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男達の困惑?

 車に戻った遊木はドアを閉めるなり、スマートフォンを取り出し、少しためらった後どこかへコールする。

「今平気か? ――ああ、今会ってきた。――いや、伝え損なった」

 すぐにつながった相手と話す遊木の眉間にはくっきりとしわが刻まれ、不機嫌なのが一目で見て取れた。

「どうした? ずいぶん不機嫌だな?」

「どうしたもこうしたも……」

 けれど、回線のむこうから聞こえてくる声は穏やかで、いくらかの笑いが含まれていて毒気を抜かれた遊木がため息をつく。

 有樹から聞かされた話を告げるべきか一瞬ためらったが黙っておけることでもない。

 有樹の様子は触れずに、聞いた事だけを端的に告げると、絶句する気配が返って来た。

「それはまた……」

「連中はつぶす。俺に任せてもらうよ?」

 詮索されたくなくて強引に話題を変えると、機械のむこうから短いうなずきがある。

「やり過ぎるなよ?」

「一度に潰すより、時間をかけてじっくりとしぼり取る方がいいくらいわかってるさ」

 さらりと鬼畜な事を言ってそのままいくつか打ち合わせをする。大筋が決まって電話を切ると、他にも何件か連絡を取った。

 必要な連絡を取り終わったのだろう。スマートフォンをポケットに戻すと、肺を空にするように大きく息を吐きだした。

「本当ごめん……。俺が関わらなければこんな事にならなかったのに……」

 弘貴と協力してこの一週間で調べあげた結果、判明した犯人は長く遊木につきまとってきた相手だった。

 家の格としてはむこうの方が上なのだが、最近は落ち目で敵も多い。年齢的な事もあって兄の春馬ではなく、遊木に言いよっているのだろう。

 しかし、深く物を考えずに自分の都合ばかりふりかざすその相手を嫌っている遊木は、どうしても断れない――断っては家同士の付き合いとしてまずい誘い以外はすべて断っている。

 それでもこりずにつきまとっていたのが、有樹の出現で自分に望みがなくなるのを恐れた結果の犯行だったいう。

 はっきりと引導を渡して家同士の関係がこじれても面倒だ、という理由でのらりくらりとかわし続けていたのを、こんな形で後悔させられるとは思ってもみなかった。

 本当は今日、有樹に犯人がわかった事を伝え、彼女と家族がどの程度の賠償を望んでいるのかを確かめるつもりだったのだが、予想外の話を聞かされ、結局何も言えないまま帰る事になった。けれどこんな事態になった以上、もはや本人の希望など関係なく、むしり取れるだけむしり取って、その全てを彼女のために使うつもりだ。

 今回の事件で、相手は短絡的な上に攻撃性の強い人間の多い家系だと実感させられた。

 なにせ、犯人の親は遊木に対して堂々と、小娘一人どうなろうとあなたが腹をたてる事でもないだろうに、と言い放ったのだから。財閥の家系でない人間などどうなろうと興味すらないのだろう。

 その発言に何かがきれた遊木は、学生時代のつてを頼ってその家を根本的に潰してしまう事にした。それでも私怨の自覚があったので最初は経営陣から追い落とす程度のつもりだったのだが、そんな生温いことをせず、徹底的に没落してもらう事にした。

 はき出せるだけの金銭をすべてはき出させてからもう二度と、表舞台にも舞台裏にも出て来られないようにする。

 有樹の受けた被害を金銭で相殺できるとは思わないが、それでもこれからの有樹にはいくらあっても多すぎる事はないだろう。

 もっとも、彼女にとってはあまり多額になりそうな賠償を直接渡しても素直に受け取らなそうなので、金額が見えにくいように物や人材の派遣という形に変えて渡していく方がいいかもしれない。


――――――――


「……なんか、怖い言葉聞いた気がすんねんけど……」

「仕事辞めるつもり、って言っただけだよ?」

「聞き違いやあらへんかったっ?!」

 さらりと告げられた言葉に、久本は半ば悲鳴じみた声を上げる。一ヶ月復帰できない、という情報が流れた時も各所で悲鳴が上がったのだが、これは阿鼻叫喚間違いなし、だ。

「辞めるて急にどないしたんっ?! まさかば和馬に引き抜かれたとか言うんやないやろな?!」

「言わない言わない」

「したらなんでやっ?! ……もしやば和馬、一生働かんでも生きてける位の賠償金むしり取ったんかっ?!」

「いや、その手の話はまだ聞いてないねぇ」

 慌てる久本をよそに、いたってのんびりとした返事をするのは起こしたベッドにもたれて少し眠たそうな有樹だ。

 彼女は自分の能力をどう考えているのかわからないが、少なくとも彼女がいなくなったら労基法すれすれの残業をしなくてはいけない人間が多数出てしまう。

 今日とて本来なら仕事中の時間に久本が見舞いに現れたのは、客先が比較的近かったのと有樹と親しい事で会社を代表して様子を見に来たのだ。

 その場でまさか、退職の希望を聞かされるとは予想外にも程がある。

「とりあえず理由だけでも聞かせてくれへん? 理由がわらかへんかったら報告もようできん」

 けれど、冗談でこんな話題を出す性格ではないのだけは確かだ。眉間をもみながらなんとか話を進めると、有樹は小さく肩をすくめるような仕草をした。

「なんかね、打ちどころが悪かったらしくて八時間ただ座ってるだけの仕事すらできなくなった、って医者に言われたから?」

「佐久間っちの仕事は座ってる事やあらへんっ! エクセル駆使して集計やら改訂やらする事やからなっ?!」

 反射でつっこみをいれたのは、有樹がごみ捨てやファイルの整理といった雑務を免除されているのを気にしていると知っているからだ。

 会社側としては、有樹にそんな雑務をやらせて平均より少ない体力を浪費させるより、パソコンの前にすえつけて集計やら電子文書の改訂、新規作成といった業務をしてもらった方がありがたいというだけの話なのだが。

「で、八時間座ってられへん、てどういう事なん?」

 つっこみを入れたところで本来指摘するべき部分を口にする。

「だから言葉のまま。腰と背中強く打ったせいでただ座ってるだけの事ができなくなったみたい。ま、右足の麻痺も悪化したらしくてそもそも通勤が不可能になった確率が高いけど」

「それって、椅子に座っとる事自体できへんの?」

「実際に時間測ってみないとわからないけど、一日仕事する程は無理なのだけ確実みたい」

「ふぅむ? つまり、車通勤可になれば短時間勤務ならいける、いう事やな?」

「や、私免許持ってないし」

 前向きな解釈をしてみせると、有樹がさらりとしょうもない事実を披露した。

 しかし、ある意味当たり前といえば当たり前の話でもある。電車は五分に一本、バスは十分間隔、と公共交通機関が整備された環境では、車を所有するメリットも、免許を取る必要性も薄いのだ。

 しかも税金などの維持コストに加え、ワンルームマンションの家賃と変わらないほどの駐車場代を支払ってまで、となると自分達の年齢では、通勤に使えるような個人所有の自動車がある方が稀だろう。そして、そもそも使う必然性が薄いからこそ所有していないのであり、持っていなければ免許を取っていなくとも不思議はない。

 けれど体力がなく、長く歩くのが苦手な有樹だからこそ免許を持っていそうな気もしたのでそこは少し意外だった。有樹の両親は自家用車を所有しているようだったし、買い物や通院のためにも運転できるにこした事はないはずだ。

「なんや、佐久間っち免許持っとらんの? 持ってそうな雰囲気やのに」

「親には勧められたけど、私の場合左アクセルでの教習になるんだよね。対応してくれる教習所まで、電車とバス乗り継いで一時間半かけて行く気もなかったし、それに大学と反対方向だったから」

「せやなぁ。そりゃ佐久間っちの体力やと厳しいわな」

 非常にわかりやすい理由を聞かされ、大いに納得する。

 免許を取る時、何を基準に教習所を選ぶかといわれたら大抵は通いやすさや価格だろう。学校や家から近いのであればそれにこした事はないし、通学定期で通えればなお良し、だ。

 しかし、体力のない有樹が大学と逆方向に一時間半かけてまで通う程の価値を感じなかったとしてもしかたがない。なにせ、そもそも外回りの仕事など論外だっただろうし、現実的に検討範囲になる通勤圏内は、車通勤の場合駐車場は自己責任で確保しなければならない地域がほとんどだ。

 それはつまり、駐車場代は身銭を切る事になる可能性がある上に運良く近い場所に見つかるとも限らない。ならば交通機関を使って通勤できる範囲にしぼる方がはるかに現実的である。

 あれこれ考え合わせれば、有樹が免許を持っていないのは不思議でもない――というよりほぼ必然かもしれない。

「でも、したらなんで運転するから飲めへん、なんて理由で飲み会で飲まへんの?」

「あれが一番断りやすいんだもの」

「まぁ、無理に飲ませて何ぞあったら、自分も一蓮托生やしなぁ。断りやすいんはわかるけど」

「それに、嘘はついてないよ。地元の駅から車なんで、としか言ってないもの」

「確信犯やなぁ」

「ぶっちゃけると、親しくない相手に酔ったところ見られるのが嫌いなだけ、なんだけどね」

 久本の反応からあまり納得していないのを察したのか、有樹がしれっと付け足した言葉についふき出した。

 確かに有樹は酔うとだいぶ雰囲気が変わる。普段より饒舌になり、よく笑う。しかもほんのりと色づいた頬とうるんだ瞳がついてくるのだから、普段とは半ば別人だ。

 久本自身はその変化をほほえましく感じるだけだが、そう受け取れない男も多いはずだ。だからこそ、有樹は親しくない相手の前では飲まない、という自衛手段を選んだのだろう。

「ま、そないな理由ならしゃぁないとして、当面の問題は佐久間っちの仕事復帰の件やな」

「だから、辞めるしか……」

「せやから怖い事言わんといてって。佐久間っちおらへんとまわらん仕事山程あんねん。間違いなく短縮勤務でええてなるはずやから。

 問題は通勤の足やけど、たぶん和馬が犯人から送迎手配できるくらいはむしって来ると思うで? 佐久間っちが辞めたいんやなければ辞める必要あらへんよ」

 後ろ向きな事を言う有樹に、久本はさらりと否定する。

「犯人が見つかるかどうかもわからないのに、勘定に入れられないよ」

「ん? 聞いてへんの?」

 苦笑いでたしなめられ首を傾げると、まったく同じ仕草を返されてしまった。

「犯人、みつかったらしいで? 自白もとれた言うとったから、もう賠償の内容まで話し進んどるんとちゃうん?」

「それは聞いてなかったなぁ。――あぁ、でも、昨日遊木さんの雰囲気がいつもと違ったから、その話もしようとしてたのかな?」

「せやったか。俺も詳しい事は知らへんけど、和馬の奴えらく気合い入れとったからなぁ。たぶん本気で一生困らへんくらいむしってくるはずやで。相手さん、けっこういい家の人言うとったからな」

 一般家庭の人間ではないのだから心置きなく受け取っておけ、とふくませて告げる。こういう時、しなくてもいいはずの相手の生活まで心配してしまうのが彼女の美徳であり、欠点だからだ。

 予定外になった部分はすべて相手にかぶらせるくらい気合を入れて欲しい、というのが久本の本心でもある。

「ま、その辺は遊木さんとも話し合うけど……。案外リアクション薄いね?」

 そんな久本の態度をどう読んだのか、有樹がいくらか戸惑ったような、微妙な笑みで視線をよこす。安心したような、肩すかしなような、という色が見えるのは、気のせいでもないだろう。

「えらい怪我させられて仕事辞めんとあかんかも、て大変なんは佐久間っちやん? 一番しんどい人さし置いて、俺が悲愴な顔するわけにいかへんからな」

 普段とあまり変わらない態度でさらりと告げられたせいでリアクションするタイミングを逃してしまった、という理由もあるにはあるのだが、そこは格好悪いので黙っておく。

 告げるには相当勇気がいったはずだ。考えた上であの告げ方を選んだのだろうから、それに文句をつけるのは筋違いだ、という理由の方が強かったが。

「受け入れるしかない事だしね。無理矢理にでも気持ち切り替えておかないと今後の事なんて考えられないから」

「それにしちゃぁえらい後ろむきやし、自分で思とる程切り替え、できてへんとちゃう? 無理せんとはき出せるもんははき出した方がええで」

 この意地っ張りはうながさないと泣かないだろう、とふんで水をむけたが、大丈夫、と心配になる返事が返ってきてしまう。

「こないな時の大丈夫ほど、信頼でけへん言葉はないと思うで?」

「ん、分かってる。でも一度は泣いたからだいぶすっきりはしたんだよね」

「それ、信じてええんか悩ましいで? 佐久間っちの性格やと絶対家族の前で泣かへんやろし、一人でこっそり泣いたいうんはカウントせえへんよ?」

「嘘じゃないって。昨日、昼間にお見舞いに来てくれた遊木さんに泣かされたからある程度すっきりしたの。

 これ以上は自分をあわれみたくなるから今はいいってだけ」

 小さく肩をすくめてみせられ、これは意外だった久本が目をまたたく。

 有樹は余程の事がないと人前で泣いたりしない。自分が例外なのは色々とあれな理由がある、とわかっているのである意味納得がいく。しかし、遊木が例外に含まれたのは予想外だった。

「それって、一度見られたらあきらめがついた、的な事なん?」

「ん~。――たぶんだけど、遊木さんの事割合好きだから、かな?」

「……は?」

 やはり普段の雑談と変わらないさりげなさで告げられた言葉に脳内が漂白でもされたのか、間の抜けた声が出た。

「……好きって、そら、和馬は素直なええ子やけど」

「せんせ、同い年ですよね?」

 ずれた発言にはおかしそうな笑いが返って来て、よけい混乱する。

 確かに彼女にしてはめずらしく、遊木と親しくなったらしいとは思っていたのだが、久本が見る限り有樹の態度は恋愛対象にしている相手に取るものではなかった。

 なにせ、自分をよく見せようとしたり、相手に気に入られようとこびるようなところが全くなかった。恋愛感情があってああも自然体で接することができるものだろうか。

「なんか、信じられへん言葉を聞いた気がすんねんけど……。おめでとう、言うた方がええ?」

 それでも、幼なじみとこの風変わりな同僚がうまくいくといい、と思ってたのも確かではある。

 首を傾げながらもとりあえず祝おうか、としたのだが……。

「言わなくていいよ。私、遊木さんと結婚するつもりはまったくないから」

 直前の言葉を真っ向から否定するような発言に、思わず眉間にしわがよるのを自覚した。

 相変わらず彼女の理論がわからないのは性別が違うからなのか、有樹が特殊なのか、自分が鈍いのか、――最後は否定したいがおそらくそのすべてなのだろう。

「……それはつまり、人間的に好きやけど恋愛は別、ちゅう事?」

「まぁ、好きには好きだけど恋愛したいとは思わないっていうか……。人間的には好きだけど絶対結婚だけはしない、って決めてる感じ?」

「なんでそないな決心しとんねん……。好きなら好きで結婚したらええやん?」

「そこはほら、色々と複雑怪奇な思考を経ての結論なんだけどね」

「自分で複雑怪奇言うなや……」

 さらりさらりとかわされているようで、核心をついた返事でもある。

 有樹なりに考えた結果、遊木は結婚相手にはむかない、と結論したのだろう。ただなぜそんな結論になるのか、久本にはまったくわからない。

「その辺の話って俺が聞いてもいいん?」

「久本は聞いたところで遊木さんに話したりしないでしょ?」

「そりゃせえへんけど」

「なら話したところで問題なし」

 やはりさらりとした返事があり、久本は頭をかく。

「とりあえず、職場には聞いたまま伝えとくわ。せやけど佐久間っち、いつから和馬の事好きやったん? なんや全然そないな風に見えんかったけど」

 二人の手芸場所――デートと称するには色気も何もあったものではなかったからこのくらいが丁度いい表現のはずだ――が遊木のマンションになってからは久本が同席する事が多かった。

 とはいえ、三人が三人ともそれぞれ好きな事をやっているだけ、という何とも言いがたい時間の過ごし方だったのだが、大抵遊木と有樹はリビングでテレビを聞きながしつつ手芸にいそしみ、久本はパソコンかスマートフォンでゲームをしていた。

 時折、協力プレイや対戦を三人でやる事もあったが、基本はみな自分の世界に入っていた。

 会っている時間のほとんどをそんな風に使っていて、どこから恋愛に発展したのか、まったくわからない。

「だって、遊木さん好きになるとか、面倒な気配しかしないし。理性で考えたら断るのが正解だと思うよ?」

「……わからんでもないけど、そないばっさり切り捨てんといてや」

 確かに一般家庭に育った有樹にしてみれば、遊木と関わってそれまで縁のなかった生活習慣になじまなければいけない、というのは面倒な事に違いない。

 世間の玉の輿狙いの連中がどこまで理解しているのかはともかくとして、遊木との結婚は国際結婚並に生活習慣の違いと戦う必要があるだろう。

 詳細まではわからないにしても、有樹はそういった事情を理解しているからこそ遊木と恋愛をする気はない、と最初から言っていたはずだ。それなのにその相手が好きだと言う。

 ならば以前の判断を覆してでも遊木を選ぶのか、といえば、それはしない。好意はあるけれどデメリットを甘んじて受け入れる程ではない、というレベルだと考えれば納得できないでもないが、今ひとつしっくりこないのも事実だ。

「なんや、佐久間っちがどうしたいんか俺にはようわからん」

 結局、苦笑いでそうつぶやくと、私にもわかんない、とつっこみどころしかない返事があった。

「たぶん、この事件がなくてあのままゆっくり付き合いが続いてたら、二年後くらいには結婚してもいいかなぁ、って思ったんじゃないかな、とは思うんだけど」

 自分の事だというのに首をかしげながら、自信なさ気につぶやかれた言葉ははからずも遊木が言っていた三年という期限とほぼ等しい。意識してなのかたまたまなのか気になるところではある。けれど、過去形にしているのだから、そのつもりはなくなった、という事だろう。

「会ってるだけで階段から突き落とされる原因になるような男とはよう付き合われへん?」

「いや、それは別にいいんだけど」

「いいんかいっ?!」

「誰と結婚したところで多かれ少なかれ嫉妬されるのは当然でしょ?

 それに遊びで付き合って捨てた、とか遊木さんに原因があっての事なら理由になるけど、そういうタイプに見えないし」

「……相変わらず男前やなぁ」

 遊木自身が犯人をたきつけるような行動をしていないなら無関係だ、と言い切る強さにほれぼれする。

 いつもながら彼女の価値観は鮮やかだ。普通であれば頭でわかっていてもそう割り切れるものではないだろう。

 そう思っての言葉だったのだが、有樹は少しばかり眉をよせた。

「毎回思うけど、それ褒めてないよね?」

「いや、めちゃくちゃ褒めてんで」

「男同士ならともかく、女が言われて嬉しいセリフではないねぇ」

 本気で怒っているわけでもないのか、続いた言葉は淡く笑いの色を含んでいる。

 こうした間合いが心地いいと感じるのは自分だけでもないだろう。有樹の方で線を引いたりしなければ彼女はわりあい人に好かれる性質をしている、と感じるのはこんな時だ。

 こういうとこ、知っとるの自分だけやったらええのに、思とる奴和馬以外にもいるやろなぁ。

 そんな事を考えるが、久本自身は有樹に恋愛感情はない。親しくなった過程がもっと違うものだったら幼なじみに取り持ちを頼まれても無視しただろう。あるいは、そんな声がかかる前に付き合いを申し込んだに違いない。

 そうは思うが実際に有樹と恋愛をしたいとはまったく思わない。

 時折、彼女が他の男のものになるのが惜しくなるのは否定しない。けれど、自分達がそういった関係になるのはかなり不毛だろうと思う。

 現状維持ならばうまくいくが、恋愛をからめたらそう遠くない日に破綻するのが目に見えるのだ。

 酔ったはずみでのあの出来事は自分より有樹を傷つけたはずで、こちらもたいがいぶしつけにあれこれ暴かれたが、それでも、自分が先に地雷を踏みぬかなければ彼女はそこまでしなかったはずだ。

 あんな時にまで相手を気遣う有樹は優しすぎる。

「佐久間っちには幸せになって欲しいんやけどなぁ」

「私も久本見てると、いつまでも遊んでないで早く本気になれる相手見つけたらいいのに、って思うよ」

 つい口をついた本心には、やわらかな笑みとともに返事があった。

 お互い相手の幸せを望んでいるのに自分では幸せにできないと知っている、なんとも微妙な関係だがそれが心地よくもある。

 こんな距離感の相手がいると、それが心地よすぎてわざわざ別の相手と恋愛などしなくてもいいような気になってしまうのだ。

 相手もそうだったら困る、と思っていたはずなのに、別の男を好きになったと聞かされていくらかショックを受けている事に内心苦笑いながらも、彼女の幸せに手を貸したいと思える事に満足する久本であった。

お読みいただきありがとうございます♪


次週2月21日は作者都合で休載とさせていただきます。

ご了承くださいませ。

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