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待ち合わせと買い物。

 待ち合わせ場所に指定した、遊木のマンションに程近い駅の改札前。

 まばらに改札を抜ける人の流れの中に、少し小柄で独特の歩き方をした女性――有樹を見つけた遊木は、ゆっくりと改札に向かって近づいた。

「あっ――えっ……と。こんにちは?」

 自分の姿を認めるなり、目をまたたいて何か言いたげに口を開きかけて、結局無難なあいさつだけ聞かされた遊木は苦笑いで肩をすくめた。

「たぶん、何が言いたいのかは予想がつくから言っていいよ?」

「……ええと、トナカイコスです?」

 リアクションに困っているのがよくわかる、何とも微妙であいまいな笑みと共に告げられた言葉に、こらえる隙すらなくふき出してしまう。確かに鼻が赤くなっている自覚はあるし、今日は茶色のニットを着ているが、まさかそう来るとは思わなかった。

「何もそこまで笑わなくても」

「いや、だって、まさかそんな意見が来るとは思わなかったから」

 怒った様子もあきれた風もない辺り、有樹の方では遊木の反応を予想できたのだろう。笑いをかみ殺しながら応じた遊木に、風邪ですか、と小さく首をかしげて尋ねる。

「風邪って言うか、鼻炎っていうか……。普段は平気なんだけど、体調悪いと時々ハウスダストにやられちゃってね。実家とマンションは綺麗にしてもらってるから大丈夫なんだけど、職場とかがさ」

「体調悪いなら私なんかと会ってないで、寝てた方がいいんじゃないですか?」

 更に首をかしげられ、遊木が小さく笑う。

「俺にとって佐久間さんと会うのは癒しだし、一週間がんばったご褒美なのに取り上げるっていうの?」

「……って、だから心臓に悪いセリフはいりませんって何度っ?!」

「質問に答えただけなのに酷いなぁ」

 途端に真っ赤になった有樹を笑顔でいなすと、それが悔しかったのか、視線を斜め下に逃がしてわずかに唇をとがらせるような気配を見せる。

 こういう所がかわいくてついやっちゃうんだよなぁ、と遊木が考えている事など有樹にわかるはずもない。おそらく、有樹自身自分にこんな風に子供っぽい側面があるなどとは思っていないはずだ。出会った頃にこんな癖は見せなかったので、ある程度気を許した相手にしか出さない面に違いない。

「でも、なんか意外ですね。遊木さんなら高いティッシュ使い放題じゃ?」

「あ~、まぁ家ではそうなんだけど、職場がね。デスクの引き出し、大きなティッシュボックス入れられる程余裕なくて。薄いのって普通のばかりでしょ。しかたなくそれを使うんだけど、一日でこの有り様。痛いし目立つし嫌になるよ」

 ひりつく鼻に触れてため息をつく遊木を見て、有樹が今度は反対側に首をかしげる。

「薄型箱ティッシュサイズのティッシュケースに詰め替えればすむ話じゃ?」

「それも考えたんだけど手頃なのが見つからなくてさ。ああいうのっていかにも女性向けのかわいいのが多くて、職場で使うにはねぇ」

「作ればいいじゃないですか」

「……へ? 作れるの?」

「だって、デスクの引き出しに置いておくだけですよね? 完成度にこだわらなければ、切って貼るだけで作れません?」

「えっ?! そんな簡単な話なのっ?!」

 ずっと悩まされてきた問題をいとも簡単に片付けられ、思わず声をあげると驚いたのか、有樹が目を見開いて硬直する。軽く体が引けている辺り、遊木が思っているより大きな声が出ていたのかもしれない。

「あぁ、ごめん、つい。その、ティッシュケースってそんな簡単に作れるの?」

「作れますよ。こだわればいくらでもこだわれますけど、簡単に作ろうと思えば無料(ただ)で。ちょっとだけ凝ったものでも、えぇと……三百二十四円とティッシュの空き箱があればたぶん」

「まじで?!」

 想定外に安い金額にもう一度声をあげたが、今度は苦笑いでのうなずきが返ってきた。

「ええ。極論、薄型のティッシュの空き箱に詰め替えれば済む話ですし、厚紙にはぎれか包装紙でも貼ったものをティッシュの空き箱に貼り付けてしまえば、簡易ティッシュケースになりますよね?」

「なるほど……って、その材料、三百円でそろうの?」

「百円ショップで全部そろいますから」

「へぇ? ああいう所ってそんなものまで売ってるんだ?」

「あぁ、遊木さんはああいう店に入った事なさそうですもんねぇ」

「残念ながら入った事ないねぇ」

 入った事がある方が不思議だ、とでも言いたげな有樹の言葉をさらりと肯定する。別段行く必然性もないし、遊木自身あまり買い物をする方でもない。基本的に文具とパソコン周りのもの以外を自分で買いに行く、という機会自体が少ないのだ。

 警備の都合を考えると、事前に内部を確認してある店で買い物をするか、頼んでそろえてもらう方がいい。有樹との買い物にしても、使いそうな近辺の店は一通り確認してもらってあるから、その場の流れで店を選んでも大丈夫なだけだ。

 そんな事情を知っている身としては、事前調査の対象外になっているとわかっている店にわざわざ行く必要を感じないだけだ。

 もちろん警備側からは、気にせず目についた店に入ってくれて構わない、下調べの範囲が広がる事など気にするな、と言ってくれているのだが、遊木の方が気になるようで範囲を広げない。

「遊木さんってお店の開拓とかあんまり興味なさそうですもんね」

「ま、目的のものが決まってるなら通販で充分だし、選びたい時は品ぞろえがいい店に行くのが一番だからね」

 どう思われてるのかな、と思いつつ返事をすると、有樹がふと視線を駅ビルの方にむける。

「ついでですし、材料買って行きます? 簡単な作りにすれば今日中に仕上げて、月曜から持っていけますよ」

 有樹が視線をむけているのは、若い世代向けの店が集まっている一角で、確か百円ショップも入っていたはずだ。こんな提案をするという事は作り方を教えてくれるつもりなのだろう。本人は多少の買い物程度は苦にならないというが、足に障害があるのだから、歩き回るのは遊木より疲れると思って間違いない。その上、今日は手芸道具の他に部屋ばきのサンダルまで持ってきているのだから荷物も重たいはすだ。

 それでも遊木の状態と反応を見て、早く欲しいとふんだからか、さらりとこんな申し出をしてくれる。

 彼女にとってはごく当たり前なのだろう気遣いが嬉しい反面、他の誰にでもこうなのだろうと思うと少しばかり悔しい。自分だから特別、と思ってもらえる日が来て欲しい反面、深入りしたらまずい、とも思うのだ。

「本当、佐久間さんってばかわいいなぁ」

 そんな気分もあって、つい、有樹が嫌がるとわかっている言葉を選んでしまった。また真っ赤になるかな、と思っていたのだが、予想に反して有樹は小さく肩をすくめただけだった。

「遊木さんの腐り落ちてる感性はおくとして、買い物はどうします?」

「あれ? 無反応?」

 肩透かしをくらった遊木が思わず本音をもらすと、有樹がいくらか人の悪い、にやり笑い、とでも表現したくなるような笑みを浮かべた。

「私、遊木さんが本心じゃなく口説き文句みたいな事を言う時の癖、気づいちゃいました」

「……え?」

「なので、わざと言っても無駄ですから」

「ちょ、待って、どんな癖?!」

 社交辞令や外交術としての世辞を言っている時に見抜かれてはたまらない。そう簡単に直せるものでもないだろうが、知っているのといないのとでは大違いだ。

 慌てて尋ねると、有樹は笑顔で唇に人差し指をあてる。

「内緒、です」

 言葉にあわせて片目をつぶって見せられ、思考が止まる。芝居っ気の強い仕草のなのに作った感はなく、けれど自然にやっているのではなく遊木をからかっているのだとわかる。いたずらっぽいきらめきを宿した目を見ればそんな事は一目瞭然なのだが、それでも受け流せなかった。

 彼女がこんな事をする茶目っ気を持ち合わせているとは思っていなかったのもある。けれど何より、子供っぽくなるはずのその仕草に強く異性を感じさせられたから、頭ではわかっていたが、有樹が女性なのだという事実を突きつけられた感がある。

 遊木にとって、女性とは異性であるのを武器に自分を介して親の財産を狙ってよってくる存在であり、一定以上に踏み込ませなければそれなりに関係を楽しめる。それだけの相手だ。

 有樹はそもそも遊木の背景に興味を示さないので、どこか男友達の延長線上に見ていたのだと、不意に思い知らされてしまった。

 例え、そう思っていても惹き付けられたというのに、こんな事を自覚してしまってはこれまで以上に有樹を意識してしまう。

「……あー。うん、ティッシュケースは作り方教えてもらいたい、かな」

 頬がほてるのを自覚していたが、下手に触れるとややこしくなる話題は流す事にしてそう言うと、有樹は気づかなかったのか触れない事にしたのか、あっさりとうなずく。

「じゃあ、行きましょうか」

「荷物、いいかな? 嫌じゃなかったら預からせて?」

 有樹はそのまま歩き出そうとしたが、遊木はひき止めるように声をかける。普段より重い荷物を持たせたまま自分の――それも予定外の買い物に付き合わせるのは気が引けた。けれど、鞄には財布やスマートフォンも入っている。よほど親しければだが、人に預けるのには抵抗があるかもしれない。

 そう考えて引きぎみに提案すると、有樹が首をかしげた。

「重たいですよ?」

「重たいからこそ、預からせて欲しいな。今日はいつもより遠くまで出てきてもらったし、買い物する予定じゃなかったろ? それにエスコートする立場なんだから荷物持ちぐらいは、ね?」

 足の障害を口にするのは避けてそう言うと、有樹が柔らかく笑う。

「それじゃあ、お願いします。あ、でも、スマホだけは自分で持っておきますね」

 スマートフォンを取り出して上着のポケットにしまった後、鞄を肩からすべらせ、遊木にさし出す。

 さし出された方は予想外にあっさりと荷物を預けられた事に、いくらか面食らいながらも受け取ると肩にかける。

「自分で言っといてなんだけど、財布とか預けるの不安じゃない?」

「私の財布に入っている程度の金額と遊木さんの社会的立場、どっちが重要だと思います?」

 非常にコメントしづらい事実をさらりと指摘され、遊木が苦笑いになる。確かに金銭に困る、という事がない立場の彼にすれば、有樹が財布に入れているだろう金額のために危険をおかす必要などない。しかし、それを真っ先に指摘されるのはいくらか不本意でもある。

「それ、危険をおかす価値があれば持ち逃げする、って思われてるって事?」

「では、次回は何か持ち逃げしたくなるものを入れておきます?」

「……いや、そういう問題じゃなくてね?」

 歩き出しながらの会話はなんともかみあわない。別段天然だというのでもないはずだが、どうにも予想の斜め上な事が多いな、とあいまいな反応を返すと、有樹がくすくす笑う。

「だって、遊木さん、親切で言ってくれただけでしょう? なのにわざわざ露悪的な事を言うから」

 ついからかいました、と返され、これには思わずふき出した。

「酷いなぁ」

「色々理屈をつければいくらでも理屈っぽく言えるんですけどね。結局のところ、遊木さんは妙な事はしない、って私が勝手に思ってるだけの話ですよ」

 さらりと告げられた言葉に言葉につまる。さすがに少しばかり照れた色をのぞかせているものの、有樹は特別な事を言った風情ではない。つまり、こうして信用してると相手に告げる事は彼女にとってさほど特別な事ではないのだろう。

「……本当、俺、佐久間さん好きだなぁ」

 何の駆け引きもなく口に乗せられた信頼の言葉がくすぐったく、それ以上に嬉しくて自然ゆるんだ表情で言うと、有樹の頬に朱が走る。

「だからどうしてそう……っ?!」

「あ、ごめん。わざとじゃないよ?」

 直前の言葉通り、遊木の言葉が本心からのものだと聞きわけたに違いない有樹の反応に慌てて謝ると、小さなため息が返ってくる。

「遊木さんといると予備の心臓が欲しくなってきますよ……」

「ごめんごめん。ええと、ほら、なんて言うか……。つい?」

「つい、で人の寿命縮めないでください」

 盛大なため息をつきながらも、声音は言葉程怒っていない。むしろ、照れ隠しにすねてみせている様な雰囲気だ。それがまたかわいいのだが、口に出してしまったらまたどなられてしまう。

「ごめんね? 本当に気をつけるから」

「まぁ、とりあえず買い物すませましょうか」

「だね」

 この会話を続けてもあまりいい事はないと思ったか、有樹は微苦笑で謝罪をいれると視線をむかう先に動かした。ありがたくそれに乗った遊木が歩き出すと、ごく自然に有樹が隣に並ぶ。最初の頃は遊木より少し下がり気味の位置を選ぶ事の多かった有樹が、いつの間にかしっかり隣にいるのも小さな変化だ。

 服や化粧品のフロアを素通りして、目当ての店にたどり着くと、確かに手芸用品のコーナーやラッピング用品を扱う一角があった。そこでまず包装紙とはぎれを見て、遊木の好みに合う物を探す。

 包装紙を物色していた時、遊木がふと手を止める。風景写真がスクラップ風にデザインされた一枚が目にとまったのだ。

「それ、気に入りました?」

「そうだね、結構好みかも」

「ちょっと見せてもらっていいですか?」

 隣でぼんやりと棚をながめていた有樹は遊木の選んだ一枚を受け取ると、サイズや紙質を確認する。

「大きさも大丈夫ですし、具合よく少し撥水性のある丈夫な紙なので問題ないと思いますよ」

「じゃあこれにしよ」

「素材はそれにするとして……。ごめんなさい、ちょっと計算違いが」

「うん?」

 何やら眉を下げた有樹の言葉に軽く首をかしげて先をうながす。

「厚紙と包装紙と接着剤があれば、と思ってたんですけど、考えてみたら開け閉めするんですから、口とめておかないと不便ですよね?」

「あ~、何気なく持ったらこぼれた、とか困るもんね」

 言われてみればもっともな指摘にうなずく。確かに、詰め替えるのにも開口部は必要だが、それ以外の時はきっちり止まっていないと余計なアクシデントを呼ぶ事になる。

「はい。なので、口をとめる細工が必要だったな、と」

「だねぇ。……どうすればいいんだろ?」

「箱自体にベルトをかけてしまうか、ボタンとループをつけるか、マジックテープでとめるか、あたりがいいかな、と」

「あ、なるほど。……って、方法思いついたなら問題ないんじゃ?」

「でも、予算オーバーしますよ?」

 何も問題ないだろう、と思ったところに、申し訳なさそうに言われ、意味が脳に達した瞬間ふき出した。

「ちょっ?! 何を急にっ?!」

 有樹が声を上げているのが聞こえるが、棚にすがりついて笑っている遊木は返事どころではない。涙が浮かぶ頃になってようやくおさまり始めた笑いをかみ殺しつつ有樹に向き直る。

「あのさ、さっき、お金に困ってない、って話になったばっかりだよね? なんでそこで、そんな深刻に百円二百円の誤差を心配するの?」

 あぁおかしかった、とにじんだ涙を指でぬぐいながら言うと、有樹が、だって、といくらか不機嫌な声を出した。

「額が小さくても予算オーバーには違いないですから。自分のお金ならその位誤差ですんでも人のお金なんだからそうはいきません」

 どうやらお金にはきっちりとしているらしい有樹の言い分に、遊木が笑みの種類を変える。それまでは意表を突かれたおかしさに笑っていただけだが、今度は彼女のまっすぐさが心地よくて自然と浮かんだものだ。

 彼女にとって、相手の出せる上限金額と、自分で提示した予算内でおさめられるかどうかは別の問題なのだ。ならば、先にそれを提示しておくべきだったのかも知れない。

「そっか、そう言われればそうだね。でも、俺、普通にティッシュケース買うつもりだったから、五千円までは予算と思ってたから。それ超えない限り問題ないよ。使い勝手と作りやすさを兼ねあわせるとどの方法がお勧め?」

「そうですね……。作りやすさでは、ベルトかけるのが簡単だと思いますけど、元がそれ程強度のあるものじゃないですし。スナック菓子の箱みたいに閉じられるようにするのは作る手間の面でいまいちお勧めしにくいんですよね」

「うん」

 考え考え説明してくれる言葉を聞きながら、遊木は短く相づちをうつ。あまり余計な意見をはさまない方が考えがまとまるだろう、と思っての事だ。

「見た目の好みも関係していくるんですけど、ボタンとループをつけるか、箱にリボンか紐を接着して、結わく形がいいかな、と思います」

「結わくんだと、間違って引っ張ってほどけてたのに気付かなくてぎゃあ、ってなりそうだからボタンがいいかな」

「じゃあ、ボタンとループ用の紐かリボン、という事であと二百円程……」

「了解。色々考えてくれてありがとう。全然問題ない金額だから気にしないで?」

 まだ申し訳なさそうにしている有樹を見ていると、おずおずとおねだりに来る姪と重なってなんともほほえましい。

 つい、姪にするように頭をなでようとしかけた手をなんとかごまかし、有樹の手から包装紙を引き取った。

 その後、他の材料をそろえ、ついでだからと昼食の買い出しをすませてから遊木のマンションにむかう。

 その間、有樹の鞄はずっと遊木の肩だ。買った物もすべて遊木が持ったので、途中有樹は自分で持つ、と言い出した。けれど、遊木にはさほど気にならない重さなので、ティッシュケースのお礼、という事で押しきったのである。

「荷物、ありがとうございました。その鞄、恥ずかしくなかったです?」

「ん? 一人で歩いてる時だと少し恥ずかしいかもね。でも、彼女の荷物持ってあげてるだけ、って一目瞭然だからね」

 マンションについて荷物を置き始めてからの質問に、遊木はあっさりと返す。確かに預かっている鞄はパステルグリーンのトートバッグで、男が持つデザインではない。けれど、二人で歩いていれば有樹の物だとすぐわかる。気にする必要もない事だ。

「そんなに気にしないでいいよ? このくらい仕事道具に比べればはるかに軽いし、それ以前に女性といるのに自分は手ぶらで荷物持たせっぱなしにする方が俺の精神衛生上よろしくない」

 最後のくだりをいくらか冗談めかすと、有樹の様子を横目でうかがう。流れでなんとなく使った、彼女、という言葉をどう受け取ったのか気になったのだ。はたからはそんな風に見えるだろうが、有樹がどう思っているかはまた別だ。

 好きだとは言ったものの、その後のつきあい方は完全に手芸仲間でしかない。心臓に悪いと言われる事はあるが、どこまで本気で意識してもらえているかは怪しい。狙ったわけではないが、反応を見たいと思ってしまうのもしかたがないだろう。

 そんな風に考えながらうかがった遊木だったが、有樹は苦笑いで肩をすくめる。

「いつまでその冗談ひっぱるんですか?」

「冗談って……」

 そのあまりにもな返答に遊木は肩を落としてしまう。意識されていない以前にまさか冗談と思われていたのは情けなさすぎた。

「俺、本当に佐久間さんの事好きなんだけどなぁ」

 ついぼやくと、有樹が不思議そうに目をまたたいた。

「だって、遊木さん、私と本気で恋愛するつもりないですよね?」

 断定調に言われ、反応し損ねた遊木の目が思わず有樹を見つめる。確かに、彼女に対して本気にならないようにセーブしていたのは事実だが、それに気付かれていたとは思ってもみなかった。

「どうしてそう思う、の?」

「どうって……。なんというか、好意を持たれている感じはしますけど、でも、発情してるようには見えない、というか?」

「っ?!」

 予想外にも程がある言葉に目を白黒させる遊木を尻目に、有樹が小さく笑う。

「由佳さんに連れ回されて散々合コンに参加した結果、男の人が女に好意的な時って、主に三通りあるとわかったんですよ。性格的な部分が好ましい場合、背景が利益をもたらす場合、それと体に興味がある場合。遊木さんを見てると、私の性格とか、手芸を教わりたいっていう打算的な部分はわかるんですけど、三つめに関してはまったく感じないので、その方面での興味はないんだろうな、と。政略ならともかく、それ抜きで恋愛する程枯れてる年でも性格でもないだろうと思ったので、私は対象外だと判断しました」

 淡々と説明する有樹の声を聞きながら、遊木はこめかみをもむ。確かに男が異性に向ける好意の種類を大別すればそんなところだろうし、目の前にいる相手にむけている感情の大半は彼女の性格に対するもので、性的な意味で意識した事があるかと言われたら微妙な所――という事にしておきたい。少なくとも、有樹自身の前でそんな感情をのぞかせた事はないはずだ。

「……てかさ、俺だって一応健康なこの年の男なんだからまったくそういう事考えない訳なじゃないんだけど」

 さりとて、安全な男、として完全に信用されてしまうのもしゃくな話である。そんな心理もあってつい、苦った声を出してしまった。

「ちびで小太りでおうとつなしな相手にその気になる方が心配ですが?」

「そういう問題っ?!」

 さらりと返された言葉にかみつく勢いで反応してから、盛大なため息をつく。

「確かに佐久間さんははやりの美人って雰囲気じゃないけどさ。でも、それはいくら何でも自己評価低すぎ」

 言及しにくい話題だが、有樹の言葉が気にかかった遊木はひとまずそう切り返した。

 確かに有樹は小柄だし痩せているわけでもない。けれど、おそらくBMIは標準圏内だろう。だいたい、単純に体重だけを問題にしても意味がないというのを遊木はよく知っている。なぜなら、雑誌やテレビに出てくるモデルの大半は、見た目から想像する以上に体重がある。そもそも、あの細さで不健康に見えないのは、細い中にぎっしり筋肉がつまっている、鍛えられた体だからだ。そして筋肉は脂肪よりも重い。つまり、体脂肪率を落とし筋肉を鍛えて細くした体は、一般人のそれより当然のごとく重い。

 おそらく経歴からしてあまり運動をしていないだろう有樹は筋肉が少ないと仮定すると、見た目の印象よりも多少軽い計算になるだろう。そしてそんな理由を差し引いたとしても、有樹は別に太ってはいないはずだ。やせ型を偏重する昨今の風潮だから小太りといわれる、程度の話だろう。

 あまり体のラインが目立たない服ばかり着ているが、おうとつなしというのもあり得ない。彼女がよくやる、腰に手をあてて軽くのびをする仕草は、背中から腰、そしてその下までのラインを浮き上がらせる。有樹はスカートではなくパンツスタイルばかりなので余計だ。

 もう少し危機感持たないと危ないんじゃないか、などとつい余計な心配をしたくなった遊木だが、不意に意味深な笑みを口元に浮かべる。

「というか、人がせっかくそういうの意識しないようにがんばってるんだから、藪をつついたら駄目だよ?」

「……え?」

お読みいただきありがとうございます♪

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