07:笹道の入学式、後編
ブックマークありがとうございます。
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今から入学式が始まるらしい。なんとなく緊張してきた……。
右隣にちっちゃくて綺麗な女の子が座っているからかもしれないけど。
目が合ってニコッとされた。小動物みたいで無邪気な笑みがまぶしい。冷たい体育館の寒さが和らいだような気がした。
この子も同じ2組なんだよなぁ。……同じ2組といえば、一紙という男子。
いったい、何を企んでいるんだろうな……。目を付けられたのが気のせいならいいんだけど、あれ程の悪役フェイスを向けられた僕が何もされないとは思えない。せめて利用されないように、気をつけないと。
「はい、皆さんご入学おめでとうございます。福余高校の校長をやってます田軒です。在校生にはたぬきと呼ばれていますね。えーと、悪いことはあんましないでね。ーー以上です」
考え事をしていたら、校長先生の話が始まって終わってしまった。って、雑談試験の先生だ! 中学の校長は話が長かったので短いのは嬉しい。ただなんだろう……肌寒さが増したような?
その後さっきぶりの会長さんの挨拶でたぬき校長先生がやっちまったのかも、と思い至った。美人な会長さんの登場に周りの新入生が驚いていた。一足先に知っていた優越感よりも、一紙の事といい、校長先生の事といい、お疲れ様ですという気持ちが胸に湧いた。
入学式の最後、担任教師の発表があって、1年2組は大貝先生という朝に声をかけてくれた先生が担任になった。朝からお世話になったし、あの先生ならあの一紙も悪いことがしにくいかもしれない。大貝先生が担任になって良かった。
そういえば、僕自身が一紙を直接見たのは朝だけだな。会話したことも無いし、万に一ついいやつという事も……ないだろうなぁ……。
教室に移動して席に着いた。今日からここで青春時代を過ごすのだなぁと、教室を見回すと、廊下側の前から二番目に黒いオーラの男子がいた。……朝去って行った時より影が濃くなっているような……。
怪しい笑顔で何か考えているようだ、どうせ悪いことなのだろう。不安だ。
大貝先生が黒板の前に立ち、男らしく名前を書いていく。
「はじめまして。今日から君たちの担任になった大貝 武夫だ。よろしく!」
よろしくお願いします! 一紙はどうだろうと、チラッと一紙の方を向く。
こわっ……いつも通り怪しい笑顔ではあったが、目の奥が全く笑っていない。まるで先生をどう貶めようか企んでいるように見える。考え過ぎだろうか……。
先生の自己紹介が終わり、次は僕たちの番になった。名前と趣味ぐらいいでいいというのは気が楽だ。趣味……趣味……。思いつかないな、ありませんはアレだし……いっそ中学の頃のあだ名『さとうきび』とかネタにしようかな。いや、呼ばれたら嫌だし無難に読書かな。
「お、二分経ったから始めるぞ。1番の相沢からよろしく!」
少し緊張気味の相沢さんの自己紹介が終わり、次は彼だ。
教室に静寂が広がる中、緊張せずに不気味な笑顔で立ち上がる。
「私の名前は一紙 氷野です。趣味で料理をやっています。あと、見た目で誤解しないでほしいです。よろしくお願いします」
一瞬目が合った……もう諦めよう、覚えられてるみたいだ。
しかし、普通に料理をするようには見えないし……。ひょっとして、一紙の中で料理というのは悪い計画を行う事なのではないだろうか。レシピや道具の用意、下ごしらえに調理など、たしかに計画の流れと変わらないしな。
見た目で誤解しないでほしいというのは、甘く見てくれるなということだろうし、最後によろしくお願いしますと、念を押した以上、余計なことをすると料理されてしまうのだろう。僕程度サラダを作るくらいの気軽さに違いない。……せめて里芋の煮っころがしくらいは粘りたいものだ。
その後は普通に自己紹介が進んだ。ただ、一紙がメモ帳に熱心にクラスメイトの事をメモしているのが恐ろしい。おそらく、使えそうな人間を見極めているのだろう。
さて、僕の前に座る小柄な、女の子と呼びたくなるような女子の番になった。彼女は一紙のあの自己紹介の時にニコニコと拍手をしていたし、体育館では目が合った僕に笑い返してくれた。きっと純粋な人なのだろう。
「酒花 楓です。趣味は散歩です。よろしくお願いします」
しっかり者の中学1年生を見ているような気分になる。クラスの空気も和んだ。っと、次は僕だ。
「笹道 冬喜です。趣味は読書です。これからよろしく」
自己紹介は終わり、対面式の為もう一度体育館に向かうらしい。
僕はクラスメイトの男子、木内 葉と話しながら歩いていた。
「っ! 笹道見ろあれ」
いきなりなんだろう?木内くんの視線の先には……って!
「一紙と酒花さん?!」
「そういえば、下駄箱で酒花さんが一紙に『ごめんなさい』連呼してたな……」
「え、ひょっとして脅されてるのかな……」
「助けてやりたいが、どうにもな……」
危険な男と純粋な少女、明らかにマズイ。
僕は、怖くて近付けない自分が悔しかった。
次は主人公に戻ります。
勘違い視点は矛盾が不安ですね。