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1章 霧界

 さらえよさらえ、たまごとさらえ。

 イデア存分の根っこまで。



 東の茫野を風のように漂った。紅い糸の残像だけに恋しさをすがる旅路。村外れの雑木林/小高い丘/曲りくねった小川/丸太橋/鈍く光る原野/見渡す限りの冬枯れ野。つと見上げれば雁の群れが高い、点点点と灰白の空に翳んでゆく。地平線が耀々《あかあか》と光り、ひどく曖昧な徽線が其処へと向かう。集落の間を繋いでいるのだろうか。色を落としたポプラが縦の線を描く。渇いた風景。過ぎた村々が意識に白く交差し、欠片となった声が遣る瀬なくフラッシュし横切る―――あちこちのこそっとした噂話や、井戸端のたあいのないお喋り。幾日もの間くまなく摘み上げてはみたものの。

 (そったらイカシタ男を見たならこのアタシが放っておくもんかね。)

 (このあたりの若いモンはみんな出稼ぎにいっちまってるさね。)

 (まんず他所を当たってみるこった。)

 愛しい尋ね人の行方につながる糸を手繰り寄せることはできず、今はもう暗紫な沈滞ほかなかった。


 「あゝ。」

 林檎色の唇から微かな口音がつと漏れ落ちる。村はずれのひと筋の道。突然、景色が薄れ始める。グレイ・フォグだ。この地方特有の留まるようでいて流れてゆく霧。呑まれれば数時間は視界を奪われる。いのちの気配を隠し瞑色の混迷へと誘うようだ。そんな不確かさの中に人生のパズルを解こうとしている自分のなかの確かさ。それは、さながら渡り鳥の地磁気のようにも思われる。尋ね人こそが辿り着くべき居場所であるかのように。

 次の村まではどれくらいあるだろう。温もりを点す/黄/赤/橙/白/の家々の灯。目に浮かんで瞼は熱い。背中の妖精の羽を使えば瞬く間に踏み入れられる、明色の世界。だが身体のただ4分の1、人間の血が、それを拒む。母方から注ぎ込まれた螺旋の血が疼くように告げるのだ。ソレデハオマエノ愛ハサガセヌ、と。

 人間の愛、とは何だろう。夢みるファンタジーだけでは描かれえない、肉肉しさ。そんなドロドとした、這い蹲るような感情の絡まりが、自分の中にも潜んでいるのだろうか。閉じられた心のループを滾る波濤が悶え廻る。なんと今宵の寒さは肉に骨に幾戦ものナイフを突き立てることか。慎ましい黒い覆いマントの下、切ないほどに明るい藤いろのドレスの中には、うっとりするような求愛の詩を数多いざなう輝く肌がいじらしくある。おゝ、寒気の呻きが襲う。鋭い針のような意識が困憊(こんぱい)し、やがてすべて蒼い眠りへと落ちて…。


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