岩松立つ
大音諫山率いる高崎、前橋藩の連合軍が岩松討伐のために動いたという知らせは直ぐに岩松俊光の元へ届いた。岩松はすぐに兵を集めた。
岩松は高崎、前橋藩のよりも少ない兵を集めて檄を飛ばした。
「諸君。いよいよ時が来た。高崎、前橋藩、とくに大音諫山を討ち取るのは今しかない。奴らは売国奴の梅平の親藩である。奴らを倒せば上州の状況は大分よくなると断言する。そのために、私に諸君らの力を貸してもらいたい!苦しむ民を救う力を、私に貸していただきたい!」
兵士たちは大きな声を上げてやる気を上げた。その場の熱気はそれは言い表せない凄まじい熱気であった。
その夜、岩松は最後の指揮官会議の後、大紋屋俊樹を書斎に呼び出した。
「すまない、呼び出してしまって。君たちに伝えておきたいことがあったんだ。」
岩松はいつもとは似合わずに神妙な趣であった。岩松は基本的には気さくでひょうきんな青年である。激を飛ばす場面以外ではとても明るく振る舞い、とても柔らかい印象なのである。しかし、大紋屋と槍蛇丸に見せる今の顔はとても深刻であった。
「俊樹くん。よく聞いてほしい。君に今更くどく言う必要もないと思うが、この戦いは今までとは違う。一層厳しい戦いとなる。俺はこの戦いで生きて帰れるとは考えていない。」
大紋屋は口に出さずともそのことは分かっていた。
「岩松殿、それは私も同様です。私もあなたに負けず全身全霊、死にものぐるいで戦う所存であります。」
岩松はその言葉を聞いて安堵の表情を一瞬見せた。しかしすぐに頭を垂れておもむろに考えてから
「いや、君に死なれては困る。君にはもし味方が危機になったら主力を率いて大田まで撤退してほしい。」
大紋屋は驚いた。
「それはなぜですか?今は民を弾圧する大音を討ち取らねばなりません。そうしなければ岩松軍は烏合の衆になってしまいます。」
「いや、それは無い。もはや上州において梅平の力はない。どっちみち藩は崩壊する。その過程で混乱が増す違いだ。私は君の統率力を信じている。一旦引いても立て直せる兵力と君を残しておきたい。」
「・・・。岩松殿にしてはずいぶん弱気な発言ですな。それに私を買いかぶりすぎです。わたしは世直し一揆を壊滅させているのです。」
「そうではない。俺は君のような純粋な心を持った指導者には生き残ってほしいのだ。俺は所詮汚い手しか使えない。」
「・・・。あなたはご自分を過小評価しすぎなような気がします。」
「・・・。まあ、どうなるかは神のみぞ知るということかな。」
書斎の庭の池に映る三日月は、水面はカエルが飛び込み、波を打って揺らめいだ。