさんに聞いたもの。あんたの集落であんたが弓技会で優勝したって。

 あのプリンスにも勝ったって」

「ホントなの。どれだけ遠くまで矢を飛ばせるか勝負をして、フウの方が遠くまで矢を飛ばしたの。

 フウは魔術を使えるから、矢を魔術の風に乗せて」

「あ」

「魔術?」

「うん」

 カイトが頷く。

「そうか。魔術か」

 ニーナが納得したように頷く。

「わたし、フウが魔術を使えるって知ってたのに、魔術はなしでって、言わなくて。勝負の前にクロに何か条件はあるかって訊かれたのに。自分が負ける筈がないって思い込んでて、負けたの」

「考えたね。その子」

「それでその子を意識するようになったの?」

「多分。でも、よく判らなくて。ファロの森に二人だけで入って話した時からって気もするし、初めてフウと森の中で会って、投げ飛ばして、フウを見た時からって気もする」

 ロロがちらりとニーナを見る。投げ飛ばして。これ、聞き流した方がいいのかな。

 ニーナが頷く。

 もう今更って感じよ、と。

「だけど、フウのことが気になったけど、それがどういう気持ちなのか自分でも判らなかったの。

 はっきり意識したのはね、海都クスルでフウが倒れたとき」

「どうして倒れたの?」

「判らない。死人に襲われて--」

「死人……」

「うん」

 ニーナがため息を落とす。こちらは流石に聞き流せなかった。

「ほんと、森の外で何をしてきたのよ、カイト。まあ、無事だからいいけど。それで、死人に襲われて、フウが怪我をしちゃったの?」

「ううん。ペル様は身体が驚いただけだろうって。クロも言ってたけど、気を失っていただけみたい。

 次の日には普通にしてたし。

 でも、フウが倒れてるのを見た時に、わたし、自分の方が死んじゃうんじゃないかと思うぐらい苦しくなって、何も考えられなくなっちゃったの。

 父さまと母さまが死んだって言われた時みたいに」

「……」

「フウが気がついて、笑ってくれた時はすごく嬉しかった。ホントに。どう言えばいいか判らないぐらい、嬉しかったの」

「そうか」

「うん。でも、まだフウに好きって言えてない。どう言えばいいか判らなくて。

 ねえ、ニーナ。わたし、どう言えばいいんだろう」

「そうね」

 短くニーナが考える。

「素直に好きって言えばいいと思うわ、あんたの場合。いろいろ考えるのはあんたには似合わないもの」

「うー」

「カイトでも悩むんだね」

 カイトが小さく頷く。

「……自分でも、ちょっと驚いてる」

「ねえ、カイト」

「なに?」

「何も悩むことはないのよ」

「え?」

「わたしの経験からするとね、必ずあんたの気持ちを伝えるときがくるから」

「えーと。どういうこと?」

 ニーナが笑う。

「説明しても判らないわ、きっと。

 わたしはまだ、狂泉様の許可なく森に入った人がいるって森に教えられたことがない。だから、森に教えられるっていうのがどういうことか判らない。

 それと同じよ。

 気持ちを伝える時がくれば、きっと判る。その時に、勇気を振り絞れるかどうかは、あんた次第だけどね。

 でも、もしかしたら、勇気は必要ないかも知れないけど」

 カイトが混乱する。

「さっぱり判らないよ、ニーナ」

「言ったでしょう?説明しても判らないって。今は大人しく、その時が来るのを待っていればいいわ、カイト」


「ちなみにね、あんたの父さまと母さまがどんな風に出会ったかはとても大事よ。だってあんたと血が繋がってる人の経験だから。

 聞いたことある?」

「えーと」

 カイトが考える。

「父さまが15のときに自分の集落を出て、しばらく森をあちこち彷徨って、うちの一族の集落の近くに来た時に、たまたま一人で狩りに出てた母さまと出会ったって言ってたかな。

 でも、詳しいことは聞いてない」

「父さまと母さまには聞きにくいよね」とロロ。

「人によるよね、それも。

 だってわたしは教えて貰ったもの。母さまに」

「へえ」

 カイトとロロが感心して声を上げる。

 明るくニーナが笑って、「じゃあ、他でもないカイトのために、わたしが知ってることはぜんぶ話してあげる」と頼もしく宣言した。


 ニーナたちと話しているところに通りがかった子が、「あっ!カイト!」と駆け寄ってきて、しばらく話した後、「みんなに知らせなくっちゃ!」と駆け去っていき、カイトの知っている子が次々と集まってきて、カイトが戻って来たことはその日のうちに酔林国中に広まっていった。

 夕方近く、カーラもトロワ宅に訪ねて来た。

 カーラのお腹が少し膨らんでいる。

「カーラさん、もしかして、赤ちゃん?」

「ええ」

 なぜかカーラが苦笑する。

「おめでとう、カーラさん」

「ありがとう、カイト。でも、めでたいかどうかは微妙ね。だってこの子、ライの子だもの」

「ええっ!」

 カイトの声がひっくり返った。

「……うそ」

「これがホントなのよねー」

「だって、ライ、そんなこと一言も」

「ガラにもなく恥ずかしがってるんでしょうね」

「だったらカーラさん、ライと一緒に住んでるの?」

 不思議に思ってカイトは訊いた。相変わらずライが、毎晩トロワ宅に夕食を食べに来ていることを知っていたからだ。

「ライと一緒に住むなんてムリね。もしそんなことをしたら毎晩ケンカになることは間違いないわ。

 わたしとライだと、下手したら殺し合いになっちゃうわ。

 それに、他人の食事の用意をするなんて、わたしにもライにもできないもの。わたしの料理の腕は酷いもんだし、ライは壊滅的よ」

「でも」

「誰にでもアヤマチってあるでしょ」

 明るく笑ってカーラが言う。

「酔ってたから、二人とも。でも、後悔はしてないわ。この子はわたしたちの一族の子として育てるわ。

 それにね、父親にするだけなら、ライよりマクバの方がまだマシよ」

 二人とも酷い言われようだが、なるほど、とカイトは思った。

 だったら、

「エトーさんは?」

 とカイトは訊いてみた。

 カーラがくっくっくっと低く笑う。

「子供をあやしてるエトーを想像するだけで笑えるわね」

 別の日に、そのエトーも訪ねて来てくれた。

「元気でやってるか」

 陰気な声で尋ねたエトーに、カイトは「エトーさんに教えて貰いたいことがあるの」と応じた。


 ニーナとロロの3人で森に入ったのは、数日後のことである。

 獲物に向けて弓を構えた二人の姿を見て、カイトは思わず声を上げそうになった。

「すごく上手くなってるね。二人とも」

「それはね、友だちにとても上手い子がいるからよ。負けてられないでしょ」

 仕留めたウサギを手にニーナが答える。

 カイトも深く頷いて「わたしも負けていられないな」と応じて、ニーナもロロも「うん」と笑った。



「今年の酒だよ」

 トロワに渡された湯呑を受け取り、カイトが鼻を動かす。フレッシュな香りがカイトの鼻腔の奥まで広がっていく。

「美味しい」

 湯呑に口をつけ、知らず声が零れた。

「森の外でもお酒を呑んだけど、トロワさんのお酒がやっぱりいちばん美味しい」

「嬉しいことを言ってくれるね」

「だってホントのことだもの」

 自分が弱いことは判っている。しかし、もう一口だけ、喉に落とす。

「まだまだこれから熟成させないといけないけどね、自分でも今年はいい酒に仕上がってくれたと思うよ」

「クロも今まで呑んだお酒の中で、トロワさんのお酒が一番美味しかったって言ってたわ」

 話していてふと思い出す。

「伯爵様も、酔林国でお酒を造っている人の中でも、トロワさんは特に丁寧に造っているから美味しいって言ってたって、聞いたわ」

「ロード伯爵がかい?」

「うん」

 と頷いて、カイトはさらに思い出した。

「そう言えば、伯爵様、トロワさんがショナから来たことも知っていたって。魔術師なのも」

 クロに言われたのだ。

『さすがはお前が世話になっていただけあって、変わりモンだねえ』と、からかうように。

 むっとしたカイトが文句を言う前に、『けどま、オレもあんなに旨い酒を呑んだことねぇからなぁ。トロワさんが変わりモンで良かったぜ』とクロが言葉を続けて、カイトは怒りと嬉しさが心の中でごちゃ混ぜになって「むぅ」と唸った。

「ロード伯爵が知っていても不思議じゃないよ」

 笑顔でトロワが応じる。

「キャナの外務大臣を務めていたんだ。相手の情報を集めるのは交渉の基本だからね。酔林国のことも当然、調べているだろう」

 トロワにしても、キャナや百神国、洲国の政権にいる人々については常に情報収集している。

「カイトッ!」

 酒蔵に同じ声がふたつ、元気よく響く。トロワの双子の娘たちだ。

「リアちゃんが来た!」

 カイトはトロワと向かい合って話していた。だから、踵を返した、という表現は正しくない。身を翻した、も違う。踵に重心を乗せてカイトはくるりと身体を回した。トロワが声をかける間もない。音もなく風のように走り去っていく。

 トロワからすれば、カイトが消えた、というのが一番ふさわしい表現だった。

「あ」

 トロワ宅の入り口に、ハノとプリンス、それと、ハルと手を繋いだリアがいた。

 カイトの姿を認めて、リアが「カイト!」と声を弾ませる。

「リアちゃん、森人になっちゃったの?」

「うん」

 カイトの問いに、森人の服を着て、おもちゃの弓矢を手にしたリアは明るく笑った。

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