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或る医師の開発譚

作者: タマゴ

とある国に、一人の医師がいた。

その医師は国の中でもトップクラスに優秀な医師で、多くの人の命を救い、怪我や病気を治して来た。

しかし、そんな彼にも救えない患者は当然いた。普段どれだけの人を救ってきても、その患者の遺族の涙を見る事には耐えられなかった。

自分が診た患者は、一人たりとも死なせたくない。

その思いが、医師としての本能と知識を動かした。


そして長い年月の研究の末、遂に彼は──

死者を蘇生する(、、、、、、、)技術を開発した(、、、、、、、)

彼に救えない患者はいなくなった。その技術自体も次第に国中に広められ、人が死ぬ事によって流れる涙が激減した。

彼はそれを誇らしく思い、人を救う技術を開発できた事を心の底から喜んだ。


しばらくして、他国との戦争が起こり、彼の蘇生技術は軍隊でも重宝されるようになった。戦闘の末命を失った兵士も、遺体を回収すれば失った命をその身体に吹き入れる事ができた。

倒しても倒してもゾンビのように生き返る敵兵に相手国は疲弊し、戦争も優位に進んだ。


だが、次第に兵士たち、そして敵国に攻撃された一般市民までもが「死」という感覚に慣れ、自分の身体を労わらなくなった。死んでは生き返って戦闘を行い、戦闘を行っては死ぬ。兵士たちを中心に痛みに耐えられなくなった者が音を上げ始めたが、部下の死に慣れた上官は生き返った兵士に即出撃を要請した。兵士たちは苦しみに耐えられなくなり、自殺する者も多くなった。一般市民の間でも命を軽視する者が多くなり、治安が悪化した。


蘇生技術を開発した医師は責任を感じていた。ただ人を救いたかっただけなのに。なぜこんな事になってしまうのか。医師は苦悩した結果、せめてもの償いと思い、人々に苦痛を感じさせなくする施術を編み出した。その施術は犯罪の格好の的にされ始めていた一般市民や、戦場で死ねずに苦しみ続けていた兵士たちを救った。その医師は再び感謝され、償いになって良かったと安堵した。


しかし、苦痛を味わわなくなった人々は、最初こそ痛みを感じない身体に喜び、各分野で素晴らしい活躍を見せたが、苦痛を感じない身体という感覚に狂い始めた。どこまでが身体の限界かが分からなくなり、自分が生きているのか死んでいるのかも分からない状態が続いた。兵士たちはもっと悲惨で、戦線に突っ込んだ兵士は自分が死んだ自覚もないまま死んで行った。そしてまた蘇生され、戦場に駆り出された。人々にとって、何が幸せで、何のために生きているのかが分からなくなった。


医師は悩んだ。せめて、せめて人々の生きがいとなる何かを作りたい。苦しみから解放したい。心の底から、純粋にそう思った。

そして今度は、人々に幸福を感じさせる医療技術を開発した。簡単な施術を行うだけで人々は幸福感を覚えるようになり、他の方面でもエネルギーが満ち溢れ、様々な事を活発に行えるようになった。兵士たちも、戦闘と死の繰り返しの中にささやかな幸福が混じるようになり、生きがいは以前に比べ格段に感じられるようになった。またしても医師は安堵した。


しかし、それほど時間が経たないうちに、人々にとってその幸福が"常識"になり、その幸福を求めて人々が殺到するようになった。

「幸福が足りない、もっと上のものはないのか。」

欲に塗れ始めた人々は皆堕落して行き、兵士たちにとっても幸福は幸福ではなくなり、半狂乱のまま戦地に赴いた。中には上官を襲い始める者も現れ、現地の組織系統は完全に崩壊した。


医師もそれらの影響と、自分が開発した技術への罪悪感で狂ってしまった。自分が開発した技術が存在する場所を全て潰そうと思い、連続爆破事件を起こした。そしてその度に自我を失った人々が暴れ始め、国は1週間も経たずに崩壊した。国の人々のほとんどは亡くなるか、狂うかの2択になり、敵国は終盤は何もせずに勝利した。


医師はそれでも天国に行く事ができたという。


これはこの世界にとって何が正しいかを問いかける、ほんの小さな物語である。

もし読んで頂けた方は、連載小説の「ムゲン」も読んで頂けると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ありえそうな破綻の形ですね。寿命を迎えた訳ではない、損傷による死の場合の、恐らく、修理的な意味合いでの蘇生の術。それが齎す結果を主人公に想像しろというのは酷なもののようでありつつ、それが世…
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