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16-4(海都クスルへ4(オム市での再会))

 翌早朝、まだ薄暗いうちにカイトたち三人は海軍特別養成所ファロ分隊を後にした。

 朝早くから立ち番をしていたかかしが、「いってらっしゃい。気をつけてねぇ」と、にこにこと笑って手を振ってくれた。

 まず、トワ郡の郡都であるオム市を目指した。

 オム市から海軍の治めるスティードの街に進み、そこから海都クスル行きの船に乗る予定である。

「巡礼者を乗せる船があるハズだからな。それに紛れ込ませてもらうのが一番早いだろうよ」

「ジュンレイ?」

 訊いたのはフウだ。

「知らないのか?フウ」

「わたし、知ってる。北部トワ郡で教えて貰ったわ」

「だったら教えて、カイト」

「うん」

「カイトが森の外のことを教えるとはねえ。成長したもんだ」

 ファロを出てから4日目の午前中にオム市に着いた。

「ここからスティードまではすぐだ。長居したい街じゃねぇからな。昼メシを食ったらとっとと出発しようぜ」

 とクロは言った。

「大きな街」

「うん」

 カイトもフウもオム市の大きさに圧倒されている。

「ま、仮にもトワ郡の郡都だからな。けど、オレは好きじゃねぇよ。何せここにはザカラの野郎が住んでるからな。

 それだけでイヤになるぜ」

 クロが南に顔を向ける。

「ここからは見えねぇが、ザカラの野郎が住む郡庁がこの先にある。噂で聞いただけだが、昔はなかったくそ高けぇ城壁を新しく造ったそうだ。

 自分がどれぐらい人から恨まれているか、自覚はあるらしいな」

「ねぇ、クロ」

「ん?なんだ、カイト」

「あっちこっちにいる、あの人たちは何?」

「あ?」

 クロはカイトの視線を追って「ああ」と呟いた。

 身形の良くない男や女が、道端に座り込んでいる。子供を抱いている者もいる。誰もが顔色が悪く、酷く臭い。

 時折道行く人に手を差し出し、何かが彼らの手にした袋に入れられている。

「物乞いだよ」

「モノゴイ?」

「お金や食べ物を人に恵んでもらって生きてる人たちよ。あたしもファロから出たことないから、初めて見るけど」

「そういやあ小さい街じゃ見ねぇな。ゾマ市はスフィア神殿が食えない連中のメンドウを見てたハズだしな」

 カイトには理解できない。

「食えないって、どういうこと?」

「そのままの意味さ」

 ぶっきらぼうにクロが答える。これ以上は話したくねぇよ、と言われた気がした。しかし、カイトは、

「王の一番大きな責務は、人々を食べさせることじゃないの?」

 と尋ねた。

「ふーん」

 クロがちらりとカイトを見る。

「それをお前に教えたの、国の中で人を殺せるのは王ただ一人だって教えたのと、同じヤツか?」

「うん」

「だったらソイツ、他のこともお前に教えたんじゃねぇか?」

「他のこと……?」

「ああ。それによ、本当はお前ももう判っているんじゃねぇか?オレに訊かなくてもよ。違うか?カイト。

 少し自分で考えてみな。

 それでも判らなかったらオレも一緒に考えるよ。ワリィけどオレにも判らねぇんだ。どうして食えねぇヤツラができてしまうのか、よ」

 他のことと考えて、カイトは思い出した。

『何ヶ月も獲物が獲れなくて、カイトちゃんの家族が飢え死にしそうになってて、森で一匹のウサギを見つけたとする。その時、同じように飢え死にしそうな家族を抱えた猟師と出会って、カイトちゃんはウサギを譲ることはできる?』

 初めて会った時、プリンスはカイトにそう尋ねた。

『森の外はね、そんなところなんだよ』

 とプリンスは教えてくれた。そしてプリンスはこうも言っていた筈だ。

『森では弱い者は生きていけない。革ノ月で死ぬ者も多いよね。でも森の外では、弱い者でも生きていけるように助けようとする』

『不思議なところだよ、森の外って』

 プリンスの言った弱い者というのが、モノゴイのことなんだろうか。

 それとももっと別の人たちのことなんだろうか。

「判った」

 カイトは頷いた。

「もっと、自分で考えてみる」

「ああ、そうしな。それじゃあ、メシ、食いに行こうぜ」


 昼食のためにクロが二人を連れて行ったのは、市の開かれる広場の一角にある年季の入った居酒屋だった。

「ここ、安いけど美味いんだ。海が近けぇからな、特に魚が……」

「クロ」

 クロの言葉をカイトが遮る。

「ン?どうした?」

「あの人」

「えっ?」

 カイトの指さす先をクロが見ると、若者がひとり、食事をしていた。カイトもクロも知っている人物だ。

「おいおい」

 クロが呟く。

 こんなところで会うとは思ってもいなかった人物。ここにいてはいけない人物だ。北部トワ郡の郡支所長を殺したと疑われているであろう人物だった。

 ひと目につきにくい奥のテーブルに、北部トワ郡の自警団のリーダーであるサッシャが一人で座っていたのである。


「こんなところで会うなんてよ、奇遇だな。サッシャ。

 ん?なんか最近、同じことを言ったような気もするけど、まあいいか」

 とぼけた声に、サッシャがハッと顔を上げる。「クロさん、カイトさん……」カイトと並んで立つフウを見て言葉を止める。

 クロに視線を戻し、

「クロさん、もしかしてこちらの方が探していた方ですか?」

 と尋ねる。

「おお。フウっていうんだ」

「そうか、見つかったんですね。どちらにいらっしゃったんです?」

「ファロだ」

 サッシャの眉が微かに動く。青い瞳の奥で何かが閃き、その閃きをクロから隠すように、すぐにサッシャは朗らかな笑みを浮かべた。

「なるほど。北部トワ郡では見つからないはずですね」

「まぁな」

「どうしてこんなところに?」

「フウが見つかったからってそのままマララ領に帰ったんじゃあ、せっかく王領司さまにもらった見聞官の証しがもったいないだろ?

 だから海都クスルまで観光に行くことにしたのさ」

「フウさんも一緒に?」

「行ったことがないって言うからついでにな」

「そうですか。ああ、立ってないで座られたら。それとももう、食事は終わられたんですか?」

「いや、これからさ」

「だったらオレが奢りましょう」

「いいのか?」

 腰を下ろしながらクロが訊く。

「どうぞご遠慮なく」

「ま、せっかくの申し出だ。ありがたく受けるとするよ」

 カイトとフウも座り、三人分の食事を注文する。

「で、あんたはなんでこんなところにいるんだ?それも一人で」

「クロさんなら判っているでしょう?」

「いや、判らねぇ。こんなところで会うとは思わなかった。こんなところに来るなんてよ、ちょっと無茶じゃねぇのか?」

「無茶をしないと何も変えられませんからね」

 サッシャの声に気負いがない。吹っ切れている。クロにはそう感じられた。

『ヤベェな、コイツ』と思う。

 しばらく世間話をしている間にクロたちの食事が運ばれて来て、食事を終えたサッシャがフォークを置く。

「今日は会えて良かった。それじゃあ、オレは行きます」

「ああ」

 気をつけてな。クロはそう言うつもりだった。だが、立ち上がったサッシャの肩口に青白い顔が見えた気がして、血が凍った。

 テオの顔だった。

「カイトさんとフウさんもお気をつけて」

「うん」

 カイトが応じる。

 立ち去っていくサッシャの後姿をクロは凝然と追い続けた。

「どうかしたの、フウ」

 カイトの声に我に返ってフウを見ると、フウもクロと同じようにサッシャの後姿を追い続けていた。フウの栗色の瞳が微かに赤く輝いている。クロは目をしばたかせた。クロには一瞬、そう見えたのである。

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