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飲み屋と脅迫?

 食事がまずい、と言いながら一定のペースを守って箸を動かす有樹だが、遊木は最初に頼んだ烏龍茶を少し飲んだきりで、久本は箸が止まりがちだ。

「食べないと冷めますよ?」

「いや、……うん、そうだね」

 いたって平然とうながされ、断りかけたものの、遊木は料理を適当に取り分ける。そうして一口二口つまんでから有樹を見つめた。

「佐久間さんは、俺が嫌がらせのために(たかし)……久本(くもと)を使った、と思ってたの?」

「可能性の一つとして考慮はしてました」

「俺、最初に、謝らせて、ってメモ預けなかったっけ?」

「受け取りましたけど、それが何か?」

「謝るのと嫌がらせするのって、矛盾しない?」

「それが本心だという保証は誰がしてくれるんでしょう?」

 遊木の言葉をさらりとかわす有樹は薄く微笑んでいる。そのせいで本心なのか嫌味で言ってるのか、一層わかりにくい。

 まったく気負いのない言葉からは裏があるともないとも、読み取れないのだ。

「……佐久間っちらしくないやん」

 それでか、つい、といった風にもれた言葉に、二対の視線がむく。

「いや、佐久間っち、そないな嫌味言うタイプやあらへんし」

「俺もそう思う。知ったような事言える程、佐久間さんの事知ってるわけじゃないけど……。なんか、イメージと食い違うな」

「二人とも、私をなんだと思ってるんです?」

 男二人の言葉に、有樹は苦笑いで応じる。

「一本気な男前やない?」

「優しくてまっすぐな人?」

「打算まみれのこずるい生き物ですよ。……てか、久本、あんたのそれ、ほめ言葉じゃないから」

「あぁ、言葉遣いとか改めないでいいよ? というか普段通り話してくれた方が嬉しいな」

「私、親しくない相手にはいつもこんなですけど?」

「うわっ、きついなぁ」

 遊木の言葉を瞬殺した有樹だが、おかしそうな笑みでかわされ、苦笑めいた表情を見せる。

 どうせ疑われているのならとことん嫌味な反応を返してやろうかと思っていたのに、こんな風にいなされてはやりにくい。

「まぁ、あんまり飲む前にこれだけ言わせて。この前は変な事言ってごめん。佐久間さんがあんまりにも俺好みなリアクションばかりしてくれるから、つい変な疑いかけちゃったんだ」

「……はい?」

 え? 何この人、今何か変な事言わなかった?

 耳に入った言葉を理解したくなかったのか、できなかったのか、有樹の動きが止まる。

「俺、打算で近づいてくる連中に囲まれてるからさ。もし君が俺好みに演技して近づいて来たんだったらまずいな、って思っちゃってね。それでつい、あんな言い方をしちゃったんだ。嫌な思いさせてごめん」

 悪目立ちしない程度に、しかし、本気で謝っているのがわかるくらいにしっかりと頭を下げる。

 遊木の潔い態度に、それ以上かたくなな態度をとる事もできず、有樹が小さくうなずいた。

「そういう考え方が必要な環境で育った人なんだろうな、とは思っていたので、その件については別にいいですよ。ただ、私の価値観とはあわないので深入りしたくはないですけど」

「え? それなんとかならない?」

「しません」

「そこをなんとかお願い。俺、佐久間さんの事好きだからこれで付き合い切るとか無理」

 笑顔でしれっと口に出された言葉に、有樹がまたもや硬直する。

「……は?」

「だから、佐久間さんが好きだ、って言ったんだよ。なんでか、君のする事なす事、好みな事ばっかりなんだよね」

 やはり笑顔で言い切った遊木を、完全に虚をつかれた様子で見つめる有樹。しばらく硬直していたが、やがて眉間をもむとため息をついた。

「……感性腐ってません?」

 心底苦々しく思っているのが伝わってくる口調に、男二人もついふき出してしまう。

 遊木に面とむかって告白され、感性を疑って返す相手がいようとは想像すらした事がなかったのだ。

「なんでそないなリアクションやねんっ?!」

「うん、俺、佐久間さんあきらめんの無理。面白すぎるって」

「……や、本気であれこれ面倒なんで、丁重にご遠慮します」

 視線をあさっての方向へ逃がした有樹の声が、妙に疲れているのは気のせいでもないだろう。

「なんで? この前言ってたしがらみがどうこう、っていうのならなんとでもするよ?」

「ですから、価値観の違う相手に深入りするのは好きじゃないんです」

「そりゃ確かに、人を疑ってかかるのはいいやり方じゃないけどさ。俺のすべてがそういう価値観なわけじゃないから。親しくなるまでは警戒する、ってだけ」

 逃げを打つ有樹に応じる遊木の声は楽しげだ。取り分けた料理をつまみ、それに、と続ける。

「この前のは、佐久間さんがあまりにも俺好みなかわいい事ばっかりしてくれたのもいけないんだよ?」

 くすくすと笑いながらの言葉にどんな効果があったのか、ずっと苦った態度を崩さなかった有樹のほおに朱がのぼる。

 持っていた箸をテーブルに戻し、口元をおさえて横をむくが、そのせいで首筋まで赤らんでいるのが男には丸見えだ。

 昔から、冷めてる、かわいげがない、と言われる事再三だった有樹は、言動に対してかわいいと言われた事がない。好きだのなんだの言われる分には冗談だと受け流せるのだが、これはとんだ不意打ちだ。

 真っ赤になって一言も返さない有樹を見て、遊木はそれは楽しそうに笑う。面と向かっての告白に、感性が腐ってる、などととんでもない言葉を返してくるかと思えば、何の気なしに言った言葉にこんな反応を返してくる。予想外で新鮮で、もっと側にいたくなってしまう。

「ね、決める前にもう少しでいいから俺の事知って? 君が他の誰かを好きになるか、三年たっても俺とは付き合いたくない、って気持ちが変わらなかったら、すっぱり諦めるから。試してみてよ。俺、けっこうお買い得だよ?」

「……三年とか地味に長いですね」

 話題を微妙にそらしてきた感もあるが、確かに有樹の言うとおりだ。試しに付き合ってみる、というのに三年は長い。有樹はまだしも遊木は三年たてば三十路の大台に乗る頃だ。結婚を視野に入れないで付き合っていられる年齢ではなくなってしまう。

「いや、うちの家訓なんだよね。付き合うのは好きにしろ、でも、本気になるのは三年たってから、って」

「どういう理屈なんですか……」

 けれど、応じる言葉はいたってあっさりとしたもので、有樹を拍子抜けさせるのには充分だったらしい。ため息をついて、照れ隠しなのか喉が渇いたのか、手元のグラスに口をつけた。

「いや、なんか、人間の脳って恋愛まっただ中だとけっこう誤作動するらしくて。その期間が過ぎても続けられるようじゃないとすぐ別れる可能性が高いから、って意味らしい。だからまぁ、俺の脳が平常運転に戻っても、ちゃんと佐久間さんが好きか確かめる、って意味もあるかなぁ」

「つまり、三年たったらいつの間にか結婚に同意した事になってる、なんて罠はない、ですよね?」

「ないない、そんなせこい真似しないって。心配なら誓約書でも契約書でもなんでも書くよ?」

 懸案事項が目の前の問題に移ったからか、落ち着きを取り戻し始めた有樹に対する遊木は楽しそうな態度を崩さない。

 そんな事を確認したら、付き合ってくれる、って言ってるのも同然なのに気付いてないのかな?

 後一歩、余程のへまをしない限り、有樹は彼の望む言葉を口にしてくれる、と感じ取った遊木が楽しそうなのも当然だ。

 一方、謝罪と和解の申し入れまでは予想していたものの、まさか告白されるなどとは夢にも思わなかった有樹は、内心かなりの混乱をきたしていた。表面上はなんとか取りつくろっているものの、思考はあちらこちらに飛んでまとまりがつかない。

「……ええと、その……。でも、なんでよりにもよって私、なんです?」

「え? だって佐久間さん頭いいし優しいし、ちゃんと信念持ってるし、すごく魅力的だと思うけど」

「一日にも満たない付き合いでなんでそこまで言いますか……」

 駄目だ、この人、恋愛脳でお花畑になってる……。

 つい、どこか遠くをながめる風情になっている有樹だったが、遊木は平然としたものだ。

「飲み会で話した時、佐久間さん、俺はわざわざ余計な情報を話したりしない、って言ってたよね? つまり、あれだけの会話で、君は俺がその辺わきまえてるって判断した。聞いた限りの情報から推測すると、あの場の対応としてはあれが最善だったと俺も思う。それに、手芸のキットを三つも持ってきてくれたのは、通販のシステムと俺が話した情報から、一個で終わらせる可能性が低くて、なおかつ、半年スパンの余裕はない、って推測したからだよね? そこまでできる人が頭悪いとは間違っても言えないよ。それに推測した結果、深入りしたっていい事なんて何にもないんだから、君自身のためには見ないふりをするべきだったはず。それなのにデメリットもわかった上であそこまでしてくれたのは、間違いなく優しさだよね」

 つらつらと長ゼリフをはかれ、ようやく落ち着いてきていたほてりがまた酷くなる。

「だからなんでそういう事を恥ずかしげもなく言いますかっ?!」

 照れ隠しだとばればれなのは、さも嬉しそうに、ごめん、と返された事で有樹にもわかる。収まりがつかなくて、取り分けてあったサラダを口に運んだ。

「感性が腐ってるかはおくとして、俺は君のそういう所が好きだと思った。だから最悪友人として、できるなら恋人として会ってくれると嬉しいんだけどな。駄目?」

「また言ったっ?!」

「大事な事だから何度でも言うよ?」

「言わなくていいですからっ!」

 全力で拒否したというのに、本当かわいいなぁ、と笑顔で言われ、有樹が思わずつっぷしかける。

和馬(かずま)、ええ加減勘弁しときぃや。佐久間っちがかわいそうやん。ほら、佐久間っちも和馬が調子に乗るだけやし、話題変えへんか?」

 黙って成り行きを見守っていた久本が割り込んできたが、グラスを傾けるその口角が上がっている。

「返事聞かないとたためないって」

「そうなん? どないする? 佐久間っちは和馬の事、まだ顔見るのも不快と思てる?」

「……そこまで、は」

「ほな、試しにちぃとだけ友達付き合いしてみたらどないや? こいつ、うん、って言わへん限りずっとこの調子やと思うし」

「やだやだやだっ」

「お~、全力拒否」

「酷いなぁ。俺が佐久間さんの事好きだ、って信じてもらいたいだけなのに」

「あんなセリフ何度もはかれたら心臓壊れますって! 早死にしたらどうしてくれますかっ?!」

 もはや言いがかりでしかないような有樹の言葉に、男二人がゲラゲラ笑う。完全にからかって遊んでいるのりなのだが、有樹はどこまでそれと気付いているのやら、だ。

「あ、そうそう。この前のキット、作り始めてみたんだけどさ、今一よくわからないところが多くて。今度お手本見せてくれないかな? また会ってくれる、って約束してくれたら、今日はもう心臓に負担かけるような事言わないよ」

 露骨に弱みにつけ込んだ言いぐさだったが、言われた方は少し考えてからため息混じりにうなずいた。

「……本当に、由佳さんの事とか、面倒な事はそっちで何とかしてくれるんですか?」

「任せて。あのタイプは目の前に手に入りそうな魚が泳いでくれば、遠くにいる魚なんてどうでもよくなるからね。ああいう押しの強いタイプが好きな知り合いに頼んで、目くらまししといてもらうよ」

 その辺はとうに案があったらしく、さらりと言われてそれもそうかと納得する。確かに由佳はその都度その都度、狙えそうな男を追いかけ回している。有樹から見ると、条件さえよければ誰でもいい、と宣言して自分の価値を下げる行為にしか思えない。

 けれど言い換えればそれを逆手にとって有樹と遊木の動向から感心をそらすのも簡単という事だ。

 それに口ではどう言おうと、有樹の方でも素直に謝罪してきた遊木にはそれなりの高評価をつけているし、評価に応じた好意もある。この前の強烈な態度は、好感を持っていた相手に自分を不当に低く評価された憤りがほとんどなのだ。誤解が解けて、遊木と関わるのをためらわせる最大の理由――由佳の存在――が消えてしまうと、もう接触を避ける理由が見つからない。

「念のため言っときますが、……私、付き合って楽しい相手じゃないですよ?」

「それは実際に付き合ってみてから俺が決める事だよ。お互い、無理だと思ったらはっきり言う、って事で試してみない?」

「…………わかりました」

「本当? ありがとう」

 ひいき目に見てもしぶしぶ感の強い有樹の承諾に、けれど遊木は嬉しそうに笑う。

「……っ?! って、だから会うって約束したら心臓に負担かけないって約束っ?!」

 その表情に一瞬息をのんでから叫んだ有樹のせいで、男二人が筋肉痛を心配する程笑い転げたのは、別のお話。

お読みいただきありがとうございます♪

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