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忘却のシルバースティング  作者: 浜能来
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三話その1 EGO

 私は須藤凛花。花も恥じらう高校三年生!

 というより、花も恥じらわさんとする高校三年生!

 お昼の日差しが差し込む私の部屋は、今、メイクアップルームとなるのです!


「……よし、やるぞ!」


 そう言ってこじんまりとした木製の鏡面台を開くと、勉強机としてしか使っていなかったからでしょうか、埃が日光にきらきらと舞いました。鏡に映る私は、軽く咳き込んでいます。

 私は気を取り直して、鏡面台の引き出しから櫛を取り出します。いつもは適当に済ませているけれど、今日は念入りに。毛先のもつれをほぐしてから、だんだんと根本へ向かい順番にとかしていきます。

 いやぁ、文明の利器って素晴らしいです。たとえ離れていたって、怜ちゃんに髪の手入れを教えてもらえるんですから。いつもなら強引にガッ! ガッ! ってやってましたよ。

 普段のうん倍も時間をかけて、やっと納得のいく滑らかさになりました。それを櫛を使って丁寧に梳き集め、束ねた後ろ髪を前に流します。

 本当は編み込みなんかもしてみたいのですが、私にはとてもとても。

 髪と同じ茶色のいつも使っているヘアゴムで流した髪をとめておしまいです。

 自分で言うのも何ですが、雑に後ろで髪をまとめただけの私より、ちょっぴり大人びた私になっていました。ふふん、やればできるじゃん。

 けれど、何か足りません。

 鏡とにらめっこすること小一時間。ん? 小一分? とにかく、私はその不足感の正体に気付きました。

 髪飾りがないのです。花冠とは言いませんが、何かこう、ちょっとした髪飾りが。

 ヘアゴムの入っていた引き出しを漁っても、昔々のそのまた昔に使っていたような子供っぽいものばっかり。唯一出てきたマトモなものは、シュシュでした。クリーム色の中に赤と水色の小さな水玉が散りばめられたシュシュです。そういえば、いつだか怜ちゃんと一緒に買ったっけ。

 それをゴムに被せるように付けると、もう何であれ負ける気がしませんでした。そう、私の王子様にだって。

 今まで何度も偶然会ってきたんです。今日だって絶対会えます。そして、うやむやに終わった告白の答えを、私の望む答えにしてみせます!


「よしっ!」


 覚悟を改めた私のやる気は燃え上がり、ジャージに代わる衣服を求めてクローゼットへと歩むのでした。


 ◇◆◇


「痛い……」


 不愛想な感触の白い机に頰を預けて、私は足首をさすります。引っ張り出してきたサンダルのヒールの高さは、そんなに高いものでなくとも私の足を苛めました。こんなの履いて平気な顔をしているなんて、世の女性は化け物です。

 そんな私は、確実に周囲から浮いている自覚がありました。

 周りにいるのは親子連れかやんちゃ坊主の集団。壁際に並ぶ自販機以外、長机と椅子だけで占められたこの部屋は、『こどもみらい科学館』の休憩スペースなのですから。どこの女子高生がオシャレしてやってくるのでしょうか。いや、やってくるはずがありません。

 では、私は何をしに来たのか。もちろん、勉強です。これでも受験生ですからね。

 確かに、子ども達のゲームで遊ぶ声や、持ち込んだスナック菓子の匂いこそあります。それでも、クーラーも効いていて自販機があり、御手洗いがすぐそこにあるこのスペースは、私にとって理想的なのです。しかも、無料。

 ですから、ずっと机に突っ伏して足をさするわけにもいきません。勉強せねば。小洒落た茶色の肩掛けカバンを机の上に置いて、物理の問題集を取り出します。


「はぁ……」


 その表紙を見ただけで、鉛みたいなため息が落ちます。折角服装を気にしたのに、そんな時に限って現れない横寺さんへの恨みがましさも篭っていたことでしょう。

 沈む気持ちは、水色の筆箱やらオレンジのノートやらをわざわざ一つずつ取り出させて。結局ノートを開いてシャーペンを握ったのは、準備を始めてから一分は経った後でした。ノートに覆い被さるようにして、問題を解き始めます。


 第一問、鉛直投げ上げ。

 これは簡単。時間を文字置きして、その二乗と重力加速度の積から初速度と時間の積を引いて0になれば……。よし、正解。

 第二問、水平投射。

 これも簡単。水平方向の初速度は不変だから、鉛直方向だけ注意して……。あ、最後に初速度に時間をかけてなかった。

 第三問、斜面への投射……?

 えっと、どうするんだっけ。確か軸を斜めに取って、運動方程式立てて……。あれ、投げた球が戻って来ちゃう?


「うぬ〜?」


 考えてるうちに頭はノートにくっついていて、眼前ではシャーペンが無意味な踊りを続けます。

 ……怜ちゃん、呼ぼうかな。

 左手がバックの中のスマホへと動き始めた時でした。ノートに影が落ちたのは。


「なんじゃ、てんでダメではないか」

「メメさんだって、人の事言えないでしょ」


 視線だけを上へやると、ちょうど横寺さんと目が合います。


「や、昨日ぶり」


 軽く手を挙げる横寺さん。横寺さん。……横寺さん⁈


「こ、こんにちは!」

「ぐへっ」


 勢いよく立ち上がった私の頭は、横寺さんのお顔へ強かに打ち付けられるのでした。



「それで、どうしてここに?」

「……お勉強です」

「そんなこと、見ればわかるわ」

「……ごめんなさい」

「あぁもう、メメさん」


 私の対面に座った横寺さんは、私の差し出したティッシュで鼻を押さえながら聞いてきているはずです。いつも通りの起伏のない声をしたメメちゃんも、その隣でつまらなさそうにしているのでしょう。

 怖くて顔なんてあげられないので、予想ですが。耳に届く「あの姉ちゃんつえぇ!」なんて子ども達の囁きが心に刺さります。


「まぁ、とにかく」

「……はい」


 恐る恐る目を上げると、予想通りにティッシュで鼻を押さえた横寺さんと目が合いました。予想通りでなかったのは、その表情です。


「気にしなくていいよ」


 その顔には、全くと言っていいほど険はありませんでした。

 きっと、私を気遣って無理してくれてるのでしょう。なにせ、王子様ですから。耐え難い痛みであろうことは頭にじーんと残る感触から丸わかりです。

 だから当然、安心なんてできません。情けなくも少し潤んだ瞳で彼を見上げて、こう尋ねてしまいます。


「ほ、ほんとですか?」

「——っ!」


 途端、横寺さんが言葉に詰まり目を逸らしました。

 やっぱり……!


「本当だって! メメさんに殴られた方がよっぽど痛いから!」

「……そうなんですか?」

「鍛えられてるから!」


 慌てた声が、再び俯いた私にかけられます。

 ……なるほど! 戦う王子様は急所の訓練も怠らないのですね!

 そうであれば、私の懸念も杞憂に終わるというものです。その確信を得るために、私はメメちゃんに目で伺いを立てました。

 私の視線に気付いたメメちゃんは、驚くことに黙々とハミチキを食べていました。ハミリーマートの看板商品のアレです。彼女は横目で横寺さんをちらりと見やると、食事の手を止めて、大きく息を吐いてから言います。


「そうじゃな。凛花の頭突きなど毛程も痛くないじゃろうよ」

「そうなんですか……!」


 すごい……! やっぱり私なんかが心配するなんて、おこがましかったんだ!

 私は机とくっつかんばかりだった身体を跳ね起こし、何故だかメメちゃんにペコペコとする横寺さんに向き直ります。


「横寺さん! お見苦しいところをお見せしました!」

「ん? いや、別に」

「これからは頭突きしても堂々とします!」

「うん、それはやめようか」


 うっ、少し横寺さんから圧を感じたような……。それもすぐに過ぎ去って、私は改めて横寺さんを見ます。

 机に両腕を乗せた横寺さんはメメちゃんに謝る用事も終わったらしく、身体をこちらに向けています。半袖のTシャツは相変わらずのヨレヨレでした。

 いかにも安そうなそれから伸びた腕が、私のノートを指します。


「で、それ、物理でしょ」

「えっ? あっ、はい!」

「見た感じ、キツそうだけど」

「バレちゃいました……?」


 たははと笑って頭をかく私。そんな私の手元から横寺さんはノートをさらって、さっきまでの私の苦悩を見ます。やはり癖なんでしょう。整っていない短髪をガシガシとかきながら。

 ……あ、私、同じことしてる。

 ちょっと気恥ずかしくなって頭にやっていた手を降ろすと、メメちゃんの冷たい視線を感じました。ややもすると、見透かされているのかもしれません。

 少し気がそれた頃、横寺さんはあらかたの採点を終えたようでした。


「うわ、こりゃひどい」

「えっ! ウソですよー、最後の以外は—–」

「確かに答えはあってるけど、軸の設定を無視してる。これじゃあ部分点引っこ抜かれるよ」

「そんな……」


 思わず乗り出しかけた身体は、へにゃへにゃと元の位置へ戻ります。


「今年、受験?」

「はい、そうです……」


 問題集の表紙の、うるさいくらいに強調された『入試必勝』の四字をめくり見て、横寺さんが聞いてきました。

 そう、私は今年受験するのです。受験しなくてはいけないのです。


「理系なの?」

「はい……」


 理系なのに、基礎的な物理すら満足に解けないで。


「物理だけ特に苦手とか?」

「全般、です……」


 化学も数学も英語も国語も、満足に解けないで。

 面食らった。横寺さんの顔はまさにそんな感じでした。その顔を見るだけで、私の心の空から青空はなくなって、降った雨が私をぐじょぐじょにしていきます。

 ここのところ感じずにはいられない、濡れそぼった子犬になったような気持ち。

 どれだけ焦ったって、どれだけ頑張ったって。シャーペンが描くのは、私の一人ぼっちの焦りだけ。

 過去の分まで遡ってそれを見た横手さんは、一つ唸ります。そして一度天井を見上げ、もう一度私を見ました。


「教えてあげようか、勉強」

「へ……?」


 何でもないような一言。次は、私が面食らう番でした。教えてもらう? 私が? 横寺さんに?


「これでも理系の大学生だし」

「元、じゃろ」

「何だよメメさん、トゲがあるな」

「そりゃ、そうじゃ。バイトはどうするんじゃ」


 その後も、いくらか辞めてくるとか、律儀なことじゃとか、なんだかんだ言ってましたけど、私の耳には入って来ません。

 勉強を教えてもらう。つまりは横寺さんに会えるってこと。偶然じゃなく、必然に。メメちゃんは勉強は出来ないみたいだから、もしかしたら二人っきり……!

 ていうか、腕っぷしが強いだけじゃなくて勉強もできる横寺さん……!

 我ながら現金なもので、溢れ上がる喜びは言葉となって口を蹴破ります。


「ぜひ! お願いします、王子様!」


 刹那、時が止まった感覚を得ました。横寺さんのしまったとばかりの表情に始まって、周りの風景が急に見えてきます。休憩スペースに集まる様々の保護者児童の視線が、私を捉えているのでした。

 伝ってもいない冷や汗を、なぜだか頬に感じます。

 こんな時に緊迫を破れるのは、無邪気という特権だけ。


「ねぇお母さん、王子様って何ー?」

「しっ、しっー!」


 静かな中で、それはよく聞こえます。


「あは、あははは……」


 天を仰ぐ横寺さんに、ちょうどハミチキを食べ終えたメメちゃんに、私はもう笑うくらいしかできません。


「まったく」

「場所、移そうか……」


 文字どおりに肩身を狭くして、私達はその場を後にするのでした。


 ◇◆◇


「わたっ!」

「おっと」


 ロングスカートの裾を踏んづけて転びそうになった私を、前に立った横寺さんが支えてくれます。

 一階の休憩スペースを追い出された私達は、二階にあるもう一つの休憩スペース——といっても、ベンチが三、四あるだけのこじんまりとしたものですが——を目指して階段を登っていました。これがなかなかの強敵で、緩くカーブを描くそいつ相手に私は何度も転びかけているのです。まぁ、慣れないロングスカートのせいでもあるんですが。


「そういえば、今日はジャージじゃないんだね」

「今更ですか⁈」

「いやまぁ……」

「強烈な一撃があったからのう」

「あうっ!」


 横寺さんに手を貸してもらいつつも少しむくれた私に、メメちゃんがこれでもかと痛い所をついてきます。ちいちゃな女の子なのに、階段の上から見下す姿は女王か何かのよう。


「むー、メメちゃんはどうして裾を踏まないんですかー?」

「何を言っておる? そもそも裾の長さが違うであろ」


 メメちゃんが摘んでひらひらとさせているワンピースの裾は、確かに膝下までしかありません。くそぅ、ずるい。

 と、その時、私はあることに気づきました。


「そういえばメメちゃん、いつも同じ服だよね」

「ふむ、まぁそうじゃな」

「洗濯、してる?」


 もう裾は踏むまいとスカートを持ち上げて、そーっと階段を登りながらメメちゃんに尋ねます。

 夜の道の時はわかりませんが、図書館でもコンビニでも、そして今日もメメちゃんは同じワンピースです。横寺さんと違ってヨレヨレではありませんが。

 メメちゃんは階段を登る足を止め、顎に手を当てます。


「何と言うべきかの」

「幽霊でいいんじゃない」

「ふむ、不本意じゃがそんなものか」

「メメちゃん、幽霊だったの⁈」


 衝撃の事実でした。確かにいきなり光って剣になったり、私以外に見えなかったり……。

 あれ、結構幽霊じゃん!


「おい、何故そう深く頷く」

「だって、納得だったから」

「失礼極まりないの。妾は神じゃぞ」

「そうだっけ?」

「二代目“忘却”の女神、メメじゃ」


 言われてみれば、そんなことも言ってたような。でもでも、『二代目』というのは絶対に初耳です。言うのも野暮ってものでしょうから、言いませんけど。


「今は銀剣を憑代に現界しているだけでの。服も妾の力でできておるから、汚れもしないんじゃよ」

「なんて便利な……!」

「いい加減にせんと、神罰が下るやもしれんぞ……?」


 そんなこんなでくだらないお話をして、気付いた時には二階に着いていました。

 一階の吹き抜けのぐるりを囲むように作られている二階は、ちょっとハイテクな化学体験ができる場所です。階段を登った目の前には、発電のシミュレーションとかができるパソコンがずらりと並んでいたりします。

 普段は子供達が訳もわからずにカチカチとやっているそこには、今日は珍しく大人の方が座っていました。


「あぁ、何だこれは。嘆かわしい」


 そんなことをぶつくさ言いながら、その男の人は丸メガネに画面を映していました。机に肘をついてメガネのツルを規則的に叩く彼は、なんというか、不機嫌のどんよりが目に映りそうでした。

 横寺さんもメメちゃんも、もちろん私も、反対側の休憩スペースが目的地なのですけれど、つい見てしまいます。

 だから、一際大きくメガネを叩いて視線を上げた彼と目が合うのは、当たり前と言えば当たり前でした。


「美しい!」


 キャスター付きの椅子が勢いよく滑って、派手な音を立てて壁にぶつかる。そのくらいの威勢で立ち上がった彼ですから、私を含めた三人は多かれ少なかれ驚いてしまいます。

 その間に彼は足早にパソコンの列を回り込んで、私の隣に立ちます。

 そして、私の手を取りました。


「……へ?」


 しらないおとこのひとがわたしのてをりょうてでつつんでいる。


「素晴らしい!」


 興奮した面持ちで、彼はまくしたてます。


「その若々しい可憐な顔立ち! そこに化粧を加えていないのがまた素晴らしい! おぉ、しかもその髪、染めているのではなく地毛じゃあないか! いや、唯一残念だと思っていた点が、まさか思い違いだったとは! あぁ、なんと麗しい!」


 私の髪を勝手に手に取ったり、天を仰いで驚嘆したり、傍若無人な彼の振る舞いを至近距離で見せつけられて私は確信しました。

 この人、変態だ!

 変態さんは、しかしそこで言葉を止めます。天を仰いだままでぎょろりと目を動かして、見ているのは私の顔から下。


「ですが、その服装が頂けません」

「……は?」


 恍惚とも形容できた彼の顔は、パソコンの前にいた時のような絶対零度に変わっていた。あまりの落差に、私の思考は固まる。


「ノースリーブのトップスに薄手のカーディガン、そして足元までのロングスカート。その組み合わせはまだ良いでしょう。けれど、全て白とはどういうことです。センスのかけらもない」

「……ダメなんですか?」

「当たり前です!」

「ひっ……」


 あまりの剣幕に息を飲む。

 私の手を握りしめていた彼の両手から、私の手が滑り落ちた。

 確かに私の服は全て白で統一されている。色を混ぜて変な組み合わせになるのが怖かったし、横寺さんを思い浮かべた時、隣のメメちゃんが思い浮かんだのだ。

 もしかしたら、彼女がいつも白いワンピースなのは、横寺さんの好みもあったりするのだろうか。

 彼について何にも知らない私には、それであってもかぼちゃの馬車に思えた。


「ヒールのあるサンダルまで履いて、大人っぽく決めたつもりですか? わかってない、わかってませんよ。貴方のその快活さの滲む顔立ちに、幼さ残る顔立ちに、どうしてそれが似合うっていうんです」

「そんな……」


 そうなのか。横寺さんは私よりも大人びているから、それに並ぶには私も大人びた格好をしなきゃと思った。だから、だから……。


「そこまでにしてもらえます?」


 果てしなく泥沼にはまっていく思考が遮られた。

 いつの間にか下を向いていた顔をあげれば、丸メガネの男と私の間に、横寺さんがいた。


「なんです、貴方は。私の邪魔をしないでいただきたい」

「僕も同感ですね」


 横寺さんの背中に隠されて、彼の顔はもちろん丸メガネの男の顔も見えない。それであっても、二人の間に険悪なムードがあることはわかる。


「……あぁ、思い出しました。貴方、今日体験教室のボランティアをやっていた方でしたね」

「それが?」

「いやはや」


 丸メガネの男の、鼻で笑う音がする。


「随分と適当な説明をなされていたので、印象に残っていたのですよ」

「それはどうも」

「なんじゃ、妾を馬鹿にする癖にお主も大したことないではないか」

「えぇ、まったくその通りです。彼女に謝った方がいい」


 丸メガネの男と横寺さんとメメちゃん、三人の会話が行われる。相変わらず険悪だけれど、私は違和感を覚えずにいられない。


 何故だ、何故だ、何故だ。


 なんで、あの男はメメちゃんと、話せている?


「凛花ちゃん、ちょっと下がっといて」

「ほれ、行くぞ」


 私が気付くなら、この二人が気付かないはずもありません。メメちゃんに手を引かれるがまま、私は距離を置きます。横寺さんの背中からは、ピリピリした空気が感ぜられました。


「なるほど、流石にここまですれば気付きますか」

「気付くのが遅くて申し訳ないね。オーバーチューンさん」

「いえ、嫌味ではありませんよ」


 構えを取る横寺さんに対し、丸メガネの男、素性の知れぬオーバーチューンは一歩二歩と後ろに下がります。彼の背中からは騒ぎの気配を感じた職員が近付いてきていた。


「ばかっ!」


 横寺さんが動き出した時には手遅れだった。

 振り返った丸メガネの男が職員の頭に右手を翳す。すると、疑問の声一つ残して彼は意識を失った。

 残されたのは、職員の身体の倒れる音と丸メガネの男の右手に残る青白い光。


「ほう、面白いものが観れるぞ」


 隣のメメちゃんが言う。

 横寺さんは攻撃に移ろうとしていた。丸メガネの男は意に介さない。その右手で手近のパソコンを触れる。一際大きく右手が光る。


「オーバーチューンの、誕生じゃ」


 光が収まった時には人影が一つ増えていた。横寺さんのパンチを片手で受け止める人影が。


「紹介しよう」


 その人影の後ろから泰然と歩み出て、丸メガネの男が言う。


「彼はノイマン。ジョン・フォン・ノイマン。悪魔と呼ばれた男さ」


 先程の光に気付いたのだろう、見世物と勘違いした客が集まる。どよめきが広がる。


「そして私が、エルヴィン・シュレディンガー。さぁ、実験を始めようじゃないか。横寺拓海」

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