オツキミ
何故か夏休みでも冬休みでもない、九月の末頃にこのクソ田舎の実家に戻って来た姉は、黒地に真っ赤な花の描かれた浴衣を着て縁側に座っていた。
浴衣を着ているはずなのに、何故胡座をかいているのか。
「あ、お帰り」
もっさもっさと片手に持った串団子を食べながら、もう片方の手には渋い色味の湯呑を持った姉が振り返る。
お帰り、を言う時くらいそれを置け。
一つ二つしか違わないのに何でこんな風に放っておけない気持ちにさせるのか。
一度振り返った姉はお尻だけで移動して、縁側の隣を空けた。
もう少し恥じらいと慎みを持つべきだと思う。
こんなんで良く都会の方に出ていけたものだ。
俺達姉弟の住んでいるのは村で田舎。
広がる緑に外に出れば田んぼやら畑やらが続く。
お隣さんってどれくらいで見つけられるっけ。
小学校は車で三十分。
中学校は車で二時間。
高校は村から出ないと通えない。
そんな田舎に住んでいて、姉は高校に通うためにここを出て現在一人暮らし中。
「姉さん、学校は?」
「お団子食べる?」
はい、と有無を言わさずに渡されたみたらしの串団子。
答える気はないところを見ると、勝手にサボってきたのだろう。
卒業出来るなら好きにしてもいいけれど、姉さんのマイペースっぷりには最早感心させられる。
姉さんの隣に座り、肩に引っ掛けていたエナメルバッグを下ろせば、今度はお茶を差し出してくる。
渋い色味の湯呑の中身は梅昆布茶。
中身まで渋い。
「てか、姉さん帰って来ない方がいいよ。夏休み中に帰って来て、太ったでしょ」
姉さんが帰って来ると婆ちゃんが喜ぶ。
婆ちゃんが喜ぶと何か豪華なものが色々出て来て、姉さんは遠慮を知らずにバクバク食べる。
どうやったらそんなに入るんだ、ってくらい食べる。
事実夏休み中に体重計に乗った姉さんが、硬直して青ざめているのを目撃した。
「あはは。だから彼女出来ないんだよ?」
笑顔が怖い。
事実を言っただけなのに、団子の串で足を突っついて来てそれが地味に痛い。
「今日は月が綺麗だからねぇ。一人寂しくお月見とか嫌だもん」
あはは、と笑いながら梅昆布茶を啜る姉さん。
人ことなんて言えずに彼氏がいない歴=年齢。
串団子に齧り付きながら、姉さんの向けた視線を追えばそこには空。
青に黒を混ぜて濃紺にした絵の具を塗ったくったような空には、一等星やら六等星やらが散りばめられていて、月が大きく輝いていた。
それを見て、もう秋かと思う。
秋の夜空が一番好きだ。
月見をするには一番いい季節だから。
こんな空は姉さんが一人暮らしをしている都会では、絶対に見ることの出来ない空だから。
尚更この場所が恋しくなって戻って来たのだろう。
スンッ、と鼻を動かした姉さんは「うーん」と唸りながら頭を左右に振る。
今までにも何度も見てきたその動きに、俺は自然と空を睨んで次に来るものを待った。
雲はない、夜空は広がっていて、月は相変わらず空の一部をポッカリと空けて輝いている。
「あ」
姉さんが声を上げるのとほぼ同時に、サアァッ、という音と共に小雨が降ってきた。
サッ、とお尻で後方に移動した姉さんは「狐の嫁入り」と呟く。
晴れているのに小雨が降るそれを、姉さんは好き好んで『狐の嫁入り』と呼んでいた。
雨の中でも輝く月を見て「綺麗だね」と笑う姉さん。
明日の学校はいいのかな、なんて頭の片隅で考えながら俺は「姉さんは婚期逃しそうだよね」と言っておいた。