16-3(海都クスルへ3)
何が起こったか、部外者であるカイトとクロが知ったのは、その日の昼過ぎのことである。
イタカとミユ、それにフウの三人で何事かを話し合い、使者が飛んで、ファロの各地からファロの有力者だという人々が集まってきた。更に話し合いが続けられ、有力者たちが帰って行った後、カイトとクロがイタカに呼ばれた。
ミユとフウもいる。
「いぬ先生とカイトちゃんに頼みがある」
切り出したのはイタカである。
「なんだい、隊長」
「順を追って話そう。
今朝、オレのところに王都から知らせが届いた。最初の知らせは、マウロ様が亡くなったというものだった」
ミユは少し青ざめた顔で、黙ったまま座っている。
「少し遅れて、亡くなったのはマウロ様ではなく、マウロ様と一緒に王都に行かれた領主様の方だと訂正の知らせが届いた。確認のために、かかしに、死んだという領主様の屋敷に走ってもらうと、確かに領主様が死んだと連絡があったそうだ」
「死因は?」
「病死、ということだ」
クロが鼻で笑う。
「ホントかね」
イタカが頷く。
「我々も疑っているよ」
「マウロさんの方はどうなったんだい?」
「どうやら投獄されたらしい」
「は」
クロが嗤う。
「困ったもんだねぇ。それで?」
「海都クスルはあまりに遠い。誰か信頼できる者が確認に行った方がいい。そういう結論になった」
「なるほどねぇ。で、誰が行くことになったんだ?」
「フウだ」
予想はついていた。クロは驚かない。
「だとすると、オレらに頼みたいことっていうのは、フウの護衛か?」
「そうです。クロさん」
ミユが口を挟む。口調が硬い。
「クロさんとカイトさん、お二人ともマララ領の見聞官だと伺っています。お二人が賞金稼ぎとしてとても優秀だとも。
お二人に、フウと一緒に海都クスルまで行っていただきたいのです」
「いいぜ」「判った」
二人が即答する。
「お姫様に頼まれたんじゃあ、イヤとは言えねぇ。ずっと世話になってるしな。海都クスルにはいっぺん行ってみてぇと思ってたんだ」
ミユが深々と頭を下げる。
「ありがとうございます、クロさん。カイトさん」
「礼を言われるようなことじゃねぇよ」
「うん」
クロの横でカイトも頷く。カイトの声に被せるように、クロが「貰えるものさえ貰えればな」と言葉を続け、がくりとカイトの肩が落ちた。
「多くは無理だが、できる限りのことはしよう」
イタカには驚きはない。
ちくちくと刺すような視線を感じてクロがカイトを横目で見ると、カイトが下からクロを睨んでいた。
クロは嗤った。
「お前には納得できねぇだろうが、報酬ってのは信頼関係さ」
不満げなカイトに、クロが言う。
「……どういうこと?」
むっとしたままカイトが訊く。
「報酬をやり取りすると、それは趣味じゃなくて仕事ってことになる。そうなったらイヤでも責任が生まれるから手は抜けなくなる。報酬を渡した方は、報酬を渡したからちゃんとやるだろうと思う。報酬を貰った方は、報酬を貰ったからにはちゃんとやらないと、と思う。
だから報酬をやり取りするのさ」
「……よく判らない」
「判らなくていいんだよ。そういうもんだって覚えときな、カイト」
いなすように軽く言って、クロはイタカに視線を戻した。
「海都クスルに行くのはいいけどよ、そこからどうする?誰か知ってるヤツはいるのか?」
「ファロと取引のある商人がいる。とりあえずは彼を頼ってもらいたい」
「いいだろう。行くのは早い方がいいよな」
「できれば」
「オレもカイトもいつでも行けるぜ。フウ、お前はどうだ?」
「すぐに支度します」
「今夜はオレのところに泊まってもらって、明朝、ファロを出て貰いたい」とイタカ。
「判った」
「クロさん。カイトさん。よろしくお願いします」
もう一度深々とミユが頭を下げ、「任しときな、お姫様」とクロはだらしなく笑った。
ミユとフウが部屋から出て行った後、クロはカイトに「お前は先に行ってな。オレはちょっと隊長さんと話があるからよ」と言って、イタカと二人で部屋に残った。
「さて。お姫様のいるところじゃあ話せねぇこともあるよな、隊長さん。ホントはオレらに何をして欲しい?」
イタカが顔を伏せる。
「オレらは目立つよな。どうしても」
「その通りだ、いぬ先生」
「つまりオレらは、クスルクスル王国の目を眩ませるための囮ってとこか?」
「スマン」
「本命は隊長さんか?」
イタカが頷く。
「王都にいてもおかしくないとなると、オレしかいない。現状報告のためって建前で海都クスルに戻る」
「それで、何をするつもりだ?」
イタカが身体を起こす。
「マウロ様を助け出す」
「捕まってんだよな。脱獄させるってことか?」
「そうだ」
「アテはあるのか?それともオレは聞かねぇ方がいいか?」
「オレの古い知り合いを頼ろうと思っている。もう10年以上も会っていないが、あの方なら手を貸してくれると思う」
「誰だ?」
本来なら言わない方がいいだろうとイタカは判っている。下手に知っていると不自然さが出る。
しかし、クロにはむしろ知っておいてもらった方がいいとイタカは判断した。
「カザン将軍だ」
「おう」
思わぬ大物の名にクロが笑う。
「ジュニアの親父さんかよ」
「カザンジュニアを知ってるのか?いぬ先生」
驚いてイタカが問う。
「パロットの街で会ったよ。そもそもオレとカイトがマララの見聞官なんてものをやってるのも、アイツのたくらみさ」
「そうか。王都を追放になったことは知っていたが、ジュニアはパロットの街にいるのか」
「王領司さまのとこにな。こういうのを奇遇って言うのかねえ。判った。せいぜい楽しく囮をやってこよう」
「すまない」
「謝られることじゃねぇ。賞金稼ぎが賞金首になったら笑い者だからな。せいぜい犯罪者にはならないよう、適当にガンバるよ。
おっと。そう言えば、この話は、お姫様とフウは知ってるのか?」
「いや、二人とも知らない」とイタカが答え、「その方がいいかもな」とクロが応じ、後はバタバタと支度をしてファロの街に渡る船に乗り込んだ。
その、ファロの街へ向かう船の上でのことである。
「カイト」
他の誰にも聞こえないよう、フウはカイトに囁いた。
「ごめんね。森に帰る筈だったのに」
カイトが首を振る。
「わたしは、あんたが本当に森の外で辛い思いをしていないか確認するために行くの。わたしはわたしで勝手について行くだけ。
だから気にしないで」
「そうか」
フウが微かに笑う。
「ねえ、カイト」
「なに」
「あたし、マウロ様の無事を確かめるだけでいいってイタカ先生には言われてるわ。でも、あたし、マウロ様を助けたいの」
「うん」
フウがためらう。顔を伏せ、しばらく沈黙した後、湖面を流れる風に逆らうように顔を上げる。
強い決意を湛えた栗色の瞳が、カイトの瞳をしっかりと見返す。
「手伝ってもらえる?カイト」
弦の切れるぷつりっという音がカイトの耳に蘇える。轟々と炎の燃える音も。たくさんの死体が転がっている。カイトが殺した死体だ。
そこでカイトは、『髪、伸ばしたんだね』と問われた。
平原王の砦まで来てくれた友だちに。
ハルに。
自分の腕に触れたハルの手の冷たさを思い出しながら、カイトは、「もちろん」と頷いて笑った。