大音の横暴
高崎宿の襲撃から3日もしない内に、利根屋の主人は高崎藩に捕らえられしまった。世直し一揆から金品を受け取ったという疑いをかけられたのだ。高崎藩は年貢の支払いが悪いことを理由に一歳の復興を引き受けなかった。そうであるから生きるために主人は援助を受けたのだ。
利根屋の主人はそれから大音の尋問をうけた。大音は高崎藩主梅原孝信の家老である。先に書いた通り、年貢の取り立が厳しいのは彼が原因であった。大音は笑みを浮かべながら言った。
「おい、利根屋。お前はよくも宿場の重役でありながら、賊どもに与してくれたな。どうなるか分かっているのか?」
利根屋の主人は頭を垂れたままだった。しかし、声を挙げた。
「藩にとっては罪であるのは重々承知です。しかし、私どもも生活のために何とかやりくりをしなければならず…決してやましいことはいたしておりません…」
利根屋の主人は精一杯の弁明をした。しかし、その弁明は、大音には響かなかった。
大音はさらに笑みを浮かべた。そして冷酷にこう告げた。
「何を言うかと思えば、自己正当化のざれ言か。せめて命乞いか謝罪の言葉があれば良かったものを。所詮は愚民だったみたいだな。」
利根屋の主人は恐怖のあまり顔が青ざめた。そして、大音は冷酷にこう告げた。
「磔だ。」
数日後、どんよりと雲がかかる陰鬱な空の下、処刑場に磔にされ、無惨に槍に突かれた利根屋の遺体が民衆の面々に晒された。民衆は皆、主人を軽蔑する人は無く、憐れみと同情的の念を抱く人がほとんどだった。辛かったろう。無念だったろう。または明日は我が身と思う人もいた。生活は苦しく、まともに生きようとすれば、ただ死を待つだけ。高崎藩の圧政と治安の悪化の結果であった。民衆の心には、大音諌山への畏れと憎しみが空を被う雲のように渦巻いていた。