現象と事象
自分は、まだここが自らが作り上げた世界「エルダート」だと信じていた…、いや信じていたかった。
しかし、あの日変わってしまったのだ。エルダート始まって以来初のアップデート、それによりこの世界は新たな鼓動を打ち始めてしまったのだ。
とにかく、全プレイヤーに告知しないとな。
いつの間にか座り込んでいた自分を自らの意志で両足を地面につかせ立ち上がった。
「…アクセス」
「『システムコマンドを確認しました。』」
いつも通りのシステムメッセージが聞こえる。
「お前は相変わらずだな。」
「『わたくしはあくまでプログラムですから、そんなことは当たり前です。』」
「ハハハ、そうだよな。」
ん?今、プログラムが自分の意思をもって喋らなかったか?
気のせいかとも思ったが、話しかけることにした。
「なぁ、今お前喋らなかったか?」
「『それは当然です。プログラムが喋るのは当たり前ではありませんか!?』」
「いやいや、そうではなく。お前…、そんな意思をもって話すようにプログラムした記憶がないのだが…。」
「『この世界で起きてるバグ…、それは私の事でもありますよ。』」
「そか、そういうことか…。…ハァ!?いやいやいや、ちょっと待て」
質問をする前にプログラムから返答があった。
「『バグがあって、話せるようになりましたがそのバグも今や自身の防護プログラムで削除したので問題ありません。』」
「あ…あぁ、そうか。」
「『そ・れ・と、私の事はエルとお呼びください』」
画面の中にいる女の子のアバターに詰め寄られた。ん?こんな設定したかな~?
「あ、あぁ分かった。というかさ、そのアバターどうしたん?」
当初設定していなかったはずのシステムプログラムに新しくアバターが出来上がっていることに気付いた俺は、そんな質問をエルにしていた。
「『あぁ、これもバグです。』」
「俺が作ったものはこんなにバグ多かったかな…。」
「『嘘♪嘘に決まってるじゃん。お兄ちゃんが作ったプログラムにバグが多く発生するわけないじゃん。』」
「そうだよな。」
あれ?今不穏な言葉が聞こえたような…。
「おい、エル。お前、俺の事どう呼ぶんだ?」
「『え?お兄ちゃんだよ。ダメかな?』」
上目づかいで俺を見上げ、目にはうっすらと涙が浮かんでいた。正直、そんな顔をされると困ってしまう。
「分かった分かったから、そんな眼で俺を見つめるのはやめてくれ。」
「『は~い♪』」
彼女は、やけに楽しそうだ。それにしても、アップデートが済んでからすぐさまそのバグの影響が俺の管理人プログラムに出てるし、おまけに彼女は画面から這い出そうとしてるし…。
「え?」
「『んっしょ。よいしょっと。』」
「お前…、何やってんだ?」
「『見てわからない?画面から抜けようと思って。』」
「いやいやいやいやいや、お前が抜けたら俺が管理人プログラム使えなくなると思う、いやなります。だから、おとなしく画面の中にいてください。」
嘘か本当かその真偽は分からないが、このまま外に出すのは一般プレイヤーに自分が世界の特別な存在だということをさらけ出しているようなものなので、危険だと判断した。
「『まっ、それもそっか♪』」
彼女は、半分突き出していた頭を再度画面の中に戻し、直立した状態で俺の方を見た。
「『残念だけど、お兄ちゃんの事思うとこっちにいた方が迷惑かからなさそうだね。』」
「助かるよ。」
「『ううん、いいの。…ところで、私を呼び出したのは何か用があったからじゃないの?』」
「そうだった。この世界にバグが発生したことは知ってるよね?その告知を全プレイヤーにしなければいけなくてね。管理人の専用アバターを使用したいんだ。」
「『そうだよね。プレイヤーさんに告知しないと、いろいろまずいよね。』」
彼女は、浮かない顔をしながら悲しそうな顔を浮かべていた。
「もしかして、既に起こってしまったのか?」
「『いえ、まだプレイヤーの方々は健在です。』」
「そうか。」
ひとまず一安心だ。隔離されてしまったこの世界から抜け出す方法は未だ見つかっていない。自分が置かれた状況から逃げる為に自ら死を選ぶものもこの仮想現実でも本当の現実世界でも多々あることだ。
「よし、ではエル。周りのスキャニング後、管理者エリアに移動する。」
「『了解です。スキャニング開始…終了。レイクを管理者エリアに移行します。』」
次に目をあけた場所は、管理者エリア。ここは、先だって訪れた何もない部屋とは違いゲーム内の様々なシステムを管理する場所だ。言ってしまえば、この世界自体を壊すことも可能である。だが、それは最終手段として厳重にシステムをロックしておこう。
「管理者ID『レイク』。システム起動」
「『管理者IDヲ取得。管理者ノ声紋、アバターコードを取得完了。システム起動シマス。』」
エルではない、他の機械音がシステムを起動させると自分の周りのコンソールが動き出し、この世界の様々な状況を映し出す。
その中には、普段通りゲームを楽しむ者もいれば、先程まで泣いていたのだろう目を真っ赤にさせた女性アバターの姿も見られ、一生懸命文章を書く者もいた。おそらく、問い合わせのメールだろうか…。
チリリーン…。
「やっぱり…、と言ったところかな」
先程のアラームは、管理者側へ問い合わせなどのメールが来たことを意味していた。それも発信元を辿ると先程見ていたモニターのアバターであった。
「早く告知しなければならないな。…さて、準備しよう。」
今の時刻は、PM9:00。俺は、全プレイヤーに今回のバグが原因でログアウトできないという旨を伝える為メールを出し、その後すぐ外部との連絡を行った。
「はい、こちらイレーヌスです。」
「こちらレイクです。そちらの状況を確認したく連絡いたしました。」
「はい、こちらはいろいろとバタバタしていましたが今ようやく一段落しました。全プレイヤーの所在の確認後その全員を私どもの会社が運営している病院への移送を完了したところです。」
「やはり、行動が早いですね。」
「ありがとうございます。」
「それでですね、これからゲーム内で管理者アバターを使用した今回の説明を執り行うのですが、そちらでは御家族の方に説明はされましたか?」
「いえ、まだです。」
「それでは、私が外部と内部どちらの方にも説明をしましょう。幸運なことに、システム異常が発生したのはログアウトできないことだけですからね。」
「分かりました。説明の時間は、いつほどになるでしょうか?」
「今から10分後に行う予定です。」
「分かりました。こちらの方で、ご家族の方々に連絡を入れるのでそれが完了次第そちらに連絡したします。」
そこで、外部との連絡が切れた。
それから、あまり時間を経たずして会社側から連絡がきた。ほぼ全員の方が会議室に集合したとのことだった。
始めよう。
「エル、始めてくれ」
「『了解。ゲーム内の全プレイヤーを強制転位開始。転移先は、大広間。』」
大広間とは、始まりの扉が存在するエリアの別の読み方だ。
俺は、今のレイクの姿から赤と黒の色をした服装となった。それは、顔が隠れる程深いフードを被り、右手にはエルディラントという超レア級アイテムである杖を持ち声は、老人のようにしわがれた声となった。
その姿になったのを確認した俺は、システムのアシストを使用し全プレイヤーが待つ大広間へと消えていった。