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17-14(海神の立つ街14(狂泉の森を出た者たち))

「おい、ヌーヌー。カイトとフウがどこにもいないんだけど、どこに行ったか、お前、知らないか?」

 翌早朝、クロにそう問われて、「知ってるけど、あんたには言わない」とヌーヌーは答えた。

「なんで」

「あんたには黙ってるようにって、カイトに言われたのよ」

「オレには?」

 クロは短く考えて「昼までには戻れるようなトコか?」と訊いた。

「まぁね」

「場所、教えたのはお前だな。ヌーヌー」

「そうよ」

「だったらいいや。ありがとうよ」

 死の聖女であるヌーヌーに場所を教えてもらったとすると、カイトが行った場所の見当はついた。

 今度行くときはオレには言うなよ。カイトにそう言ったのは、クロ自身だ。

 こんな時にまで律儀に約束、守らなくてもいいのによ。

 少しばかり苦い後悔を感じながらクロはそう思い、「くそ。仕方ねえ」と呟き、「ヌーヌー、西の公女様の祠の場所、オレにも教えてくれ」とヌーヌーを振り返った。



 ヌーヌーに場所を聞いたものの、カイトに目的地までの地図を描いてくれたのは、海都クスル生まれのキノとメルである。

 街の規模で考えれば、海都クスルの西の公女の祠の方がゾマ市の祠よりも大きいんじゃないかとカイトは思っていたが、実際に行ってみると規模は随分と小さかった。

 海都クスルの西部、スフィア神殿の西隣に、色のない森はあった。ただし、森全体が塀で囲まれている。森を囲んだ塀はスフィア神殿の塀と一体化して、東側からはとても入れそうにない。

「スフィア様の神殿に忍び込んで、行く……?」

 スフィア神殿の塀を見つめて、カイトはフウに訊いた。

「そんなことできないでしょ。他の人と同じように南から入りましょ。きっと西の公女様にも判っていただけるわ。

 カイトが狂泉様の民だって」

 フウに手を引かれて参道の南から西の公女の森に踏み込み、神使である赤犬の群れに会うこともなく、無数の鈴の音を聞きながらゾマ市と同じ石組みの間の闇に頭を下げ、帰途に着いた。

 カイトとフウが迷ったのは、この帰途のことである。

 道路は複雑に曲がり、同じような広場があり、通った覚えのない階段がいくつも現れたかと思うといつの間にか巨大な鐘楼のそびえる広場に居て、けたたましく馬車が走り過ぎていく大通りを駆け足で渡って、二人は顔を見合わせた。

「どうしよう」

 昼からは二人でペルの離宮に行く約束だ。

「どこか高いところに登れば判るかも知れないけど」

「そんなとこ、ないね」

 太陽を見れば、東西南北は判る。遠回りにはなるが、まず、港まで出れば--。

「どうかしましたか?」

 にこやかに笑った知らない男が、戸惑う二人に声をかけてきた。両側を建物に挟まれた狭い路地でのことだ。

「迷った」

 簡潔にカイトが答える。

「それはそれは。見たところ海都クスルに不慣れなようですね。わたしがご案内しましょう。どちらからいらっしゃったんです?」

「伯爵様のところ」

 男を見上げてカイトは言った。

「でも、わたしたちがどこから来たか、知っているでしょう?」

「なぜです?」

「ずっとわたしたちの後を、つけていたから」

 カイトの言葉が終わるのを待つようなマネを、男はしなかった。

 どこから取り出したか、男が素早く繰り出したナイフが、カイトの身体をすり抜ける。カイトが躱したのである。昨日のこともある。狂泉の森でも毒矢を使うことはある。ナイフには毒が塗られている、と想定して、カイトはナイフを躱して一歩踏み込み、男の身体を回した。

 まだ男の身体が宙にある間に手首を捻ってナイフを奪い取り、石畳に叩きつけられた男の胸にそのまま突き刺す。

 フウはフウで、カイトを見ていない。

 矢筒から矢を引き抜き、身体を捻って左右の建物の屋上へ続けざまに矢を放つ。

 身体を起こしたカイトと背中を合わせ、そのまま動作を止めることなく二人で四方へも矢を放った。

 屋上にいた賊が倒れ、建物から飛び出してきた数人の賊もまた、カイトとフウに辿り着く前に全員が喉を射抜かれて倒れた。

「キャーッ!」

 路地の端で悲鳴が上がる。

「ひ、人殺しっ!」

 女がいる。買い物かごを下げている。たまたま通りがかった住民、と見える。

「ダメだよー」

 呑気な声が路地に響き、カイトとフウは構えていた弓を下ろした。

 女のすぐ傍に、背の高い男がいる。

「君も仲間だよねー」

 女がくたりと崩れ落ちる。男が手際よく女の衣類を掴んで、女を締め落としたのである。買い物かごから女が取り出そうとしたナイフは、石畳に落ちた。

「大丈夫かい?ひーめ」

 女を抱き止め、カイトに笑顔を向けて、男はカイトにそう呼びかけた。


 カイトもフウも、弓は下ろしたが矢は番えたまま外さなかった。

「あなたたちは、だれ」

 男に向かってカイトが訊く。

 あなたは、ではなく、あなたたちは、だれと。

 はははと朗らかに男が笑う。

「やあ、さすが姫だねえ。バレてたか」

「おお。さっすがー」

「だから言っただろう?ラダイ。最初から姫には名乗った方がいいと」

 反対側の路地から二人、別の男が姿を現す。

「援護なんて、要らなかったなぁ」

「いや。素晴らしいものを見させて貰った。来たかいがあったというものだろう」

 両側の建物の屋上にも一人ずつ。

 仲間にラダイと呼ばれた、最初に姿を現した男の後ろにも一人。

 全部で6人だ。

「オレたちは護衛だよ」

 ラダイがカイトの問いに答える。

「だれの?」

「姫とフウちゃんのだよ。うーん。ちょっと正確じゃないな。オレたちは今日からロード伯爵に雇われた護衛さ」

「一昨日の人たちね」

 フウが確認する。

 海都クスルを観光した時について来ていた、キノが雇った護衛たちだ。

「あの時、誰が悲鳴を上げたの?」

「何のこと?」

「死の聖女様だって、悲鳴を上げて、助けてくれたでしょう?」

 ラダイが苦笑する。

「最初に悲鳴を上げた仲間は今日は来てないよ。し、し、死の聖女様ッ……!って叫んだのは、オレ」

「やっぱり」

「伯爵様に挨拶に行ったらちょうど姫とフウちゃんが出掛けるところでね。妙なヤツラが跡をつけていたから、まずは姫たちを護衛しようということになったんだよ」

「さっきから言ってる、姫って、だれ」

「カイトちゃんのことだよ」

「わたしは姫じゃないわ」

 ラダイが首を振る。

「いやいや。十分、姫さ。カイトちゃんほどの弓の腕があるんだ。オレたちにとっては他に呼びようがない。

 狂泉様の森の姫だってね」

「あなたたちは森人なの?」

 男たちは全員、弓を持っている。

 しかし、何かが違う。

 服装は街の人のものだし、腰に下げているのは長剣だ。

「オレたちは森人じゃないよ」

「本当に?」

「まだ狂泉様の信徒ではあるけどね。オレたちは森を出てずっと街で暮らしている。つまり、オレたちは元森人さ」


 森人でも森の外に出る人って多いでしょう?そのまま外に住み続ける人も。

 カイトにそう話したのはニーナだ。

 キャナとのいくさのために戻っては来たが、ライやエトーといった酔林国の軍人たちも一度は森を出た人たちだ。

「そうか」

 カイトが弓から矢を外す。

「……会ってみたかった」

「へえ。オレたちにかい?姫」

「うん。会って、聞いてみたかった」

「何を?」

 カイトがためらう。

「それは……」

「ラダイ。人が集まってきたぞ。どうする」

「しばらくはオレたちも交代で伯爵様の屋敷に住み込むことになるからね。その時にしようか、姫。

 タオ、この子を頼む」

 ラダイの後ろに立った男が、こくりと頷き、気を失った女を受け取る。

 ラダイがカイトとフウに歩み寄る。

「どうだ?」

「間違いないな」

 ラダイに答えたのは、カイトとフウが喉を射抜いた死体を検めていた仲間だ。

「そうか」

 ラダイが頷く。

「何が間違いないの?」

「コイツらさ。コイツら、”寄宿舎”だ」

「”寄宿舎”?」

 カイトとフウが顔を見合わせる。

「どうして”寄宿舎”の人たちがあたしたちを襲うの?」

「それはあのお嬢ちゃんに訊くことになるだろうな。話してくれればだけどね」

 ラダイが示したのは、彼が締め落とした女だ。タオと呼ばれた仲間が、気を失ったままの女に手際よく猿轡を噛ませ、後ろ手に縛り上げている。

「ここの後始末はオレらがやっとくよ。姫とフウちゃんは先に帰っててくれるかな。後で伯爵様の屋敷で会おう」

 カイトとフウが再び顔を見合わせる。

「どうかしたのかい?姫」

「……ここがどこか判らない」

「へ?」

「迷った」

「迷ったって、ホントに?」

 こくりとカイトとフウが頷き、あははははとラダイは笑った。

「てっきり迷ったフリをして、コイツらをここに誘い込んだんだと思ってたよ」

 カイトがむっとラダイを睨み、「笑うのは失礼だわ。ラダイさん」とフウが文句を言った。

「そうだね」

 ラダイが二人に温かい笑顔を向ける。

「笑って悪かった。オレが送っていくよ、姫。フウちゃん」


「で、オレたちに聞いてみたかったことって、なんだい。姫」

 並んで歩きながらラダイが訊く。

 わたしのことを姫なんて呼ばないでと、カイトが何回言ってもラダイは止めようとせず、カイトはもう諦めている。

「ラダイさんはどうして森を出て、ううん、森を出た理由はいい。どうして森に戻らなかったの?」

「森に戻らなかった理由か。どうしてそんなことを訊くんだい?姫」

「不思議だから」

「何が?」

 カイトが考える。言葉を探す。

「狂泉様の森よりいいところなんてない。わたしはそう思うから」

「ああ」

 ラダイが頷く。

「理由はいろいろあるけど、どれもホントの理由じゃないかな。

 まず、街に嫁と子ができたからだよ。嫁は街の子だ。とても狂泉様の森じゃあ生きていけない。息子も身体が弱くてね。もし息子を連れて森に戻っても、多分、革ノ月で命を落とすだろうな。

 理由としてはそういうことになる。

 つまり、オレに家族が出来たからだよ」

「それが本当の理由……、じゃないの?」

「違うな」

 ラダイは足を緩めない。

「家族が出来てもオレはまだ森人のつもりだったよ。

 いつでも森に帰れる。ここにいるのは仮の姿だ。森の外は、オレには関係ない別の世界だって、どこかでずっとそう思ってた。

 そんな風に思っているって、自分でも知らなかったんだけどね。

 だけどある日、ふと、もう森には戻れないって思って、その時にようやく、ああ、オレは森の外での生活を仮の姿だと思っていたのかって自覚したんだよ」

「どうして森には戻れないって思ったんですか?」

 ためらいがちにフウが訊く。

「そうだなぁ、感覚的なものなんで言葉にするのは難しいけど、あえて言葉にすれば、街の臭いが身体に染み付いちゃったって感じかな。

 最初は違和感ばかりだった森の外の習慣に慣れて、むしろそちらの方が普通になっちゃったんだよ」

「違和感ばかりだった習慣が普通に……」

「嫁にね、鶏を買って来てくれって言われたんだ」

「えっ?」

「晩ご飯に使うからってね。それで息子とふたりで市場に出掛けて、鶏肉を買ったんだ。内臓も取ってあって、羽も毟ってあって、きれいに捌いてある鶏肉をね。

 美味しかったよ。

 その夜に、嫁と息子の家族3人でベッドに横になってて、ああ、もう森には戻れないなって思ったんだよ」

「……」

「残念だとは思わなかった。むしろ不思議な安心感があったな」

「安心感?」

 ラダイが頷く。

「オレはここで生きていていいんだ。そう思った」

「……」

「わたしもずっと街にいたら、そうなるのかな」

 カイトの問いに、ラダイが笑う。

「オレにはそうは思えないよ。

 元森人のオレから見ても、姫はこれ以上ないぐらいの森人だ。姫が街に溶け込んで暮らしている姿はちょっと想像できないな」

「あたしもそう思う。カイトはムリだって。……でも、あたしはどうかな」

「フウちゃんも無理だって気がするよ」

「えっ?」

「そうやって街の子の服を着てても、フウちゃんは森の子だって一発で判ったからね。遠くから護衛してても。

 だから無理なんじゃないかな」

「そう……かな」

「ところで姫。オレも姫に会ったら是非、訊いてみたいことがあったんだ」

「なに?」

「さっき姫の弓の腕は見せては貰ったけどね。オレとどれぐらい差があるか試してみたいって、姫の噂を聞く度に思ってたんだ。

 もしよければ、オレと弓の勝負してくれない?」

 カイトが黙る。

 フウはカイトの横顔を窺った。

 カイトはしばらく考えて、「魔術はなしで、よね?」と訊いた。

「もちろん。魔術なんか使えないよ、オレは」

「だったら」

 カイトが軽く咳払いする。

「挑戦は、いつでも受けるわ」



「で、完膚なきまで叩き伏せられて、落ち込んでいるってことか?」

 ラダイに訊いたのはクロである。ターシャの屋敷のリビングでのことだ。リビングにはターシャもいる。

 クロは結局、二人が心配で探しに行き、行き違いになってラダイとカイトの勝負を見逃したのである。

「姫にヤラレたのならそんなに落ち込まないんだけどね。フウちゃんも勝負したいって言うから」

「フウにも負けたの?」

「いや。勝った」

「ならいいじゃねぇか」

「フウちゃんとの勝負の後、余計なことを訊いちまったんだよ。姫に」

「何を訊いたんだ?」

「フウちゃんもかなり上手かったから、狂泉様の森なら、フウちゃんは何番目ぐらいかなぁって訊いたら--」

 カイトは真剣に、

「ニーナとロロよりは上手いわ。でも、ハルの方が上かな。ハルもかなり上手いけど、わたしが会った人たちの中でだと……」

 と指を折り始め、

「止めて、カイト。あたしが落ち込んじゃうわ」

 そう言ってフウに止められたのである。その後、カイトとフウはペルの離宮へと出掛けて行った。

「仲間の中じゃあオレが一番だし、森を出る前もそこそこだったんだけどなぁ。フウちゃんでそんな位置付けかよ、と思うとな」

 クロが嗤う。

「フウに辛勝だったあんたの程度が知れる、ってとこか」

「そう」

「まだ指を折ってくれるだけマシじゃねぇ?

 それよりカイトを姫って呼ぶのは止めてくれよ。姫のありがたみがなくなっちまうからよ」

「なんだよ。ありがたみって。

 姫は姫さ。これからもオレは姫と呼ぶよ」

「だったらせめて、オレのことを見聞官殿と呼ぶのは止めてくれ。伯爵様やカザン将軍だけで十分だぜ、そんな堅っ苦しい呼び方」

「判った。そちらはそうさせてもらうよ。クロ」

「ところで、ちょっと教えて貰えねぇか」

「なんだい?」

「あんたさっき、カイトとフウを襲った連中のことを”寄宿舎”だって断言してたけどよ、なんでそう言えんの?」

「ああ」

「芝居なら判るよ。だって連中、大概、目印の刺青を彫ってあるとか、同じナイフを持ってたりするから」

「こ、これは、”イアラ寄宿舎”の刺青!」

 何もない床を凝視して、ラダイが叫ぶ。

 クロも頷いた。

「そう、それ。『三代様隠密旅』出立編。背中の真ん中に刺青を彫ってるって、確かに見つかり難いけどよ、仲間内で確認するときどうすんだよって思うよな。

 フロにも入れねぇしよ。

 ”寄宿舎”と言っても、オレが知ってるのはあくまで芝居の中だけなんだよ。

 ホンモノの”寄宿舎”もそうなの?」

「さすがにそれはないよ。だって殺し屋だぜ?わざわざ身分を証明するモノなんか持ってたりするか?」

「だったらなんで、”寄宿舎”って断言できるんだ?」

「なんと言えばいいかな」

 うーんと唸って、ラダイが腕を組む。

「”寄宿舎”って名前からも判るように、彼らは共同生活をしているんだ。

 ほとんど例外なく、彼らの生まれは貧しいよ。

 短絡的だけど、そうしないと生きていけないような環境に生まれている。親に売られて寄宿生になるヤツも多い。

 彼らがシゴトをするのは街の中だ。住民の中に溶け込んで、気づかれないようにシゴトをする。

 だから、見かけは普通だ。

 どこにでもいるおばさんやおじさん、場合によっては、どこにいても不思議じゃない物乞いに化ける。

 だけど、彼らは人殺しだ。

 普通なのに、人殺しの臭いと言うか、気配がする。

 共同生活をしているからだろうな、同じ”寄宿舎”の連中は、不思議と家族のようにどこか似てくる。

 姫とフウちゃんを襲った連中も普通だったよ。普通だったけど、物騒な武器を持ってて、しかも全員がどことなく似ていた。

 そうしたチグハグ感とヤツラの身内感が決め手だよ」

「えーと。つまりぶっちゃけ、勘、ってこと?」

「いや、勘ってことは……、でも、そうかな」

「勘というのは経験の積み重ねだからね。ラダイ殿の経歴からすれば、信じるには十分だよ」

 ターシャが口を挟む。

「それと、最初にカイト殿に声をかけたやり方、集団での襲撃の仕方。住民を装っていた女。”寄宿舎”だと判断しても間違いない手口だね」

「だったらよ、なんで、”寄宿舎”の連中がカイトたちを襲うんだ?」

「そこはクロ、誰が”寄宿舎”に依頼したのか、ってことだから。”寄宿舎”の連中が動くのはカネのためだよ」

「誰かカイトたちに恨みを抱くヤツが”寄宿舎”に依頼したってことか」

「かなりの金持ちがな」

「なんで?」

「投入している人数が多いから。人件費で考えてみな。けっこうなカネが動いているハズだぜ」

「殺し屋稼業も世知辛いねぇ」

「無償奉仕って訳じゃないからな。あくまでシゴトだ」

「ラダイ殿」

「なんです。伯爵様」

「カイト殿とフウ殿、どちらが狙われたか、判るかね?」

「姫の方が先に切りつけられた。確かなのはそれだけですよ。その後は、襲った方より二人の方が早かったから。

 見極める前に終わっていましたよ」

「ふむ」

「カイトとフウ、どちらかが狙われてるってことか?」

「そうとも限らないだろうね。

 最初に毒を盛った。つまり、見聞官殿たちも含めたうちの者全員が標的だという可能性もある。全員を標的としてこの屋敷を見張っていたところへ、カイト殿とフウ殿が出掛けていった。だから、まずは二人からと考えて、襲われた、とも考えられるからね」

「そうだなぁ」

「もちろん二人のうちどちらかが狙われた可能性は高いだろう。しかし、結論を下すにはまだ情報が足りないな」

「ラダイがとっ捕まえたっていう女はどうしたんだよ」

「仲間が衛兵に引き渡した筈だけどね。何かしゃべるかな。しゃべる前に消される可能性の方が高いって気がするな」

「ペル様を襲った賊だけどね」

「ん?」

「カイト殿が討った賊だよ。彼も”寄宿舎”だ」

 クロがため息を落とす。

「ホント、あんたはどこからそういう情報を拾ってくるんだよ。

 しかしそうなると、ますます判らねぇな。ペル様を狙ってる連中が、オレたちも狙ってるってことか?

 それともまさか仲間の敵討ち?」

「”寄宿舎”ってことになると、ちょっとしっくりこないなぁ。敵討ちっていうのは」

「うちが襲われたことは軍や宮廷にも流しているからね。

 カイト殿とフウ殿が”寄宿舎”に襲われたことを知れば、彼らは彼らでペル様の件と合わせて調べてくれるだろうから、彼らの調査を待ってみるのもいいかも知れないね」

「いいように使ってるなぁ」

「使えるものは使わないとね」

「お話し中、失礼いたします。ターシャ様」

 控え目に声をかけてリビングに入ってきたのはヌーヌーである。

「なんだい?ヌーヌー」

「お客様がいらっしゃっています。ターシャ様にではなく、クロに」



 クロを訪ねて来たのは、海軍少尉のララだった。カイトに会いに来たものの出掛けて不在と聞いて、だったらクロに会いたいと言う。

「それ、どうしたんだ?少尉さん」

 挨拶もそこそこにクロが尋ねたのは、ララの顔の殴打痕だった。

「上官殿に殴られました」

「なんで」

「ペル様が襲われた件を調べるのは止めろと命じられたので、理由を尋ねたところ、いい加減にしろと」

「理由を尋ねた、と、いい加減にしろの間にいろいろありそうだなぁ」

「……」

「それで、カイトに用って、なんだい?」

「海軍を辞めることにしました」

「殴られたから?」

「理由もなく調べるのを止めろと言われても納得できません。正義がない。とても勤め続けることはできません」

「お堅いねぇ」

「軍に怪しい動きがあります」

「軍に?」

「はい」

「それ、オレに話していいの?」

「カイトさんはペル様を助けて下さいました。わたしが言うことではありませんが、感謝しています。

 騒動に巻き込まれる前に、海都クスルを離れることをお勧めします」

「ふーん」

「では、失礼します」

 ララが立ち上がる。

「少尉さん、海軍を辞めて、これからどうするんだい?」

「田舎に帰ります」

「だったら、ちょっとオレの話を聞いてもらっていいかな」

 ララが訝し気にクロを見下ろす。

「なんでしょうか」

「少尉さんが絶対に気に入る新しい就職先を紹介するよ。もし、オレたちの悪だくみを手伝ってもらえるのなら」



 仲間に呼ばれてラダイも席を外し、ターシャがひとりきりになったのを見計らってヌーヌーは一枚の紙片を差し出した。

「なんだね。これは」

「さっきターシャ様宛てに届けられた書物の間に挟んでありました。多分、わたしだけが気づくように、簡単な呪をかけて」

「ふむ」

 ターシャが紙片を開く。

 見覚えのある字。

 リリィの字だ。

 紙片には短くこう記されていた。

『魔術師にご注意されたし』

 と。

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