理不尽。
限りなく事実に近いフィクションです。
読後感は悪いなんてものじゃないと思います。
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語り手は旭井のつもりで書いていました。
同僚が、壊れた。
他校から異動してきたばかり、まだ校内の右も左も判らない状態で、けれど他の異動者と同じように、皆にあれこれ訊きつつ子どもと向き合っていた人が、壊れた。
その学年は前年度からなかなか大変で、たとえ大ベテランとはいえ異動してきたばかりの職員を充てるのはどうかと内心思っていた。
蓋を開けたら、案の定。他ふたりのうち、ひとりはクラス内の子どもを纏めるのに必死で、もうひとりは自分のことで精一杯。色んなことが重なって、こちらも充分な手助けを出来ないでいたところに、管理職がとどめを刺した。
学年最初の参観懇談会。保護者の集まる前で、同僚が隣に座った管理職に何を云われたか――それは此処では語らないでおく。
ただ、あまりの衝撃に言葉も出なかった、と。後に同業でもある同僚の身内が教えてくれた。
ここから先は、その身内が語ったことだ。
毎晩のように鳴り響く、自宅の電話。時刻は午後九時を回っていたという。
受話器から漏れるくらいの罵声を浴びせかけられるうちに、同僚はどんどんやせ細っていった。体重は異動前の半分以下まで落ちたという。
同僚は耐えきれなくなって、管理職に休みを取りたいと告げた。管理職は一言「無理だ」と答えたという。
あの年は確かに酷かった。実は埋めようのない欠員が出、更に別の職員が先に療休に入っていた。だからといって同僚の休みたいという願い出を蹴ることなど、管理職としてあってはならないことだが、管理職はそれをしてしまった。
してしまったが故に、同僚は壊れたのだ――
一年遅れて同僚は療休を取ったが、時既に遅し。
心の病は同僚を深く苛み、身内曰く『精神的に殺された』状態に。以前を知る人が涙を浮かべて抱きつく程に、面変わりだけでなく人が変わってしまった。
結局、定年退職を迎える年も不遇だった。
管理職には担任をするか辞めるかの二択を迫られ、けれど受け持った学年には同僚が強く希望したクラスを持たない専科がついた。それも、育休明けだからと最初の年に自分のことで精一杯、それどころかストレスを与える側に回った職員が。
(これは知らなかった。知っていたら何かしらの手を打てたやも知れない。こちらの浅慮が悔やまれる)
同僚は頑張っていた。頑張っていたけれど――今までの仕打ちに、心と躰がもう耐えられる状態ではなかった。
3月、学年末。同僚と共に片付けの為にやってきた身内の表情は厳しかった。すれ違う職員全てを断罪するような目で強く強く、見据えてきた。
その隣で、異動してきた頃と様相のまるで変わった同僚の姿を目にすると――項垂れるしか、なかった。
このようなことは、昨今何処の教育現場でも起こっているだろう。職員自身が、自分の発した言葉にどんな力があるか、判っていない者が増えてきたように思う。
いつか、それが当たり前になってしまったとき――今度は自分が壊されるのだろう。あの同僚のように。




