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病室にて。

「失礼、入っても平気かな?」

「どうぞ、大丈夫です」

 病室のドアをノックされ、有樹が返事をすると遊木が扉を開ける。

「おやつ持参で遊びに来たよ」

 手に持った紙袋をかかげて見せられ、ベッドを起こして座っていた有樹が小さく笑う。

 弘貴とのやり取りを聞いたからか、遊木は見舞いとは言わず必ず自分の分とあわせて食べ物や飲み物を持ってくるのだ。

 自分だけってわけにはいかないからね、と笑いながら勧められては断りにくく、結局毎日のように現れる遊木の手土産を断る口実を見つけられないまま相伴にあずかってばかりだ。

「今日は何ですか?」

「開けてのお楽しみ」

 そう言って遊木はベッド専用のサイドテーブルを引き寄せ、有樹の前に置くとその上に極シンプルなケーキショップの箱を乗せる。

 遊木が口をとめていたシールをはがしたのは、まだ右手が痛む有樹にはありがたい気遣いだ。

「開けてみて?」

 楽しそうにうながされ、左手で箱のふたを開けると、中にはプラスチックのカップに入ったムースか何かのようだった。

 それだけであれば特に珍しくもないのだが、表面にはラテアートよろしく絵が描かれているのが違う。それも猫やうさぎ、ひつじと可愛らしいものばかり。

「うわぁ……っ」

「可愛いでしょ? これ、知り合いに教えてもらったんだよ。こういうのなら利き手じゃなくても食べやすいだろうしね」

 ついもれた声が弾んでいるのに気づいたのか、応じる遊木の声も嬉しげだ。

「ここのムース、本当は果物山盛りなんだけどね。裏メニューでラテアート風のがあるんだ」

「果物たくさんもおいしそうですけど、でも、この可愛さには……っ」

「味もお墨付きだよ。どれにする?」

「難しい事言わないでくださいっ!」

 遊木の言葉に反射で返してから、さすがにまずかったかと口を押さえるが、相手はそんな様子をほほえましそうに見ているだけで気にする様子はない。

「……楽しそうですね?」

「そりゃね。有樹さん、すごく喜んでくれたから俺も嬉しくって。さすが、久我城の情報にはずれはないなぁ」

「お友達です?」

「ま、そんなところかな。重度の従妹フェチだから女の子の喜びそうな物に詳しいんだよ、あいつ」

 さらりと酷い説明をするくせに、その口調がどこか誇らしげなのは自慢の友達だからなのだろう。

「これはあいつの従妹ちゃん、お気に入りの一品なんだって。機嫌取る時の必殺アイテムだから外れないだろ、なんて言ってた」

「まぁ、これを喜ばない人は少ないでしょうねぇ。……どれもおいしそうで選べないあたりが難儀ですけど」

「あいつの一押しは猫の絵のやつだってさ。ほろ苦いチョコレートムースとオレンジのムースが二層になってて絶品らしいよ。次点がうさぎの絵のフランボワーズとピスタチオのムース。ま、どれ選んでも絶対美味しいから問題なし、って事らしいけど」

 なかなか選べないでいる有樹を見かねたのか、遊木が助け舟を出す。それを聞いて心が決まったのか、有樹が猫の絵が描かれたムースに手を伸ばす。けれど、あまり余裕のない箱から左手では取り出しにくい。

「あ、ちょっと待って、俺がやるよ」

 手が迷ったのに気づいたのか、遊木の手が伸びてきて猫のムースを取り上げる。

「これでよかった?」

「はい、それがいいです」

 確認に笑顔で返すと遊木が笑みを深くする。

「やっぱ、有樹さんかわいい」

「ちょっ?! なんなんです、急にっ?!」

「いや、これ()いい、って聞いたのに、有樹さんは、これ()いい、って返してくれたから。ちょっとした事だけどなんか嬉しいなぁ、って」

 くすくすと笑う遊木に言われ、かみついた勢いのやり場を失った有樹がもごもごと文句をつけるが、そんな態度が余計遊木を喜ばせているのには気付いていないらしい。

「食べてみて?」

 やわらかくうながされ、有樹はまだ包帯が取れない右手でカップを押さえると左手にスプーンを持つ。手首に加えて指二本が痛むとなると、スプーンを使うような動作はまだしにくいのだ。慎重に一口分をすくい取り、ソースをたらさないよう用心しいしい口に運ぶ。

 そして舌の上でとろけていくムースの味に、自然と表情がゆるんでゆく。

「おいしい」

 詳しい事はわからないが、甘さを抑えたチョコレートのほろ苦さとオレンジのさわやかな甘酸っぱさが絶妙に口の中へ広がる。

 加えて今まで食べていたものより明らかに数段上だとわかる口溶けのよさ、おそらく自分で買おうなどと思いつかない値段なのだろうが、その事に目をつぶってしまいたくなるおいしさだ。

「気に入ってもらえたならよかった。さて、有樹さんの反応も見たし、俺も一個食べよっと。……同じのにするのと、違うの選んで後で交換するの、どっちがいい?」

「あ~……っ。半分ずつがいいです」

「了解。じゃあ俺、うさぎのにしてみよう」

 同じものを二つずつ、六個持ってきた遊木が自分の分を取り出すと、残りの入った箱を閉める。そしてお茶のカップを持ってきた警備の女性に交換で箱をさし出した。

「悪い、これ、片付けてもらえる?」

「はい。ではしばらく下がっていますのでご用の際はお呼びください」

「春井連れて来たから休んでいいよ。何かあったらあいつ呼ぶから」

「了解しました。それでは休憩させていただきます」

 前回の言葉通り、遊木はその日のうちに警備兼任――というよりはヘルパーを兼任できる警備を有樹につけた。病院側には親戚で通しているので、有樹にも年数回会う程度の親戚、で通せる態度で接しているがさすがに遊木にまでその態度にはできないのだろう。

 警備の女性が出て行った後、他愛のない話をしながらムースを食べ終わり、お茶を飲み始めたところで話題が変わる。

「佐々井は迷惑かけてない?」

「すごくよくしてくれてます。身の回りの事も色々気を配ってくれて。このカップも、佐々井さんが持ってきてくれたんですよ。扱いやすくて助かってます」

 そう言って有樹が示したのは、彼女の分として出された紅茶のカップだ。ステンレスの保温性能が高いカップなのだが、大きめの取っ手がついていて陶器風の塗装がしてある。

「軽いし、取っ手が大きめなので左手でも持ちやすくて。それにこのカップ、外側が熱くなりにくいですし。他にも細かいところまで気付いて色々してくれてなんだか申し訳ないくらいです。

 それに、おしゃべりもほどほどで、黙っててもしゃべってても苦にならない感じですし」

「うまくやれてるみたいでよかったよ。彼女、ちょっと見た目が取っつきにくいからさ」

 遊木が有樹の警備にと選んだ女性――佐々井は割と無口な上に目つきがきつい。その上きっちりまとめた髪とメタルフレームの眼鏡、というある意味典型的な外見なのだ。

 よく気がつくし腕もいいのだが、その印象の硬さから普段は警備がつく事に慣れていない相手と一対一になるような配置にはしない。けれど、有樹の警護兼日常の手伝い、と考えたら積極的に希望を口にしないだろう有樹には、相手をよく見て先回りして対応できる佐々井の方がうまくいくだろう、と思って配置した。

 大丈夫だろうとは思っていたが、それでも心配は心配だったので有樹の返事に一安心だ。

「体の方はどう? そろそろ一週間だけど痛みはひいてきた?」

「そうですね、痛みはだいぶ楽になってきました。でもせっかく大量の休みが降ってわいたのに手芸ができないとか、けっこう生殺しの気分ですね」

 苦笑いで少し愚痴を混ぜて返すと、遊木がふき出す。

「そっか、確かにそうだね。でもアプリはやり放題じゃない?」

「それが案外、左手だけだとやりにくくってあんまりやってないんですよ。持ってるのが辛いんであんまり本も読めないですし、テレビはつまらなくて」

「あ~……、それは確かにだろうね。ここ、子供の病院だけあって、テレビは地上波とアニメチャンネルくらいしか見られないんだっけ?」

「はい。まぁ、BSが見られたところで退屈は退屈なんでしょうけど」

「ん~……。だったら俺のタブレット置いていこうか? 動画チャンネル、見放題のプラン加入してるから好きに見てもらってかまわないし」

「ひかれますけど、ここWi-Fi使えないのでデータの通信制限が……」

 インターネット環境のない場所で動画を立て続けに見ようものならすぐに通信制限に引っかかる。そう考えるとわざわざそこまでしてもらうのも申し訳ない気がするのだ。

「じゃあ、俺が録りためた映画とかドキュメンタリー番組の山程つまったハードディスクとセットで置いていこうか? 元々移動中とか外出先での時間つぶしに見ようと思ってたやつだからタブレットで再生できるように変換済みだし」

 けれど辞退した提案をさらに魅力的にして返され、有樹が思わず動きを止める。遊木のマンションで手芸をしている間BGM代わりにケーブルテレビをつけておく事が多かったので、番組の好みが意外と似ているのはわかっている。遊木が見ようと選んで録画しておいたものなら大半は有樹も興味を持てるものだろう。

「……それはなんとも魅力的な……」

「ハードディスクから再生するだけなら電源さえあれば問題ないし、大丈夫じゃない? この病室、そこそこ電力使っても大丈夫だったはずだし」

「あぁ、そうですね。特別室だけあって自前の通信環境を整えるならパソコン持ち込んでもいいって言われてます」

 本来ならば私用の電源利用は不可なのだが、この病室は制限はあるものの許可が出ている。

 病室の移動は警備の都合だというが、おそらく遊木はスマートフォンがないと有樹が退屈するだろうとというのも織り込んでくれたのだろう。

「うん。佐々井の仕事にもパソコンとか使うし、その辺融通のきく部屋にしたんだ。仕事用は必要分バッテリー用意してるはずだけど、パソコン使ってる事自体が問題になるようじゃ困るからね」

 有樹の言葉にあくまでも遊木側の都合、という形で返事があった。

「ちょっと、変に広くて落ち着かない、とか言われたらどうしようかと思ってたんだけどね」

 そして続けられた冗談めかした言葉には有樹もふき出す。確かに、最初に入っていた個室の倍近い広さがあるこの特別室は、いくらか広すぎで落ち着かない雰囲気はある。

 けれど、部屋をほぼ中央でしきるカーテンがつけられていて、それをひくとベッドの近辺と入り口側で部屋をしきれるのだ。

 そうしておくと広すぎる印象は薄れるし、カーテンの向こうにある応接セットでなにやら仕事に励む佐々井の存在を意識しすぎる事もない。家族がそろって見舞いに来てくれても居場所に困る事もなく、結果としてはずいぶんありがたい環境だった。

「別にそんな事ないですよ?」

「ならよかった。ハードディスクは次に警備の交代がある時に預ける事になるけどけど、タブレットは今日置いてくね。一日程度だしたぶん通信制限にいらつかされる事にはならないと思うよ」

 遊木が鞄からタブレットPCを取り出し、サイドテーブルに置く。

「ありがとうございます」

「いえいえ。色々こっちのせいだしね」

 礼を言うといくらか苦笑めいた返事があり、会話が途切れる。お互い何とはなしに飲み物へ口をつけたが、会話の接ぎがすぐにはみつからない。

 そもそも今日の遊木はどこかおかしい。

 ほぼ毎日見舞いに現れているのだから、体の具合など今さら確認しなくても痛みがやわらぎ始めた事などわかるはずだ。

 佐々井との関係にしても、報告がなかったはずがない。直接有樹に確認したかったにしても今更感がある。それに普段は有樹が値段を心配する必要のない、気軽に受け取れる範囲の食べ物や飲み物を選んで持ってくる遊木が、今日はやけに高そうな手土産持参である。それに、佐々井を室外に出したのも初めてだ。

「それで、今日は何か話があるんですよね?」

 何かあるのだろう、とは思ったが、うまい切り出しが見つからずに結局直球で尋ねると、手元のカップに視線を落としていた遊木が弾かれたように顔を上げる。みはられた目を見れば、図星だったのは明白だ。

「なんで、わかったの?」

「だって今日の遊木さんはなんというか、不自然の塊ですから」

 一つ一つの細かい理由は口に乗せず、ただ結論だけを告げると遊木の表情がゆるゆると自嘲混じりの笑みへと変わっていった。

「そんな簡単に読まれちゃうようじゃ俺もまだまだだなぁ……」

「というか、遊木さんは特別わかりやすいですよ? 何か隠してるとすぐ、なんか変にそつなく振る舞おうとするので普段と雰囲気変わっちゃうんでまるわかりですから」

「……っあ~、うん。自覚はある、かな」

 たぶんそれ、有樹さんにだけだと思うけど、とつぶやいた後、遊木が一つ息をついてから改めて有樹と視線をあわせる。

「今日、いろんな検査の結果が出たって聞いて。……その後、少し様子がおかしい、って佐々井から報告が来たからさ。……よくない結果でも出た?」

 こちらも変にごまかさず、正面からの確認に有樹は目をまたたく。

 確かに今日医者から検査の結果を聞かされた。その前後で態度を変えたつもりはなかったが、微妙な雰囲気の変化に気付かれたのか、自覚していたより表に出してしまっていたのか、どちらなのだろう。

「佐々井が言うには、安心した風でもないのに、なんだか妙に普段通りすぎるからかえって気になった、って」

「あ~……。そういうばれ方もあるんですね。次から気をつけます」

 自分で予想していたのとは違う場所からばれていた。と知らされ、苦笑いで返したら、そういう無理しないで、と眉間にしわを寄せた男ににらまれてしまった。

「話すのが辛いなら聞かないけど、俺は今後の対応のためにも何かあったなら医者に確認しないといけないんだ。どのみち俺の耳に入るんだし、愚痴でも何でも言っちゃった方が楽になるんじゃないかな?」

 言い返しようがない言葉に、有樹はそれもそうかと思う。

 確かに遊木の言うとおりだ。最初から隠し通せるものでもない。

「けっこうあちこち――背中とか腰も強く打っていたのであれこれ検査してたんですよ」

「うん」

「嫌な予感はしてたんですけどね。……あれ以降、それまでより右足くだけやすい気がしてたので」

 不自由なりになんとか使えていた右足が、それまで以上に扱いにくくなっていた事に気づいたのは数日前だ。

 他の怪我のせい、と気づかないふりで目をそらしておく事もできた。けれどその微妙な違和感を医者に告げて受けた検査の結果、気のせいでも何でもない事が事実として確定した。それだけの事、のはずだったのだ。

「場所が悪かった、そうです。動かせなくなる程ではない、リハビリを受ければまぁなんとか杖は使わずに補装具だけでも歩けるだろう、とは言われました」

「…………そっか」

「……たぶん、仕事は続けられません。電車とバスを使っての通勤も、一日中座っている仕事も、おそらく無理だろうと言われました」

 あまり感情をうかがわせない短い相づちにたすけられる形でなんとかそこまで口にしたが、唇の端を持ち上げたせいか涙が頬を伝った。

 ぬぐおうかと思ったが、右手は痛むし左手はカップを持ったままだ。仕方なくそのままにしていたら、横から手が伸びてきた。けれど触れる前に動きを止め、いくらか間をおいてからおそるおそるといった体で水滴の伝った跡に触れた。

 視線をむけると、椅子から立ち上がった遊木が有樹の手からカップを取り上げた。そして、テーブルごと遠ざけるとベッドの端にむかいあうような体勢で腰を下ろす。

「……ごめん。こういう時、隆みたいにうまくやれればいいんだけど」

 今まで他の女性に対してはいくらでも甘い言葉をはいてなぐさめていたのに、有樹に対しては言葉が出てこないのだ。

 けれど、心配ない、きっとうまくいくよ、もしもの時は仕事探すの手伝うから、職場との交渉にだって手を貸すから、と思い浮ぶ言葉はあれど、そのどれもが薄っぺらく彼女を見下した言葉になりそうで口にするのがためらわれた。

 うまく気持ちをはき出させてやる事もできず、不安を和らげるような提案もしてやれない。そんな無力感に唇をかむ。

「……別に、なぐさめて欲しい訳じゃないですけど、ね」

 泣くのをこらえているせいか不自然なゆらぎのある声がかわいげのない事を言う。けれどそれが、同情を買いたくて告げたわけじゃない、と言いたいだけなのがわかるくらいには一緒にいたのだ。

 こんな時、その場しのぎのなぐさめを言われたくない、と思う相手だからこそ何も言えなくて苦しい。

 涙をこぼすくせに決して声を上げないのは前と同じだが、うまく泣かせてやれた久本がいない。近いうちに適当な理由で顔を出すように言っておこう、と心に決めた。

「それに、久本が二人に増えるとか願い下げですし」

 そんな遊木の内心を知ってか知らずか有樹がつぶやく。

「あぁ、俺もそれは勘弁かな……。別にあいつになりたいわけじゃないし」

「それにたぶん、遊木さんだから話せたんだと思いますし」

「……え?」

 ほんの少し笑みの気配をふくんだつぶやきに遊木は目をまたたく。

「久本はすぐに背負い込みますから。完全にあいつに無関係な事以外で泣き顔なんて見せる訳にはいきませんよ。……でも、遊木さんには色々見せるって約束しましたし、立場上も早めに伝えた方がいいのも確かでしたしね」

「その約束って、こんなところにまで有効だったんだ……?」

「あとはまぁ、うちの母親、私に障害あるのは自分のせいだ、って思ってるところがあるんで、親の前で泣くなんて論外ですからね。その前にすっきりしちゃいたかった、というのも否定しませんよ」

「少しでも話しやすいなら俺の事使っていいんだよ? 俺もその方が嬉しいな」

 有樹さんに頼ってもらえるとかレアケースだしね、と冗談めかすと有樹の表情が少しばかり和らぐ。

「有樹さんために何かできるなら、何でも言って?」

 まだ残っている涙の跡を指先でぬぐい取りながら笑みをむけると、今度はいくらか不思議そうな視線が返ってきた。

「遊木さんは相手の弱味とか嫌な部分を見せられるの、気にならないんですか?」

 有樹にしてみれば、抱えた障害が悪化しただの、怪我の後遺症で仕事を辞めざるを得ないかもしれない、などという重たすぎる話は聞きたくない。そんな人生相談などされても自分には何の答えも返せないとわかっているからだし、軽はずみな言葉で人の人生に踏み込んでいいとも思えないのだ。

 遊木とてそのあたりは考えていそうなのに、と思うので余計に不思議になってしまう。

「うぅん……。確かにコメントしにくい、というか、難しい話題なんだけど、でも、有樹さんが知られたくないんじゃなければ俺は知りたいよ」

「でも聞いて気持ちのいい話題じゃないですよね?」

「そうなんだけどさ。なんていうか……」

 なんでわざわざそんな事に首を突っ込むんだろう、という当然といえば当然の疑問に、遊木は首をひねった。

「俺は本気で有樹さんが好きだから、表面的な軽い付き合いだけしたいわけじゃないんだよ。そりゃ、重たい話題とか話しにくい事とか、避けたくなる時もあるけどさ、そういう事から逃げてたらちゃんと親しくなる事ってできないんじゃないかと思ってね。

 ……それに、できるならそういう辛い時こそ話してもらえるような存在になりたい、かな」

 考えながらゆっくりとつむがれた言葉を聞いて、今度は有樹が目をまたたく。

「本気とは聞いてましたけど……。そこまでの覚悟でした?」

「というか、そのくらいの覚悟がなくちゃ本気とか言えないよ。俺はね、有樹さんを選んだらこの先、他の人を選んだ時よりたくさん厄介な問題に頭を悩ませるだろうな、ってわかってるつもりだよ。でもね、それでも君じゃなくちゃ嫌なんだ」

 気負った風でもなく口に出された言葉に、有樹は目を見開く。

「兄貴達を見てきたからね。俺達の――ああいう場で身内に障害を抱えた人がいる、っていうのがどれだけ不利な事で、どれだけつつかれるのかも知っている。

 たぶん、それは有樹さんにも直接降りかかる事になって苦しめると思う。だから、俺は全部覚悟で有樹さんがいい、って言うけど、だからこそ、君は感情に流されてオッケーしたら駄目だよ? 体の事に触れられるのが辛いなら、俺の事は利用するだけして断った方がいい。別に俺はそれを卑怯だなんて思わないし、むしろ本望だから」

 欲しいとは思うが、有樹自身のためを思うなら自分とは友人の枠におさめられる関係でいた方がいい。

 そんな趣旨の言葉を聞かされた有樹は不意に気づく。つまり、今下手に優しくしたら雰囲気に流されそうだ、と思われる程今の自分は不安定に見えるのだ。

「そんなに、駄目に見えます?」

「あ~、うん。正直、抱きしめて頭なでてあげたい感じだけど、それしちゃったらきっと、有樹さん俺に依存しちゃいそうな気がするんだよね」

 正面からの確認には苦笑いでの答えがあった。

 確かに甘えてよりかかっても大丈夫だろうと思える相手だけに、今遊木に頼る事を覚えてしまうのは危険な気もした。こと、遊木はなんだかんだで有樹の都合を優先してくれるのだから、最大級の落ち込みぶりという自覚があるだけに、つかんでしまったら二度と手離せない大きい藁になるだろう。依存性の高さを読むことが出来ない、というのはものすごく危険だ。

「どうする? もう少し泣いておきたいなら、手ぐらいは貸すけどそれ以上は勘弁してね」

「じゃあ、手だけお借りします」

 おどけてひらひらと左手をふって見せられた有樹がつい浮かんだ笑み混じりに答えると、遊木の手がふわりと髪の上に降りてきた。

「俺、しばらくアプリでもやってるから、用があったら声かけて」

 じっと見られていても落ち着かない、という心理を察したのか、遊木はポケットから取り出したスマートフォンをいじりだす。有樹が頭の上にある手に触れると、無言のままやわらかくにぎり返される。

 こういう時の間合いの取り方、好きだなぁ、と少し和んだ目元から涙があふれたが、遊木は何も言わないでくれるのに甘え、ただ静かに涙がこぼれるに任せた。

お読みいただきありがとうございます♪


次週は作者都合で休載とさせていただきます。

ご了承くださいませ。

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