2章 洞窟
異時空のオブラート金粉羽。
白き腕はふわと総べる止まり木。
ちろちろ。
ちろ。
ちちろ。
ちろ。
ペチカ、やさしい子守り歌。
おか・さま‥。
………
ね、おかあさま‥なの?
仄かな瞳のゆらめきが、想い出の焦点をさがす。
たんぽぽの黄いろ。
ひとつ、ふたつ、みっつ、花あつめ。
きらめく小川の笛は、ピヨロロ。
………
/こびとのダンスは、らったった♪
/うさぎのダンスも、らったった♪
………
カエルにヘビにミミズにクモ。
蟻の巣にうでをつっこんでは、だめよ。
泥んこの少女。
………
だいすきだった、おかあさまの手のぬくもり。
つなげば、いつでもワガママなお姫さまになれた。
…………
おねえさま、おにいさま。
美しい神々の投影。
憧れだった。
…………
わたしだけチガッタ。
末っ子のおちびちゃんだけが、妖精の体質。
背中のちいさな金いろの羽で鬼ごっこのズルをして、叱られた。
でも、なぜかくすぐったく嬉しかった。
ちろちろ。
ちろ。
ちちろ。
ちろ。
ペチカ、やさしい子守り歌。
「リ‥‥リ‥リンドゥ‥‥。」
子どもの頃の記憶が、三つの焚き火に影絵のように薄ぼんやりと揺れる。岩肌、ごつごつとした黒味の強い茶、玄武岩質の。ここは洞窟なのだろう。パチパチという音の反響。静寂に弾けてはブドウ色の小夜に沈殿してゆく。
/赤く燃える火。/裂けて炎る火。/燻され埋む火。
凍夜に小さな春のうとうとを呼ぶ、温もり。薪の横で、隆々と火の番をする影もこっくり、と。彼は、巨獣人という人間だ。銀色のしなやかな毛並み、むくむくしい狼のようにも見えるが、貌つきの柔和さは揺りかごを覗き込む人のよう。背中には翼を折りたたんでいる。
まだ目を開けきれず、ふたたび眠りへ。
「イ…リ…。」
夢を見ながら、長く焚き火のそばで眠っていたのだろうか。どこか遠くさ迷っていた魂は元の居場所にすっかり寛ぎ、感覚も指先にくっつていた。イリヤ、と名を懐かしく呼ぶと、巨獣人イリヤは弾かれた弦のように体を震わせたあと、安堵で潤んだ目をマヌケな欠伸のせいにして幾度もこすった。そして‘赤く燃える火’にかけられていた薬缶から煎じ薬らしきものをコップに注ぐと飲むようにすすめた。
「助けに‥来‥たの‥。」
コップを受け取ると、一口こくり。呼吸を拡げるハッカの香り。唇を染めてゆく血紅色。‘裂けて炎る火’がパチーンと踊る。巨獣人イリヤは‘燻され埋む火’のなかから子どもの拳大の黒い塊を掻きだすと、半分に割り食べるようにすすめた。
「こんなに弱って…危ういところでしたよ、さ、噛み締めて。」
すすめられた黒い塊は、白老樹の実だった。妖精のカガヤク精気を熾す、魔法の実。桃の食感だがとても甘くベリーのような味がする。今までも衰弱すると決まってイリヤの手から口に入れてもらえた。巨獣人イリヤは医者で、虚弱なくせにお転婆なリンドゥを子どもの頃から診てきたのだ。
「あま‥い‥。」
たちまち身体が宙にくるりと踊った。ふわり、波うつ薄やかな金粉羽。広やかな羽ばたき。洞窟に放たれる虹色のオーラ。
「おゝ、うつくしき妖精、リンドゥ。」
王女さまは、天空の王宮へ
父と母のぬくもり
・・・・・・・< 翼の風 >・・・・・・・