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第6話

 あの恐怖の廃病院から逃げ出してきて、一週間。 

 一秋たちは元の日常へ帰ってくることが出来た。……拓哉を除いて。

 あの後、どれだけ待っても拓哉は帰ってこなかった。未だに行方不明のまま。

 拓哉の家族や警察たちは捜索を続けているらしいが、良い結果が一秋たちの耳には入ることは今でもなかった。


「…………」


 あの事件から自分たちの日常に変わったことはない。一秋はそう思っていた。

 それこそ事件の直後は、危険な場所に行ったことや姉のカメラを勝手に持ち出した挙げ句、怪物から逃げる際に壊していたことをこっぴどく叱られたが、それだけだ。

 もちろん事件の全貌を伝えていないからではあるが、信頼されていたのだろう。

 そんなこんなでカメラを壊された姉以外は根を残すこと無く忘れ去られていた。


 ――だが、あの時のことを、一秋は度々夢に見る。

 廃病院の惨状、その場所にいた恐ろしい化け物、時折聞こえた悲痛な呻き声。

 虚ろな目で自殺しようとしていた亜子、支離滅裂な様子で襲いかかってきた拓哉。

 それらが入り混じった悪夢を見て、夜中に目が覚めることが悩みとなっていた。


「……失礼します」


 そんな一秋が訪れたのは保健室。

 といっても、彼自身に怪我や病気があるわけではない。

 その場所にいる、何かが抜け落ちたように佇んでいる少女に用があった。


「よう、亜子」

「……あー、一秋くんだぁ!」


 無表情だった亜子の顔が、鮮やかな色を取り戻していく。

 ――あれから彼女は変わってしまった。

 以前から臆病な性格だったが、それが更に悪化してまい、精神が不安定になった。

 今では依存先である一秋がいないと何もできない状態で、そういった問題が治らない間は保健室登校で回復を待っているのだ。

 一秋と話している間は人間のように振る舞っているが、そうでない時は……まるで電源の入っていないロボットのような様子らしい。

 全ては、あの廃病院に行ってしまった。そのせいなのだろう。


「……ごめん」

「う、ううん?」


 後悔と罪悪感に心が苛まれていたからか、呟きが無意識の内に出ていた。

 やばいと一秋は思って、どうやってフォローしようか思考を必死に巡らせる。


「いいよ。私は一秋くんがいれば、それだけでいいんだから」


 一秋の思考よりも早く、亜子は柔らかい表情でそう告げる。

 悪意のない、純粋で、無邪気で――残酷に一秋の胸へと突き刺さる一言だった。


「……そうか」


 やるせない気持ちをごまかそうと保健室の時計を見る。……もう4時だ。


「すまん、もう俺は行かないといけないんだ」

「嘘、嘘だよね」


 嬉しそうな微笑みが一瞬にして掻き消えて、絶望の色に染まった表情になる。


「悪い! 今日も電話するから! 明日はもっといられるようにするから!」

「……分かったよ」


 渋々と受け入れてくれた亜子に、一秋は心の中で息をついた。

 あの日から、一秋は不安と恐怖で眠れないという亜子に付き合っている。

 そのため寝るのが遅くなってしまい、悪夢と相まって寝不足になっていた。

 しかし、一秋はそれを表情には出さないし、苦にしていなかった。

 彼女を誘ったりした俺が悪いんだから。そう思っていたからだ。


「じゃあな」

「……うん、ばいばい」


 亜子と別れて、一秋が向かった先は学校の端っこの教室。

 他の生徒が滅多に来ない僻地であり、一秋たち新聞部の活動場所でもあった。


「亜子ちゃんのところに行ってきたの。お疲れ様」

「……ああ」


 一秋を迎えたのは、憂鬱そうな表情で椅子に腰掛けている楓だった。

 こうして集まっているものの、病院から脱出した後は新聞部の活動は休止している。

 当然、あの病院での惨状は記事にしない予定だし、誰にも話す気はなかった。

 ――怪物の正体は何なのか。――あの病院は何の用途の施設なのか。

 ――そして、拓哉はどうなってしまっていたのだろうか。

 疑問に思わなくもなかったが、もう関わりたくない。その気持ちが何倍も強かった。


「あ、そうだ。今日は疲れたから、先に帰るわ」

「わかった。またね」


 どうしても気分の晴れなかった一秋は帰ることにした。

 それは楓に言った言葉通り疲れたというのもあるし、ここにいると自分の過ちを再認識させられている感覚が襲うからでもあった。


「私たち、どうなっちゃうんだろう……」


 一秋が教室を出ようとした時。楓が零すように呟いた独り言が、頭から離れなかった。




「おい、お前! 心霊スポットに行ったんだってな?」


 教室を出て廊下を歩いていた一秋を迎えたのは、多数の奇異と興味の目。

 あの日から廃病院に行ったことに関してよく聞かれるようになった。

 ……誰にも話してないのに。噂とは怖いものだと改めて一秋は思い知らされた。


「行ってねぇよ。どんな噂だよ」

「嘘つけよ、それで呪われて拓哉が行方不明になったんだろ?」


 断っても引き下がることはなく、質問をぶつけてくる。

 おそらく希望通りの答えが得られない限り、諦めはしないのだろう。

 にやにやと何の配慮もなく好奇心を振りかざす赤の他人に、一秋の怒りが爆発した。


「うるせぇよ! 関係ないって言ってんだろ!?」


 廊下に響き渡る怒鳴り声。

 今までの騒がしさが、一瞬でしんと静まり重い空気へと変化した。

 一秋はそんな馬鹿馬鹿しい光景にため息を吐くと、どうしようもない苛立ちを抱えたまま、連中の間を通り抜けるように昇降口へ向かい始めた。


「あいつ、頭がおかしくなったんじゃないか!?」

 

 心を金槌で叩きつけられたような、その言葉に一秋は思わず振り返った。

 そして、強く睨みつける。視線だけで射殺さんと言わんばかりに。


「な、ななな何だよ。い、行こうぜ」


 怯えた様子で逃げ去る連中の姿を眺める一秋。

 なんて馬鹿な奴らだ。そう吐き捨てる一方で、先ほどの言葉が胸を締め付けた。


『頭がおかしくなったんじゃないか!?』


 亜子も拓哉もおかしくなったというのに、自分だけ普通にいられるのか。

 いや、そもそも普通ってなんだよ? ……わからない。……だから怖い。

 形状し難い恐怖に、心が荒らされそうな衝動を振り払うべく顔をまっすぐ見た。

 ――柱の陰に、幽霊を見つけた。白くぼんやりとした顔がこちらを見て、笑っている。

 

「っ!!?」


 気がつけば、何も考えることなく一秋はその場所へ駆け出した。

 しかし、着く頃には姿は消えていた。その周辺を見ても痕跡すらない。

 ……ほっと息をつく。安心を取り戻した一秋は、ゆっくり周りを見てみた。


『――、――、――』

 

 ――いた。

 今度は階段の上、3-2教室の扉の裏、そこに同じ影がある。

 幽霊がいるなんて馬鹿げた話、そう思って何度も見直してみても、やはりいた。

 そして、近付こうとすれば消える。別の場所に必ず現れて一秋を見つめてくるのだ。

 一秋以外の生徒は見えてないのか、何事もないように廊下を通過していく。


「……おかしいだろ?」


 全身に汗が吹き出るような錯覚に陥りながら、一秋は呟いた。

 何でいる。何で見えている。そして、何で他の奴らは気づかないんだ?

 みんな、おかしくなっているのか。それとも俺がおかしくなっているのか。

 でも確かに見えている。周りが何しようとも見えている限り、そこにいるのだ。

 ……自分でもわからなくなる。何が正しくて、何がおかしくなっているんだ?


「……ははっ」


 思わず出た、乾いた笑い声。

 暴れ出した一秋の感情を誤魔化すように出した声は、虚空へと消えていった。


 ――自分は正しいのか? 


 その問いの答えを、一秋が理解することは永遠にないのだろう。

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