それぞれの終わり方
大音諫山、いや進太郎はひたすら槍蛇丸から逃げていた。槍蛇丸の追撃はあまりにもひつこいものだった。蛇の名は伊達ではなかった。
「くそ、どうしてこうなった?」
大音は思わず恨み言を吐く。自分はただ出来ることをしていただけだった。高崎藩に代々家老として仕えてきた。自分も責務を全うしただけだ。こんなに幕府がボロボロになる中で秩序を守るためには、民に規律を求めるのは当然だろう?そう思った。大音に民のことを想像するなど無理なことであった。あまりにも支配者と非支配者との格差が広がりすぎていたのだ。もはや槍蛇丸の妹のことなど、記憶の欠片ににもない。
大音は仮眠を取るも、見る夢はいつも悪夢であった。しかも同じ悪夢であった。ひたすら悪鬼が追ってくる。起きて寝るたびにその悪鬼は距離を詰めてくるのである。大音の鎧はボロボロになっていた。陣羽織は穴があちこちに空いていた。
「騎馬隊は恐らくは壊滅したはずだ。手持ちの部下がなんとか迎撃をしてくれたからだ。もうあの悪鬼は襲っては来ないだろう。もうすぐ日が出始める頃だ今のうちに山を降りよう。」
そう思ったその時、背後に気配を感じた。背中には冷や汗がボトボトと落ちた。山の木々が枯れていくのを感じた。背後から声がする。
「おはよう。大音くん。」
大音はすぐにあの悪鬼だと分かった。
「会いたかったぜ、大音くん~!」
どうする?これは先手を取るしかない。大音は素早く刀を抜いた。
「うおー!」
大音は刀を振る。槍蛇丸も白目を剥きながら応戦する。何度も鍔迫り合いを起こした。大音は日々の鍛錬を怠らなかったため、剣術には自身があった。それ故に槍蛇丸も決着をつけられない。槍蛇丸も負けていない。大太刀をブンブンと振り回すような剣さばきで、大音に鈍い打撃を与えていた。そのあまりにも素早い動きに、土埃が立った。それが2時間も続いた。
大音は汚い手を使った。刀を捨て、素早く回転式拳銃を取り出すと、槍蛇丸の胸元に発砲した。弾は槍蛇丸に命中した。槍蛇丸は動きが止まった。大音はしめた!と思い、脇差しを抜くと素早く槍蛇丸の胸元に突き刺した。そして、刃の向きを変えて、心臓に向けて体を切った。心臓近くまで槍蛇丸は切られたのだ。そして、そのままピストルの残り弾をゼロ距離で撃ち込んだ。
完全に槍蛇丸の息の根は止まった。「ざまあみろ・・!」
大音はつぶやく。ただの盗賊が武士に勝てるわけ無いだろう。そう思い終わるうちに、槍蛇丸の大きな拳が大音の顔面に直撃していた。ぶーんと音がしたと思ったら、顔面の骨が折れる音がはっきりと大音には聞こえた。槍蛇丸のパンチが顔面に当たったのだ。大音はその衝撃で、5メートルほど吹っ飛んだ。
大音は今までに感じたことのない激痛を感じた。多量に血が流れ、鼻の骨は完全に砕け、顔の骨は恐らく脳を突き刺しているだろう。
「な・・・なぜ・・・。」
思わず大音はつぶやく。そして悪鬼は大音の胸ぐらをつかむと、ゆっくりと持ち上げた。槍蛇丸は大男であるため、大音は宙ぶらりんになった。大音に血まみれになり、どす黒く黒ずんだ槍蛇丸の顔が接近した。槍蛇丸は目をギラギラさせながら大音に呟いた。
「大音、俺はお前に昔あっているが、覚えているか?」
「そ、そんなことは・・・知らん・・・。」
「そうか、分かった。じゃあ、最後に言っておく。」
「地獄に堕ちろ!!!!俺と一緒に!!!!!」
すっかり朝になっていた。岩松と大紋屋は、大音が逃げ込んだ山の麓まで来ていた。岩松には槍蛇丸どうなったか見なくても分かっていた。大紋屋も心配そうに見つめていた。
大紋屋は山から凄まじい負の覇気が降りてくるのを感じた。そしてそれは見えた。大紋屋はそのあまりの凄まじさに辟易した。木は枯れ、虫は死に、花は腐っていた。その中心にボロボロの槍蛇丸が歩いていた。槍蛇丸は見せるように大音の首を持ち上げると、にっこりと笑った。そして、そのままうつ伏せに倒れたのである。そして負の覇気は消え、静寂に包まれた。雲の一つもない晴天の元、槍蛇丸の戦いは終わったのであった。
岩松と大紋屋はすぐに槍蛇丸の遺体に駆け寄った。大紋屋はその凄まじさに遺体を直視できなかった。しかし、槍蛇丸の顔は穏やかであった。大紋屋が岩松に目を向けると、岩松は涙を流していた。そして、静かに手を合わせていた。
「すまん。槍蛇丸・・・。」
こう呟いた。大紋屋は複雑な気持ちであった。しかし、槍蛇丸のお陰で戦いに勝ったのだ。この気持に揺れていた。岩松は大紋屋に訴えた。
「俺は、これ以上こんな悲劇を繰り返したくない。そのためにはもっと戦わなくてはならない。大紋屋くん!これかも、俺に力を貸してくれるかい?」
大紋屋は岩松に振り回されすぎていた。しかし、彼はすぐに
「もちろんです!」
とはっきりと返事をしたのであった。天気は晴れ晴れとしていた。それは、大音諫山が倒され、平穏が戻った前橋、高崎の人々の晴れやかな気持ちを表しているようであった。これで、上州から梅平の親藩は居なくなったのである。