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泣いた後は。

「さすが佐久間っち。泣く時はティッシュ用意してから、なんて用意ええなぁ」

「そんなつもりじゃないもん」

「そんな泣きはらした顔でにらんでも怖ないで。かわええだけや」

 ようやく涙がおさまった有樹が鼻をかむのを見て、早速混ぜっ返した久本がけらけらと笑う。けれど、有樹が泣いている間はずっと隣に座って頭をなでているなど、生来の世話焼き体質がうかがい知れる。口でなんと言おうと、有樹を心配しているのは確かなのだ。

「ほんま、佐久間っちらしいで。俺が言わんかったら意地はり通したんとちゃうか?」

「人前で泣くなんて恥ずかしい事、できるわけないじゃない」

「……したら俺はなんやねん?」

「久本は人じゃないし」

「ちょっ?! ひどっ?! さすがに酷すぎへんっ?!」

 さらりと口に出されたとんでもない言葉に、久本が思い切りかみつくが有樹は不思議そうに首をかしげるだけだ。

「俺、そこまで佐久間っちに嫌われとったんっ?!」

「え? だって、久本は他人じゃなくて友達だから、好きだよ?」

 何で怒鳴られるのかわからない、と言いたげに目をまたたく有樹の言葉に、久本がかたまる。

「……なんやねんこの子。なんでこない天然なたらしセリフ自然にはけるねん……」

 思わず脱力してテーブルに突っ伏す久本を見て、有樹はやはり不思議そうなままだ。どうやら先天的に鈍いらしい、と判断した遊木は苦笑するしかない。

 ずいぶん泣いたので赤くなった目元が痛々しいが、気持ちの切り替えはついたようでそれには安心した。自分のせいで泣かせたと思うと罪悪感もひとしおで、有樹が泣いている間は下手に動いて怖がらせたら、と思うと心配で動けなかった。

 落ち着き始めたのなら、甘い飲み物でもあればなおいいだろうと考えて席を立つ。

「紅茶、冷めちゃったから入れ直してくるね」

「あぁ、大丈夫です。今は冷めてるくらいが丁度いいですし」

 けれど有樹は普段通りの笑みを浮かべて、ずっと忘れられていたマグカップを手にとって口をつける。確かに泣いた後の喉には冷めた飲み物の方が優しいかもしれない。けれど、態度が普段通りに戻っているのは逆に心配になる。

「無理に切り替えなくていいんだよ? ……って、俺が言うな、って言われそうだけど」

「せやな、泣かせた和馬が何言うとんねん」

「俺が原因だから余計心配なんだよ」

「せやったら食事の準備でもしてきいや。ちょい早いけど、なんぞ食うて腹がくちくなれば気持ちも落ち着くやろ」

 言外に、席を外していた方がいい、というアドバイスを含めた発言に、遊木はありがたくうなずく。

「それもそうか。――じゃ、支度してくるからちょっと待っててね」

「おう。買うてきた惣菜のあっため返しと盛り付け、がんばりや」

 有樹に笑顔をむけた遊木の言葉を久本がすかさずまぜっかえす。すると、遊木が片眉を上げた後、にんまりと笑った。

「俺の作った料理もどきが食いたいなら、作ってやってもいいけどな?」

「いらへんっ! あない目にも舌にも胃にも手厳しい物食いとうないわっ!」

「なら、あっためて皿に盛り付けるだけにしといてやるから感謝しな」

 慌てて首と両手を振って拒否を示す久本に、遊木がなぜか偉そうに応じて台所にむかった。

「……料理できへんだけやのに、なしてあない偉そうなんやろ?」

 遊木が台所へ消えていくのを見て、久本がぽつりとつぶやく。そのなんとも言えない口調に有樹が小さくふき出した。

「なんか、遊木さんって久本といるとイメージ違うね」

「せやなぁ、佐久間っちの前やとどうしても格好つけずにいられへんのやと思うで」

「私なんかに格好つけてどうすんの?」

「好きな相手に格好つけんの、男の性やからしかたないんちゃう?」

 どこかずれている言葉に苦笑いで応じると、有樹が頬をかく。

「……あ~、やっぱりそれ、久本から見ても事実なんだ?」

「あないはっきり言われたんに疑っとるん?」

「だって、遊木さんってなんていうか……。生々しくない、から?」

「生々しくない、てどないな意味で?」

「ん~。合コンに来てる連中みたいに性欲だだもれてない、というか?」

「……あぁ、まぁ、なんちゅうか、和馬はそないな雰囲気持っとらんからな」

 有樹の身も蓋もないコメントに久本が苦笑いで応じる。

 確かに合コンへ頻繁に参加しているような男はがっついている連中が多い。

 久本自身は情報収集とあちこちにそれとなく貸しを作るために場をセッティングしているだけなので、あまりそういうがっついた男は誘わない。なぜかと言えば、理由は至極単純。女性陣から嫌がられるからだ。女性陣とて恋人探しなのだからそういった部分も意識はしているだろう。けれど、露骨にそれが表に出ているような男は敬遠されるものだ。

「だからまぁ、ある意味対象外なんだろうと思ってたんだけど……。違うみたいで押し倒されかけた」

「ちょっ?! 大丈夫だったん?!」

「未遂だから大丈夫。……けど、部屋に呼ばれて了解したのは早計だったかな」

「あんの馬鹿、何やらかしてくれとんねんっ! 週明け、俺の集計頼む予定やったのに、佐久間っち休むはめになったらどないしてくれんねんっ?!」

「あ~、いつものあれ? 確かにそういう時期だねぇ」

「あとでしめたるっ! 絶対泣いても許したらへんっ! ば和馬めっ!」

 握りこぶしをかためて叫ぶ久本の言葉に、有樹は思わずふき出す。

「ば和馬っ。また面白い事言うねぇ」

 喉の奥で笑いながらのんびりとした感想を聞かされた久本は、一見普段通りに見える態度に安心するべきか、警戒を強めるべきか決めかねて眉間をもむ。

 有樹は内心を隠すのがうまいので、本当にもう平気なのか強がりなのか、判断がつかないのだ。

 佐久間っち、我が道を行くふりして気い遣いすぎなとこあるしなぁ。気いまわらへんのか気遣いの人なんか、ようわからん。

 そんな事を考えて悩んでいる男をよそに、有樹は視線をテーブルに広げた材料に移す。

「ま、制裁は久本に任せるとして、私はこれ作るのに集中しようかな」

「そらかまへんけど、何作っとるん?」

「箱ティッシュの詰め替えケース、かな」

「へぇ? そないなもんも作れるんか」

「……たぶん?」

「実際に作っとるんに、たぶんかいっ?!」

「その場の思い付きで作り始めたから。たぶん問題ないと思うけど、断言はしないでおく」

 思わず全力でつっこみを入れた久本に、有樹はしれっと応じて、作業を始める。

「今始めてもすぐ飯やで?」

「そうだけど、やらないと進まないし今日中に仕上げたいから」

「また急ぎやな」

「遊木さんのだからね」

「ば和馬なんてほっといたらええやん」

「んでも私もすぐ鼻痛くなるから気持ちわかるし」

「あぁ、佐久間っち色白いし見るからに皮膚弱そうやもんな」

 襲われそうになった直後だと言うのに、ごく当たり前に遊木の心配をしている有樹に感心半分あきれ半分、久本が彼女の顔に視線をむける。

 化粧はしていないように見える程の薄化粧なだけに、有樹が四六時中吹き出物に悩まされているのはすぐにわかる。それがイコールで皮膚の弱さに直結するのかまではわからないが、体調を崩すたび――風邪や腰痛での欠勤明け、必ず吹き出物が増えているのを見る限り、体調に直結しているのだけは間違いがない。

 久本を始め、一部の男性職員は有樹の吹き出物の数で体調を推し量っている。顔色がわかればいいのだが、いくら薄くとも化粧は化粧。多少の顔色の悪さなどは隠されてしまってわかるものではない。仕事を頼む時、肌の調子が悪かったら少し納期を延ばして頼まないと断られやすい、という便利なバロメーターでもあるのだ。

 無論、そんな風に観察してると有樹本人に知れたら、対策をされてしまいそうなので、マル秘情報、として密やかに広まっている事など、本人は知るよしもない。

 今日の有樹の肌の状態は昨日と変わらず。良くもないが悪くもない、というところか。

「にしても佐久間っち、優しいんはいいけど、無理はよくないで」

「うん?」

「ば和馬の事や。失態の詫びになんぞおごらせたらええねん。おとがめなしなんて俺が納得いかへん。それに、なんとも思ってないわけやないやろ? やり返せばええやんか」

「たぶん、しばらく遊木さんに対して変なリアクションするだろうから、そのたびへこむんじゃない?」

「そないな程度じゃ手ぬるいて」

「考えるの面倒だし?」

「ぶはっ!」

 おそらく、本気で面倒としか思ってないそのぼやきに久本がふき出す。

「そない面倒に考えんでも、自分ごほうびにいつか買うたろ、思とるもんくらいいくつかあるやろ?」

「……あ~、あるよ? 見た目はかわいいけどお値段かわいくない磁気ネックレスとか、一目ぼれしたけど値段見てあきらめたソーイングボックスとか」

「へぇ? そないかわいいん? 磁気ネックレス言うたら、薬局で売っとるあれやろ? ゴムみたいなん。あんなんかわいくできるん?」

 好奇心丸出し、といった雰囲気で言われ、有樹がスマートフォンを手早く操作してから久本に差し出す。

「へぇ、かわいいやん。佐久間っちに似合いそうなネックレスやな。……確かに値段はあんまりかわいないけど」

 受け取った久本が画面を見ると、細い紐で作ったようなリボンのモチーフに、華奢な鎖がつけられた金色のネックレスが映っていた。どうやら鎖の途中にある丸いパーツに磁石が仕込んであるらしい。首の後ろに集中してるそれは髪や襟に隠れてさほど目立たないだろう。

 確かにデザインはいい。しかし、値段を見ると気軽に買える範囲を越えている。堅実な金銭感覚の持ち主である有樹では、年に一度の自分ごほうびとしてもそう簡単には手を出さないだろう。

 けれど、本命へのプレゼントと考えれば決して高くはない、といえる範囲だ。

「値段かわいくないでしょ? 冬のボーナス次第でなんとかなるかなぁ、ってところなんだけど」

「せやろな。でも、ってわけで、ば和馬、これどないや?」

「いいと思うよ。かわいいし華奢なデザインで、有樹さんにすごく似合いそうだから着けてるところ見てみたいや」

「んじゃ、ぽちっとな」

 いつの間にか久本の後ろからスマートフォンを覗きこんでいる遊木の返事に、購入ボタンが押される。

「お、具合よくログインしとる。あ、これ、噂のソーイングボックスと違う?」

「あぁ、だろうな。ついでに入れちゃえよ」

「ちょっ?! 二人して何勝手にやってますかっ?!」

 突然の事に硬直していた有樹が我にかえってスマートフォンに手を伸ばすが、予想済みだった久本は遊木に手渡して逃れる。

「返してくださいって!」

「あ、このソーイングボックスもいい感じだね。……はい、購入、っと」

「ぎゃあっ?! 何してくださりやがりますかっ?!」

 値段を見てあきらめていた物を次々購入され、有樹が慌てた声をあげるが、遊木は平然としたものだ。

「で、後は、っと」

 言いながらズボンのポケットに入れっぱなしにしていた財布を取り出すと、札を数枚引き抜く。雑に二つ折りにしたそれを有樹のスマートフォンに重ね、持ち主に差し出した。

「端数切り上げでごめんね?」

「はいっ?!」

「もろもろのお礼とお詫びだから気にせず受け取って?」

 笑顔の遊木に言われた事がすぐには頭に入らなかったのか、忙しくまばたきをした。

「……ええと、つまり?」

「有樹さん、普通にプレゼントしようとしても受け取ってくれないからさ。ちょっと変則だけど、俺からプレゼント、って事かな。本当は俺が買って渡せればよかったんだけど、会員制のサイトだし、それだけ欲しいならかぶっちゃう可能性もあるからね。これが一番確実かな、と」

 笑顔で言われ、ようやく意味が頭に入ってきたのか有樹の表情がじわじわと苦笑いに変わっていく。

「……荒技ですねぇ」

「うん、酷いやり方だとは思ってる。だから、どうしても嫌だったらすぐキャンセルして。この場でやれば間に合うよね?」

「というか、どこから打ち合わせた内容なんです?」

「いや、その場ののりだよ?」

「せやな。いくら俺かて、佐久間っちの性格知っとるから事前に頼まれ取ったら断っとるわ。今回のは、ば和馬のやりようが酷すぎやったから示談金ふんだくっただけや」

 すっかりば和馬という呼び方が定着している久本の言葉に、有樹が小さくふき出す。

「ま、そういう事ならありがたく受け取っておきます。……さっきの流れが伏線のための演技だったら本気でつきあい切るところでしたけど」

「そんな怖い事できるわけないからっ!」

 さらりと恐ろしい事を言われた遊木が大慌てで否定すると、久本が遊木の頭をはたく。

「当たり前や。……っとに、ば和馬は何やらかしとんねん。ガキやないんやから、暴走しとんなや」

「悪かったと思ってる。けどさ、俺だって安全な男扱いはちょっとくるものがあるんだよね」

「あ~……。そりゃくるわなぁ……」

「ま、もういいですよ。ネックレスとソーイングボックスでチャラ、って事で。ただし、二度目は無いですからね?」

「やらないやらない。でも、有樹さんも――って、名前呼び嫌だったんだっけ」

「……ん~。まぁいいですよ。思ったより気色悪くは感じないんで、名前でも名字でも別に」

「本当に?」

「はい。ただ、言葉遣いは無理そうなんで、一個ずつ譲歩って事にしません?」

「了解。じゃあ、そういう事で。――でも、有樹さんも一応俺が男だってのは忘れないでおいてね?」

「忘れた事はないですよ。ただ、無理強いはしてこないだろう、とたかをくくってたところはあったので、それは改めておきます」

「そりゃ俺だって無理矢理はしたくないけど、本気で嫌がってるところ見せてくれなくちゃ我に返れない時もあるから。その辺の自衛はお互いのためによろしく」

「次からは実力行使の前に無駄でも派手に抵抗する事にします」

 遊木のどこか困ったセリフに、やはりどこかずれた返事をする有樹。横で聞いていた久本が、このボケカップルはなんなんや……、などと思っていたりする事にはまったく気がついていない。

 自分の非力さに自信がある、と変な断言をする有樹は、無駄な抵抗をせず確実に効果の上がる実力行使だけをする、という非常に危険な側面を持っている。遊木に迫られた時も、のっぴきならなくなるまではおとなしくしておいて油断を誘った方が本気の攻撃を決めやすい、というとんでもない考えから表に出しての抵抗は言葉だけだった、というのもある。

 嫌がって暴れる、という行為が相手の気力をくじく、という発想がないらしいのを悟って、身も蓋もない事を言い出した遊木の発言は、有樹に自衛方法の欠陥を気付かせる事になったのだから、間違っていないのがまたなんとも言い難いところである。

「プレゼント、ありがとうございます。届くの、すごく楽しみです」

 話が一段落したとふんだのか、有樹がはにかんだような笑みを浮かべ、改めて礼の言葉を口にする。

「俺も喜んでもらえて嬉しいよ。……そんな顔見せてくれるんなら、いくらでもプレゼントするのになぁ」

「お金で人を釣るのには感心しませんよ?」

「わかってる、そういう意味じゃないから。有樹さんが喜んでくれるなら何でもしてあげたくなっちゃうなぁ、って意味ね」

「……だからっ! そういうセリフはいりませんからっ?!」

 どこかずれた解釈をした有樹に説明すると、途端に真っ赤になって怒鳴られてしまう。

「うん、そういうところもかわいい。――ま、せっかく温めたところだし、冷める前に食事にしようか?」

 再度怒鳴ろうとする有樹の膝にスマートフォンと札を放った遊木は、さらりと話題を変えて立ち上がる。

「やだもう、なんなのこの人っ」

 ほてった頬を隠そうというのか、テーブルに突っ伏した有樹を見て、久本が苦笑いになる。

「ま、あきらめ。ば和馬やからしかたあらへん」

「……フォローになってないよ」

 ため息混じりにつぶやく有樹が、それでも遊木との付き合いをきらない理由は、本人にすら自覚のない話だった。


お読みいただきありがとうございます♪


来週(1/3)と再来週(1/10)は作者都合で休載とさせていただきます。

ご了承くださいませ。

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