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STEP  作者: 山口ゆり
8/12

【番外編】いつもどおり、私らしく。(友紀子編)

ちょっと将太の姉、友紀子編を挟みます。

「お付き合いしましょうか?」


あー、もう、今日は飲んで帰ってやる!

腹立ち紛れにビルを出てすぐにそう叫んだら、後ろからそんな風に声がかかった。



私、柳沢友紀子29歳。都内にあるなかなか大手の手芸雑貨屋に勤めてるの。

ビルの1階から5階までがうちの雑貨屋で、そのうちの4階、メインの手芸品売り場のチーフなんぞをしてる。

ま、それも年齢的なことを考えれば当たり前なんだけどさ。

慌しく一日が終わっても、閉店時間が回るとレジの精算という難所が待ち構えている。

このご時世、社員よりバイトの方が多いじゃない。だからお金の扱いは怖いとは言えレジだって任せなきゃやってられない。

でもうちのフロアはもうこれで4日も最終精算の金額が合わなくて次長から「今度やったら処分も検討するから」なんて言い渡されてて。

それでとうとう今日、5日目にしてさらに9000円の誤差っていう最悪な結果を出しちゃったってわけ。誰よ、千円札を万札と間違えた奴はっ!

……とは言え朝から夜まで1つのレジも何人もの店員が担当するから誰がやったとか特定できないんだけど。辛いわよね。

次長には怒鳴られるわ減給にされるわで最低最悪よ。これが飲まずにいられますかっての。


そんなハリネズミ状態の私に無謀にも声をかけてきたのは高岡信武(たかおかしのぶ)くんっていう同じ部門の数少ない社員の男の子だった。

私はまだ腸を煮えくり返らせながら、勢いで「よし、行くわよ」なんて言っちゃったんだけど……。


「あー私もうダメ。ここら辺で止めとくわ」

「もうですか?」

「もうですか、って結構いったわよ?君はまだ分かんないかもしれないけどね、この年になると次の日にすごい勢いで持ち越されるんだから」

「そんな……ものすごい年いったみたいな発言して。柳沢さんまだ若いじゃないですか」

「そういう高岡くんはいくつなのよ」

「僕ですか?25ですけど」


あーやっぱり若い。将太と同い年じゃない。

私なんか若いとは言えないね。明日のことを思ったら今から頭痛がするわ……。

ごめんね同僚たち。こんな若い子掴まえて酒飲みなんかに付き合わせてて。


「どうしたんですか?」

「や、ごめんごめん。いやぁさぁ、高岡くんとうちの弟が同い年だったからあちゃー、って思ってたわけよ」

「何でですか?」

「何でって……年下の同僚、しかもオトコを掴まえてお酒飲みながら愚痴ってんのよ?それってヤバくない?」

「そうかなぁ……」


高岡くんはピンと来ない様子でグラスを口にする。

ダメだわ、この子鈍いのかもしれない。

何だか気が抜けてどうでもいいやって気になって、目の前にある梅酒ソーダ割りをちびちびすすった。


「弟さんって何してるんですか?」

「えー?バリバリの商社マン」

「ふぅん」

「ちっともそうは見えないんだけどあれで出来がいいらしくて今度NY勤務なんだって」

「すげー」

「ねー。でも困っちゃうのよね」

「何がですか?」

「え?ああ、あの子家事全般得意でさぁ、朝ご飯とか作ってくれてたからいなくなったらどうしようって思って」

「柳沢さんは?自分で作んないんですか?」

「それを言うかぁ。家庭科で1を取ったことのある私よ?自分で自分の作ったものがまず過ぎて食べられないんだから。……笑っちゃうでしょ?」


笑ってみせると高岡くんもくすりと笑った。

あー、何だかなぁ、職場の後輩、しかもオトコノコに暴露してどうするっちゅーのかしらね、私ってば。


「羨ましいなぁ」

「そうでしょう。そんな弟持つとね、台所とか立たなくなるわよホント」


高岡くんはまた笑った。

私もここまで来るともう隠すものなんて何もなくなって、日頃の鬱憤やら仕事のことやらオトコの趣味までありとあらゆるいろんなことを高岡くんにべらべら喋っていた。

彼は頷きながらもまだお酒を飲んでいた。



「おはようございます」

「高岡くん……君、元気だねぇ。あれだけ飲んで何でそんな爽やかでいられるの?」

「さぁ、何ででしょう。柳沢さんは辛そうですね、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないわよ。……とりあえず今日こそは白精算でいくからね!」

「はい」

「頼むわよ。あーいてて」


仕事が始まる前にフロアの人たちを全員集めて注意を促したのが効いたのか、それとも私の減給話が広まってるのか、その後は穏やかな日が続いた。

そして高岡くんとの飲みの回数も何だか増えていた。特に理由はないんだけどね。ただ部門が一緒なだけに帰りが一緒になりやすいのかな。

まぁ高岡くんと飲むときはすごい気楽。

元々気楽に話しかけられる存在ではあったけど、友達と違って仕事の愚痴とかも内情をよく知っているだけに同意してくれるから話しやすかったし。

でも、でもさぁ。

こんな展開になるなんて誰が予想出来た?



「柳沢さん、僕と付き合ってもらえませんか?」


いつものように、いつものバーで、いつも飲むお酒を目の前にして。

高岡くんはぶったまげ発言をかましてくれた。ほろ酔いの頭にはとんだカウンターパンチだった。

大体付き合うって、どこに?


「そんな、お決まりのギャグで流さないでくださいよ」

「だ、だって、何で?わけ分かんないし」

「え、分かるじゃないですか。僕が柳沢さんのことが好きだからです」


高岡くんがにこっと笑ってこっちを見つめてくる。

うわー、止めて止めて。そんな可愛い女の子見るような目で見るのはっ!

何だか……すんごい照れた。


「や、止めてよ何言っちゃってんの?もう……」


ぐいっとウイスキーベースのカクテルを1杯。じーんと一気に頭がくらくらする。

でもそうでもしなきゃ耐えられないのよこの空気。


「友紀子さん?」


ゆ、友紀子さんって……何でこのタイミングでそんな今までしたこともないような呼び方するのよ、もうっ。


「や、止めよ止めよ。こんな話。さ、飲もう!」


グラスの足を握る指が震えた。

だって、そうでもしないとこの動揺、隠しきれないんだもん……!

あーやだどうしよう。暑くなってきた。


「僕のこと嫌いですか?」


だーかーらー!!そうじゃなくって……そうじゃないけど、でも、……。

だって大体こんな私のどこが好きなわけ?全っ然分かんない。

頭も悪いし年の割りに女らしいこととか何にも出来ないし、料理とかめたくそ下手だし。

自分でもどうかと思うほどだよ?


「いいじゃないですか。別に天才的な女性とお付き合いしたいわけじゃないし、料理は僕が作れるし」


って何かそれもどうかと思うんだけど。


「僕はそんなことよりも、仕事中いろんな人に目を配れるところとか、ヤケ酒潰れるほど飲んで笑い上戸になったその笑顔とか、弟さんと仲がいいんだなぁとか、そういう友紀子さんに惹かれたんですから」

「……っ」


は、恥ずかしい……。高岡くんって人のことよく見てるんだね。

いろんなこと見透かされてる気がして頬がかっとなる。


「それに強がったり年上ぶったりするくせに今みたいに真っ赤になってみたり。そういうのってすごい可愛いって思うんですけど」


ぎゃー!止めて助けてもうそれ以上言わないでぇ~!!!

可愛いとか素で言われるのなんかウン十年ぶりだっつーの!


「僕のことが嫌いじゃないのなら、いつもどおりのそのままの友紀子さんでいいですから、お付き合いしてくれませんか?」


高岡くんは満面の笑みでそう言った。


「……後悔するかもよ?やっぱり若い子が良かったー、とか」

「しませんよ。年だって3つしか変わらないし」

「3つっておっきくない?それに28の女なんて付き合ったら最後、行く手には結婚が待ち構えてるんだよ?それでもいいわけ?」

「上等です。むしろそう願いたいですから」


ああ、ダメだ。降参。白旗。陥落。

ここまで言われたら頷くしかないじゃないの。

よくよく見れば結構好みの顔だし、話は経験上合うって分かってるし、こんな私でいいっていう男をここで逃がしたらもう手遅れかもよ、友紀子。

告白されるのだってこれが最後かもよ?(うえー、それはそれで虚しい……)

私にとってみたらすごいいい話じゃない、もしかして、もしかしたら。


「分かった。その代わり『気が変わった』はナシだからね?信武くん」

「はい」

「付き合ったからって何にも変わらないんだから。私は私らしくこれからも突っ走るわよ!」


そう言って私は自分のグラスを彼のグラスにかちりと当ててみせた。

どう?見たか将太!あんたたちが25年もうだうだやってる間に2週間で何とかなっちゃったわよ、お姉さまは!!

悔しかったらめぐちゃんに告白でもしてみたらどうなの?

ほんっと、NYとか行ってる場合じゃないんだからね。



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