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はめたりはめられたり。

 仕事の合間、スマーフォンでメールのチェックをした弘貴(ひろたか)は、珍しい名前を見つけてわずかに眉を寄せる。彼が連絡を入れたか、プレゼントを送った直後であればともかく、それ以外で有樹が連絡をよこすのは、何かトラブルがあったか、彼女が判断しかねる問題が起きた時だ。はっきり言って、嫌な予感しかしない。

 今回に限っては、何の連絡なのか予想はついている。昨夜の事故(・・)の報告は既に部下から聞いていた。さすがに有樹の怪我がどの程度なのかまではわからないので、その話でも書いてあれば、と思いつつメールを開封する。



 昨日の夜、会社帰りに駅で階段から突き落とされました。

 現在入院中です。

 詳細は遊木さんに聞いてください。

 遊木さんが同意したら、病院になら来てもらってもかまいません。



「はっ?!」

 思わず上げた声を責めるのは酷というものだろう。他にも何か書いてないか画面をスクロールしようとするが、素っ気ない程短いメールはそこで終わっている。

 何の冗談だ、と頭を抱えたくなったのは、なぜ見舞いに遊木の許可が必要なのか、まったくわからなかったからだ。

 時計を確認すると丁度昼時だ。少しくらい私用の電話に時間を割いてもかまわないだろう。

 登録こそしてあるが、不本意な事にあまりかける機会のない有樹の番号をコールする。いつも通りいくらか長いコールの後、回線がつながった。

「はい、有樹です」

 聞こえた声は気だるげで、声からも不調がうかがえた。

「怪我の具合、どんなだ? 調子悪そうな声してるけど」

「あ〜……。ちょっと熱があるんですよ。それでだるくて」

「熱? 怪我のせいか?」

「ん〜……。まぁ、骨折してるのでそのせいはあるかもしれませんね。ただの風邪の可能性もありますけど」

 いかにも億劫そうな声につい眉をひそめる。不調を表に出したがらない彼女なだけに、隠しきれない程辛いのか、と心配に駆られる。

「まぁ、そんな事より、用件は何です?」

「何って、とんでもないメールが来たから心配して電話したに決まってるだろうが」

「あれ? 階段から落ちた事は最初からご存知ですよね?」

 既定の事実を語る口調で言われ、これには苦笑する。一歩間違えば、お前が犯人だろう、という詰問にしか聞こえない言葉だが、有樹の声に咎める色はなく、むしろ予想外の発言に驚いた様な色がある。

「なかなか意味深な言葉だな」

「ん〜……。私が転げ落ちたのを通報してくれたのは、弘貴さんの関係者だと思ったんですが、違ってました?」

「それは確かに俺の手配した警備だけどな。……人つけてたのにやらかされてちゃ意味ないな」

 有樹の確認は否定する事でもないので認めてしまう。ここで隠しても正体不明の通報者を不審がり、有樹に余計な心配をさせるだけだし、遊木がついている以上遅かれ早かれ通報者の正体に行き着くのは間違いない。

 そんな些細な問題よりも弘貴が気にしているのは、ため息混じりにつぶやいた言葉通り、警備をつけていたにもかかわらず有樹に怪我をさせてしまった事、だ。

「別にそれは気にしないでもらっていいですよ。本人に悟られないようにつけた警備じゃ、遠くから見守る程度のものでしょうし」

「そりゃそうだけど」

 けれど、やわらかな声で有樹にそんな後悔までいなされ、苦笑するしかない。彼女は極普通の家庭に育っているのに、弘貴の事情に不思議な程理解を示してくれるのだ。警備をつけていた事にしても、黙っていたのにそれを咎める気配もない。警備がついていたのに入院する程の怪我をさせられて怒りもしないのだから、一般人の反応とは思えない。

 こうした有樹の精神的な強さがどこから来るものなのか、知りたくなるのも当然だろう。

「心配しなくとも、犯人を捕まえるまでは遊木さんの方でしっかりとした警備をつけてくれるそうなので心配いりませんよ」

 つい考えを飛ばした弘貴の沈黙をどう取ったのか、いくらかずれた言葉が返ってくる。

「……って、それだよ! 見舞いがなんであいつの許可制なんだ?!」

 有樹の言葉に気になっていた問題を思い出し食いつく。彼女が見舞いをしぶるのは予想済みだったが、なぜそこで遊木の許可を取れという話になってくるのか、まったくもってわからない。

「だって、こういう条件でもつけないと遊木さんに協力してくれないじゃないですか?」

「だからなんで——って、むこうには有樹に怪我させた奴の心当たりがあってもすぐにはしぼりきれないから、目撃情報が欲しいのか」

「細かい理由はともかく、両側から別々に調べるなんて効率が悪すぎですよ。出し惜しみなしでさっさと解決してください」

 さっさと治療費と慰謝料ふんだくってきてもらわないと困るんですから、と本当に困っているのかいないのかわかりにくい声が電話ごしに聞こえる。

「まぁ、入院費は馬鹿にならないだろうけど、だからってなぁ……」

「弘貴さん? 一ヶ月個室に入院したらいくらかかると思ってるんです? その上、お給料入らないんですからね?」

 金銭面の話になった途端温度の下がった声に、思わず背筋が伸びる。

「私、嫌ですよ? 犯人捕まらなくて入院費で借金するの」

「そんな事させるかよ。こっちの警備の不手際のせいなんだから俺が……」

「あ〜、はいはい。それ、遊木さんも言ってるんで、最悪の場合にどっちが払うのか二人で話し合ってくれません?」

 勝手にしろ、とばかりの投げやりな言葉で会話を戻され頭をかく。どうやら有樹は、遊木と協力する、という言質を取りたいらしい。

「なんでそんなに遊木に協力的なんだ?」

 ずっと見守って来た相手が、知り合ったばかりの遊木を重視しているようで面白くなかったせいもあり、とがった声を出すと、そうですねぇ、とやけにのんびりとした声が返って来た。

「嫌いではないですよ。それに、ずいぶんよくしてもらってますし」

「それだけで、か?」

「弘貴さんと違って何考えて人にストーカーしてるのかわからない、なんて気味の悪さがないですから、ってはっきり言って欲しかったんですか?」

「待てこらっ?!」

 さらりととんでもなく失礼なセリフを聞かされ、かみついたのは当然だろう。元から弘貴にはかなり好き放題酷い事を言うのだが、これはその中でもトップクラスに酷かった。

「誰がストーカーだっ、誰がっ?!」

「弘貴さん以外に誰がいるんですか。会う事はないのにメールやら電話やらプレゼントやら送り付けてくる男ですよ? しかもこっちの行動を調べてるわけですし、この言葉聞いてストーカー以外の何の事だと思うんです?」

 いたって冷静に切り捨てられ、めまいを感じて額を押さえる。確かにこうして説明されるとストーカーとしか思えない、という救い難い事実に気付かされてしまった。

「まぁでも、弘貴さんが好意でやってくれているのは知ってますし、頻繁に顔を出される方が迷惑なんですけどね」

「——有樹は俺にどうして欲しいんだ……?」

 指摘すればする程酷くなるコメントに特大のため息をつく。本当にどうしてこう彼女は自分に対して容赦ないのか、知りたくもあり、知りたくなくもあり、だ。

「決まってるじゃないですか。遊木さんと協力してさっさと犯人つるし上げてきてください。——というか、遊木さんは弘貴さんと協力するの嫌がってませんよ? おとなげないのはあなた一人ですからね?」

 往生際が悪い、とでも言いたげな言葉に、弘貴は一つため息をつく。

「そりゃ嫌なんだから仕方がない。——有樹がもう少し魅力的な提案してくれたら乗り気になるかも知れないけどな?」

「やですよ。ただでさえ弘貴さんが私にかまうせいであちこちからの視線が痛いんですから。これ以上は親戚の集まりで居心地が悪くなりすぎて家族にも迷惑がかかりますからね」

 さらりと口に出された言葉に弘貴は息をのむ。確かに自分と関わる事で親戚連中が有樹を見る目が変わるかもしれない、とは思っていたが、既に実害が出ているとは思っていなかったのだ。

「なので、強引でも何でもいいので表向きの理由を作った上で、遊木さんがいる時にでも病院にお見舞いに来る分にはかまいません、って言ってるんですが?」

 当たり前のように、遊木を隠れ蓑に使う前提で言われ、これにはつい笑ってしまう。つまり、弘貴と遊木が面会するために有樹を利用した、という体裁をつけろ、という事だ。おそらくは遊木の側からした提案なのだろうが、確かにいい目くらましだ。

 犯人側には遊木と弘貴が接触していれば、手を組んで潰しに行くぞ、という脅しにもなる。悪くない提案だ。

「了解。——できたら個人的に連絡取りたいんだけど、俺の連絡先伝えてもらえるか?」

「という事は、スマホの番号とメアドです?」

「ああ」

「同じ事をむこうからも頼まれてるので、通話が終わり次第連絡しますね。——というか、もうこの場で話したらどうです?」

「——って、そこにいるのかっ?!」

「はい。スマホ持ってるのかったるいんで、スピーカーにして枕元に置いてもらったので、全部聞こえてますよ」

「先に言えよっ!」

「言ったら面白くないじゃないですか」

「……あぁ、そういう性格だよな、お前……」

 相変わらずどうかという扱いをされたものの、弘貴と接している時の有樹は大抵こんなだ。おそらくは素の性格の悪さが出ているのだろうが、これは喜ぶところなのか悲しむところなのか、毎度悩んでしまう。

「とりあえず……。そこにいるんですね? 遊木和馬さん?」

「はい。すみません、声かける暇がなくて」

 応じる声が苦笑混じりなのは、有樹のやり口に対するものなのだろう。悪意があってやってるわけではないのだが、時折こんな風に相手をはめるようなやり方をするところがあるのだ。それで何度も友人ともめていた、という報告も聞くのに相変わらずなのだから本人になおす気がないのだろう。

 一言説教をしてやりたいところだが、長くはない昼休みをさいての会話なのだからあまり脱線していては時間が足りなくなってしまう。

「昨晩の事件についての情報交換と、今後の対応のすり合わせができたら、と思ったんですが、かまいませんか?」

「こっちから頼みたいくらいです。現状、こっちは有樹さんから聞いた話しかわからないので、目撃情報がもらえたらありがたいです」

「こちらとしても知りたい情報があるんですが、今はあいにく仕事中でして。夜にでも改めてご連絡してかまいませんか?」

 提案に遊木がさらりと同意を返してきたので、そのまま細かい事を打ち合わせてしまう。必要な事を一通り確認し終わってから、有樹の容態を確認し損ねていたのに気づく。

「そうだ、有樹、お前怪我の具合はどんななんだ?」

「命に別状なし、入院一ヶ月、後遺症については検査の結果待ちです」

 端的でわかりやすい返事にはあくびが混じっている。

「悪い、疲れさせたな。もう切るから少し休んでくれ」

「そうさせてもらいます。……あぁ、お見舞いに来て下さるなら、手土産はポテトチップスとスタバの季節限定でお願いしますね」

「……どういうセレクトだよ?」

「言っておかないと高額なものを持ってくるに違いないので予防線です」

「わかった、総額五千円以内にまとめてやるよ」

「……程々でお願いします」

 かさばるスナック菓子を五千円分、と言われ、そんな物を病室に積み上げたら何を言われるか予想がついた有樹がげんなりとつぶやく。

「まぁ、早めに許可が出るようがんばるとするか。じゃあな、しっかり休めよ。——では失礼します」

「そうします。弘貴さんもあまり無理しすぎないでくださいね」

「はい、ではまた夜に」

 二人それぞれの返事を聞いてから通話を終える。

 正直、遊木とは直接関わりたくはなかったのだが、有樹にああ言われてはそうも言っていられなかった。下手に関わって遊木に好意を持ってしまっては後で面倒になりそうなのだが、佐久間グループとしては遊木とのつながりができるのはありがたい。

 それに、ここで手を組んでおけば有樹に手を出した犯人に制裁を加える時一枚かめる可能性が上がる。最終的にはメリットの方がいくらか多いだろう。

「さて、と。そろそろ飯にしないと食いっぱぐれるな」

 時間を確認して弘貴は立ち上がった。


————————


 有樹は目の前に置かれたものを見つめて眉間にしわをよせる。

「……軽く嫌がらせ、ですかね?」

「……だねぇ」

 おそらく同じ事を思ったのだろう遊木も苦笑いで同意する。そして、二人の間に微妙な沈黙が落ちた。

 遊木が取って来てくれた昼食のトレイの真ん中に鎮座するアジの開きは、どう考えても利き手がほとんど使えない有樹が自力で食べられるはずのない食品である。

「カレーとかシチューとまでは言わないですけど……。せめて塩鮭くらいにならなかったんですかね……?」

「というか、けっこう塩分きついだろうによく病院食でアジの開きなんて選んだよなぁ」

 有樹のぼやきに応じる遊木の言葉もだいぶ論点がずれている辺り、対応に困っているのは同じらしい。

「とりあえず魚つくろうか?」

「……お願いします」

 遊木の提案にひとまずうなずいたものの、はたして箸しかついていないこの食事を自力で食べられるのか、心もとないにも程がある。

 せめてフォークがあればなんとかなりそうなものを、なぜに箸だけか。看護師に声をかければ借りれるのかもしれないが、忙しいスタッフ達は付き添いがいる有樹よりも気を配らないといけない相手が多いらしく、つかまりそうもない。

 というか、好きだけど。アジの開きは好きだけど……っ。このタイミングで出てくるのは嫌がらせだって。

 現実逃避気味にそんな事を考えている間にも、遊木は手を動かし続けていたらしく皿の上の魚から丁寧に骨が取り除かれていく。

 食事用の簡易テーブルが有樹の食べやすい位置に置かれているからか、遊木は角をはさんで隣に座っている配置だ。手元に視線を落としているからか、思っていたよりもまつげが長く見える。

「血合いは取った方がいいかな?」

「あ〜、お願いします。今日はあんまり気分じゃなくて」

「了解。じゃあ血合いも取っちゃうね」

 普段家で食べる時はわざわざ血合いまで取り除いたりしないのだが、今日はあまり大根おろしがない。こういう時は血合いを残した方がさっぱり食べられる気がするのだ。栄養価的には食べた方がいいとわかっているのだが、どうしても味覚優先になってしまう。

 手持ち無沙汰なのでつい遊木の手元をながめていると、手本のようなきれいな箸の持ち方をしているのに気づく。これまで何度も一緒に食事をしていたが、相手の手元をじっと見る事もなかったので見過ごしていたらしい。

 小骨を器用に箸でつまんでは皿の端に積み上げ、食べやすい大きさにした身を崩さずに血合いだけをはがしていく手つきは見事と言うしかない。

「遊木さん、魚つくるの上手ですねぇ」

「あぁ、それは親父のおかげ。世の中には食器の使い方だけで人格まで決めつける馬鹿が混じってるから、その程度の事で自分の価値を低く見られる要素を作るな、っていうのが口癖でね。食事のマナーは和洋中問わず、徹底的に叩き込まれたんだ」

 のんびりとした返事をよこしながらも手は止まらないあたり、魚をつくり慣れているらしい。その辺り、食べるのは好きでもつくるのはいまいち、という有樹とは違うらしい。

「私、魚つくるの苦手なんですよね。私がやるとぐちゃぐちゃになっちゃって」

「慣れの問題もあると思うけどね。俺も最初のうちは酷かったし。それに、やっぱり上達したいって思わないとうまくはならないよ。俺がうまくなってきたのは甥姪が生まれてからかな」

 骨の山の隣に身から外した血合いを積み重ねた遊木が小さく笑う。

「子供って目の前にいる大人のやる事なす事全部見て覚えちゃうからさ。俺が変な使い方してて、それを覚えられちゃ困るな、って思ってね。それまではただ親父がうるさいから、でやってたんだけど」

 意識しだしたら上達したってほめられたよ、としめくくって遊木が視線を投げてくる。

「さって、終わった。——て事でお約束のイベントいこうか」

「……はい?」

 にんまりと笑う遊木を見て有樹がわずかに体を引く。

「だって、有樹さん箸使えないよね?」

「まぁ、使えないですけど……」

「そうしたら、やっぱりこれしかないと思うんだよね」

 言って、遊木がつくり終わったアジの身を一切れ茶碗に移し、一口分のご飯と一緒に箸ですくい上げる。それを口元に差し出され、その意味が頭に入って来た瞬間、一気にほおが熱くなる。

「ちょっ?! 何の羞恥プレイですかっ?!」

「箸使えない以上こうするしかなくない? お腹すいたでしょ?」

「いや、それとこれとはっ?!」

 平然と言われ、いくらかひっくり返った声で叫ぶと、遊木が楽しげに笑う。

「食べないと治らないよ?」

 心底楽しそうな言葉に、有樹はひたいをおさえる。なにやらめまいでもするような気がしてきたのは気のせいか。

「……楽しんでますよね?」

「そりゃあもちろん。普段頼ってくれない有樹さんを合法的に思いっきり甘やかせるんだから楽しくないはずないじゃん?」

「言い切った?!」

 思わぬ言葉につい叫ぶ勢いで返したものの、ほら、とうながすように箸を近づけられ、うなる。

 空腹なのは確かだし、怪我を治すためにもしっかり食べて栄養を取った方がいいのはわかっている。箸を使えない上に他の食器がない以上、手づかみか食べさせてもらうかしかないのもわかっているのだ。

 わかってはいるのだが、誰も見ていなくても全力で逃げ出したい位に恥ずかしいのも確かなのだから始末におえない。

「ほら、早く食べないと遅くなっちゃうよ?」

 音符でも飛ばしていそうな遊木に再度うながされてしぶしぶ覚悟を決める。恐る恐る口を開けると、口の中に入って来た箸が、口を閉じるのに合わせて引き抜かれる。

 遊木の顔を直視する事もできず、視線をあさっての方向に逃がしながらでは食べ物を味わうどころではない。ある程度の回数かんだところで飲み込んでしまう。

 やだもう、誰か来たら絶対スプーン買って来てもらおう……。

 内心、特大のため息をついているのだが、おそらくわかっているはずの遊木はそれをきれいに無視してふた口目をさし出してきた。

 一度やってしまえばもう二度目はあきらめがついてくる。おとなしく食べ進めていく間、今まで見たことがないくらい楽しげな遊木だったが、下手な事を言っては危険だと察しているか、雑談と必要な会話に終始した。

 出された食事の八割ほどを胃に収めたところで、ストップをかける。

「お腹一杯になった?」

「はい。大丈夫です。……ありがとうございました」

 なんとなくはめられた感はあったが、手伝ってもらったのも事実なので軽く頭を下げると、いえいえ、と機嫌の良さそうな返事があった。

 そして、箸を置いた遊木がペットボトルを取り上げさし出して来た。

「お茶ついてるけど、有樹さん緑茶あんまり好きじゃなかったよね?」

「はい。こっちの方が嬉しいです」

 ありがたく飲みかけのペットボトルをあおる。飲み終わると当然のように手をさし出され、中身の減ったボトルが引き取られていく。

 なんか、世話し慣れてる感じがするなぁ。

 かいがいしく世話をやかれながら、そんな事を思っていたら、唐突に遊木がふき出す。

「どうしました?」

「いや、うん、本当に最後まで気づかなかったなぁ、と思ってさ」

「……はい?」

 今ひとつ意味のわからない言葉に首をかしげると、喉の奥で笑っている遊木が、あのさ、と言って、持参したビニール袋を持ち上げてみせた。

「ここに結構な量のパンとゼリーがあるんだから、こっち食べるなり、ゼリーについてるスプーン使えばすんだ話だよね?」

「……ああぁっ?!」

 しょうもない種明かしに有樹が叫んだのも当然、かもしれない。

お読みいただきありがとうございます♪

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