21-2(トワ郡反乱2(トワの一族))
「簡単に言っちまうと、サッシャは生きてる。
ああ、マウロさんは知らねえか。プリンスが言ってただろう?北部トワ郡の自警団のリーダーが殺されて、それで反乱が起こったって。
プリンスが殺されたって言ってた自警団のリーダーの名前が、サッシャなんだ」
ガタガタと揺れる馬車の中でクロは説明を始めた。
「サッシャが襲われたのは本当で、実際、死んでも不思議じゃねぇぐらいの大怪我だったらしいが、助かったそうだ。
サッシャが襲われたその日のうちにボード市の郡支所が襲撃されて、新しく来たばかりの郡支所長は殺された。
サッシャが目を覚ました時には、北部トワ郡は自警団の手に落ちていたんだとよ。
で、サッシャは目を覚ますとすぐに自警団をトワ独立軍と名前を変えて、怪我を押して中部トワ郡に進軍した。
中部トワ郡でも北部に呼応するように反乱があちこちで起きていて、ゾマ市で軍を止めたサッシャは、トワ独立軍をトワ王国軍に名前を変えた。
反乱軍をひとつにまとめる為にな。
自分が王になれば良さそうなものを、サッシャはここで、お姫様を担ぎ出した」
「ミユ様を……、どうして」
フウの顔は真っ青である。
「理由はいろいろあるだろうが、お姫様が本当のお姫様だからさ、フウ。他の誰よりも。
ロタ一族の一員であるサッシャよりも、な」
「違うよ、クロさん」
暗い声でマウロが否定する。
「わたしたちはクスルクスル王国の一市民だ。ミユも姫じゃない」
「サッシャには誤魔化されたからなぁ」
緊張感のない声でクロが言う。
「予め言っとくけど、オレたちもアイツと、サッシャとそれほど関わりがある訳じゃねぇんだ。
ただ、ま、顔を合わせたことはある。
なんでオレたちがマララの見聞官なんてものをやってるか、わざわざ聞きに来たんだ。どんな話でもとりあえずは足を運んで、少しでも多くの人の話を聞くのがアイツのやり方だとか言って。
その時に名前を聞いたら、アイツ、サッシャって答えたんだよ。
サッシャ・ロタじゃなくて」
「……」
「改めて訊くよ、マウロさん。あんたの名前、なんていうんだ?」
短く息を吸ってから、マウロは答えた。
「……マウロ・コム・レルム・トワだよ。クロさん」
「お姫様は?」
「ラーラ・ミユ・レルム・トワだ」
「そんな」
喘ぐようにフウが言う。
「海軍特別養成所ファロ分隊っていうのも、何か関係があるのか?」
「父に聞いたんだが、トワ王国がクスルクスル王国に取り込まれてしばらくしてから、父のところにいきなり三代様とペル様が訪ねて来られたそうだ。
お二人だけで。
ほとんど誰も知らない筈が、何故かペル様はご存知だったそうだよ。わたしたちがトワ一族の直系だと。
三代様とペル様は、父にファロの自治を認めて下さったそうだ。その上でわたしたちのことを隠すために海軍特別養成所を設けて、ファロが海軍の管理下にあるという形にして下さったらしい」
「こういうことにならねぇように--、かな」
「そうだろうね」
「隊長さんも知ってるんだよな」
「知っている。薫風王様もご存知だった。
しかし、現王様はご存知ない」
「ロタ家も知ってるのか?」
「知っていても不思議ではないだろうな。
少なくともサッシャというロタ一族の若者は知っていた、ということだろう」
クロはため息を落とした。
「あの時かなぁ」
「あの時って?クロ」
「オム市でサッシャに会った時さ。あの時、フウがファロにいたってアイツに話しただろう?
あの時にアイツ、お姫様を担ぎ出すことを閃いたんじゃねぇかな」
「でも、どうして?どうしてミユさんを?」
「アイツじゃあ弱いからさ。トワ郡をぜんぶまとめるためには、ロタ一族の分家の若様ってだけじゃあな。
それに……」
「なに?」
クロが首を振る。
「後で話すよ、カイト」
休憩のため馬車を止め、マウロとフウが先に馬車を降りてカイトと二人だけになったのを見計らって、クロは「それに……」の続きを話した。
「サッシャがお姫様を担ぎ出した一番の理由は、サッシャがテオを殺っちまったからだよ」
「どういうこと?」
「友だちを手にかけた。それがサッシャ自身、許せないんだよ。トワ王国軍を率いることができないぐらい。
だからさ。
悪人になり切れない。結局は弱いってことさ、アイツが」
走っていた馬車の速度が緩み、「クロ!」と、御者台のビスが叫んだ。
「検問だ!」
「反乱軍か!それとも、クスルクスル王国の方か!」
「どっちでもねぇ!」
「停めてくれ!ビスさん!」
クロは停まった馬車から身を乗り出し、ビスが言った検問を窺った。200mほど先に、道路を挟むように馬車が停めてある。
「ホントにどっちでもないのか、アレ」
「この辺りの連中なら、自警団でもクスルクスル王国の連中でも、顔を知ってる。見たことのねぇヤツラだし、身形からしても野盗だろうな」
「念のために聞くけどよ、殺っちまってもいいよな」
「急いでんだろ」
と、ビスが同意する。
「クロ」
カイトが囁く。
「なんだ」
「歩くぐらいの速さで、馬車を進めて」
僅かに扉を開けて、するりとカイトが滑り出る。
「ビスさん、そっちに行っていいか?」
「ああ、いいぜ」
クロは野盗に判るように扉を開け、よっこらせと御者台に上がって、ビスの隣に座った。馬車から出た筈のカイトの姿はどこにも見えない。
「ゆっくりやってくれ」
「おう」
鞭の音が響く。
検問の野盗たちがこちらを指さしている。待ち構えている。だが、ビスは「意外と少ないな」と呟いた。
姿が見えているのは3人だ。
そのうちの一人が、ふと、誰かに呼ばれたかのように顔を横に向け、道の両側に停めた馬車の陰に姿を消した。
そのまま戻って来ない。
残った二人が異常を察してクロたちの馬車から視線を逸らす。
そして、同時に矢で射抜かれた。
「元傭兵だったよな、ビスさん」
御者台で前を向いたままクロが訊く。
「あ、ああ」
「でもま、見ねぇ方がいいかもな」
野盗たちの停めた馬車の陰から誰かが現れる。
カイトだ。
ビスが馬車を停めると、カイトは「もう大丈夫」と言って馬車に乗り込んだ。ごくりとビスは喉を鳴らした。
「腕がいいとは聞いていたが--」
「行こうぜ、ビスさん」
クロに促され、ビスは「ああ」と鞭を振り上げた。
車輪がけたたましい音を立てる前に、近くの森の中で、鳥のさえずりが長閑に響いた。
夜になって馬車を止めた。
「若いヤツラがほとんど反乱軍に参加しちまったからな。治安を守ろうにも手が足りなくて、集落ごとに自警団を作ってなんとかやってるって状況さ」
ビスが説明する。
「つまり、また野盗に襲われるかも知れねえってことか。こっちは急いでるっていうのによ」
「どうするの、クロ」
「このままボード市を目指すしかねぇよ。自警団、じゃねえ、えーと、いまはトワ王国軍だったな。
連中に助けてもらうんだ。
お姫様ンとこに行くには、それがいちばん早ええよ」
「本当なら彼らと関わるのは避けたいところだが、そうだろうな」
マウロが同意する。
「けどよ、たいして知らないんだろ?ロタの若様のこと。どうやって助けてもらうつもりなんだ?」
カイトの獲ってきた鳥を食いながらビスが訊く。
「確かにサッシャのことは良く知らねぇが、お姫様なら身内がいるからな」
「身内ってトワ一族ってこと?あんたが?」
「オレの訳ねぇだろ」
ビスが向けた視線の先で、マウロが微笑む。
「ソイツはすげえ」
「なあ、ビスさん。なんであんたは、トワ王国軍に加わらなかったんだ?」
「ペル様に弓引くようなマネをしたら、親父に殺されっちまうからさ。
洲国に攻められた時に駆けつけてくれたペル様のことはガキの頃から何度も聞かされてきたからな。
もし、反乱軍を鎮圧するためにペル様が立たれたら、悪いがオレはそっちにつくよ」
「わたしもだよ」
手元に視線を落としてマウロが言う。
「ペル様に弓を引くことなど、出来るはずがない」
「あんたは、クロ」
「え、オレ?」
「ああ」
「さてね。どうしたモンかねぇ」
「あたしは」
フウは食事にも手を付けていない。
「ミユ様をお助けしたい。……だって、怖がっているわ、ミユ様。きっと」
「そうだなぁ」
「だったら逃げればいいわ、フウ。ミユ様を連れて」
「それが一番いいんだよなぁ。お姫様が言うことを聞かなかったらマウロさんにケツ引っ叩いてもらってよ」
「そうだね」
マウロが笑う。
「けど、一人で旧ロア城に乗り込むようなお人だからな、お姫様は」
「一人で?どうして?」
「ああ、フウも一緒だったな--」
クロはマウロに、フウとミユに出会った時のいきさつを説明した。
マウロが嘆息する。
「あの子らしいな」
「お前と同じだぜ、お姫様は。カイト」
「わたしと?」
「こうと決めたら絶対に曲げない。頑固と言えばいいだろうな。反乱軍にも、何の覚悟もなしに参加した訳じゃあないだろうしな。だとしたら、自分だけが逃げるなんてことは絶対に出来ねぇだろうな。
あのお姫様は」
「ボード市の近くまで来ても野盗に襲われるなんてよ!治安なんかないも一緒じゃねえか!」
クロが文句を言う。
全速力で走る馬車の後ろから雷鳴のような音が響いて来る。野盗だ。馬で追って来ている。
「ぜんぶで13人かな」
カイトがクロに訊く。追って来ている野盗の数だ。
「そうだな、13だ」
「クロ、ちょっと馬車の速度を落として」
なんで、とはクロは訊かなかった。
すぐに御者台に向かって「速度を落としてくれ、ビスさん!」と叫び、「カイトッ!」というフウの叫び声を聞いてクロが振り返った時には、カイトの姿は消えていた。
馬車の扉が僅かに開いている。
クロは御者台に向かって、「馬車を止めろ!ビスさん!」と叫んだ。
走る馬車から飛び出たカイトのすぐ側を車輪が掠めて走り過ぎて行く。馬車の窓から見える限り、追って来ている野盗の位置は確認している。ゴロゴロと転がるカイトに驚いた一頭の馬が竿立ちになっていななくのを聞きながら、カイトは素早く、矢を三度放った。
最初の5人は、馬車から転がり出たカイトの姿だけを見て、カイトが矢を放ったと認識することなく死んだ。
次に死んだ野盗たちは、カイトが弓を構えたことは認識した。しかし、自分たちがいつ死んだか知ることはなかった。
最後に死んだ野盗たちは、先に死んだ野盗たちが馬上で仰け反る姿を見て、何かが起こっている、ということは認識した。しかし、馬を止められないままカイトの脇を走り抜け、そこで意識が途切れた。
カイトが立ち上がり、土を払う。
クロたちの乗る馬車が遠くで止まり、扉が勢いよく開いて、「カイトッ!」と叫んでフウが駆け寄ってくる。
あるじを失った馬たちが、止まった馬車につられたか、足を止めて不安気にブルブルッと鳴く。
「大丈夫?」
カイトを見上げてフウが訊く。
「うん」
ホッと安堵の表情を浮かべてから、フウは「こんど馬車から飛び降りるときは、先に何をするか言ってからにして。心臓が止まるかと思ったわ」とカイトを睨んだ。
「あ。ごめん」
「クロさん」
馬車を降りながらマウロはクロに声をかけた。
「なんだい」
「カイトといると、いい加減、驚くのにも飽きてくるな」
クロは笑った。
「だよなぁ」
「ところで、クロさんは馬に乗れるかい?」
「馬車はいいんだけどよ。馬の方がイヤがるんだよ、オレが乗ろうとすると」
「だったらわたしが連れていくとしよう」
「連れていくって、もしかして野盗の乗っていた馬を?1人で?ぜんぶ?マウロさん、あんた、馬に乗れるの?」
「多少はね」
フウとカイトも手伝って馬を集め、馬に跨ってマウロが先頭に立った。クロは御者台に座り、馬たちの後ろを走らせるようビスに頼んだ。
「ちょうどいいかも知れねぇな」
「何がだ?クロ」
「ボード市に入るのにさ」
クロの言葉の意味は、ボード市が見えてすぐに判った。ボード市の兵士たちがクロたちに気づいて騒ぎ始め、馬に乗って駆けて来た。
マウロが馬を止める。
「わたしは、マウロ・コム・レルム・トワだ!」
兵士たちに向かってマウロが叫ぶ。
「海都クスルから逃れて来た!わたしを娘のところに案内して欲しい!」