18-3(檻の中のカイト3(檻の中の人々))
マウロ救出作戦決行までの間に、カイトは、何人かの女囚に刑務所に入ったいきさつを聞いた。
イサの場合は、食うためだけに入った軍を退役した後に、腕には自信があったので商船の護衛の仕事に就いたのがケチの付き始めだという。
「この雇い主が良い男でね。
あたしは薄味の顔が好きでさ、モロ好みだったんだよ。
足も長くて、信じられるかい、イト。その人、身体の半分以上が足だったんだよ」
「人、じゃないと思うわ。そのひと」
「そう!まるで人間以外の生き物だったよ!よく判ってるねぇ、あんたは」
「えーと」
「しかも優しくてねぇ。どこをどう探しても軍にはいないタイプさ。まだ若いのに仕事にも熱心で、あたしはコイツのためなら命を捨ててもいいやって思ったね。
ところがコイツが実は裏で禁制品の密輸をやっててね、あたしも最初は諫めたんだけど、家族を養わないといけないんですって泣きつかれてさ。
あたしがコイツを守ってやんなきゃって気になって、積極的に手伝うようになっちまった。
けど、悪いことはいつかはバレるからね。
ある時、手入れがあってあたしだけが捕まったんだよ。
コイツのためなら命を捨ててもいいって思ってたから、別に捕まるのは覚悟の上だったけど、捕まってから衛兵隊のヤツに言われたモンさ。
またアイツかって。
あたしの雇い主はね、あたしみたいな、自分で言うのもアレだけどね、世間知らずの女を引き込んで、自分が捕まりそうになるといつも自分だけがとんずらしてやがるんだってね。
最初は信じなかったけど、あたしを捕まえた衛兵隊のヤツも親切なヤツで、過去にあたしみたいに騙された女を連れて来てくれてさ。
家族を養うなんて嘘っぱちだって教えてくれたんだよ。
あたしは自分のバカさ加減に笑ったね」
話すイサの声は明るかった。それを不思議に思って、
「イサさん、その人のこと怒ってないの?」
と、カイトは尋ねた。
「あー。どうかな。いや、怒っちゃあいねぇな」
「どうして?」
「悪いのはあたしだからね。アイツが密輸してたのを止められなかった、あたしが捕まったそもそもの原因はそれだって思うからさ。まあ、ここを出て、もしアイツに会ったら一発ぐらいはぶん殴ってやろうかとは思うけどね」
「ふーん」
「でも、また密輸を手伝うかもしれねぇな。もしアイツに会っちまったら」
「えっ?」
「いや、ホントに良い男だったんだよ、ソイツ」
と、照れたようにイサは笑った。
フスは盗みで捕まったという。
「オレは初めてじゃないんですよ。ドジ踏んだのはこれで2回目で」
「どうして一回捕まった時に止めなかったの?」
「他に知らないからですよ、生き方ってヤツを。
オレは貧民街の生まれで、父親も母親も下らねぇヤツラでしてね、子供の頃から兄弟だけで力を合わせて生きてきましたよ。まだ10にもならないガキですから、メシを食うには盗み以外できなくて、しかもオレには盗みの才能があったってとこですね」
「他に生き方を知らない、ま、そうだね」
サクも頷いた。
「あたしもそうだ。
他に生き方なんか知らないよ。こんなところまで来ちまってもね」
「サクさんは何をしてここに来たの?」
「詐欺だよ」
「サギ?」
「人を騙して、カネをかすめ取ってたのさ」
「ふーん」
「あたしなら暴力沙汰を起こしてここに来たんじゃないかって思ってたかい?イト」
首を捻るカイトに、サクが問う。
「ううん。サギっていうのがよく判らないだけ」
「その歳で良く判らないって、あんた、いままでどんなトコで生きてきたんだよ」
呆れたようにサクが笑う。
「イト、あんたは、サーズ・ルーって人を知ってるかい?」
「ううん」
「虚言王様にラション銀山の場所を教えたって言われてる人でね、クスルクスル王家はラション銀山から採れる銀を財源にして海都クスルでの地盤を固めていったんだよ。
で、サーズ・ルーはラション銀山の他にも、クスル王国が残した莫大な財宝を虚言王様に託したって伝説があるんだ」
「えーと、その人ってもしかして、虚言王さんに王位を譲ったって人?」
「そう、良く知ってるじゃないか」
「でも、ホントにいた人かどうかは判らないって聞いたわ」
「いたよ」
「ホントに?」
「ああ。他でもないあたしが生き証人さ。
あたしの本名はね、サク・ラ・ルー。あたしはルー一族の末裔なのさ」
カイトはまじまじとサクを見返した。
「だったらサクさんは、えーと、アマン・ルーって人とも血が繋がっているの?」
「宰相のことは知ってるのか、イト」
「うん」
「繋がってるだろうね。向こうはあたしのことは知らないだろうけど」
「どうして?」
「知られたくないからだよ。
ルー一族の本流はあたしだ。けど、アイツは自分こそがルー一族の直系だって主張している。あたしのことを下手に知られてみな。アイツは是が非でもあたしを消そうとするだろうよ。
だから知られねぇようにしてるのさ」
「そうなんだ」
「話を戻すとね、ご先祖様は虚言王様にクスル王国の財宝の在りかを教えたんだ。
虚言王様はそれを、クスルクスル王国の存亡に関わるような事態が起きない限り使ってはならぬと遺言して、堅実王様以降の王に代々、口伝で伝えてきたんだ。ところが、薫風王様が突然亡くなられて、今の王に伝えることができなかった」
「ふーん」
「あまり興味なさそうだね、イト」
「ザイホウって、よく判らないもの」
「ホント、ヘンな子だねえ」
サクが笑う。
「あたしはね、だから知ってるんだよ。ご先祖さまが残した財宝がどこにあるかをね」
「でも、だったらどうしてサクさんはこんなところに来たの?えーと。そのザイホウがあれば、生きていくには十分だったんじゃないの?」
「姐御」と、フスが口を挟む。
「なんだい?」
「姐さん、信じちゃってますぜ?」
「え?」
あははははとサクが大笑いする。
「素直な子だねぇ」
「え?」
「ウソだよ、ぜんぶ」
「え?」
「あたしの名は、ただのサクだよ。貧民街の生まれで、家系なんか、ジイ様までしか辿れないよ」
「え?」
カイトはまだ理解できていない。しきりに首を捻っている。
「あたしは人を騙してカネをかすめ取ってきたって、最初に言ったろ?
サーズ・ルーの財宝の話もね、場所なんか当然知らねぇ。そもそも財宝の話自体が誰かがでっち上げたウソじゃねぇかってあたしは思ってる。
いま話したのはぜんぶ、あたしの得意のネタさ」
「ネタ?」
「欲の皮が突っ張らかった連中はね、この話に面白いように引っ掛かるんだ。財宝の場所をあたしは知っている。けど、そこは人が足を踏み入れるのがとても難しいところで、軍資金が必要だって誘うのさ。
財宝が見つかったら、半分はあなたに差し上げましょうってね。
そうしたら目の色を変えて、いくらでもカネを出してくれるんだよ、金持ち連中は」
「カネモチ……」
カイトが考える。
「カネモチって、おカネを持っている人のこと?」
「そうだよ」
「もうおカネを持っているのに、まだ欲しがって、サクさんに騙されるってこと?」
「おかしいだろ」
「ホントに信じるの?サクさんの、さっきの話」
自分があっさり信じたことを棚に上げて、カイトが訊く。
「信じるね。ちょろいもんさ。詐欺の仲間を集めて、ちょいとそれらしいカッコウさえしてやれば。
探しているフリだけして、例えば大平原にいるって手紙だけ出して、海都クスルで温泉につかって酒を呑んでりゃあね。
ま、芝居は得意だからね、あたしは」
「だったら、宰相さんがルー一族の末裔だって言ってるのも、ウソなの?」
「それはどうだろうね」
サクが少し考える。
「宰相が本当にルー一族かどうか、あたしは知らないよ。それらしく振舞ってはいるけどね。
宰相はラション銀山にこだわりを持っててね、最近、ラション銀山で暴動が起こったのを酷く気にしているって聞いたよ。
ラション銀山の場所を虚言王様に教えたのがサーズ・ルーだから、ルー一族なら確かに興味を持つだろうな、とは思ったよ」
「だったら、本当だってこと?」
「そうとは限らねぇ。ただ、あたしは宰相にあたしと同じニオイを感じているよ」
「どんな臭い?」
「ウソツキの臭いさ。具体的に何かは判らないけどね、宰相はウソをついてる。それも、何か大きなウソをね。
それだけは間違いないよ」
女囚ではなく、妙な男とも知り合った。
もやしみたいな人だな。
カイトの第一印象はこれである。
歳は30代だろうか。
ひょろりと背ばかりが高い男で、掴みどころのない笑いを浮かべてカイトに話しかけてきた。
木工作業中のことだ。
「まだ若いのに上手だねぇ。どこで覚えたの?」
口調が軽い。
腰も定まっておらず、妙にフラフラしている。
カイトの隣に座ったサクが、ぎろりっと男を睨む。
「あんたには関係ないだろ。あんたはあんたの作業をしてな」
「私のことは心配してくれなくても大丈夫ですよ」
サクの恫喝を、男はへらへらと笑って見当違いの方向へと受け流した。サクの表情がさらに厳しくなる。
「あんたの心配をしてるんじゃねぇ。邪魔だって言ってるんだ」
「ああ。いいなぁ」
「はあ?」
「そんな風にはっきり言ってくれるなんて、新鮮で感動的ですらある。あ、看守を呼ぶのは止めてくれないかな。
彼は忙しいから、あまり手数をかけさせたくないからね」
「だったらとっととあんたの作業場所に帰りな」
「それがどうにも上手くできなくてね、木工ってヤツが。上手くできない場合は見なかったことにするのが、私の生き方なんだよ」
「おいおい」
怒っているのがバカバカしくなって、サクが呆れたように男を見返す。
「できるまでやる。それだけだろ」
「なんにもしないことが私の仕事だったからね。できるまでやるっていうのがどういうことか判らなくてね」
「まるで洲国の王様みたい」
ゾマ市でエルとモモから聞いた話を思い出して、カイトが言う。
「『この世で一番気楽な商売は洲国の王』ってヤツだね」男が笑って頷く。「いやいや。他人にはそう見えるかも知れないけどね、なんにもしないっていうのも、人が思うほど気楽じゃないんだよ」
サクが鼻を鳴らす。
「まるで自分が洲国の王様みたいな口ぶりだね」
「これが本当に洲国の王なんだよ。私は」
「へえ。なんで洲国の王様がこんなところにいるんだよ」
「王の職務は、今は従姉殿が勤めているからね。
千丈宮にいてもあまりにやることがなくて暇だったから、古い友人のところに遊びに来ていたんだよ。
でもやっぱり暇でね、たまには街を散歩したくなったのでちょっとひとりで街に出てみたんだけど、食事をするのにもいちいちお金を払わないといけないことをすっかり忘れてしまっていてね。
無銭飲食で捕まったんだ」
「王様が無銭飲食ねぇ」
「不法入国も追加されててね。
友人に助けて欲しいと頼んだんだが、ずっと知らんぷりだ。この間、ようやく来てくれたと思ったら、ぜんぜん別の……、おっと」
「パララさん」
若い看守が腰に手を当てて男に声をかける。
「自分の作業に戻ってもらえませんか。自分が上手くできないからって、他人の邪魔をするのだけは止めて下さいって前にも言ったでしょう?」
敵意のない声で看守が言う。
「ああ、すまないね。こちらの子がちょっと可愛かったので……」
素直に男が看守に従っていく。他の囚人たちもその様子を仕方ねぇなぁ、といった表情で見ている。
「ヘンなヤツだねぇ」
「ホントに洲国の王様……なのかな」
カイトが呟く。
「そんなワケねぇだろ、イト。あんたはホント、素直な子だねぇ」
と、呆れたように言ってサクは笑った。