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第2話

 病院の中には、この世とはかけ離れた雰囲気が漂っていた。

 かなり昔の施設なためか、所々老朽していて今にも崩れそうな箇所がある。

 天井を見上げれば、蜘蛛の糸が張り巡らされていて、空気だって淀んでいた。

 それにとても薄暗い。電気はもちろん通ってない上に、窓には厳重な格子が付けられていて、森の薄暗さもあって入り込んでくる光も十分な量ではない。

 前もって用意していた懐中電灯と一秋の持つカメラを頼りに、四人は調査を進めていた。


「アキー、ここんとこ写真に撮っていてー!」

「わかったよ」


 楓に言われるがままシャッターを切る。微かな音が病院の闇に響いた。

 被写体は大部分を虫に食われたカルテの束。原型をとどめていない状態だ。

 こんなものを撮って何になると一秋は思っていたが、怪異がある確たる証拠をt掴めていない今、ないよりマシだった。

 もしかしたら心霊写真とか撮れるかもしれない。ポジティブに考えることにした。


「亜子、いけるか? お前の力で何か見えないか。お前が頼りなんだ」

「う、うん。一秋くんがそう言うなら頑張ってみるよ」


 一秋の言葉に顔を綻ばせると、亜子は集中した目つきで見渡す。

 こんなことを言うのも、神社の娘である亜子には霊感があるのだ。

 彼女が極度の怖がりなのも、昔からそういう類が『見える』からだったりする。


「や、やっぱり、いないよ……!」


 しかし、亜子は今にも泣きそうな顔で首を振った。

 ……やっぱりか。一秋が項垂れた時、拓哉が怒りを顕にして亜子へ向かった。


「はぁ? 使えねぇな! 何のためにお前みたいな根暗女連れてきたと思ってんだ!!」

「ご、ごごご、ごめんなさい!」


 現在は病院の三階まで来ているが……今まで怪奇現象を見つけていない。

 その他に探索していないのは地下のみ。しかし、それも期待は薄そうなのだ。

 入った時は大きかった未知なる物への恐怖も薄れ初めて、頑張っても何も見つからないことや、得体のしれない恐怖に晒されていたことに対する苛立ちに変わっていた。

 本性を隠す余裕もなくなったのか、そんな感情に身を任せた拓哉は暴言を吐く。


「おいおい、そんな言い方はないだろ?」

「使えない奴に使えないって言って何が悪いんだよ! 正論だろ!!」

「はいはい、二人とも辞めなさいよ。うるさくしてると幽霊が逃げちゃわよ」

「どうせ幽霊なんかいねぇよ! いるんだって俺に呪ってみろってんだ、クソ!」


 みっともなく言葉を吐き捨てる拓哉の姿に、一秋と楓は嫌悪感を示していた。

 場の空気が険悪なものになっていく。しかし、苛立ちを感じているのは二人も一緒。

 どうしようかと一秋が解決案を探そうと頭を動かし始めた、その時。


 ――嫌な予感がした。


 具体的にはわからない。纏わりつく空気が更に不快なものになった、そんな感覚。

 ちゃんとした言葉にできないような感覚ではあるが、存在すると確信は持てる。

 そんな名状しがたい理解不能な何かを、一秋がひしひしと感じていると。


「……あ、あれ」


 亜子が声を大きく震わせて、三人の後ろ側にある暗闇へ指を向けた。


「何だよ、いきなり――っ!!!?」


 疑問に思った三人は手元の懐中電灯で、その闇を照らしてみた。


 そこに浮かびあがったのは――人型の何かだった。


 手や足、体の殆どは黒ずんだカビと乾燥した血で汚れきった包帯に包まれていて、その上から病院の患者が着ているような服を、原型を留めていないほど破れている状態で着ていた。

 顔を見ても片目がなく、頬は爛れていて、とても人間のものとは思えない。

 そんな化け物が、赤黒く錆びたノコギリを床にひきずりながら近づいてきていた。


『オ……イ……カン……オレ……ビ……ナイ、コロ……ヤ……』


 金属製品を鋭利なもので引っ掻いたような、耳障りでしかない声。

 その意味や内容はまったく聞き取れなかったが、敵意は否応なく感じられた。

 一秋の本能が伝えてくる。――逃げなければ、殺される。


「に、逃げろ!!!」


 拓哉の絶叫じみた悲鳴が聞こえた瞬間、四人は一目散に逃げ出した。




 階段を降りる。とにかく降りる。

 後ろにはあの化け物が迫ってきている。もし追いつかれたら、錆びきったノコギリの刃は自分たちの体を無残に切り刻むことだろう。

 生命の危機から逃れるべく、一秋たちは走ることに全神経を集中していた。


「もうすぐ一階よ!」


 先頭を走っていた楓が三人にも聞こえるように必死で叫んだ。

 よし、これで脱出できる! 怪物から逃げ出せる! 誰もが安心したその時だった。


「……嘘でしょ?」


 希望が裏切られた、そんな絶望の思いが込められた楓の呟き。

 ――あの怪物が入口の前で陣取っていたのだ。自分たちを待ち伏せするように。

 いつの間に、と一秋は思ったが……その思考は、怪物が近づき初めた時に消え失せた。


「ここは無理だ! もう一度階段を上がれ! 窓から逃げるぞ!」


 こうなったら、病院内の窓から脱出するしか方法はなかった。

 病院内の窓には格子が設置されていたが、全部がそうだとは限らない。

 この廃病院のことだ、老朽して壊せそうなところはあるはず。それに賭けるしかない。


「わかったわ!」


 楓が、震えていた亜子の手を引いて二階へ上がった。

 ……良かった。楓が付いてるなら亜子でも大丈夫だ。

 そう安心した一秋が、自分も二階に逃げようと体を翻そうとすると。

 身体が大きな力によって押し倒された。――拓哉によるものだった。


「うわわああぁぁぁ!!!」


 先ほどまでの高圧的な態度が嘘のように、拓哉は絶叫しながら階段を駆け上がっていく。

 その直後、何か大きな物が転がり落ちてくる轟音が階段に響いた。

 2階の踊り場に放置されていた壊れた車椅子。それが何個か落とされて、道を塞いでいた。


(この野郎、俺を身代わりにしたっていうのかよ!)


 怒りと驚きがぐちゃぐちゃに混じり合った感情が、一秋を襲った。

 山積みの車椅子、登れなくはないが時間はかかる。その隙に怪物は襲ってくるだろう。

 ……逃げられないのか。そう思った一秋の目についたのは――地下へ繋がる階段。

 逃げるための窓のない地下に向かうことに躊躇ったが、現状だとこれしか方法はなかった。


「ちぃっ!」


 怒りと恐怖の感情を抑えるように舌打ちをして、一秋は地下へ逃げた。

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