第1話
人間は、自分という色眼鏡を通して世界を認識する。
どんなに理論的に、客観的に、物事を考えたとして、正しいと判断するのは自分だ。
傍から見たら間違っていても、主観的であっても、例え狂っていても――自分が正しいと思ってしまえば、それが自分にとっては正しいとなってしまう。
その後の正当化なんて、適当な理論づけをすればどうとでもなるのだから。
――自分は正しいのか。その問いに、『正しく』答えられる人間はいるのだろうか。
「……ここか、噂の廃病院は」
鬱蒼と生い茂った森の中、陰気が漂う不気味な雰囲気。
空はどんよりと曇っていて、木々が光を遮るのもあって昼だというのに薄暗い。
――そんな場所にある廃病院。小山一秋は所属する新聞部の調査で来ていた。
「おー、雰囲気出てるじゃない!」
異様な空気を物ともせず、雨宮楓がポニーテールを揺らしながら喜びの声を上げる。
彼女も一秋と同じ、新聞部だ。というより、この二人だけというのが正しいか。
もちろん高校が公認していない部活。でも彼らは真面目に活動をしている。
月に一回、発刊する学校新聞。その調査のために廃病院へとわざわざ来たのだ。
「ああ、でも浮かれすぎるんじゃ――」
「言っただろ、楓。記事にするんだったら最高な場所だって!」
「そうね。ありがとう、瀬川くん! 情報提供してくれて!」
一秋の言葉を遮るように、瀬川拓哉が強引に口を出してきた。
アメフト部のエースで、顔も良く、学校の女子には絶大な人気を誇っている。
……評判の割には、中身は小心者のろくでなしなんだけどな。
そんな若干の偏見が混じった感想を一秋が頭の中で思っていると、拓哉が近づいてきた。
何だろうかと首を傾げていると、他の女子二人に聞こえないように耳打ちしてくる。
「おい、お前。『あの恩』を忘れてないよな?」
「忘れてねぇよ」
あの恩とは随分と過大評価してくれてるな、と一秋は心の中で毒づく。
というのも、今回の調査をすることになったきっかけは拓哉にあるからだ。
ネットでもよく知られていない、都会から離れた森の奥にある廃病院。
かつて患者が病院に努めていた医者や看護師を皆殺しにして廃院となった病院。
真相を突き止めれば一大ニュースになるネタを彼から聞いた時、二人は喜んで調査に乗り出した。
しかし、拓哉は情報提供をした礼として、楓との関係に協力するよう求めてきた。
聞く噂によると、拓哉は楓のことが好きらしい。なので今回の調査に忍び込んで、吊り橋効果で自分を格好良く見せて、楓を自分のものにしようと企んでいるらしい。
「そりゃ良かった。じゃなきゃ、お前みたいな陰キャに協力する価値なんて無いもんな」
「…………」
初めに一秋がこの馬鹿げた提案を聞いた時は、呆れの感情がこみ上げてきた。
しかし、冷静に考えたら調査は多い人数の方がいいと判断したことから同行を許可したのだ。
実際に拓哉の兄の車がなければ、時間を費やす羽目になっただろうから一秋は感謝している。
しかし、一秋はどうしても拓哉を好きになれない。というか嫌いである。
できることなら、病院で泣き叫んで無様な様子を晒して欲しい、そう思うくらいには。
「……や、やっぱり、行かなきゃ駄目?」
声と体を震わせて、今すぐ泣き出しそうな様子で囁いたのは三上亜子。
一秋の小学生以来の知り合いで、元々は三人と何の関係もない一般人である。
怖いものが苦手だという亜子を説得して連れてきたのは一秋だが、実際に怖がる姿を見た一秋は、彼女に申し訳無さを感じていた。
「悪いな。でも心霊スポットで調査をするには、お前の力が必要なんだ」
「う、うん。一秋くんがそういうなら……私、頑張るから――」
「ほら、みんなー! 先に行っちゃうわよー!」
一秋たちが、急に声がした方向に目を向ける。
楓がすでに病院内の敷地に入っていて、三人に向かって手を降っていた。
「お、おい! 一人で勝手に行くなよ!」
勝手な行動をする楓に呆れながら、一秋は寂れた門をよじ登る形で乗り越えた。
手についてくるざらざらした錆びた鉄の粉が、気持ち悪いと感じる。
「みんな、準備はオーケー?」
「問題ないぞ、揃ってる」
後ろの拓哉も、亜子も、それに肯定するように頷いた。
「んじゃ、さっそく行ってみましょう!」
楓の威勢の良い掛け声と共に、重々しい病院の扉が開き始めた。
ここから調査が始まる。期待と恐怖を胸に抱いて一秋は病院内へと入っていった。