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第十三章

 白い炎に包まれて、虚空(そら)の体躯は一瞬で燃え上がった。

 漆黒の闇を背景にまるで巨大な篝火のように輝きながら、あっという間に燃えつきると、きらきらとスターダストのような破片になって、地上で見守る人々の頭上に降りそそぐ。

「‥‥虚空(そら)!」

 若頭領との闘いを冷静な眼で見守っていた男は、驚愕の声を上げると不意に芝生の上に昏倒した。うごめいていた犬妖たちの姿がいっせいに消えうせる。

 意識を取り戻し、そろそろと起き上がろうとした時には、周囲を四宮本家の能力者たちに囲まれ、結界の鎖に囚われて身動きができない状態だった。

 目の前に怒りに身を震わせ、紅蓮の炎を纏った四宮瑞穂の姿があった。

「当主‥‥」

「言いわけは葛城家敷地内で聞かせてもらうわ、葛城雅彦。数々の禁を破った罪は軽くない。覚悟しなさい。」

 男は開きかけた口を噤むと暗い顔でうつむいた。そして自嘲気味に嗤い始める。

「言いわけなどありません‥。わたしは‥四宮を潰したかった、それだけです‥。」

 瑞穂は冷ややかな一瞥を向けると、連れていくよう指示を出し、踵を返した。


 茉莉花が咲乃のもとに駆けつけた時、咲乃は茫然として降りそそぐ光を見つめ、立ち竦んでいた。静かに近づき、その肩をそっと抱く。

 振り向いた咲乃は、困惑とやりきれなさのまじった瞳で茉莉花を見た。

「‥‥どうして? なぜあの人は‥。」

 答えられなかった。茉莉花にだって白炎の気持ちは解らない。死に場所を求めて鬼人界の牢を抜けたはずではないだろうに。どこで何がどう変化したのだろう?

 咲乃は両手で顔を覆って、声を出さずにすすり泣いた。

「あたしのせいで‥いつも‥誰かが傷つく‥。もういや‥あたしは‥あたしには、誰かの命を踏みつけてまで‥生きる権利なんかないのに‥。」

 そんなことはない、と茉莉花は思った。それはまったく逆で、誰にも咲乃の命を踏みにじる権利なんかないのだ。

「咲乃さんのせいじゃない‥。間違えちゃだめ、悪いのは咲乃さんを狙う連中のほう。白炎は‥あなたに償いたかったんだと思う。自分の存在を賭けてでも。」

「‥‥存在を賭けて‥?」

 おずおずと咲乃は顔を上げた。

「そう言えば‥韻律(おと)さまが‥。」

韻律(おと)さま‥?」

 咲乃は綿津見の神に助けられた話を茉莉花に説明した。

「そう‥。白炎はやっぱり‥」

 咲乃を愛していたのだと茉莉花は思った。自分が自分である証明が―――咲乃への想いを貫くことだったのだろう。

 茉莉花は咲乃の腕に巻きつけられた虹色の被布を見遣り、微かに頬笑んだ。

「咲乃さん‥。綿津見神社にこれを返して‥韻律(おと)さまにお礼を申し上げに行きましょう。」

 咲乃はじっと被布を見つめ、うん、と静かにうなずいた。


 夜鴉の闇が明けていくのを見上げながら、玲は上空の若頭領をくっと睨んだ。

 健吾から白炎の自爆は自分がやるはずだったと聞かされて、これ以上ないほど頭にきていたからだ。

 若頭領は玲の視線に気づくと、にやっと微笑った。

 ―――おめェの言いたいことは解ってるが‥詫びるつもりはねェ。貸し借りなしだよ。

 頭の中に声だけが響いて、濃密な闇とともに一瞬でかき消えた。あとには明るい夏の朝の青空が輝いている。

「道理で気前よく情報をくれたわけだ‥。もし健吾が死んでたら全然見合わない話だってのに、貸し借りなしだって? よく言うよ、まったく!」

 玲の怒りがあまりに大きいので、健吾は少々悄気ている。

 しゅんとしてうつむいている顔を見れば、強い叱責を浴びせる気は失せるが、それでも玲は叱った。

「健吾、あのね‥。他に方法はないって言うのは夜鴉の理屈だ。解決方法なんて探せばいくらでもあるんだよ。現に茉莉花が、ぎやまん兎のシャボン玉を使って虚空に入る方法を考え出していたんだし‥。」

 あ、と健吾は顔を上げた。

「ね? その他にもきっと考えればあるはずなんだ。‥いいか、花穂ちゃんのためを思うなら、まず自分が生きる前提で方法を考えろ。健吾に死なれたら花穂ちゃんは一生心に傷を背負うんだぞ? 健吾の大好きな笑顔を失くしちゃうかもしれないじゃないか?」

 再びうなだれて健吾は悲しそうに目を伏せた。

「すみません‥。そこまで考えませんでした。確かに‥花穂さんは虚空(そら)のことだって救いたいって‥。優しい人だから‥。」

 ますますうつむく。その肩をぐっと抱き寄せて、玲は背中を軽く叩いた。

「‥一緒にいてやれなくてごめん。俺のほうこそ、主人(マスター)失格だよね。ともかくさ‥無事でいてくれてありがとう。」

 主人(マスター)、と健吾は泣きそうな顔で玲を見た。玲はにっこりと微笑み返した。


 四宮煕は宵闇(しようあん)の池に映る朝日をじっと見つめ、腕を組んで深々と吐息をついた。厳然とした表情を崩さず、黙りこんでいる。

 眠れずに煕の傍らで夜を明かした要は、その様子を不安な気持ちで見守っていた。

 夜明け前から先ほどまで続いていた、妖気と霊気の激しいぶつかり合いは一応止んでいる。要の感知する限りでは、途中で復活した花穂の気を含め、三姉妹の霊気は正常だ。弱っている感じはしない。

 どうやら相打ちになったらしいのは、どちらも要の知らない気配だ。健吾の気配も残っているし、茉莉花と咲乃だとおぼしき大きな霊気も無事らしい。

 ―――煕さまには‥何が見えておられるのだろう?

 そこへ背後から要、と兄の忍の声がした。

「兄さん‥。」

 縁側に腰を下ろしていた要は立ち上がって、振り向く。

 足早に近づいてきた忍は立ったままの煕に気づいて、丁寧にお辞儀をした。

「煕さま、おはようございます。」

 煕は鷹揚にうなずき、忍ににこっと微笑んだ。

「大丈夫。当主どのを始め、姫たちや本家衆の誰一人として傷ついた者はおらぬよ。それを聞きに参ったのであろ?」

 忍はちょっと頬を赤らめ、うなずいた。

「申しわけありません‥。本屋敷では三橋さんも淑乃さまもぴりぴりしておられて‥とても訊ける状態ではないもので、弟を探しておりました。」

「無理もない‥。霊気の荒れようが尋常ではない。恐らくは誰一人経験したことのない気の乱れであろうよ。いや‥本屋敷消失事件があったか。」

 煕はそう答えると腕組みを解き、縁側に腰を下ろした。

「まあ‥茶でも飲んで落ち着くべきだな。二人ともここへすわれ。‥暁闇(ぎようあん)、茶を。」

 あい、と柔らかな声がしてしばらくするとすうと障子が開き、暁闇がお茶を運んできた。言われるままに腰を下ろした要と忍の横にも丁寧に茶碗が置かれる。

 忍はちぐはぐな顔で出された湯飲みを見ていたが、要が言うのに倣って見えないはずの暁闇に会釈をし、礼を言った。

 お茶をすすって、ひと息ついたところで、忍は静かに煕に問いかけた。

「あの‥。なかなかこのような機会がありませんので、不躾ながらお訊ねします。煕さまは‥本家に対するこのような攻撃はまだまだ続くとお考えですか‥?」

「まあ、そんなに畏まるな。その答はわたしにもまだ解らぬ‥。」

 ふふ、と煕は微笑った。

「人の世が激しく揺れ動いているのは確かだが、霊気の乱れが四宮にとって悪いほうへ繋がるのかどうかは何とも言えぬ。ただ‥四宮がこれからの世に必要なのであれば、乱れが収まった時に残っているのであろうし、不要なのであれば残らぬのだろう。」

「そんな‥‥。」

 忍に劣らず要もびっくりした。四宮が不要な世の中とはどんな世の中なのか? 一応能力者の端くれである要には想像もつかない。

 二人の驚きを見透かしたように、煕は涼しげな微笑を浮かべた。

「すべては当主どのと姫たち、それからそれを支えるそなたたちにかかっている。既に当主どのは本能的に節目を嗅ぎ取って、明日の四宮がどうあるべきか思案中だよ。道を(たが)えれば消滅する、その重圧と正面から取り組むつもりのようだから、我が子孫ながらまことに勇気のある女性(によしよう)だと感心している。」

 はい、と要はうなずいた。

「瑞穂さまは‥ほんとうにすごいお方です。何て言うか‥崖っぷちに歯を食いしばって立っているような‥そんな感じがしちゃって。もっとお力になれるよう努力しなくちゃいけないんですけど‥。」

「うん‥。」

 いつも要の言葉には失笑まじりの皮肉めいた視線を向けてくる忍が、珍しく神妙な顔で同意する。

「‥その想いこそが、支えとなる。よいな。忘れるなよ。」

 煕は冷ややかに感じるほど静かなまなざしで二人を見据え、真摯な口調で諭した。

 要は気圧される思いでうなずいた。


 本屋敷に戻るという忍に連れ立って、要も遅ればせながら他の本家衆に合流しようと戻ることにした。

 東庭を抜けて静かな中庭へ出る。朝日が背中から当たって、まっすぐ前に影を落とした。

 不意に前を行く忍が立ち止まった。

「要‥。ちょうどおまえに話がある。」

「何? あらたまって。」

 寝所は同室だし、毎日顔を合わせているのにどうしたのだろう?

「ぼくは‥瑞穂さまが好きだ。努力していずれは瑞穂さまの婿に選ばれるようになりたいと思っている。‥‥協力してくれるか?」

 要は一瞬答に詰まった。

「協力って‥何? 瑞穂さまがご自分で選ばれる話じゃないか。もしも兄さんが選ばれたのなら、俺は心から祝福するよ。」

「‥‥協力はしてくれないのか。おまえはなぜか瑞穂さまに信用があるようだし‥。ぼくの気持ちを伝えてほしかったんだけどな。」

「別に構わないけど‥。でも瑞穂さまはもうご存知なんじゃないのかな‥? どっちにしたって俺が何か言って、それで瑞穂さまの気持ちが動くなんてありえないし‥。」

 何にせよ、瑞穂が婿を決めるとしたら四宮の行く末が定まってからの話だろう、と要は少し苛々した。

「みんな‥兄さんがいちばんその位置に近いって思ってるみたいだよ。でも瑞穂さまは当分、それどころじゃないんじゃないかな‥?」

「そうでもないんだ。」

 忍は溜息まじりにつぶやいた。

「え?」

「四宮の姫が本家の外へ闘いに出る場合には、許婚か夫が傍らについて魂を支える必要があるんだそうだ。ぼくには想像するしかないけど、霊力を極限まで遣った場合に魂が乖離してしまわないよう、戻る場所の目印にならなきゃいけないとか。‥今日の葛城家への遠征では妖狐が相手かもしれなくて、ものすごく危険らしいよ。ほんとうは許婚が決まっていればよかったのにってお祖父ちゃんが言ってたんだ。」

「ああ‥なるほど‥。」

 要は昨夜の紅蓮の言葉を思いだした。

「煕さまのさっきのお話を考えていて‥。これからお嬢さまはずっと危険な闘いばかり続くんだと思ったから‥早く信頼を得られるように、協力してほしいと言ってるんだよ。」

 忍の話は非常に理が通っている。

 しかし。

 ―――お嬢さまは‥堂上さんを好きなんだから‥。

 形式じゃなくて真に心を支える存在が必要という話ならば、なおのこと現実的ではない。

「ごめん。兄さんじゃ無理だよ。」

 忍は眉をひそめて顔を赤くした。

「‥‥無理?」

「いや‥そのうちにはそうなるかもしれないけど‥。今はまだ無理なんだ‥。瑞穂さまには‥誰も知らない想い人がいるから。」

「‥‥想い人? 誰だ。」

「言えない。言わないって約束したから‥。でもその人には‥‥」

 忍はくるりと背を向けて歩き出した。要は慌てて追いかける。

「ちょっと待ってよ、兄さん。その人には恋人がいて、お嬢さまは諦めようとしてる最中なんだよ。だからもう少し待っていてやってほしいと‥‥」

「‥おまえのことじゃないだろうな?」

「は?」

 なぜ―――そうなる?

「なぜかお嬢さまはおまえにだけ笑顔を見せるし‥犬小屋あたりでよく内緒話もしてるだろう? だって誰も知らない話を、なぜおまえだけ知ってるんだ?」

「それは‥精霊がお喋りだから‥。」

 忍は険しい表情で要に向き直った。

「じゃ、ぜったいに瑞穂さまの婿候補に名乗りを上げないって誓えるのか?」

「だからそれは‥お嬢さまが決めるんだってば。霊力の流れが‥‥」

「能力者でないとだめだってことか?」

「そんなこと言ってないよ‥。」

 困惑気味の要をじっと見据えていた忍は、静かに吐息をついていつもの冷静な表情に戻った。

「悪かった。無理って言われてちょっと‥頭にきたものだから。おまえに突っかかってもしょうがなかったよな。おまえの言うとおり、お嬢さまが決めることだ。忘れてくれ。」

 そう言って再び背を向ける。

 要は溜息をついた。

「兄さん。ほんとに‥俺じゃないから。」

 すたすたと歩み去る背中にぽつんとつぶやく。

 ―――信用されていないって点では、誰より自信があるくらいなのに。

 そのくせ要は、心の底で素直に忍を応援できない感情を持て余していた。


 葛城雅彦の体から抜け出た御影は次元の狭間(はざま)をさまよっていた。

 ―――あの鬼人を甘く見ていたか。それと‥虚空(そら)が二の姫に執着していたのが敗因だ。

 御影はたった一人で虚空(そら)の前に立ちはだかった夜鴉の若頭領を思い浮かべた。

 十五年前と変わらぬ、あの傲岸な態度。あれほどの妖力と大勢の配下を持ちながらなぜいちいち自分で出張ってくるのだ、と思えばいっそう憎悪が深まる。

 忘れることのない十五年前の嵐の夜。あの晩も若頭領は配下も伴わず、一人で現れた。

 ―――あの晩。もう少しで沙羅を回収できるところだったのに‥。頭領が出張ってさえ来なければ‥‥。

 思い出せば今も怒りが沸きたってくる。

 目の前で沙羅は闇に沈んだ。神の眷属として生まれながら、夜鴉に狩られて物の怪の闇に融けていった。

 沙羅を回収できずにすごすごと戻った御影に、(あるじ)さまは冷たく言い放った。もうおまえにも用はない、と。

 ―――我が物顔に夜を差配する夜鴉一族の闇をひっくり返してみせよ。さすれば我が掌上に戻してやるがゆえに。

 神殿に響き渡る満場の嘲笑。御影はその中を放逐された。

 すべては沙羅のせいだ、と御影の憎しみは双子の妹へと向いた。

 人に情を移し、神域を脱走したうえに、人の世でも数々の掟破りで追われる身となった。あげくのはてに腹に宿した物の怪の(たね)などにこだわり、死に様を間違えた愚かな妹。

 潔く兄の自分の手に落ちて神域で罰を受けるべきであったものを、よりによって(あるじ)さまの宿敵夜鴉などに滅せられるとは。

 復讐の念に燃えた御影は人形(ひとがた)を取り、気配を消して葛城家にもぐりこんだ。

 妹を誑かした憎い男の生家。男はもういなかったが葛城家を滅ぼしてやるつもりだった。

 だがそこで―――虚空(そら)を見つけた。暗闇の中で泣いている体を持たない赤子を。

 沙羅の残した仔だとすぐに解った。妖狐の能力を秘め、沙羅のように愛情を求めてうるさく泣き喚く、寂しがりやの魂。

 大切に慎重に育ててきたのだ。いずれ夜鴉を駆逐するための切り札として。

 ―――だが未だ時期尚早だったか。虚空(そら)はあまりに幼稚だ。

 鬼人が虚空を破壊するとは計算外だった。

 しかし虚空(そら)はもともと体を持たない存在。御影が育てた虚空(そら)という人格はもう完成したのだ。消滅しようと何度でもよみがえる。そう、あの特殊な妖力がわずかでも残っていれば―――そこに記憶と憎悪を流しこんでやるだけでいい。虚空(そら)は復活する。

 闇の中で微かにすすり泣く声を、御影は耳に留めた。

 ―――いた。虚空(そら)だ。

 目を凝らすとほのかにぼうっと光る狐火が見える。

虚空(そら)‥‥。わたしだよ。生きていてくれてよかった。さあ、おいで。」

 養父(とう)さん、と小さな声が聞こえた。

 目の前で狐火は先端の白い尾に変わり、二股に裂けた。二股の尾の根元でふわふわとした毛玉がみる間にふくらんでいき、くるくると回転しながらやがて狐とも犬ともつかぬ獣妖に変わる。褐色の瞳が炎を宿して瞬き、終いに人形(ひとがた)を取って虚空(そら)となった。

 虚空(そら)は情けなさそうな半泣きの表情で御影を見つめた。

「ごめん‥養父(とう)さん。養父(とう)さんの言うとおりだった‥。四宮の姫なんか‥信じちゃいけなかったんだ‥。」

 御影は赤い頭をかき抱いて、微笑んだ。

「気にするな‥。わたしがあの白い鬼人の器量を見誤ったせいだ。あれほどの敵を複数、相手にしておまえはよくやったよ。もう一度最初からやり直そう。焦ることはない。」

「だけど‥養父(とう)さん‥。」

 虚空(そら)は御影の肩に顔を押し当てて、悔しそうに(むせ)び泣いた。

「まだおまえはたった十五才じゃないか‥? それに失敗ばかりではない。妖狐の能力はかなり目覚めた。あの鬼人はもういないし、奴らはおまえが消滅したと思っている。次はもっとうまくやれるよ。今は力を蓄えよう。」

 御影は凍りつくほど冷たい憎悪を胸に押し隠し、虚空(そら)の潤んだ瞳を覗きこんで微笑んだ。

「可愛い虚空(そら)‥。おまえはもっと強くなれる。必ずだ。」

 養父(とう)さん、と虚空(そら)は御影の肩に鼻をすり寄せた。


 午前十時を少しまわって、真夏の日ざしがかんかんに照りつける中、葛城家に到着した瑞穂は門の前に立っていきなり霊力を全開にした。

 ブラウスの胸ポケットから八枚の札を取りだし、目の前に掲げる。

 瑞穂の全身から真紅の炎が立ち上って札を包みこみ、札はそれぞれが紅い光を帯びてすうっと高く上空へ上った。

「‥‥ゆけ。八方方位結界陣。速やかに発動すべし。」

 口の中で小さく唱えると、札は八方へ飛び散っていった。

 みるみるうちに紅い光が葛城家の敷地内を覆って張りめぐらされていき、葛城家を取り囲んでまるで巨大な温室みたいな光の箱が築かれた。

 八方方位結界陣は四宮式防御結界の中で最も堅牢な陣だ。それだけにこれだけの広大な場所をそっくり包みこむには甚大な霊力が要る。

 しかし疲れた顔も見せずに瑞穂は、紅蓮を伴って中へ入った。軽やかで明るい笛の調べがどこからともなく流れだし、紅い光がきらめいて辺り一面を次々に浄化していく。

 本屋敷の前にたどりつくと、正装した葛城家の人々がずらりと並んで出迎えていた。

 緊張した顔の分家衆を凛然と見渡して、瑞穂は穏やかに微笑した。

「八方方位結界陣で囲んだ意味は、分家の方々の保護を優先させたためです。他意はありません。本家は分家葛城家が、物の怪に蹂躙されている可能性があるとの判断に基づき、救援のために参りました。粛清目的ではありません。」

 葛城家当主葛城亜弓は、半信半疑の顔で瑞穂を見上げたが、再び頭を下げた。

 瑞穂は椎名に言いつけて、連れてきた本家衆に敷地内の召喚陣及び禁術使用の痕跡を捜索させるよう命じた。

「‥禁術ですか。」

 亜弓は肩が心なしか震えているようだ。

「心あたりがあるんですね。」

 瑞穂は、彼女の年齢のわりに白髪の多い髪、杖に支えられた脚を静かに見下ろした。

「十五年前の‥あなたがその足の怪我を負った事件から話を聞かせてください。‥椎名、分家執事を連れてきて。」

 諦めたように肩を落とし、亜弓はうなずいた。


 葛城亜弓を十五年前に無差別殺人を装って殺害しようとしたのは、亜弓の異父弟で竜之という当時二十才の男だった。

「竜之は‥男に生まれたばかりに当主になれない自分の境遇に不満を持っていました。弟と言ってもわたしとは二十以上も離れていましたし、母は竜之がまだ幼い頃に他界していて、あの子が成人する頃には家令も執事も主な地位は埋まっていたのです。それでわたしは‥あの子は学校の成績も良かったので独立して外に出たほうがあの子のためだと、そう勧めたのですけど‥。逆に追い出すつもりかと言ってひどく怒りました。」

 亜弓は窶れた面に後悔をしのばせてそう語った。

 しばらくして葛城竜之は、ひとりの娘を連れて姉に会いに来た。結婚したいと思っているから許可がほしい、と言う。

 ひと目で彼女が人ではないと気づいた亜弓は、弟が瞞されているのだと思い、当然のごとく許可できないと言い渡した。娘は涙をぽろぽろこぼして、どうしてもだめなのかと訊ねてきたので、理由は娘自身が解っているはずだと告げて追い返した。

 事件に遭遇したのはそれから二日後のことだった。

「わたしは‥沙羅という名のあの娘が、犯人の少年に取り憑いていたのに気づいていました。それで‥竜之を呼んで問い質したところ、竜之は沙羅は物の怪で自分が使役しているのだと得意げに話したのです。」

 人殺しを命じたのかと質す姉に、彼はからからと笑ってそれがどうしたと答えた。

「ちょっとした実験です。それより姉さんは、霊力のないぼくがどうやって沙羅を呼びだしたか解りますか? 解らないでしょ? ‥葛城は物の怪遣いの家です。物の怪遣いの能力が勝る者こそ葛城家当主に相応しいはずだ。さっさとその椅子をぼくに譲ってください。」

「何をばかげた‥今の世では物の怪の召喚も使役も、本家に厳重に禁じられているというのに! ましてや‥人の身で物の怪と婚姻の契りを交わすなんて‥。畏れというものを知りなさい!」

 亜弓は必死で叱った。だが姉の叱責を竜之は笑いとばしただけで、ひと月以内に姉が当主の座を降りないならもっと死人が増えるだろうと告げ、どこかへ消えたそうだ。

「ですが‥それが生きているあの子を見た最後になりました。」

 うっすらと涙を浮かべて亜弓は悄然と語った。

 彼の言葉どおり、その後一週間ほどは毎日のように、葛城の家人に同様の憑依殺人の犠牲者が出た。煩悶を重ねた亜弓は、葛城を潰すことになっても本家に頼るしかない、ととうとう覚悟を決めた。

 ところがちょうどその頃、竜之の惨殺遺体が葛城の敷地内で発見された。

 喉笛を噛み切られ、内臓を散々に食いちぎられた凄惨な死体だったと言う。

「妖狐の召喚陣が描かれていました。その時は‥妖狐の仕業だと思い、怒り狂った妖狐を人の世に放ってしまったのならたいへんだと、わたしは怪我を押して必死で気配をたどりました。ですが数日後にやっと見つけた狂乱した獣妖の濃い気配は、妖狐ではなく沙羅でした。竜之はよりによって契りを結んだ相手に喰い殺されたんです‥。自業自得とはいえ‥あまりに哀れで‥。」

 亜弓はうなだれて、しばらく唇をかみしめていた。

 瑞穂は静かに問い質した。

「そのまま、本家には隠したわけですね?」

「‥申しわけございません。ですが‥十五年前の憑依術は、沙羅という獣妖の能力が高かったので可能だった技です。通達のあった憑依術とは異なるものかと。それになぜ‥雅彦が絡んでくるのか‥管理能力が低いと誹られても仕方がありませんが、わたしには解りません。」

 更に葛城明生については昨秋以来出入りしている事実は承知していたが、雅彦が面倒を見ているとの話を鵜呑みにしていただけでよくは知らないと答えた。また虚空(そら)の名も御影の名も聞いたことがないと言う。青山が葛城家を訪れたこともないそうだった。

 葛城雅彦は頑なな顔で黙りこくって亜弓の話を聞いていた。

 監視役としてついていた椎名は、あまりに静かなその様子に疑念を抱いた。

 憑依していた物の怪は体から抜けている。瑞穂の結界の中では再召喚は不可能なはずだ。なのに妙に落ち着き払っている。

 瑞穂は記録係の三上という二十代半ばの本家衆に、亜弓の話の記録ができたかどうか確認した。それから雅彦のほうを振り向く。

「あなたは当時の日誌に『妖狐‥あるいは妖犬の所業の可能性』と書いているけど。それはどういう意味? 亜弓さんと同じ召喚陣を見たの?」

 瑞穂は静かに訊ねた。

 雅彦は直接質問には答えず、微かに嘲笑を浮かべた。

「さあ‥。憶えていません。能力者でもないわたしが何を知ると言うのですか?」

「能力者は感知するもの。それだけに惑わされることも多いわ。能力者ではないからこそ、あなたが何からそう考えたのかが知りたいの。教えてくれる気はない?」

「‥‥憶えていません。」

 瑞穂は小さく溜息をついた。

「あなたは今朝方、四宮を潰したかったと言っていたわね‥。ではなぜ、南家に協力しなかったの? 四宮孝彦はあなたの実のお兄さんだったのよね? ‥正直なところ、春の傀儡師騒動の折りに虚空(そら)に出てこられていたら、本家は壊滅していたでしょうね。」

 雅彦は薄い微笑を浮かべた。

「なぜ、南家なんかに協力しなきゃいけないんですか? 兄は甥を連れて南家に婿入りした時から葛城とは絶縁状態でした。それが縁を仲介した本家の意向でしたし、兄の希望でもありましたよ。あの人は冷遇され続ける葛城の名に嫌気がさして、四宮の名前に尻尾を振ったんです。」

「‥冷遇されていた? 葛城が冷遇されていたのは‥本家に、という意味?」

 瑞穂は怪訝な目を雅彦に向け、それから亜弓へ、そして椎名へと移した。椎名は慎重にうなずいた。

「理由は何?」

「わたしも‥よくは解りません。恐らくは咲乃さまの件ではないかと‥。」

 椎名の返事を聞いて、瑞穂は亜弓にそうなのかと確認した。

「わたしの口からは‥何とも‥。ゆ‥紫さまと真生の間に子があったとはつい先頃までは知りませんでしたし‥。ただ真生の事件以後、泉さまの葛城へのお怒りは決して消えなかったのは確かだと思います。」

 亜弓の言葉は正直な本音だと椎名には思われた。

 何しろ本家家人の間でも咲乃は、史が後見をしている四宮姓の娘で、成人に達するまで本家で面倒を見ているだけの一般人だと思われていたのである。

 史に紫という妹がいた事実は、面識のない椎名でも、また同世代以下の本家衆でも知識としてはあったものの、正直なところ咲乃が紫の娘で本家直系の能力者だったのだと知ったのは昨夏の事件後だ。史の側近に近かった椎名でさえその程度だから、分家では咲乃という存在すら知らなかったのも無理はない。

 瑞穂は眉をしかめて微かに舌打ちをした。

「では‥葛城真生が『御霊の会』教団の教祖だったことも知らないと?」

「‥‥四宮を破門になった者がどこでどうしているかなど‥正直、関心はありませんでしたので‥。」

 瑞穂は雅彦のほうを振り返る。

「あなたは知っていたんじゃないの?」

「知ったのは昨秋ですよ。青山から聞かされました。」

「青山とはどういう知り合いだったの? なぜ青山はあなたに声をかけたのかしら?」

 椎名もそこが知りたかった。

 青山が椎名を引きこもうとしたのは、禁術に関する知識もさることながら史への忠誠心を利用したかったからだ。彼は史になりかわりたかったのだと椎名は確信している。とすれば葛城雅彦も、個人的に史に目をかけられていた一人なのではないだろうか?

「史さまは生前、能力者であるなしに関わらず有用な人材には個人的に目をかけていらっしゃいました。あなたももしや‥そういう一人なのでは? 史さまに何らかの指示を受けて調査研究していたことがあるのではないですか?」

 葛城雅彦は椎名を振り向いて、皮肉っぽい薄笑いを浮かべた。

「椎名さん。あんたの名前は‥よく史さまから聞かされていた。青山の誘いにはのらなかったんだな。やっぱり史さまの言うとおりだった。」

「‥‥どういう意味です?」

「椎名は四宮本家を何があっても裏切らない、と。だから禁術の研究などと言う甘い誘惑に満ちた仕事を任せられるのだと、史さまは笑っていた。」

「史さまから‥わたしの研究について聞かされていたのですか?」

 椎名は驚いた。

 青山でさえ史の死後に『御霊の会』教団で椎名のレポートを発見し、内容を知ったはずだ。それをなぜ彼が知っていたのだろう?

「史さまは、わたしが提出した葛城家に代々伝わる物の怪遣いの血統に関するレポートをご覧になって、本家に呼んでくださると仰った。しかし葛城の名前が邪魔をして、泉さまの許可が下りなかったんだ。二十三年前のあの事件からずっと、葛城は四宮泉の怒りを怖れてずっと息を殺して暮らしてきたのに‥。」

 くくく、と乾いた笑い声をたてて葛城雅彦は、亜弓を見た。

「能力者でなくてよかったことは‥あの婆さんを不必要に怖がらないですんだことだよ。亜弓さまみたいに気弱な人はよけい、神経質なほど怖がっていたっけ‥。二十三年前の騒ぎだって、葛城真生のどこがいけなかったんです? 彼はレベル四の能力者だったし、遠縁とはいえ四宮分家に繋がる出自だ。本家五百年の近親婚が生みだした化け物姫にはもったいないほどの良縁じゃないですか? 葛城がなぜ本家の理不尽な怒りにあれほど卑屈に屈しなければならなかったのか、わたしには理解できませんよ。」

「何てことを‥雅彦!」

 亜弓はおろおろして、従弟と瑞穂とを交互に見遣った。

「‥‥化け物姫? 紫叔母さまのこと?」

 雅彦は可笑しそうに嗤い続ける。

「噂ですよ、当主。紫さまはろくに儀式にも出られず、分家衆には垣間見る機会さえありませんでしたからね。‥ただ、お世話をする女中は恐怖で三ヶ月しか保たないとか紫さまのまわりにある物品や生きものは悉く物の怪化するとか‥。泉さまは夜鴉一族に嫁に出されるつもりだったのであれほど葛城真生に激怒したんだと、そんな風聞までまことしやかに流れました。物の怪は純潔にこだわるそうですから、傷物になってしまっては夜鴉の嫁には差し出せないじゃないですか?」

 瑞穂の眉根が少しくもった。また微かな吐息をつく。

「‥能力者ではない人には、あたしたちの行動が滑稽にも理不尽にも見えるのでしょうね、それは解るわ。でもそれで四宮を潰してあなたに何の得があるの? ‥何もなさそうだけど? 単なる意趣返しならいい大人のやることじゃないわね。まして物の怪に人を喰らわせるなんて‥最低。物の怪だって人の血肉をすするのは低級な連中だけよ。」

 瑞穂の挑発にのることもなく、口もとの嘲笑を消すこともなく、雅彦は黙りこんだ。

「否定はしないのね‥。葛城明生を黒い獣妖に喰らわせたのはあなたの意志なのね。」

 瑞穂は肩を竦めて、あっさりと話を換えた。

「ところで。今朝方まであなたに憑依していた物の怪のことだけど。御影という名ですってね? もとは神の眷属‥狛犬で十五年前の話に出た沙羅の相方だったとか?」

 え、と亜弓は顔を上げた。雅彦はそっぽを向く。

「見たところ‥あなたは十分意識も自我も保っているし、記憶もあるようだし‥。通常の憑依ではなさそう。‥葛城家の家祖に倣って契約したのね?」

 瑞穂の言葉に椎名は納得した。

 物の怪が人と契約を交わしたがるのは、人の世での存在を確かにするためだ。通常は本体を持っているモノには不要なのだが、今朝玲から聞いた話では御影は本体の犬の体を虚空(そら)にやってしまったようだから、契約者を求めたのだろう。

「能力者でなくても獣妖と契約が可能。それがあなたの言う、葛城の物の怪遣いの血統なのだとして‥。御影と知り合ったのはいつ?」

「ふふ‥。そんなことを知って、それこそ何の意味があるんです? わたしのほうこそ当主にぜひ聞きたいことがあります‥。昨夏の事件で、あなたは自分が当主になるために何人殺したんですか?」

 椎名は怒りのあまり絶句して、少しの間言葉が出なかった。

 しかし瑞穂はさあっと青ざめたものの、冷静な顔で胸を張って雅彦を見下ろした。

「あなたは‥霊力がないだけでなく、基本的に物事の本質を見抜く能力に欠けているのね。自分の浅い視野でしか事実を見ようとしない。四宮の力は人の世と人を護るためにあるの。

当主は当代における四宮の力の代行者にすぎない。なりたくてなるものではないし、あたしは責任を果たそうとしているだけ。」

 瑞穂は冷然と雅彦を見据えた。

「今朝、虚空(そら)と相打ちになった白い鬼人。彼があたしたちの目の前でお父さまを切り裂いた。あの光景は今でも夢に見るわ‥。どんなに消そうとしても心の奥底に残る憎しみや恨みは消えないけれど、現実にはあたしには鬼人を斃す力はない。また四宮の力はあたしが私情で力を使うことを許さないし、人を殺めることも許さないの。‥そうでなかったら、同じように父親を殺された貴子さんの恨みを晴らすのをためらいはしなかった。あなたをあの河川敷で迷わず滅していたわ。」

 雅彦は瑞穂をまっすぐに見返した。

「わたしを‥滅する? できると思っているんですか?」

「理由があればできるわ。あなたはもう人とは呼べないモノだから。」

「ふん‥‥。何と小賢しい‥四宮の姫め‥。」

 雅彦の瞳が暗く異様に光った。

 不意に目の前の部屋の景色が、どこもかしこも歪み始める。

 瑞穂はすぐに龍笛をかき鳴らして結界を築き、その場の人々を保護しようとしたが、狙いは瑞穂らしく、紅い結界の光ごと空間が歪み始めていた。

 ―――虚空か‥。御影も虚空が使えるのか‥。

 どうやら八方方位結界陣を抜けたのは虚空の力らしい。それとも直接葛城雅彦の体へ飛んでこられるのだろうか?

 椎名は懐から複数の札を出し、印を結んだ。

 札に描かれた陣は四宮式防御結界を二重に組み合わせて、霊力で編んだ格子状の扉を出現させるものだ。椎名は瑞穂と歪みの間に立て続けに三枚の扉を出現させ、更に相手の妖力を奪う網状の封印結界陣を最前で発動させた。

 しかし空間の歪みはそれらさえも順々にのみこんでいく。

 一方で瑞穂は、椎名が防御陣を発動して稼いでくれた時間を利用して体勢を立て直し、龍笛を激しい音調でかき鳴らし始めた。

 紅い刃が怒濤のように歪みを切り裂き、震わせ始める。

 高音で鳴り響く笛の音が空気を激しく振動させ、空間の歪みを逆にぐらぐらと揺らし始めた。

 ―――チッ! 四宮の化け物姫め‥。

 微かな声が聞こえた。雅彦の声ではない。

 うねうねとうごめいていた歪みが止まった。今度は軽やかな笛の音に合わせ、部屋の中は正常な景色に戻っていく。

 瑞穂の顔は血の気が引いて、苦しそうに息を大きく喘がせていた。

 椎名は瑞穂の肩を抱えるようにして支え、背中を優しくさすった。

「お嬢さま‥。大丈夫ですか‥。」

「今のが‥虚空かしら‥?」

「そうみたいです。結界ごと何もかも取りこんでしまおうとするなんて‥とんでもない代物ですね。御影も妖狐の能力を持っているんでしょうか‥。」

「解らない‥。とにかく‥みんな無事?」

「はい‥。でも葛城雅彦を逃がしてしまいました。」

 見ると部屋の中にいた葛城家の数人は、亜弓を始めとして腰が抜けてすわりこんでいる。

 三上は立ち竦んだまま、なお青ざめて震えていた。そしておずおずと椎名を見て、すみませんと口ごもった。

 瑞穂は全員に穏やかに微笑みかけた。

「仕方がないわ‥。それより誰も怪我しないでよかった。」

「お嬢さま‥。いったいどうやって押しのけたんですか‥?」

「煕さまの破邪の力をちょっとお借りしたのよ。八方方位結界陣を張って四宮の大結界と連動させておいたからできたけど‥。今朝の河川敷みたいな場所では難しいわね。対処法を研究しなくては‥。」

 瑞穂は椎名を見返してちょっと眉をしかめた。

「どう思う‥椎名? 虚空(そら)が生きていたなんてことは‥可能性はあるかしら?」

「何とも言えません‥。まったくないとも言えないのでは‥?」

「‥調べないといけないわね。嫌になっちゃう‥。」

 深々と吐息をついて瑞穂が小声でつぶやいたちょうどその時、遠くで地鳴りのような音が響いた。

 ―――地震?

 椎名はとっさに瑞穂をかばう姿勢でそばに寄った。

 自然現象のようではない。凄まじい霊圧が体じゅうにのしかかってくる感じだ。

 瑞穂は不意に顔を上げて、緊張した表情を浮かべた。じっと全身で感知しているようだ。

 霊圧は残像を残しながらも徐々に静かになり、数分ほどでどうやらおさまった。

 椎名と三上がほっと息をついたところへ、不安げな面持ちで敷地内調査に出ていた本家衆が戻ってきた。分家衆も集まる。

「お嬢さま‥この霊気はいったい‥何ごとなんでしょうか‥?」

 瑞穂はすっくと立ち上がると、全員に向かって問題ないわ、と言い切った。微笑を浮かべ、心なしか嬉しそうにも見える。

「大丈夫‥。心配は何もないから。敵ではないの。黒鬼が帰ってきたのよ‥咲乃の庇護者が。」

 そして瑞穂はにっこりと満面に笑みを浮かべた。

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