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不穏な空気といつもの週末。

「さて、どうしたものかな……」

 有樹との通話を終え、暗くなったスマートフォンの画面をにらみつけたまま遊木が眉根をよせる。

 有樹の機転で警備に転送された通話内容を聞かされた遊木が最初にしたのは、愚痴に見せかけて有樹から由佳の連絡先を聞き出す事だ。

 これからどう動くにしても必ず必要になるものだし、調べるよりも有樹から聞いた方が手間が省ける。

 それに何より、連絡先を遊木に伝える、という行為を有樹自身にしてもらった方が彼女にとっても都合がいいはずだ。

 警備の手が入っている有樹のスマートフォンが盗聴されている可能性は皆無だし、自宅の敷地内もリフォーム中に盗聴器がないのを確認している。それでも彼女に教えたという事実があれば、とっさの際でも反応はしやすくなるだろう。

 彼女に危険が及ぶ可能性を少しでも下げたかった。

「とりあえず弘貴(ひろたか)さんにも情報を流した方がいいよな。後は面倒だけど一応合コンするふりくらいはして、と」

 実際に場を設けるか、設けたとして遊木が出席するかはまた別の問題だがその素振りくらいは見せておいた方がいいだろう。

 録音を聞いた限り、由佳は誰かから遊木と有樹の関係を教えられただけで、自身の目で目撃していないようだった。それもそのはずで、有樹がインドアなので外で目撃される危険がそもそも少なく、加えて自分達に目がむかないように気をそらしてもらうために由佳に紹介した人物が、それとなく二人の行動半径とは違う場所へ誘い出してくれている。

 警備陣も由佳や親しいと情報のあった人物に目撃されないように気を配ってくれているので、誰かがわざわざ教えない限り彼女の耳に入るはずがない。

 その情報を流した人物が黒幕なのだろうが特定するにはある程度時間がかかる。その間、どうやって有樹の安全を確保するかが一番の問題だった。

 いくつかある選択肢の中からどれを選ぶべきか思案しだした時、再びスマートフォンが着信を知らせる。

 画面に表示されたのは、有樹の件でのみ連絡を取る相手だ。

「はい、遊木です」

「夜分に失礼。佐久間ですが今かまいませんか?」

「大丈夫です」

「うちの親戚がご面倒をおかけしているようで申し訳ありません」

「まだ具体的な被害は出てませんけどね」

 どうやら状況を知っているらしい弘貴の言葉に応じる声は少しばかり苦笑めいた気配が混じってしまった。本当に有樹の事となると耳が早い。

「その情報はどこから?」

「有樹からです。この前の事故(・・)以来、週に一度前後のペースでメールのやり取りがあるんですよ。そのメールに愚痴のふりで書いてきました。

 これはそちらと協力してさっさと解決しろ、と言いたいんだろうな、と思いまして」

 どこか苦笑いめいた返事に、つい小さくふき出す。有樹は遊木と弘貴、どちらにも公平に情報を流すが、それは間違いなく彼女がせっついた方が二人の動きが早いとわかっているからだ。

 元々家同士の付き合いもほとんどなく、しかも遊木は次男だ。下手に親しいところを見せすぎては、長男の春馬(はるま)が気にくわないから、という理由で遊木を担ぎあげたい連中をあおる事になる。なので、有樹が間に入ってけしかけてくれるのがありがたい。

 遊木が彼女に執着しているのは遊木家では公然の秘密なので、有樹絡みである限り弘貴との接触は相手方との調整に見える。

 グルーブとしての規模も家格も遊木家の方が上なのだが、佐久間グループを雑に扱って許される程の差はない。有樹は末端とはいえ、佐久間グループの一員であり元会長や跡取りに気に入られている。

 彼女を粗略に扱っては佐久間グループにけんかを売る事になりかねないから連絡を取り合っているだけ、というのはなんとも便利な口実となる。

 とはいえ、遊木と弘貴の間で有樹のからまない仕事の話が口に上ることはないのだが。

 遊木の方ではまだ一族の会社にいるわけではないので、こういったイレギュラーな場で頼み事をするわけにはいかないし、弘貴の方でも有樹があくまでも、身の安全のために情報を共有していて欲しい相手、としてしか相手を紹介しなかったので、仕事を絡めるのは違う気がしてしまうのだ。

 なので、端から見れば有樹をだしに連絡を取りあっているように見えるのだが、実際には有樹の話しかしていない。

「本当、有樹さんはそういうところ反応が早いですよね」

「別にその手の教育を受けている訳ではないんですけどね。——自衛というよりも、まわりに迷惑がかかるのが嫌だから、という理由なのが心配ではありますが」

 弘貴の声がいくぶん苦ったのは、被害が有樹個人に限定されている限りは何も言って来ない事が多いからだ。

 今回の件は放置しておけば自分というよりも遊木に迷惑がかかるとふんだからだろう。

 有樹にしてみれば由佳の八つ当たりや、まったく理由になっていない理屈であれこれ言われるのはいつもの事なのだから。

「そうですね……。なんというか、彼女は自分の受けた被害に無頓着なところがありますし」

 応じる遊木もずっと気にしていた事だけにため息が混じってしまう。もう少ししっかり自衛して欲しい、とは思うのだが、どこまで口を出して許されるのかがわからず、結局はらはらしながら見守るだけだ。

「とりあえず、むこうが何を求めていたのか若干あいまいなんですよね。由佳さんが弘貴さんや俺と親しくしてる事についてからんできたので、有樹さんがうまく誘導してくれたんですけど……」

「うまくやりすぎて相手が本当の狙いがどこなのか口に出す前に片がついてしまった、と」

「はい。かわそうとしてうっかり言質取られた風にしてましたけど、計算して俺につなぐのを落とし所にした感じでしたね。なにせ、警備に電話転送した上での事ですし」

「また嫌味なほどそつなくやりましたね。まぁ、そのくらいでいてくれた方が守る方としてはやりやすいでしょうが」

 探りそこねた相手の真意は調べればすむ。それよりも有樹が不意の事態に取り乱さず、落ち着いて対処してくれた事を褒めるべきだろう。

 警備にとって一番やりにくいのは、守る対象が非協力的であったり、想定外の事態にパニックを起こしてしまう事だという。ならば守りやすいだろうし、それはつまり有樹の安全係数が上がるという事だ。

 いい事ではあるのだが、あまりそつがなさすぎるのも心配になってしまうのだけはどうしようもない。

 そのままいくつか打ち合わせをして、通話を終える。

「さって、合コンの方はどうするかな……。場合が場合だし、下手な奴かませるわけにいかないからなぁ」

 一応、メンバーをそろえて実行できる状態にはしておかなければいけない。けれど、状況が状況からに確実に信頼できる相手以外には声をかけられない。警備の中から選ぶのは簡単だが、それでかためては由佳の影にいる黒幕に怪しまれる。

「一人は隆でいいとして。有樹さんにああ言った手前、会社の奴が一人もいないのも不自然だしな……」

 こういう時に巻き込んで平気そうな相手は誰かいただろうか、と脳内のリストをチェックしていく。会社に限らず遊木は基本浅く広くの付き合いをするので、こういう時に頼って平気な相手となるとすぐには思いつかない。そもそも遊木自身が合コンを好まない事もあって、親しいメンバーも皆似たようなものなのだ。

 親しければ厄介事に巻き込むのが悪い気がするし、信頼しきれない相手を連れて行って相手方に取り込まれてはたまらない。

 それでも数人の候補を選び出すと、警備にリストと弘貴と話した内容を送信する。

「後は……っと。とりあえず仕事やっつけるか」

 抱えた案件の中から簡単にすませられるものを選ぶと机にむきなおる。有樹の件を別にしてもやらねばならない事は山積みなのだ。効率よく片付けねば週末のお楽しみをあきらめるはめになりかねない。


————————


 その後、由佳から連絡があった件に関しては遊木からも有樹からも話題にせず、二回目の週末を迎えていた。

「ねぇ有樹さん?」

「はい?」

 今日も今日とて遊木のマンションで手芸に勤しんでいた有樹が名前を呼ばれて顔を上げる。

「幼児特有の謎なこだわりを何とかする方法、知らない?」

「……はぃ?」

 予想外過ぎて意味が取れなかったのか、聞き返す有樹の眉間に軽くしわがよっている。その反応に言葉が足りなかったと気づいたのか、実はさ、と続いた。

「姪っ子がさ、最近某幼児向けアニメにはまっちゃってて。兄貴がたまたま見かけたそのアニメの服買ってあげたらそれしか着なくなっちゃったんだよね。なんとかできないものかなぁ、って悩んでて」

「まぁ、あきるのを待つのが一番かと?」

「そうしたいところなんだけどサイズがさ。姪っ子のサイズだともう売ってなくて。今着てるのもだいぶ小さくなったのを無理やり着てる感じで」

「……そこでオーダーメイドで作らないあたり、なにかこだわりが?」

 つい、お金で解決できそうだ、と思った有樹がつぶやくと、これには苦笑いが返された。

「できなくはないんだけどさ、あんまり子供のわがままをそうやってお金で解決するのは教育上良くないからね」

「確かにそうですねぇ」

 言われてみればもっともな意見だ。

 春馬夫婦としても、その服があると機嫌よく過ごしてくれるは嬉しいが、逆にそれがないと駄目、というほど執着されてしまうのも心配なのだ。

「そうしたら、服じゃなくて小物にすり替えたらどうですか?」

「小物?」

「女の子なんですから、髪留めとかネックレス、ブレスレットなんかにそのキャラクターをつけたらどうかと」

「それも考えたんだけど、姪の好きなキャラクターが半端にマニアックであんまりキャラクター商品売ってないんだよね」

 そう言った遊木が口にしたキャラクター名は、以前頼まれて作ったキャラクターグッズの本にも一度か二度出てきたかな? 程度だった。

 それでは確かにぬいぐるみならまだしも小物は販売されていないだろう。

「……というか、これ、遠まわしな作成依頼です?」

「……え?」

「簡単な作りで良ければ作れますし?」

「作れるのっ?!」

「顔は前買った本に出てきたので、型紙縮小すればいいだけですよね? で、胴体は似たキャラクターのをベースに作ればいけますよ。で、作ったマスコットに紐なりゴムなりつければ髪ゴムでもネックレスでもブレスレットでも」

 さして複雑な作業でもないな、と思ったのでそう答えたのだが、遊木はぽかんとして有樹を見つめるばかりで返事をしない。

「……あの? 何かまずい事言いました?」

 予想外の反応に困った有樹が首を傾げて遊木をうかがう。

「遊木さん?」

「……あ、いや、うん……。有樹さんにかかると、結構何でも作って解決するんだなぁ、って驚いてたところ」

 心配そうに名前を呼ばれた遊木が頭をかきながら答える。遊木の中では、目的の物が売っていなかった時点で別の方法での解決を模索するしかなくなっていたのだが、さらりと自作するという提案をされ完全に虚をつかれた形だ。

「そうですか? 作れない物の方が多いですよ?」

「だとしてもさ。この前のティッシュケースといい、今回といい、作ればいい、でさくっと解決されると驚くよ」

「まぁ、自作する、って発想があるかないかの違いだと思いますけどね」

「だとしても驚きなのは驚きなんだよね。しかも、なんだか、お願いしたら作ってくれそうな雰囲気だし」

「かまいませんけど、その分今作ってるものは遅くなりますよ?」

「それは全然問題ないから大丈夫。悪いけど、甘えてお願いしてもいいかな?」

 いくらか後ろめたいのか、ためらいがちな言葉に有樹はわずかに笑みを浮かべてうなずく。

「はい、頼まれました。材料は前回の残りで多分足りると思います。……えぇと、前回の端材と本、出してもらっても?」

 頭の中であれこれ計算しながら言うと、遊木が早速とばかりに立ち上がった。

 そのままどんな風に作るのかを決め、有樹の考えていた通り端材でマスコット本体はまかなえたので作業に入る。

「……う〜ん。実際はかなりの手間なのに有樹さんにかかるとなんだか簡単そうに見えるなぁ」

「まぁ、この程度の物なら大して時間もかかりませんしね。——ところで、マスコット自体は作り始めますけど、最終的にどんな形状にします? それによって取り付け用の細工が多少変わるんですけど」

「そうだねぇ。ちょっと待ってて。桐子さんに聞いてみる」

 そう言って遊木がスマートフォンを取り出し、メールを打ち始める。兄に相談、とならなかったのはやはり女の子の気持ちは母親に聞いた方がいいだろう、と思ったものか。

「返事来たら伝えるね」

「はい、了解しました。それじゃあ、とりあえずできるところまで作業を進めますね」

 切り抜いた顔の形のフェルトに目になるパーツをまつりつける手を止めないまま答えると、うん、とどこか含みのありそうな声が返った。

「どうかしましたか?」

「いや、なんか頼りっぱなしで何かお礼したいけど、有樹さんは受け取ってくれないんだろうなぁ、って思ってたところ」

 声音が気になって顔を上げた有樹は、眉を下げたいくらか情けない表情の遊木を見て小さくふき出した。

「笑わなくてもいいんじゃない?」

「だって、いつもの事じゃないですか。私が何も受け取らないのなんて」

「いつも受け取ってくれないから余計に申し訳ないんだけどなぁ」

 ため息まじりの言葉はほとんど愚痴になっていて、それを聞いた有樹は、そんなに気にしなくてもいいのにな、とは思ったが、律儀な面のある遊木が気にするのもわからないでもない。

 有樹にとっては、材料費がかからず作った後の処分にも困らない、というだけでも充分なメリットになっている。だから受け取るいわれもないと言うのが正直なところだ。けれど簡単な——値のはらない物を一度受け取っておいた方が遊木は気楽かもしれない、と思い直す。

 以前であれば、もらう程の事はしていない、と自分の感覚を優先して一蹴しただろう所で遊木の心境に配慮するあたり、かなり扱いが変わっているが本人は気づいていない。

 何か手頃な物はあったかな、と考え始めたところでふと思いつく。

「あ、そうだ」

「うん?」

「これ、ブレスレットかネックレスにする場合、紐に通しますよね?」

「多分そうなると思うけど、それがどうしたの?」

「実は、ちょっと組紐に挑戦してみたくて。最近、本格的に道具そろえたりしなくても簡単にできる円盤が売ってるんですよ。なので、その円盤と材料用の糸を——少し多めに選んだりしても経費で落とせたり、しません?」

 いたずらを思いついた子供のような笑みで提案すると、一拍おいて意図を悟った遊木が破顔する。

「大丈夫と思うよ? 試作用とか、どっちの色合わせがいいか迷った、とか、そういう理由で多めに用意するのなんて珍しい事じゃないし。でも、残った分は使わないから引き取ってもらうようだけどね」

 いくらか真面目くさって言われた言葉にやはり神妙にうなずいたが、改めて視線が絡んだ途端、二人そろってふき出す。

「ありがとね」

「私はちょっとだけ職権乱用しただけですよ?」

 笑いながらの礼にすっとぼけると、遊木が一層楽しげに笑う。

「え? 何の事?」

 ここだけの話という事らしい、とふんだ有樹は、何でもないです、と返して作業に戻ったが、口元がゆるんでしまっているのは隠しようがなかった。

お読みいただきありがとうございます♪

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