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17-1(海神の立つ街1(王太后ペルとの出会い))

 上陸するまでしばらく待たされて、ようやく上陸許可が下りたかと思うと、カイトはクロともフウとも引き離された。

「騒ぎを起こすなよ!」

 クロの声を背中に連れて行かれたのは小さな窓がひとつしかない狭い部屋で、カイト以外に6人の男女がいた。

 机にカイトと向かい合って一人が座り、座った一人の後ろに二人が立った。残りの三人は別々の机に向かって何かを筆記している。

「お時間を取らせて申し訳ありません、見聞官殿。少々お尋ねしたいことがありますので、お付き合いください」

 カイトと向かい合って座ったのは20代ぐらいの女で、言葉遣いは丁寧だった。しかし、女に笑顔はなく、室内には妙な緊張感があった。

 女は名を、「ララ」と名乗った。

 可愛い名前だな。そう思うと同時に、真面目そうな人だな、と思い、それにこの人は、きちんと森と向き合っている人だ、とカイトは思った。

 なぜ、森を出たのか。見聞官になったのはなぜか、どうして海都クスルに来たのか。どうやって海賊を撃退したのか。といったことを訊かれた。

「一人で全員を射抜いた?そんなことできる訳あるか!」

 怒鳴ったのはララではなく、彼女の後ろに立ったいかつい顔の男である。

 むっとカイトは「全員じゃなく、二人は逃がしたわ」と答えた。長い間、クロやフウと引き離されて、いいかげんイライラしてきていた。

 弓はカイトのすぐ脇に置いてある。

 ひとり引き離される前に、

「狂泉様の森人から弓を取り上げるって?そりゃその二人に死ねって言うのとおんなじって判ってる?」

 とクロが言い、

 ターシャが侮るように、

「弓を持っているだけで、君たちは、まだ若いその二人を取り調べることもできないのかね?」

 と、口添えしてくれたおかげである。

「取り調べは我々海軍が担当すると決まった筈です。口を挟まないでいただけますか?」

 じわりっと膨らんだカイトの殺意を、向かい合って座ったララの毅然とした声が散らした。

「海軍さんの言う通りだ。途中で口を挟むなど時間の無駄だろう。陸軍は約束を守ることもできないのか?」

 ララの後ろに立ったもう一人の男も、小馬鹿にしたように言う。

 怒鳴った男の顔が真っ赤に染まる。

「貴様、そもそも宮廷がこんなところに出しゃばるなど……!」

 男の声が途切れる。部屋の扉が開いたのである。入ってきたのは室内の誰よりも年嵩の男で、男はカイトと向かい合って座ったララに「もういいぞ」と言った。

「容疑は晴れた」

「そうですか」

 ララが頷き、「お疲れさまでした。見聞官殿」とカイトに告げた。

「行ってもいいの?」

「はい」

 入ってきた男がにこやかにカイトに笑いかける。

「どうぞこちらに、見聞官殿。皆様のところにご案内しましょう」

「うん」

 カイトは弓を拾い上げて立ち上がった。

 閉じた扉の向こうで男の怒鳴り声が響いたが、カイトはもう気にすることはなかった。



 カイトが案内された部屋は応接室らしく、港に向かって大きな窓があり、クロとフウ、それにターシャとリアも揃っていた。

「カイトッ」

 すぐにフウが駆け寄ってくる。

「大丈夫だった?」

「うん。フウは?大丈夫?」

「うん。ムラドさんのおかげで」

「ムラドさん?」

「ムラドの婆さんがフウに手紙を持たせてくれてたんだと」

 両足を投げ出して椅子に座ったクロが答える。

「手紙?」

「あたしがお願いしてムラドさんに書いてもらってたの。船で行くから、もしかしたら海軍とトラブルになるかも知れないと思って」

「いつの間にそんなものを書いてもらってたの?」

「ムラドさんのベッドで、カイトがしくしく泣いている間に」

 カイトがぐっと言葉に詰まる。

「おいおい。何があったんだよ、お前ら」

 カイトの顔が耳まで真っ赤に染まっている。

 フウはくすくすと笑って、「うそよ。ゴメン」と謝った。

「ホントは出発する直前にお願いしたの。ムラドさんは手紙に『この三名の身元はワシが保証する。ムラド』って書いてくれたわ」

「それだけ?それだけで解放されたの?オレら」

「君たちが話しているのはスティードのムラド艇長のことかな?」

 クロの向かいに座ったターシャが訊く。

「知ってんのか?伯爵様」

「海軍で知らない者はいないというぐらいの実力者だよ、ムラド艇長は。私も何度かお会いしたが、楽しい方だったな」

「うん。まぁ。何せ、旨い酒を呑ませて貰ったからな」

「クロさんはそこが一番の評価基準みたいね」

 フウが楽しそうに言う。

 カイトはまだフウの横で、恨みがましくフウを睨んで低く唸っている。

 なかなかガキっぽくていいねぇと、薄く笑いながらクロは、「伯爵様の方はどうだったんだ?」とターシャに尋ねた。

「私は正直に答えたよ。恐るべき我が主のご命令でリア様をお迎えに行ったことをね。君たちは我が主のご意思に逆らうのかね?と尋ねたら、すぐにここに通してくれたよ」

「怖ええ」

 扉が開き、事務官らしい男に「もうお帰りいただいて結構です」と告げられて、「じゃ、行くか」とクロは立ち上がった。

「見聞官殿たちはこれからどうするんだね?」

 廊下に杖の音を響かせながらターシャが訊く。

「ファロと取引のある商人がいてね。ソイツの世話になる予定だ」

「そうか。もし、何かあればいつでも私の屋敷を訪ねて来てくれたまえ。君たちは命の恩人だからね。良ければ、海都クスルに滞在中ずっと住んでもらっても構わない。

 こちらに住所を記しておいたから、渡しておこう」

「ま、もう会うことはねぇだろうが、預かっておくよ」

 ターシャから紙片を受け取り、建物を出たところでちょっとした騒ぎがあった。

 建物の外には海軍や陸軍の兵士、それに宮廷から派遣された役人がずらりと並び、彼らから少し離れて、うわさを聞き付けた野次馬たちが山となって取り囲んでいた。

 建物を出たターシャはふと足を止めると、野次馬の群れに顔を向けた。

「ああ、そこの君。ちょうど良かった」

 ターシャが話しかけたのは、どこの港にもいる、荷揚げなどを生業としていると思われるひとりの男だった。

「ご覧の通り、リア様は私が預かったと、レンツェに伝えてくれないか。屋敷に押しかけて来てくれてもいいが、屋敷にはヌーヌーがいるからね。彼が忘れるとは思えないが、念のため言い添えてもらうと助かる」

 話しかけられた男が硬直する。野次馬連中はぽかんとしていたが、海軍と陸軍の兵士は、ターシャの言葉の意味を、少し遅れて理解した。

 硬直していた男がダッと逃げ出す。

「ソイツを追え!」

 幾つもの声が響き、わあわあと人々が騒ぐのを聞きながら、「それではまた会おう。見聞官殿」と笑って、ターシャは迎えの馬車へと乗り込んでいった。



 港を後にしたカイトたちは、出発前にイタカに教えられた商人を訪ねて行った。しかし、商人が住んでいるはずの住所にあった店舗は扉が固く閉じられ、近隣で尋ねると「10日ほど前に商売を辞めたよ」と気の毒そうに言われた。

 理由は判らないが、政府に睨まれたらしい、と、尋ねた相手は声を潜めた。

「どうする?クロさん」

「本意じゃねぇが」

 クロはターシャから渡された紙片を見た。ターシャの住む屋敷の住所が記してある紙片だ。

「このことを知ってたんじゃないのか。あの御仁は」

 ひとり呟く。

「クロ」

 カイトが弱々しくクロを呼ぶ。

「どうしたの、カイト」

 フウがすぐに寄り添ってカイトを支える。カイトの顔色が悪い。

「気分が悪い……」

「人に酔ったか」

 クロも心配していたことだ。

 パロットの街でもカイトは同じように体調を崩した。海都クスルはパロットの街とは比較にならないぐらい広く、人も多い。

「……多分」

「ちょっと座る?」

「うん」

「クロさん」

「急ぐことはねぇぞ」

「うん」

「さて。どうしたもんかねえ」

 ため息交じりにクロは呟いた。

 クロにしても海都クスルに来るのは初めてである。知り合いのアテはなく、いずれはイタカが来るはずだが、いつ来るかクロは知らされていない。

『--隊長さんより先に、カザン将軍と連絡を取るって訳にもいかねぇしなぁ--』

「何かありましたか?」

 声をかけられたクロが振り返ると、10代後半と思われる女がひとり、にこやかに笑って立っていた。



 知らない女だ。

 可愛い娘だな、とクロは思った。

 それでいて、『特徴のない女だな……』とも思った。

 卵型の顔に眉と目、その下に鼻があり、口がついている。ただそれだけで、他に表現のしようがない。

 良く出来た人形みたいだ。と、思う。

 大きな瞳には、獣人であるクロに対する親しみがある。

 あるように見える。

 カイトとフウはすでに表通りを外れていて、女からは見えていない。

 見えていないハズだ、とクロが考えたのは、理性よりもむしろ本能的なものだった。

「ああ。オレら田舎から出て来たばかりなんだがね。連れの子が慣れない人の多さにヤラれたらしいんだ。

 たいしたことねぇよ」

「それはいけません。いい薬がありますのでお譲りしましょう」

 手提げを探り、女が小さな袋を取り出す。袋から数粒、黒い丸薬が女の白い手の平に転がり出る。

「どうぞ」

 クロの鼻が、女には判らないよう、動く。

「すまねぇな。ひと粒でいいのか?」

「症状にも依りますが、酷くないようであればひと粒で問題ありません」

「あんた、薬師かい?」

 女が微笑む。

「わたしではなく、父が薬師でした。薬に関しては父に厳しく仕込まれましたから」

「そうかい。ありがたく頂くよ」

 女の冷たい手の平からひと粒だけ取り、クロが礼を言う。

「わたしもよく人に酔いますので、辛さは知っています。お役に立てれば幸いです」

 軽く頭を下げて女が歩き去って行く。

 女の後姿が十分遠ざかるまで見送ってから、クロはカイトとフウのいる日陰へと足を向けた。

「カイト」

 声をかけるとカイトではなく、寄り添ったフウの方が顔を上げた。

「通りかがりの人が薬をくれたぜ」

「あたしが。クロさん」

 フウが丸薬を受け取り、慣れた様子でくんと臭いをかいでから「カイト、飲める?」と訊く。

 カイトはカイトで、フウの手の平の丸薬を見て、微かに鼻を動かした。

「うん」

 カイトが丸薬を口に含み、クロが差し出した竹筒から水を飲む。

「慌てることはねぇ。ゆっくり休んどきな」

 クロの言葉に「うん」と力なくカイトが頷く。

 カイトから視線を逸らし、クロは表通りに顔を向けた。

「どうかしたの、クロさん」

「いや」

 いつになくクロの顔が厳しい。

「さっきの女--」

「薬をくれた人のこと?」

 クロは頷いた。

「どこがどう、と言うんじゃねぇんだが、気に入らねぇ。まるで--」

「なに?」

 フウの問いにクロは答えなかった。言葉にするには、彼が女に抱いたイメージが余りに不快だったからだ。蛆が湧き、溶けるまで腐った人の臓物。それと同じ臭いを、クロは女から感じたのである。



 薬が効いてきたか、「ゴメン。もう大丈夫」とカイトが言った頃には、クロは「伯爵様のとこに行くしかねぇな」と結論を下していた。

「他に知っているヤツもいねぇし、伯爵様ならひょっとしたらマウロさんの消息を知っているかも知れねぇ」

「うん」

 フウが手を貸し、彼女に支えられてカイトが立ち上がる。

「あたしがついてるから。大丈夫よ、カイト」

「フウに大丈夫って言われたら、なぜかな、安心できるよ」 

「良かった」

 二人を連れて先を歩いていたクロが、

「こりゃいけねぇ」

 と足を止めたのは、それから10分ほど後のことである。人々が沿道に避けて道を開けている。

「ここを渡りたいんだが、誰かエライ人が通るようだ」

「来たみたいよ、クロさん」

 フウの指さす先を見ると、衛兵隊に先導された一台の馬車が見えた。

「クロ」

「なんだ、カイト」

「あの馬車、見たことある」

「ああ?」

 カイトに言われてよく見直すと、クロにも確かに見覚えがあった。

「姉御のレプリカか」

 カイトと出会った時に、カネの使い方を教えるためにと言ってカイトと二人で乗ったレプリカの馬車だ。

「だとしたら、あの馬車に乗ってるのはペル様か」

「ペル様?」

「ああ。姉御は海都クスルで見たペル様の馬車が気に入って、あのレプリカを造ったハズだからな」

「そう」

 カイトが頷く。素早く周囲を見回す。「ちょっと待ってて。フウ」そう言ってフウの手を離し、馬車に向かって歩き始める。

「おい、何を……」

 クロは言葉を止めた。周囲の建物から馬車に向かって、何かが降り注ぎ始めたからである。


「カネだ!」と男の声が響き、「おカネよ!」と女の声が続いた。「おカネが降っているわ!」と指さし、わっと10数人が駆け出して、群衆が崩れた。

 慌てて馬車が止まる。

 衛兵たちが群衆に向かって道を開けるように叫ぶが、耳に届いている様子はない。

 騒ぎに惹かれたか、停まった馬車の扉が内側から開いた。

 一人の老女が姿を現し、周囲を見回す。

 髪はすべて白く、歳を取っている。しかし、背筋はしっかりと伸び、群衆に向けた栗色の瞳には強固な意思がある。

 老女は元魔術師だ。

 けれども、もはや宮廷生活の方がはるかに長い。それゆえだろう、ただ立っているだけで、老女には隠そうにも隠し切れない威厳と気品があった。

 クロの推測通り、クスルクスル王国の王太后、ペルである。

 ペルの視線が止まる。

 馬車に向かって来る一人の少女に気づいたのである。

 少女は落ちているカネにも群衆にも目もくれず、まるでそこに群衆がいないかのようにまっすぐ歩いて来ていた。

 狂泉の森人だとひと目で判る。

 カイトである。

 少女の少し後ろにも別の少女がいて、「カイトッ!」と呼びかけていた。こちらは群衆に邪魔されて思うように進めないでいる。

 フウだ。

 ペルの視線がフウに吸い寄せられる。訝し気な表情が浮かび、理解は驚きとともに訪れた。

 皴に覆われた頬に赤味が差し、形の良い唇が声もなく動く。

 衛兵の一人がカイトに気づいて、厳しく誰何しながら立ち塞がる。くるりと衛兵の身体が回った。カイトが何かをしたようには見えなかった。だが、ペルが気づいたときには、衛兵はカイトの背後に倒れて呻き声を上げていた。

 何事もなかったかのようにカイトが足を進める。

 ちらりとカイトとペルが視線を交わす。そしてカイトは、まるで背中に羽でもあるような軽やかさで馬車の天井へと駆け上がると、弓を構える間もあらばこそ、素早く矢を放った。



 馬車の屋根に立ったカイトに気づき、群衆が静まっていく。王太后であるペルの姿を認め、はっと我に返る。

「下がれ、下がれ!」

 という衛兵の声が響き、人々はむしろ硬直した。

 カイトに槍を向けようとした衛兵を、ペルは手を上げて制止した。

「賊はあちらにいます」

 歳に似合わぬ張りのある声が凛と響き、カイトが矢を放った先に建つ建物の屋上を、ペルは指さした。

「急ぐ必要はありません。もう終わりました」

 馬車から降りるカイトに顔を向け、「助かりました。森の子よ」と微笑む。

「ううん」

 カイトが首を振る。

 フウがカイトに歩み寄る。「ゴメン」というカイトの声が聞こえた。その様子をペルがじっと見守っている。

「森の子よ」

 ペルに声をかけられ、カイトとフウが揃って顔を上げた。

「今日の礼はいずれまた改めて致しましょう。残念ながら、いまはここを早く立ち去った方が良さそうですから。

 その際には」

 ペルがフウに笑顔を向ける。

「是非、あなたも一緒にね」

 ペルが馬車に戻る。

 カイトとフウも衛兵に促されて後ろに、群衆の中へと下がった。

 ゆるゆると馬車が動き出し、次第に離れて行くのを見送りながら、フウは「ねぇ、カイト。どうして、あの方はあたしの名前を知っていたのかな?」とカイトに尋ねた。

「えっ?」

 カイトがフウを見る。

「どうしてペル様があんたの名前を知ってたって思うの?」

「だって、あたしの名前を呼んだでしょう?さっき。『あなたも一緒にね、フウ』って」

「呼んでないよ」

「えっ?」

「ペル様は、あなたも一緒にね、としか言わなかったわ」

「うそ。だって……」

 フウが口を閉じる。確かに、耳で聞いたにしては違和感がある。

「……気のせいだったのかな?」

「おーい。大丈夫かー」

 クロが暢気に近づいてくる。

「うん」

 とカイトが頷く。

 女はその様子を、沿道の反対側から見ていた。

 クロに丸薬をくれた女である。

 女の口元に笑みがある。人が見れば温かな笑みと見えただろう。気立ての良いかわいい娘だと、そう見えただろう。だが、女の笑みに感情はなかった。ガラス玉のような瞳の奥。そこにだけ笑いがある。

 残った衛兵の一人がカイトたちに歩み寄る。

「やれやれ。また事情聴取かよ」

 クロがぼやく。

 女はずっと追い続けている。

 カイトの姿を。瞬きひとつすることなく。

 衛兵の問いかけに応じるクロも、フウも、他の誰よりも感覚が鋭いカイトでさえ、女が自分たちを見つめ続けていることに気づくことはなかった。



 衛兵の事情聴取を終え、カイトたちがようやくターシャの屋敷に着いたのは、すでに夕刻になってからである。

 途中、クロが「もう疲れたよ」と言うので、乗合馬車を使った。

 近くの乗降場で降りてからもかなり歩いた小高い丘の上、長い塀が続く人通りの少ない閑静な住宅街の一角に、ターシャの屋敷はあった。

 屋敷の周囲を鉄柵で囲われ、門から扉までは石畳のアプローチが続き、アプローチの両側はよく手入れされた芝生の庭が広がっている。

「静かだね」

 門の前でカイトが言う。

 ターシャの屋敷が、ということではなく、両隣の屋敷に人の気配がない。

「いいとこ過ぎて、住むには土地がたけぇってことかな」

「そんなに高くないよ。ここ」

「そういう意味じゃねぇよ、カイト。ここの土地代が高いってことさ」

「トチダイ?」

「森の外ではね、土地も売り買いされるのよ、カイト」

「うそ」

「森の外では何をするにしてもカネがいるってことさ。いいから行こうぜ。もういい加減、訪ねて行くには遅すぎる時刻だからよ」

 門は大きく開かれている。

 遠慮なく玄関まで進むと、扉の横に鈴があり、紐が垂れ下がっていた。

「これを引け、ってことだよな」

「多分」

「では」

 クロが代表して紐を引くと、カラリッと涼やかに鈴が鳴った。

「なんからしくねぇ音だな」

 返事はなかった。

 誰かが近づいてくる足音も聞こえなかった。扉は少しだけ、低く軋んで開かれた。クロは案内を請おうと口を開いたが、思ったところに顔がない。

「何よ。あんたら」

 と、随分下から不機嫌そうな声が響いた。

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