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19-3(騒動の後3(ファリファ王国の陰謀))

 沈黙は長くはなかった。

「そうか。クスルクスル王国で死んだと」

 さして感慨を見せることなく、ファリファ王国の王は検察官の言葉を繰り返した。

「はい」

 検察官が頷く。

 王はそれ以上、詳細を聞くことをしなかった。クスルクスル王国へ派遣した薬師の親族がどうなったかも聞かなかった。

「そうですか。ご苦労様でした」

 それだけを言って王は話題を変えた。

「それでは、例の件はどうなりましたか?」

「それですが--」

 検察官が顔をしかめる。

「妙なことになっております」

「例の男は、一ツ神の信徒ではなかったのですか?」

「一ツ神の信徒ではありました。ただし、手紙の中でだけ、ですが」

「どういうことです?」

「我がファリファ王国内に、一ツ神の信徒が構築した反国家的な組織がある。確かにその通りなのですが、それは手紙の中でだけ、なのです。

 例の男はクスルクスル王国の誰かと手紙をやり取りしており、その手紙によれば、平原王様と狂泉様の森人とのいくさの折に一度は壊滅した筈の一ツ神の信徒の組織が、男の努力により以前よりも拡大して復活しています。

 しかし、現実にはそんなものはどこにもないのです」

「ふむ?」

「男は誰かを騙しています。我が国に一ツ神の信徒の組織が復活したと。手紙の相手はそれを信じて、資金を男に注ぎ込んでいるのです」

「ふむ」

「しかも、この手の込んだ、しかし同時にバカバカしいほど単純なウソを考えているのは、男とは別の人物です」

「ほう?」

「男は、誰か知らない匿名の人物から手紙を受け取り、その手紙に従って、別の誰かを騙しています。

 手紙を送って来ている人物の詳細は不明ですが、クスルクスル王国から手紙が送られて来ていることは間違いありません」

「つまりこういうことか?

 クスルクスル王国の誰かが、同じくクスルクスル王国に住む誰かに、我がファリファ王国に一ツ神の信徒の組織が復活していると信じさせて、資金を際限なく吐き出させていると?

 例の男はただ手紙を中継し、提供された資金を使って豪遊しているだけだと」

「王のおっしゃる通りです。

 話を判りやすくするために、騙されている者を仮にイ氏、騙している者をロ氏といたします。

 例の男とイ氏は相互に手紙をやり取りしており、イ氏が送って来ている手紙は微に入り細に入り、送って来る間隔も内容によって長短があり、場合によっては翌日には別の手紙が届くなど、イ氏が、この件にかなりの時間を取られていることが伺われます。

 ところがロ氏の手紙には熟考している様子がまるで見られません。

 イ氏がどんな手紙を送って来るかあらかじめ知っているかのように、定期的に送って来る手紙だけで、この詐欺を成り立たせているのです」

「……」

「男が構築した一ツ神の信徒の組織は、すでにファリファ王国だけに納まってはおりません」検察官が大平原のいくつかの国の名を口にする。「これらの国々にまで、一ツ神の信徒の組織は広がっております。もちろん、手紙の中にだけ存在する、架空の組織としてですが」

「ふむ」

 王が考え込む。しばらくすると、ふっと王の口元がほどけた。低い笑い声が洩れる。王は晴れ晴れとした顔を検察官に向けた。

「いいでしょう。その詐欺に我々も加担させていただくとしましょう。

 どんな組織が我が国に構築されているのか、わたしも知っておきたい。後日で構いません、詳細を教えて下さい」

「承知いたしました」

 検察官が下がり、他にも何件か謁見を済ませ、王は仕事を終えた。


「なんだか楽しそうですね」

 私室に戻った王の着替えを手伝いながら、ひとりの侍女が王に尋ねた。

「これ。王に馴れ馴れしく声をかけるものではありません」

 厳しい声で侍女頭が注意し、「いいのですよ」と王が笑う。

「申し訳ありません」

 慌てて頭を下げた侍女は、生まれながらの奴隷だった。

 しかしある日、彼女の主人である薬師が彼女を含む全員を奴隷の身分から解放し、弟子たちを含めた家人に、ファリファ王国を離れるように命じた。

 誰もが数日前に起こった大事件のことは知っていたし、彼らは薬師の娘のことも良く知っていた。

 他の者はすぐに命じられるままファリファ王国を出たが、彼女は処刑されることも覚悟で、主人の許に祖母と二人で残った。

 それが今は王の侍女として仕えている。

 しかも数ヶ月後には王の後見を得た上で、ひとりの貴族の許に嫁ぐ予定になっている。

 他でもない、薬師の家に踏み込んで来た検察官のところへ。

『幸せになるには、形が大事なのよ。意外とね。今のあなたには下らないと思えるかも知れないけれど。

 いずれは判るときが来るでしょう』

 侍女として仕えることをためらう彼女を、王はそう言って説得した。

 王が言うように、かたちがどれほど大事なのか、いずれ判るときが来るのかどうか彼女には判らない。

 ただ、人生って何があるか判らない。

 とは、つくづく思う。

「ええ。とても楽しいことがあったのよ」

 王の口元に笑みがある。

「悪いけれど、しばらく一人にしてもらえるかしら」

「承知いたしました」

 侍女頭が答え、侍女が全員、部屋から下がる。

 音もなく扉が閉じられると、王は肩の力を抜いた。緊張を解く。慣れてはいることだったが、他人のいるところで素の自分を出すことは彼女にはできなかった。部屋の一角に設けられた棚に目を向ける。自分がこれほど穏やかな気持ちでいられることが王自身、不思議だった。棚の上には小さな陶器の壺がある。前王の遺灰を納めた壺だ。

『あの人ならきっと面白がったでしょうね』

 と思う。

 人の笑顔を見るのが好きで、いつも人を笑わせようとする人だった。王としては優しすぎる人だった。身分に関りなく、誰に対しても。

 おかげで、思い描いていたよりもズイブンと楽しい結婚生活だった。

 尤も、それが故に死んでしまったのは、些かいただけないが。

 まぁ仕方がない。

 そういう人だったのだから。

 そういう人だったから愛したのだから。

「しばらく楽しくなりそうよ。あなた」

 と笑って、自分より先に灰になってしまった薄情な夫に、王は明るく、おどけた口調で話しかけた。

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