ブスはしゃべんな
高校2年生。これから夏休み!
なんと念願の!彼氏ができました!吉沢美和と申します!
「うんっ!分かった!それじゃ待ってるねっ」
今年の夏から毎日が楽しくなる予感がするっ。夏祭りだって彼と行けるでしょう?それに休みの日とかデートするでしょう?
「っああ~楽し「ッバコーン」っいった!なにすんの!?」
突然なにかから頭を叩かれて後ろを振り向くと、忘れていた存在がひとつ。
「…なにすんのじゃねーよ、ブス」
幼馴染みの結生がいた。さらさらの黒髪に、鋭い目元を見ると怖いけど、それでも顔は整っているし身長も高いから絶賛モテ中の男だ。まぁ、保育園の頃からなんら変わりないけどね。
「うるっさいなー。何の用?それと、ブスは余計だから。」
奴の胸元までしかない所から睨んでやると、やはり睨みかえされた。
「帰り道でうるさい声出すなって言ってんだよ。めんどくせぇ女」
嫌味しか言わないこんな奴がどうしてモテるんだろう。
私の彼の方がかっこいいし。ふわふわの髪で、柔らかい笑顔が常だし、まず雰囲気がほわほわしてて…ああ、会いたい。
「…クソふざけんなよ」
結生が後ろで舌打ちしているのも気づかす、私は彼の事を考えていた。
***
昨日の終業式後の放課後にさかのぼる。
その日友人伝てで教室に残ることを言われた私は、なんだろうと思いながらも自分の席についていたのだけれど、突然現れた誰か知らない男子が入ってきたので警戒したことを覚えている。でもその人はすぐに緊張した面持ちで私の方に来ると、
「…ま、前から吉沢さんの事が好きでした!…付き合ってくれませんかっ!」
そう言った。初めての告白で、何がなんだかわかんなくなったけど、ギュッと握り締めた拳や、一生懸命なその姿勢に好感を持ってしまったのですぐにOKしてしまった。
すぐにハッとしたけど、後悔はしてない。だって、彼が好き。
「それじゃあね、結生。」
家の前で手を振ると、結生はすぐに不快な顔をした。
「しゃべんなブス」
性格ブスじゃない分、良しとしてください。
私は、切に願う。
***
お母さんに着付けてもらった浴衣で外を出る。朝顔柄の浴衣にニヤニヤしながら一人、神社を目指すこと数分、なんと先に彼が待っていた!
「美和ちゃん可愛い」
開口一番そう微笑んできた彼に、顔が熱くなるのがわかる。制服姿しか見たことないのは一緒だけど、ラフな格好なあなたも。
「…そっ、そっちこそかっこいいよ…」
早速どもってしまった私に、彼はありがとうなんて優しく言うと、手を差し出してきた。
「…え?」
「手、繋ごう?」
びっくりして動かない私に、すっと手を伸ばしてきて、なんとこ、恋人つなぎをしてきた!
「美和ちゃんやっぱり可愛いな。ねぇ、どこ行きたい?」
可愛い2発目きましたー!!
心臓がドクドクうるさい。や、う、マジでやばいぞ。この音、聞こえちゃうんじゃないかな。
「っかき氷食べよう。うん、かき氷!」
焦りつつもそう言うと、彼は笑った。
「うん、いいよ」
なんだか、ホッとする。
結生と大違いだ。ブスだなんだと言う奴には一生彼女なんか出来まい。
かき氷を食べ終わる頃、だんだん暗くなってきた夜空を見上げた彼は、花火が良く見れる場所に移動しようかなんて話してきた。
「っあ、の、その前にいいかな?手洗い行っても」
ちょっぴりしてきたメイクが気になってそう言うと、優しく微笑んだ彼は頷いてくれた。
やっぱり、乙女だからね。暗くてもなんでも直さなきゃ。
トイレに入り、鏡を見る。
良かった。汗かいてたから、崩れたんじゃないかって心配してたけど。よし。大丈夫だ。
1人待っている彼の元へ行こうとトイレから出る、と。
「…え?全然平気。…アハハッだって、美和ちゃんウブすぎなんだって。…ああ、もうすぐ来そうだし、切るな。じゃ、」
……………。
…え?なにそれ。
「…」
なに、これ。
私が来たのに気づいたのか、彼は微笑んだ。
「行こう。美和ちゃん、花火見よ」
世界から、色が抜けていく。
初めて人を好きになった。
初めて、告白を受けた。
初めて、初めて…。
彼に一歩ずつ近づきながら、いっぱいいっぱい気持ちが溢れてきて。
「っもうアンタなんか知らないっっ!!」
びっくりした顔の彼は頬に手を添えているけれど、パチンッと頬を打った自分の手の方がジンジンいたんだ。
下駄で歩きにくかったのに、走り出す私はなんて馬鹿なんだろうとか。
せっかくお母さんに着付けてもらった浴衣なのにぐちゃぐちゃに乱れてしまったって後悔してるのは誰のせいだとか。
「…っくっ」
ボロボロに泣きながら、人目のないところまで走ってく。
っとたん、
「っいっ!」
「…っ!」
ぶつかってしまった。
「っご、ごめんなさ「あれ、ブスじゃん」」
え?
顔をあげると、びっくりした顔の結生がいた。
「…お前その顔!!」
「…っ」
勢い良く引っ張られて連れてこられたのは、誰もいない大きな木の下だった。
「…何があったんだよ。」
いつもの、苛立ちを含んだ声で、結生はそう聞いてきた。
なんだか、今まで浮かれていた全てが恥ずかしくて、口を開く気にもならない。でも、きっと友達と来てたんだろう結生は何も言わずに私を助けてくれた。
「…っ…騙されて、たの。…彼にっ…ほんとは…私、なんて好きじゃなかったんだ…」
演技されてたなんて。こんなにも鈍くて簡単な人だったんだなんて。
自分の事、こんな風に知りたくなかった。
「…だから、言ったじゃん」
結生は、私の目の前に来て、私の頬を両手ではさみ顔をあげさせた。
涙でメイクもボロボロな顔なのに、結生は馬鹿にしないでふっと笑った。
「……」
すとん…と、結生に抱きしめられたのが一瞬分からなかった。気づくと硬い胸が、目の前にある。
「っ…ゆ、ゆう」
「ブスはしゃべんなって」
耳元で言われたその言葉は、悪口でしかないのにいつもよりも断然優しかった。
「…あのさ、」
微かに聞こえる、結生の声。
「…なに?」
大分落ち着いてきた、自分の声はやっぱりまだ涙声だった。
「…今言っても信用できないのかも知れないけどさ、」
体をはなされ、恥ずかしそうにそういう結生の顔に今更ながら抱きしめられた事実が襲いかかってきて、体が火照ってく私を見て、結生は呟いた。
「…俺、お前が好き…。…かも」
「…は?」
散々ブスだって言い続けている相手からの告白に、どうしたらいいのか分からず立ちすくんでしまった私は、別に悪くないと思う。
「…」
無言のままの私たちの間で鳴り響いた花火を、一生忘れはしない。
***
新学期を待つ夏休み、学校に補習を受けに行くと女子から値踏みされるような突き刺す視線を受けに受けてしまった。傷心な私にどうしろと言うんだと考えながらも補習を終え、帰り道を歩いていると結生から電話。
「…もしもし?」
「あのさ、ケーキ買ってきてくんない?」
「え?」
「俺ん家に寄ってからお前ん家行くからな。」
わざわざ自分家通り越して結生の家?
「は?」
「じゃ、よろしくー」
プツッと切れた電話を、眺める。
この人、私に告白してきた人だよね。どういう心の持ち主なんだろう。幼馴染みなのに、分からなくなってしまった。
私は、知らなかった。
一夜で学校中に私と結生が付き合っていることを広め、ケーキ持参で私の両親に挨拶しようという外堀から埋めていく奴の魂胆を。