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とある二人の食事風景。

 その日、仕事が終わった後はまっすぐ帰宅する、という習慣から少しだけ外れた行動を取った有樹が向ったのは、とあるレストランだった。

 普段彼女が使う価格帯の店ではないのだが、不本意ながらも遊木との付き合いが続くうちにこういった店にもだいぶ慣れてしまった。

 前もって伝えられた名前を店員に告げるとすぐに席に案内された。もっとも、全席個室となると部屋と言った方が正解かもしれないが。

 有樹の事情を考慮してか、和モダンとでもいうのか、インテリアから受ける印象は和風なのだが靴のまま中に通され、席はテーブルとなっている。

 床間も作られてはいるが、椅子に座った状態から見やすいようにという配慮なのか、本来よりもだいぶ高い位置に設えられていた。

 回転式の椅子とかこういう店で見たの初めてかも、といくらかずれた事を思いながら四席あるうち下座になる場所に腰を下ろす。

 相手が来ていない事は疑問ですらない。指定された時間にはまだ十分以上あるし、そもそも多忙を極める相手が予定通りに仕事を終えられるはずがないのだ。

 最初から待つつもりで出向いているので、時間つぶしの用意もしてきている。

 膝に置いたままだったバッグからスマートフォンと薄いポーチを取り出してテーブルに置くと、バッグ自体は空席になるとわかっている隣の椅子においた。

 室内には荷物置きとコート掛けを兼ねているのだろう開き戸タイプのふすまがあるのだが、わざわざ片付けるために立つのも億劫だ。

 そういえば、あそこ、正式名称なんなんだろ? 押し入れでいいのかな?

 またもやあまり関係ない事を気にしたものの、さほど興味はないのですぐに意識は手元に移る。

 スマートフォンをすぐ手の届く位置に置き直すと、ポーチから取り出したのは編みかけのレースだ。

 背もたれにしっかりと体を預けて体勢を落ち着けると編み図を見る事もなく、すぐに手が動き出す。

 同じモチーフを何枚も編んでいるので、もはや完全に頭に入っているのだ。

 途中、飲み物の注文を確認に来た店員へ玄米茶を頼んだ時と、届けてくれた店員に礼をいう時以外はほとんど手をとめず作業に没頭する。

 そのうち、テーブルの上でスマートフォンが自己主張を始めたのでちらりと視線をむけるが、ロック画面に表示された短いメッセージを見てとった有樹はそのまま作業を続ける。

 予想通りの遅刻の謝罪なので、別に返信する必要も感じなかったのだ。

 結局、約束の時間を二十分ほど過ぎて現れた相手を見て、有樹が目をまたたく。

「思ったより早かったですね?」

「おいこら。遅刻してきた相手にそのセリフはおかしいよな?」

「私の予想では一時間だったもので」

 遅れた謝罪よりも先につっこみを入れてくる相手に対して有樹は容赦ない。

 さてこれはどう判断するべきだ、と首を傾げているのは長年有樹に片思いをしている――有樹に言わせるとストーカーまがいの――佐久間弘貴(ひろたか)である。

「まぁ、とりあえず座っては?」

 手芸道具を片付け始めた有樹にうながされた弘貴は、有樹にならって空席になる椅子に荷物を置いてから席につく。

「時間指定しときながら遅れて悪かった」

「いえ。忙しい人が時間通りに現れるとは思ってませんからお気にせずに」

 フォローなのか追撃なのか、どちらともつかない事を言いながら、有樹が編みかけのレースを片づける。

「急病だとか冠婚葬祭ならまだしも、食事の約束程度、仕事をおろそかにする理由にはならないでしょう」

「助かる意見だけど、それは待たされた方が言う事なのか?」

「遅れた相手に堂々と言われたら腹立ちません?」

「……ごもっとも」

 笑顔で返され、反論のすきがまったくなかった弘貴が苦笑いで同意する。

 一々もっともなのだが、どう返したものか悩ましいのも事実だ。

「別に嫌味のつもりはありませんよ? ただ、私はあなたが私的な予定で仕事をおろそかにするタイプではないと思っていて、かつ、私が許容できるだろう範囲を考えて仕事を調整しているのもわかっていますから。

 必要最低限の遅刻にまで目くじらを立てる必要性を感じないだけです」

 相手の表情から察するところがあったのか、こちらも苦笑混じりの有樹が言葉を足す。

「……有樹がそういうフォローするの珍しいんじゃないか?」

「人をなんだと思ってるんですか、あなたは?」

「いや、お前、自分の事に対してはどうとでも好きに考えろ、って雰囲気じゃなかったか? だから単純に珍しいと思ってな」

 なんだかんだで接点が増えているし、あちらこちらから入ってくる情報を踏まえて作り上げてきた有樹の人物像と今の発言はそぐわない。

 自分の判断ミスというよりは有樹自身が変化したと考えた方が納得がいく。

 そう考えての指摘だったのだが、その言葉に有樹がうかべた表情が変化する。ほんのわずか、苦笑いの中に糖分が加わったのだ。

「私個人がよく思われないだけならどう取られてもいいんですけど、巡り巡ってまわりの人達の評価にも関わるのなら、誤解は避けたいですし」

 至って当たり前の、しかしこれまでの彼女が意識していなかっただろう部分への言及に、弘貴が目をまたたいたのも当然だ。有樹は対人関係の距離感に対してはかたくなで誰が何を言おうと決して変えようとしなかった部分だ。それなのに主義を変えるのだから何かそれ相応のきっかけがあったに違いない。

「いい事だけど、なんでまた?」

「遊木さんにそれはもう、こんこんと説教されました。きっと、ああいう時に使うんですね、膝詰めで説教する、って」

 それでもどこか面白がっているのか、有樹の言葉は笑みを含んでいる。

「面白い人ですよね。私が周りからどう思われていようとあの人には関係ないでしょうにそんな事まで心配して」

「いや、お前に本気なら無関係じゃないだろ。ああいう立場ならパートナーがどんな振る舞いをするかは彼だけじゃなくてUKグループ全体の問題になるしな」

「今のところそんな立場になる予定はありませんけどね」

 弘貴の言葉はさらりと否定されたが、遊木がそれを望んでいないとは到底思えない。もし彼女が同意したら、という前提付きではあるものの、遊木家からは有樹の身柄についていくつかの案を添えての打診が来ている。その中には次男・和馬との正式な婚姻も含まれていた。

 その申し出に対する返答を確認された弘貴は、彼女の選択に口をはさむつもりはない、とだけ答えている。遊木と――ひいてはUKグループと――どう付き合っていくのかは彼女自身が決める事で、それを弘貴の都合で左右する訳にはいかない。

 確かに彼女の事を手に入れたいとは思うが、誰を選ぶのか――あるいは誰も選ばないのかは有樹の自由意志に委ねている。

 佐久間グループとして有樹の身柄を売り惜しんで値を釣り上げるような真似はしたくない。そんな事をすれば有樹からの評価が下がるのは目に見えている上、折角太くできたUKグループとのパイプに亀裂が入りかねない。

 そんな理由から、明確な意見を出さない事を選んだのだ。

「予定はない、か。けど、どの道そろそろなんかしらの結論は出さないとだろ。彼だってそろそろ身の振り方を決めないとまずい頃だろうし」

「あなたが言いますか?」

「有樹が三十になるまでに口説き落とせないか、別の相手を選んだ時点で俺の負け。その時は腐れ縁の悪友と結婚するって事になってる」

 気負うでもなくさらりと告げられた言葉に有樹が目をまたたく。

「その状況でよく傍観してますね?」

「下手な横槍入れて有樹に嫌われたら何の意味もないだろ。それに、一番は有樹が望んだ人生を選べる事であって、俺の手元にいてもらう事じゃないからな」

 ちらりと笑みを見せた弘貴の言いように有樹が盛大なため息をつく。

 昔から自分を好きだと言い続けているこの男の考える事は今ひとつわからない。

 本人曰く、不意打ちであんな事言われたら惚れない方がおかしい、という事らしいのだが、何を言ったのか記憶にない彼女にはなんの事やらわからない。

 それでもでまかせではないだろうとは思う。

 年数回プレゼントを送ってきたり、メールや電話をよこす回数、ひっそりと警備をつけていた事実などを考え合わせると口先だけではない本気が透けて見えるのだ。

 それに、ただ漠然と忙しいのだろうと思ってはいたが、身近にもっと忙しい例が現れて想像もしやすくなった。

 遊木である。

 父親の会社に転職してからの遊木は相当に忙しい。

 会社での仕事に加え、社交やら何やら、週末の約束も土曜日固定だったはずが日曜になったり金曜になったりとずれる事もしばしばだった。

 部屋で手芸をしている間に居眠りをしたり、かなり飲むはずの遊木が食前酒で意識を刈り取られるような失態を演じるのを見れば、それがどれ程の忙しさなのか想像もつこうというものだ。

 けれど、弘貴は次男で会社を継ぐ立場にない遊木よりも忙しいに違いなく、そんな中で時間を工面しているのだから相応の熱量があるという事実は否定のしようがない、とここ数年で実感が伴った。

 それだけに話題が向いた時にあいまいにごまかす事はしたくなかった。

 相手が自分に対して誠実にふるまってくれているのだから不誠実な事はしたくない。

 確かに接点が増えた分相手に対して好意的になっている自覚はあるが、それが恋愛感情を伴うかと言われたら否だ。

「正直、私が弘貴さんと結婚なりする事はありえないかと思いますが」

「それもわかってる。今日はただのお節介だ」

 事実とはいえ、告げるのはそれなりの覚悟が必要だった有樹に対して答える弘貴の声は気負いも何もない。

「お前が俺を選ばない事くらい、もう十年近くも前からわかってたさ。

 ただ、有樹の事だから面倒事を避けるために俺で妥協する可能性もあったし、俺だって一度くらい好きに恋愛する権利が欲しかったからな」

 流石にこの時は苦笑いになった弘貴は言葉を続けようとしたが、来室を告げる合図に口をつぐむ。

 現れた店員が一品目の料理と食前酒、そして飲み物を並べ、簡単な説明をすると席を外した。

 どちらともなく食前酒で乾杯をする。そのまま流れで箸を手に取るが、夕飯にはまだ早くおやつと言った方が正しい時間である。それにあわせてか出された料理も、一品目だとしてもいくらか少なめだった。

「有樹の事だからあれこれ気を回し過ぎてるんじゃないかと思ってな。遊木さんには話しにくくても俺には言える事だってあるだろうし」

「……なんだって弘貴さんがそんな事を気にするんですか?」

「一度くらい敵に塩を送ってみてもいいかと思い立った」

 いぶかしげに眉をひそめた有樹に対しあっけらかんと答えられ、これには有樹もふき出す。

 おかしそうに笑う有樹を見て、弘貴の表情が和む。二人が頻繁に会うようになったのは彼女が遊木と知り合ってからの三年弱だが、少しずつ彼女が変わっているのがほほえましい。

 誰に対してもかたくなで素の感情をのぞかせる事など滅多になかった彼女が、笑ったり、怒ったり、色々な面を見せてくれるようになった。

 おそらくこの変化をもたらした遊木と付き合いを続けるのが有樹にとって、もっともいい結果になるはずだ。ただ、どんな形がいいのかばかりはわからない。

「それにしても有樹はなんでそんなに遊木さんとの仲を否定したがるんだ?」

「否定というか、友達以外の関係になった覚えはありませんが?」

「じゃあ、有樹にとって、恋人ってのはどういう関係性の相手を指すんだ?」

 いつもと同じ答えを返された弘貴がさらりと切り返すと、小さく首を傾げられてしまった。

「結婚もしくは肉体関係を前提とした相手、ですかね?」

「どうして疑問形なんだ?」

「どちらもご遠慮します、というのが正直なところですから。弘貴さんは私が独身主義な事くらい、とっくに理解してくれていると思っていたんですが」

「まぁ、知ってるけどな。今も恋人すらいらない、か?」

「欲しいとは思いませんね」

 料理をつまみながら返される言葉は、淡々としていて内心をうかがわせない。

 はたから見ていれば彼女が遊木を特別扱いしているのは明らかなのだが、その理由を聞き出すのは極めて難しい。なにせ、彼女はただの一度も遊木に対する好意を認めていないのだから。

「でもその割には遊木さんに親切だよな?」

「まぁ、その自覚もありますけど」

「て事は、彼が好きなんだろ?」

「ですね」

「そりゃそう簡単に認めないよな。……って、まじかっ?!」

 なので、まったく期待せずに尋ねた弘貴が思わずのりつっこみ状態になったのも仕方のない事だろう。そして、そのリアクションが予想外だった有樹がふき出したのもまた当然かもしれない。

「まさか弘貴さんののりつっこみを見られる日が来ようとは思ってもみませんでした」

「誰のせいだ、誰のっ」

 笑い含みというよりは言葉の混じった笑い声と表現したくなる感想に苦った返事を返すが、こんな面もかわいいな、などと思ってしまうのは惚れた弱みだろうか。

「それはともかく、これまで一度も認めなかったのになんでまた?」

「別に否定した覚えはありませんよ」

「まぁ確かに」

 確かに、有樹に率直な感情を確認したのは初めてだ。決して間違いではないのだが釈然としない。彼女があえて明言を避けてきたのだとしたら、今ここで口にしたのは理由があるはずだ。

 思わず眉間にしわをよせて考え込む体勢に入りかけた弘貴の耳に小さな笑い声が届く。

「別に何の理由もないですよ? 聞かれたから答えただけです」

「聞かれたから、って……。今までだって散々聞かれただろ?」

「好き嫌いのY/Nで聞かれたのは初めてです」

「……おいっ」

 予想外にすぎる返答に、思わず半眼になったのも……、また当然かもしれなかった。

「なぜか皆さん、どう思ってるのか、今後どうしていきたいのか、しか質問しないんですよねぇ。ですから、遊木さんに対する評価とか、結婚する気はないとか、そういう事を答えていた訳です」

「いや、普通そういう事を聞かれたら好き嫌いを答えろって意味だからな……?」

 眉間をもみつつ盛大なため息と同時進行で言葉をはき出すと、有樹が不思議そうに目をまたたく。

「なんていうか……。絶妙な所で天然だな、お前……」

 交渉術ではなく、まさかの天然という事実にめまいを感じた弘貴を責めるのはあまりにも酷だろう。

「だって、そんな事どうだっていい情報ですよね?」

「この上なく重要だよな?!」

「でも、私が彼を好きなのと、結婚も囲われるのもノーサンキューなのは無関係な問題でしょう?」

「無関係っ?!」

 次々と聞かされる予想外の言葉に悲鳴じみた声を上げてしまった弘貴が慌てて口をおさえる。ここには有樹しかいないとはいえ、防音ではない店だ。周りの客に迷惑がかかる。

「……なんと言うか、有樹の感性は独特だよな」

「遠回しに変だと言ってますよね?」

 思わず眉間をもみながらつぶやいた弘貴に、有樹がどこかおかしげに切り返す。

 自分の感覚が一般的なそれとは一致しない自覚があるので別にどんな反応をされても気にならない。むしろ次々と派手なリアクションを返されて楽しいくらいだ。

「一般的に好き嫌いと結婚を考えるかどうかは延長線上にある問題のはずなんだけどな?」

「それはそうでしょうけど、感情だけで結婚考えられる環境でもないですし」

 なんとも表現できない複雑な陰りのある笑みとともにつむがれた言葉は自嘲の色が濃い。

 彼女がこんな態度を取る時は間違いなく、抱えた障害に関わる話題に触れている時だ。

「相手が本気なだけに気楽に恋愛はできない、か?」

「そうですね。これが十年前で遊木さんがここまで本気でなかったら、一度試しに寝てみてもいいかな、とは思ったでしょうけど」

「付き合うのにそっち方面の相性確認が必須、か? あんまり有樹らしからぬ意見だな」

「確認しない訳にはいかないでしょう。そもそも私の場合、その手の行為がきちんと成立するだけの機能があるかわからないんですから、後で問題になる方が困りますよ」

「……あ~、そっち方面か」

 料理をつまみながらさらりと言われ、弘貴が頭をかく。

 外見的には右足の軽い麻痺程度だが有樹の抱える障害は見た目でわからない部分も多い。元々が腰から下の麻痺が出る病気だ。彼女も例にもれず、排泄関係に軽度とはいえ障害があった。

 おおよそ本人の意思のコントロール下にあるとはいえ、それも経験則と薬の助けを借りての事。成人までは少しの不調や数回薬を飲みそこなったのをきっかけに入院沙汰になる事も度々だった。

 そんな状況下では有樹の心配しすぎとは言えないし、確かめるのには実際にその行為をしてみるしかない。有樹とて遊びや試しでそんな関係になるのを良しとする性格ではないが、試してみるしか答えを出す方法がないもの確かだ。

 そして、おそらくそんな事情を薄々察しているはずの遊木が、一度限りのお試し、などという条件を飲むはずがない。

 なぜなら、その一度の申し出が、彼女にとっては結婚へ踏み切る前の最後の懸案事項である可能性が高いのに気づかないほど愚かなわけがないのだから。

「基本、骨盤から下は何かしらの機能不全がありますからね。そのあたりだけ無事だとは思いにくいですし、かといって、あの人は一度そういう関係になったら手を引いてはくれないでしょう。

 そういった諸々の事情を考え合わせると、これ以上踏み込むつもりはない、と突っぱねておくのが一番だと思いまして」

 それがむこうの家族のためでしょうし、とつぶやく声が苦い。自覚があるのかないのか、くっきりと眉間にしわがよっていた。

「だからわざとむこうの親に悪印象を与えるようふるまったのか?」

「……好感を持たれたらお互い後がしんどいじゃないですか」

 図星を指されたのが悔しいのか、わずかに唇をとがらせるような仕草を見せられ、弘貴が動きを止める。一拍遅れて何やらうめいて視線をそらせたのは動揺をやり過ごすためか。

「何なんだこの可愛すぎる生き物は……」

「……っ、だからそういうネタは間にあってますからっ?!」

「いや、だってそうだろ。相手の家族の事まで考えて嫌われようとする上、そこまでほれた相手に知らん顔し通すとか、可愛いが駄目だったらなんて表現しろって言うんだよ……?」

 隠しているだけで本来は情が深い性質なのだとは思っていたが、ここまでとは予想外だった。彼女はすでに、遊木本人だけでなくその家族までを守るべき身内として数えている。

「無意味な仮定とわかった上で聞くけどな。もし遊木さんがもう少し普通の家庭の生まれで、面倒な親戚がいなかったとしたら、結婚も考えたのか?」

「その環境であの人が私を望んでくれるなら、もちろん応じましたよ」

 完全に仮定だと割りきっているからか、彼女の中にそれだけの熱量があるからなのか、楽しげに笑いを含んだ声音は、当たり前の事を言わせるな、とでも言いたげだ。

「正直、この三年はすごく楽しかったんですよ。色々ありましたけど、でも、なんだかごく普通の恋ができましたから。

 ずっと憧れはあったんですけど、でも手を伸ばしたら駄目なものだってあきらめてたんです。だけど、あの人は私が嫌がってもおかしくない事情を抱えてて、最初から期間限定ってわかっていたから安心して好きになれました」

 心底幸せそうに笑っての言葉に、とがめるべきだとわかっていたのに弘貴は言葉に詰まる。

 三年後に結論を出す、という条件は遊木の側から出した条件なのだというが、彼女にとってはそれが免罪符だったらしい。

 最初から期限が来たら白紙にするつもりでただの一度も言質を与えず、本心をつかませない距離を保ち続けたのだとしたら、それは一体どれ程の精神力と意志の強さなのだろう。

「遊木さんには申し訳ないですけど、三年って区切りがあったからこその遊び(・・)ですから。これ以上付き合いを続けるつもりはありません」

 弘貴に対して、というよりは自分自身に言い聞かせているような言葉に思わずため息をつく。

 有樹自身納得がいっていないのが伝わってくる態度だが、三年かけてかためた決意をひるがえさせるのはそう簡単な事ではない。それも頑固さには定評がある有樹が相手だ。なおの事難作業になるだろう。

 けどまぁ、それは遊木さんが頑張るところだしな、などとあっさり努力を放棄するあたり、弘貴もいくらか腰が引けている。

「というか、お前、やっぱり確信犯で明確な二択で聞かれない限りしらばっくれてたんだよな?」

「いえ? どう思ってるか、なんて漠然とした問いに対して、あれこれ複雑すぎて表面的な印象を返すしかなかっただけです」

「……そこはやっぱり天然か」

 呆れるべきかいっそ感心するところなのか、悩んだ弘貴が思わずテーブルに突っ伏しかけた。

お読みいただきありがとうございます♪

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