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たまにはボランティアなんて

作者: フラクト

「起きろ、兄貴!」

 弟の第一声と共に、部屋の扉が壊れる勢いで開いた。そして、俺はそのあまりの轟音に目を覚ました。

「今日は河川敷の掃除の日だ。早く着替えて掃除に行くぞ。先に広場に行ってるから後で来いよ」

 そう、矢継ぎ早に物を言い終えると嵐の様に去って行った。ベッドに転がっている目覚まし時計を見てみれば、時計の針は長針と短針が寄り添うように真下を差していた。

「高校に登校する時間よりも早いじゃねぇかよ……」

 曜日にして今日は日曜日。

 世の高校生は一週間の勉強疲れを癒すために未だ枕に頭を埋めて疲れを取っているにも関わらず、何が悲しくて貴重な睡眠時間を削ってゴミ拾いに駆り出されなきゃ行けないのか。

 朝の睡眠欲求は人間の三大欲求にも勝る。故に、俺はこのまま眠気に身をまかせる。これは、人間の本来の本能である。まだ、脳は活動していないためすぐに眠れるだろう。このまま眠気に身をまかせ大いに日曜日の特権を味わおうではないか。

「あっ、ちなみに今日来なかったら兄貴の秘密がばら撒かれる事になるから。それじゃ、行ってきます」

 最後に不吉な言葉を残して弟は去って行った。そして、その秘密とやらに自分は目星がついて青ざめた。青ざめた結果、完全に目が覚めてしまった。そうなってしまった限りには仕方が無い。その秘密がばら撒かれる事は何が何でも阻止しなければならない懸案事項だ。これは弟に屈した訳ではない。己を守るために必要な事だと言い聞かせる。

「気は進まないけど、着替えますか」

 そして、俺は適当なT-シャツとズボンを見繕って、食パン一枚を袋から取り出して、咀嚼しながら玄関の扉を開けた。

 焼きもせず、何も塗っていない食パンは少し味気ない。やはり、何か適当な物でも付けてくれば良かっただろうか。しかし、集合場所に遅れて行ったりでもしたら弟の面倒くさいお小言を聞くになる。それも億劫だ。それにしても、毎日毎日よくもあんなに張り切って疲れないものだ。

 そんな事を僅かに考えながら、下ボタンを押してエレベーターを待った。それにしても、今の時間にエレベーターが動いている事に感嘆した。今現在、エレベーターは上の階を目指して稼働していた。家の弟以外にもこんな早朝からボランティアに行こうと考える人間がいるのだ。素直に尊敬したくなる。

 エレベーターが俺のいる階で止まった。中には自分より少し下に見える女の子が一人居た。その女の子が欠伸をしている所でエレベーターの扉が開いた。

 その女の子と目と目が合うと、女の子は俯いてしまった。欠伸を見られたことが少し恥ずかしかったみたいだった。しかし、律儀に開くボタンを押してくれている当たり優しい女の子なのだろう。女の子のコロコロ変わる挙動が面白くてエレベーターに入る事を忘れてしまっていた。

 俺は慌ててエレベーターに駆け込むと彼女は静電気に触れたかのように少し飛び上がっていた。まだ、夏なのでそんな時期ではないはずだ。もしかしたら他の事が原因なのかもしれないが。

 エレベーターに入ると女の子は俯いて顔をこちらに見せないようにしていた。もしかして嫌われているのだろうか、さっきのエレベーターに入る前に少し笑ってしまったのが勘に触ったのかもしれない。反省しなくてはいけない。

 俺は少し謝罪の念を女の子に送りながら、せっかくなので話し掛けてみることにした。もちろん、他意はない。

「これから河川敷掃除に行くの?」

 女の子は驚いたようにこちらを向くと、慌てて元の方を向いた。どちらかと言うと、嫌うというより恥ずかしいという感情なのだろうか。どうなのだろうか。

「は、はい」

「そうなんだ。ってことは朝は得意……」

 いや、欠伸をしていたから得意と言う事は

「ではないです」

 そうだよね。眠いよね。それが健全だと思います。

「ということは親とかに無理やり行かせられたのかな。それだったら俺と同じなんだけど、俺の弟目覚めが良いもんだから、決まって俺を便利に使いやがる」

「い、いえ、そんな事はないですよ。祐次郎君はお兄さんの事尊敬してるんですから!祐次郎君と喋ってるとお兄さんの話が良く出てくるんですから!」

 女の子は今まで俯いていた事が嘘のように熱心にこちらに話し掛けて来た。

「あれ、祐次郎を知ってるんだ」

 その言葉で女の子は慌て始めた。

「えええええと、それは……」

 次の言葉が紡がれようとしたその瞬間『1階です』という無機質なアナウンスが流れた。

「も、もう一階に着いたので。そ、それじゃ!」

 女の子は逃げるかのように、駆けて行った。行く場所は変わらないけれど、それは言っても仕方のない話だ。

 俺は軽い足取りで広場に向かった。


 広場にはすでに何十人かが花壇などに腰掛けて集合を待っていた。皆さん、朝早いのにお疲れ様です。

「それではそろそろ清掃を行っていこうと思います」

 各々がいるだいたい真ん中辺りで地区長さんが声を掛けていた。

「まだ、ごみ袋を持ってらっしゃらない人はいませんか。いらっしゃいましたら、こちらに袋を取りに来てください」

 降りて来たばかりでまだ何も持ってなかったので素直に取りに行くことにした。そういえば、先程の女の子は見掛けないのだけれど、どこに行ったのだろうか。もしかしたら、すでに清掃に行っているのだろうか。熱心なものだ。

「他にごみ袋を持ってない方はいませんか。それではいないようですので、清掃を始めていきたいと思います」

 これから、始まるみたいだ。未だに欠伸は出ている、しかしせっかく来たのだからやろうではないか。

 意気込みを改め、とりあえずごみ袋を限界までごみを集めようと思ったところで、地区長からの説明が入った。

「まず、掃除して頂きたいのはこの河川敷になります。ここから見える右手の橋から、反対側に見える二つ目の橋までが今回清掃して頂く範囲になります。可能な限りで構いません。一つでも多くのゴミを拾って綺麗にしましょう」

 思いのほか範囲が広かった。端から端まで行こうと思ったら歩いて30分弱は掛かるのではないだろうか。それを屈んでゴミを拾うとなると骨である。

 その上、不意に目線を河川敷の方へ目を向けると朝早くにも関わらず走っている人はいるもので、その中で飲み物を飲んでいた人が空になったのかペットボトルを放り投げていた。思わずため息が出るものだ。

 腹の虫が騒ぎ立てている。掃除をしようとする人達がいる所でやる行為ではないと言えよう。ゴミはゴミ箱に捨てて欲しい物だ。そうすれば、こんなゴミ拾い等の面倒臭い事などやらなくて済むようになるというのに。

「それでは、最後に10時にはここへ戻ってくるようにお願いします。ゴミの方はこちらの方で回収しますので、ここへ戻ってきたら一か所に集める様にお願いします。それじゃ、皆さん清掃をお願いします」

 そうして長い説明は終わり、清掃が開始されたのだった。


 まずは西へ向かった。とりあえずの目的地は清掃範囲の最終地点の二つ目の橋だ。その途中に見掛けたゴミは拾って進んでいく。そういった形でゴミ拾いを行っていく。

 やるからにはやる。しかし、そこまで躍起になってやる程ではない。見付けたら拾っていくそれだけである。

 自分は適度な速さで歩いていた。速くもなけば、それ程遅くはない。しかしながら、それは周りの人も同じ事で各々が適当に歩き回りながらゴミを集めていた。ただ、皆ゴミは見付け次第取って行くため、自分のゴミ袋の中にはゴミがほとんど入っていなかった。

 朝の早い時間から叩き起こされた。けれど、ゴミを集める事が出来ず、無意味に終わりを迎えてしまうだなんて事は勘弁だった。だから、俺は出来るだけ人の通る事が無さそうな部分を歩く。そのため、自分が現在歩いている所は河川敷に入る前の道路だった。

 流石に、朝の早い時間で休日という事もあり、車が通る事はほとんどなかった。しかし、道路に面しているだけあって、空き缶などのポイ捨ては掃いて捨てる程にあった。

 空き缶などを捨てる人によって、迷惑をする人がいるという事を考えないのだろうか。自分本位が過ぎるというものだ。少しは考えて欲しい。というより、ポイ捨てしたら罰として十個以上ゴミを拾う様な条約でも出来れば、いつまでも綺麗なままの状態で清掃活動などといった事もせずに済むのに。などと思いながら、ゴミを集めているといつの間にかゴミ袋の中身は丁度半分くらいの量が集まっていた。

 その状況に、ゴミを集めていくという愉悦を感じると同時に道端にゴミが多く捨てられている事に苛立ちを感じられずにはいられなかった。

「まったく、ゴミくらいちゃんと捨てろよな」

 ぼやきながら、歩みを進めていくと少し奥の方で二つの人影が見えた。ゴミ袋を持っている様にみえるから、おそらく今回の清掃活動に参加している人達だろう。けれど、積極的に話に行く必要もない。通り縋る事があれば挨拶をすれば良いだろう。

 しかし、ここまで歩いた来た道では車以外がまず通る事がなかったため、人と話したいという欲求が出てきたのだろう。少しばかり俺は挨拶する事を楽しみにしていた。

 ゴミを拾いつつ歩みを進めていく。その間もやはり気になってしまい、目線が人影の方に度々向いていた。そこで、多くの空き缶やペットボトルが捨てられている場所を発見した。

 ため息が出て来る。辺りに散らばるゴミの量は今日一番と言っても言い程だろう。そこで渋々とゴミを拾い集めた。

 ゴミを拾い集め終わってから、人影がいた方に目を向けるといつの間にか2つの人影は消えていた。どこかに移動してしまったのだろう。しかしそれは当然の事だろう。誰が好き好んで同じ場所に滞在するというのだろうか。

 ただ、気持ちは少し沈んでしまう。そういえば、清掃にも範囲があった事と時間の事も忘れていた事に気付いた。

 空を見ると、太陽が清掃始める前よりも高い位置に来ていた。流石にまだ、清掃を始めてまだそれほど時間が経ったわけではないだろうが、時間が経ったこともまた事実だろう。それに、ゴミ袋の中身もすでに八分目に達していた。おそらく、このまま拾い続けても限界が来るだろう。

 俺の目線の先には河川敷に昇る道が出来ていたため、河川敷を歩く事を決めた。


 河川敷に上ってもゴミ袋を手にする人は少なかった。もうすでに、ほとんどの人が退散しているのかもしれない。下で時間を掛け過ぎたのかもしれない。

 それに、目的地にしていた左方向にあった二つ目の橋の間近にまで来ていた。そこまで、歩いている事に俺は全然気付いてなかった。もしかしたら、すでに時間はとても進んでいるのかもしれない。となれば、もうやる事は決まっていた。

「戻ろう」

 そう、口から零すと元来た方向へ歩みを進めた。

 そして、歩き出す途中で見知った顔を見た。そこにはエレベーターで偶然出会った女の子が何やら重い雰囲気を漂わせながら落ちている空き缶などをせっせと袋に入れていた。

 その女の子の袋の中身を見てみると、はち切れそうな程の大きなゴミ袋を手にしていた。そんなにゴミを集めなければいけない物だっただろうか。

 少しの間、女の子の事を見ていると顔から涙が流れているように見えた。そこで、思わず俺はその女の子の元へ向かった。俺には誰かが泣いているのに放っておくことが出来なかった。

「どうかしたの?」

 俺は努めて明るい声で女の子の元へ向かった。

「い、いえなんでもありません。ちょっと今日残念なこと……」

 女の子がこちらに顔を向けながら紡いでいた言葉が俺の顔を見た所でピタリと突然止まった。女の子は驚愕の面持ちでこちらを見ていた。

「ご、ごめんびっくりさせちゃったかな?」

「そ、そんなことないです!す、すいませんこちらこそ驚く様な事をしてしまって!」

 女の子の顔が凄い勢いで赤くなっていた。もしかしたら、エレベーターに乗っていた時の事を思い出してしまったのだろうか。それだと、とても申し訳ない気持ちで一杯になるところだ。けれど、出来ればその話をぶり返さない形で行こう。もしも、それが女の子のつっかえになっているのであれば即座に謝る事にしよう。

「泣いてたみたいだけど、大丈夫なの?何かあった?」

「い、いえ、何もないですよ。何もないから悲しかったというかなんというか、い、いえ、何でもないです。な、なので、心配しなくても大丈夫です!」

 女の子は身振り手振りが大きくなって、話をする度に目を回す様に喋っていた。もしかしたら、男の子と喋るのが苦手なのかもしれない。それだったら、女の子から離れた方が解決するかもしれない。

「それじ……」

「あ、あの!そういえば、先程までどちらにいらっしゃったんですか」

 女の子は挙動はすでにとても大きい物になっていたが、しかし女の子の目は確かに真剣だった。

「ああ、さっきまで河川敷の外の道路の方でゴミを拾ってたんだよ。そこがあまりにゴミが多かったもんだからついついね」

「ああ、だからか……」

 女の子は僕にギリギリ聞こえるか聞こえないか程の微かな声で呟いた。

「あ、あの!」

「うん?」

「時間もすでに九時前ですし、一緒に戻りませんか!」

 女の子の言葉よりも時間の事に驚いた。まさかすでに二時間程も進んでいたとは思わなかった。やはり、何か物事に集中している時は時間が経つのが速い。

「いいよ。それじゃ一緒に戻ろうか」

「は、はい!」

 そういって、女の子の隣に立って一緒に歩こうとした瞬間に女の子は俺の方に倒れてきた。

 慌てて、俺は女の子の事を受け止めて顔を見てみると、林檎の様に顔が真っ赤になっていた。やっぱり男の子は苦手なのだろうか。しかし、それ以前に考えなければならない事があった。

 女の子どうしよう。

「おーい、大丈夫かー」

 声を掛けても返答は無しだった。気になって、顔を覗き込むと目を閉じていた。

 焦りが徐々に高まって行く中でふと女の子の胸は穏やかに上下している事に気付いた。という事は、何かの発作が出た訳ではい様だ。

 一先ず女の子が無事そうである事を安堵すると新たな問題が浮上した。

「この子……どうしよう?」

 ぼそっと呟いた言葉であったが、この場で一番欲しい答えであった。しかし、迷っているだけでは答えなんて出る事は無いのだ。ならば、やる事は決まっていた。


 俺はおもむろに彼女を背にやると負ぶって帰りの道を歩いた。目指す先は女の子を横にするためのベンチだ。そして、そのベンチはこの河川敷を歩いた先にあったと記憶していた。

 ゴミ袋は背負ってきた道の片隅に置いてきた。もちろん、そのまま放置せずに後で回収しに行くつもりだ。

 しばらく、女の子を背負って歩いていた。流石に、人を背に乗せて歩くと思う様に進まなかった。

 その所為だろうか。顔は地面を向いており、視線は僅か二〇メートル足らずしか見ていなかった。そう、俺は前方から弾丸の様なスピードで人影が大きくなって来ている事に気付いていなかったのだ。

 そして、自分の目線に丁度その影が入った所で、俺は顔を上げた途端の事だった。

「彩ねーを離せ!」

 前方から近づいてきた女の子は走ってきた勢いを拳に乗せて俺の鳩尾にめり込ませていた。

 俺は僅かな呻き声を上げた後、地面に膝を付けた。唯一幸いだったのは、前のめりに倒れなかった事だった。倒れてしまったら、背にした女の子が危険だったかもしれない。ただ、横になって絶叫したくなる程に痛い。それに、視界もぼやけている。

「思い知ったか、この変態野郎!彩ねー今すぐ逃げるからね」

 女の子は再び俺に蹴りを浴びせると、背負っていた女の子が引き離そうとし来ていた。

「早く、彩ねーを離せ!」

 俺が背負っている女の子を離そうとしないからかまた女の子は俺にまた蹴りを浴びせてきた。その蹴りは鳩尾に入り、俺は思わず苦悶の音を上げた。徐々に背負っている女の子に回している力も弱まって来ていた。蹴られた痛みで声が出せず、弁解ができない。

 体は徐々に前のめりに倒れていく。すでに俺の体は痛みで限界を超え始めていた。

「女の子だけでもなんとかしないと」

 俺は最後の気力を振り絞り、女の子を地面に降ろし、その直後地面に倒れた。

 意識はあるものの、痛みが体に響き起き上がれそうにはなかった。

「彩ねー、今すぐ安全な所に運んであげるからね」

 俺を蹴った女の子は彩ねーと呼ばれた女の子を背負おうとしていた。しかし、如何せん身長が違い過ぎた。

 俺を蹴った女の子が彩ねーと呼ばれた女の子を背負った時点でフラフラしていた。そして、俺を蹴った女の子が立ち上がった瞬間に女の子は後ろ向きに倒れかけた。

 あっ、という声が聞こえた。

 すでに俺の体は痛みから解放されていた。

 俺は即座に立ち上がり、後ろに倒れかけていた女の子を支えてやった。

「大丈夫?」

「な、何をするんですか。離してください!」

「けど、それじゃ倒れちゃうよ」

「いいから、離してどっか行ってください!」

 蹴りを放った女の子がそう言った。倒れかけそうになった女の子にまかせるのは怖い気もしたが、この場を離れる事にした。

「分かったよ、それじゃこの手を離すから。気を付けてね」

 そうして、俺は倒れそうになっていた女の子の背から手を離した。

「それじゃ、ごめんだけど宜しくね」

 俺は置いてきていたゴミ袋を取りに戻る為に来た道を戻ろうとした。その瞬間。

「ま、待って」

 俺は思わず立ち止まり、顔を振り向いた。

「彩ねー運ぶの手伝って」

 声の主はすでに体を震わせ、息は荒く乱れ、目からは涙が浮かんでいた。

 俺は女の子の元へと戻り、まだ意識の戻らない女の子を再び背負った。


「そろそろ、警戒解いてくれないかな」

「嫌です!意識の無い女の子を背負っている人なんて怪しいに決まっています!」

「それは、この子がいきなり倒れたからで……」

「この子じゃなくて私のおねーちゃんです!」

 既に何度となく続く口論は終わりが見えない堂々巡りの口論に思わずため息が出てしまう。何度も隣の女の子の様子を窺ってはいるが、一向に警戒心を解いてはくれそうにはなかった。そんな事をしている所為か、時節視線が合うと敵対心を向き出しして犬の様に威嚇ををしている。

 一向に進展が無い上に女の子にいつまでも警戒心されるという状況に流石に限界を迎えた自分は違うアプローチを試みる事にした。

「君はどうしてこのボランティアに参加したの?」

 突然違う話題を出してしまった所為か女の子は酷く困惑していた。

「答えたくないんだったら、話さなくても良いよ」

 この状況の僅かな好転を望んだ一縷の希望だったのだが、流石に口を開いてくれないかと気を落とす直前だった。

「……彩ねーに起こされたんです」

 女の子は虫の囁く様な声でぽつりと口を開いた。自分で言うのも何ではあるが、警戒心むき出しな相手の質問に対して返事を返してくれるという事は真面目な少女なんだろうと感じた。

「元々、ゴミ拾いには出るつもりだったんです。ただ、まだ太陽も出てないのに大声で私を叩き起こしたんです。そして、声の大きさといったら雷が落ちたのかと思う程の声だったんですよ!」

 いつの間にか、女の子の声は怒気をはらんでいた。

「そんな大声の所為で耳は痛くなるし、起きてみたら彩ねーは眠っちゃってるし!その上、ゴミ拾いしたら知らない男の背中で気絶してるし!もう、今日はなんなんですか!!」

 徐々に大きくなっていた声は最後には、目覚まし時計のアラームかと感じる程までに大きくなっていた。そして、俺は叩き起こされるという状況に既視感を覚えた。

「それじゃ、俺も同じ感じだな」

「えっ、どういう事ですか」

「いや、俺も弟に叩き起こされてこのボランティアに参加させられたからさ。とはいっても、君みたいにボランティアに参加なんてする気は元々はなかったけどさ」

「それじゃもしかしたら似た者同士なのかもしれませんね」

 女の子の表情を覗き見すると、僅かに表情が和らいでいる様にみえた。そんな、視線に女の子は気付くと慌て、取り繕う様にして警戒心を高めてしまった。

「っていうか、誰がボランティアに参加しても自由でしょう!そんなの聞いてどうするつもりだったんですか!」

 また、先程の状況に逆戻りしてしまった。状況を良くするつもりが逆に悪くなってしまったかもしれない。

「それに、君ってなんですか!失礼ですよ!」

「だって、君の名前知らないし……」

「だったら聞けばいいじゃないですか!」

「敵対心むき出しの子には流石に聞けないよ」

「むー」

 その言葉には同感したみたいだった。そして、女の子は一つ頷いてみせると、徐に彼女は名乗り出た。

「私は久瀬千夏です。それであなたは?」

「俺は富木幸太郎」

「あれ?富木って苗字何処かで聞いたことがある気がする……」

「ああ、もしかして裕次郎の事知ってるのかな?この近くの中学校に通ってるからもしかしたら会った事がるのかもしれないかなー」

 その時、千夏は急に立ち止まった。

「もしかして、今生徒会長をしている富木裕次郎ですか……?」

「生徒会長かどうかは知らないけど、文風中だったら多分久瀬ちゃんの考えてる富木裕次郎で合ってると思うよ」

「嘘じゃ、ないんですね」

「こんな事で嘘ついたって仕方ないじゃないか」

 俺がそう答えると、千夏の警戒心は嵐が過ぎ去った後の様に無くなっていた。


「酷い事してごめんなさい」

 千夏は顔を伏せていた。先程まで意識のない少女に何を行うか分からない危険人物であると思っていた人が、実は界隈では有名な人物の兄であった。そんな人が悪い事をする様には到底思う事が出来ず、それが千夏を自責の念に追いやる結果になってしまった。

「あのさ、誤解が解けたなら気にしないかさ。そんなに落ち込まないで」

「け、けどですね」

「それにあくまで弟が有名なだけであってさ。俺はこの彩ねー?、に不埒な事をしない人間だっていう証拠はないんだからさ」

「するんですか?」

「しないけどさ」

 その受け答えで、千夏はまた気を重く負ってしまったらしい。誤解が解けた事は嬉しいが、この重苦しい雰囲気の中で人を背負って歩くのは足が重くなる。ならば、やる事は決まっていた。

「そういえば、俺が背負ってる彩ねーの名前知らないな」

 話を逸らす事。それが、落ち込んでいる相手には気を使わずに済むから良い方法に思えた。

「さっきから、彩ねーって言ってるじゃないですか?」

 千夏は首を傾げて答えた。

「いや、俺はこの子が彩ねーって事しか知らなくて、本名は知らないよ」

「ああ、そうなんですか?彩ねーの名前は彩華って言うんです」

「そうなんだ。俺が名前を聞く前に彩華ちゃん倒れちゃったから」

 それに、千夏は少し吹き出した。

「彩ねーは男の人苦手ですからね。それに慌てちゃったんでしょうね」

「へぇー、そうなんだ。けど、久瀬ちゃんも彩華ちゃんと似てるよね」

「そ、そんなことないです!どこが私と彩ねーが一緒だって言うんですか!」

 心底侵害であると彼女の顔は赤い顔をして否定をしていた。

「そういう所だよ。顔真っ赤だよ」

 千夏は顔をさっきよりも真っ赤にして頬を膨らませていた。そんな、姿にやはり彩華と似ていると俺は思わず首を縦に振っていた。そして、そんな千夏の事を見ていると思わず悪戯心に火が付いてしまった。

「久瀬ちゃんも真っ赤になって倒れないでね」

「もう!酷いですよ!」

 千夏は俺にそっぽを向いた。しかし、その甲斐があってか千夏は羞恥で先程までの自責の念はどこかへ行ってしまったみたいだった。それにしても、からかう度に顔が多彩に変化する千夏を見ているのは飽きなかった。そうしていると、不意に千夏の右の頬を上げた事に気付いた。何か嫌な予感がした。

「それにしても幸太郎さん。なんで彩ねーの事は下の名前で呼ぶのに、私の事は苗字で呼ぶんですか」

 次に慌てるのは自分の番になった。そして、千夏はしたり顔でこちらを見つめていた。

「そ、そんなの、女の子を下の名前で呼ぶのは恥ずかしいからに決まってるだろう!」

 あくまで、虚勢を張りつつ答えた。しかし、言ってることは虚勢を張った意味さえも瓦解してしまう程の単純な理由だった。そして、もちろん、そんなことを見逃す少女ではなかった。

「つまり、彼女ができたことがないって訳ですね!」

 千夏は勝ち誇った顔でこちらの急所を突いてきた。思わず、足の力が抜けてしまい転びかけてしまった。

「大丈夫ですか?」

「ははは、この歳になっても女の子と出掛けた事もないなんて恥ずかしすぎるよなー」

 既に俺の目は死んでいた。

「そんなことないですよ。それに彼女作ったら良いじゃないですか」

「事はそんなに簡単ではないから彼女ができないんだよ」

「ただ単に告白する勇気がないだけじゃん」

 ボソリと呟く千夏の声はハッキリと俺の耳に届いてしまった。気付きたくはない現実を突き付けられてしまった。そう、それは彼女ができた事のない虚勢を張った男の気付いてはいけない現実だった。

「けど、俺はまだ彼女を作れる程の器を……」

「そんなの待ってたら、彼女作る前に死んでますよ」

 すでに俺の生きる気力は地に落ちていた。なぜだろうか。悲しいのに涙さえも出てはくれなかった。まさか、自分よりも年下の少女の言葉によって辛くなるとは考えてもいなかった。

「彼女なんてものはまず作ってから考えればいいんです」

 精根尽き果てた俺に千夏は言葉を投げかけてきた。

「事前準備をしている暇があったら、今すぐ告白して彼女にできたら楽しませるために一生懸命に努力すればいいんです。彼女ができて嬉しいのだったら自然にそういう事だってできるはずなんですから」

 その言葉が、自分の骨身にしみていくのを感じた。そして、立ち直れそうだと思ったそんな時だった。

「まぁ、女の子の名前も呼べない男なんてもちろん論外ですけどね!」

 俺は河に飛び込むことを決意した。

「ごめん、彩華ちゃんの事頼んだ」

「ちょ、ちょっと!」

 即座に行動しようとする俺に千夏は慌てた。そして、徐に腰を下ろして彩華を降ろそうとした時に、千夏が深呼吸をしてから口を開いた。

「だから、ですね!今ここに丁度良い実験体がいるじゃないですか。私を名前で呼んで慣れていけばいいじゃないですか」

 その言葉に、思わず徐々に下がっていく腰を止めてしまった。そして、悲壮感を漂わせながら千夏の方を向いた。

「けど……」

「心配は無用です!私は特に気にしません!」

「久瀬ちゃん小さいからさ……」

「怒りますよ?」

 千夏が拳を作り始めていた。千夏の視線は俺の背にしている彩華には目もくれず、鳩尾に狙い定めていた。もしも、ここでそんなものを食らった暁には大惨事確定だった。

「分かった!分かったよ!千夏ちゃん」

「分かれば宜しいのです!」

 千夏は満足げに平坦な胸を逸らせていた。女の子に面と向かって下の名前で呼ぶのはこそばゆい上に恥ずかしい事極まりないが、仕方がないだろう。

「それにしても、起きないなー。彩華ちゃん。早く起きてくれると助かるんだけどな」

「彩ねーは一回倒れると当分は起きませんよ」

「そっか、それじゃ、家まで送っていくしかないかー。まだまだ、道のりは長そうだなー」

「もう結構近くまで来てますよ、ほら」

 いつの間にか、マンションの近くまで来ていた。おそらく、歩きながら話していたのと自然と頭が下に向いてしまう所為で気付かなかったのだろう。

「それじゃ、もう少しだ」

「御手数をお掛けします」

 そうして、二人してため息をついて、そして同時に笑った。

「案外、ボランティアも悪くはないもんだな」

「こんなに重い荷物を持たされてるのにですか」

「女の子を背負う機会なんてないから役得だと考える事にするよ」

「酔狂ですね」

「酷い事言うなー」

 そして、二人でくつくつと笑い合う。

「それじゃ、次のボランティアも一緒に出ましょうよ」

「いや、今回でボランティアは疲れたから当分先でいいや」

「もう!」

「嘘だよ、これからはできるだけ参加してみようかなとは思うよ。今日みたいな事がまた起きらない様であればね」

「ははは……、ご迷惑をお掛けします」

「それにしても、この後どうしようかなー」

「何もやる事決めてないんですか?晴れてるのに何もしないのはもったいないですよ」

「とは言っても、今日はこれで疲れて何もする気が起きない気がするよ」

「だったら、今日のお礼って事で私と一緒に出掛けてくれませんか」

「それに付いていくと俺が奢らされそうな気がして嫌だなー」

「そんなあくまで恩人にたかる様な事はしませんよ」

「もしも、恩人じゃなかったらたかる気満々だって言われてる様で嫌なんだけど、分かったよ。それじゃ、今日はこの後はお願いするよ。まぁその前に、置いてきたゴミ袋回収しないといけなきゃだけどね」

 その言葉に顔を引きつらせていた。

「それはおいておきませんか?」

「ダメです。こっちに持ってきましょう。それをしてから、だよ」

 そんな他愛の無い話を繰り返しているうちにマンション前に辿り着いていた。

「一階はソファー置いているのでそこに彩ねー降ろして貰っても良いですよ。私介抱しておきますし」

「いいや、ちゃんと送り届けるよ。それに、ゴミを取りに戻りたくないっていう魂胆はすでにお見通しだから諦めなさい」

「勘違いされるかもしれませんよ?」

「男に二言はないよ」

「分かりました」

 千夏は嬉しそうに微笑んでいた。

「それでは、最後までお願いします」

「了解」

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