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STEP  作者: 山口ゆり
5/12

pm10:00、路地曲がって右

「将太、どうした?」

「いや、別に?」

「そっか。……お、もっと飲め。久しぶりの参加なんだから」

「おー」


並々と注がれるそれに口を付ける。飲み下す前に口の中でごろごろと回した。

ちらりと目をやると、未だに埋まらない端の席。

声を掛けられてそこから目線が外れると同時に、口の中で温くなった酒をごくりと飲んだ。


―――めぐが来ない。


クリスマスだろうが何だろうが仕事に忙殺されていた俺。

それでも世の中には同じような境遇の奴らもいるもんで、いつものメンバーの半分がこうしてイブの夜に集まっている。

「メシ」と言えばこのメンバー。

高校を卒業して10年経つ今でも変わらないのが可笑しかった。

不思議なもんで、社会人になってどれだけ親しくなった奴もこいつらには敵わない。

同じように勉強して、汗かいて、メシを食って過ごしたからだろうか。

お互いもうバラバラの道に別れたはずなのに、こうして集い合えばあっという間に10年前にタイムスリップする。

女子連中も魔法としか思えないほどの化粧をしていても、同じテーブル囲んで1時間もすれば三つ編みをわざとほどいてパーマ風に見せかけ、不必要なまでに短くすることに執念を燃やしていたスカート姿のあの頃と同じ顔をしている。

隣に座る有田だってそうだ。あの頃は丸刈りに眼鏡だったくせに、今はムースかなんかでふわふわにした茶色い髪にコンタクトで別人のようだが、笑うと必ず人のことを叩くところなんて高校時代のままだった。

俺もそうなのかもしれない。スーツを着て外国相手に仕事をしていたって、結局根は野球ばっかやってたあの頃と何も変わっていないのかも。

でも何となくそれが嬉しい。だから気の置けないこいつらと飲むのはとても楽しかった。

……それはめぐも一緒で。

係長になってからますます参加できなくなってきた俺とは裏腹に、出席率100%のめぐ。

酔うとべろべろになるから厄介なんだけど、当の本人はただ酒が好きで、仲間といるのが好きで、笑っているのが大好きで。

だから今日も参加することは間違いないのだけれど。

いない。まだ来ていない。

俺はまた端の席の紫の座布団を見た。


めぐは今日が幼稚園の終業式だからと、仕事から上がったら職場の先生たちとクリスマスパーティーをすることになっていたらしい。

けれどめぐはこっちの集まりのことも知っていて、「絶対行くから席とっといてね!」と言い張った。

分かった、伝えとく。そう苦笑いをしたっけ。

そして俺は会社から真っ直ぐここに来た。

9時を過ぎるまではまぁ仕事終わりにパーティーしようって言うんだからまだ来ないだろうと思っていたけれど、9時半過ぎても何も連絡がない。

もうすぐ10時になろうとしているけれど、めぐは何の連絡もよこして来なかった。

パーティーが長引くにしてもこっちに来る気があるならとっくに連絡くらいよこしたっていいはずなのに。

もしかして具合でも悪くなったか?……そういや昨日咳してたな。

でも・・・もしや迷ったか?……それはあり得る。

あいつは筋金入りの方向音痴だし、あのボケ具合からして1人でここに辿り着くのは不可能に近いよな。

俺はいつの間にかテーブルの下で握り締めていた携帯を、見つめた。


鳴らない。鳴らない。鳴らない。

10分前にメールしたけど何の返事もない。

その間にも仲間たちは笑って飲んで、いろいろくだらない話なんかをして俺にも振られたけど、俺は一向にそれに身が入らなかった。

9:55。

仕方ない。これじゃせっかくの酒がゆっくり味わえやしない。

俺は仲間たちに断って席を立った。



“もしもし?”


俺は居酒屋の狭い通路の端で壁に手をかけて携帯を耳に当てた。

その声を聞いたら、聞き慣れてるはずなのにやたらとホッとした。


「めぐ?お前今どこ?こっち来るのか?」

“将ちゃーん……”


弱々しく心細そうに俺を呼ぶ声。今まで何度この声を聞いてきたことか。

俺は心の中で確信した。


めぐは迷った、と。


「おい、今どこにいるか分かるか?」

“うー……分かんない……。地下鉄降りて歩いて、それで……”

「あーもういいよ、今右に何が見える?」

“ポスト”


……じゃなくて!

それじゃどこか検討もつかねーって。

でも腹を立てたらアウトだ。ますますめぐは混乱する。これは経験者は語る、だ。


「じゃあ左側は?」

“……交差点”


よし!

心の中でガッツポーズをする。これでひと安心だ。


「そしたらな、その交差点まで出て、信号の横でタクシーが来るのを待ってろ」

“うん、分かった”

「それでタクシー捕まえたらもう1回電話しろ。な?」

“うん”


フリップを閉じると、俺は深呼吸をした。

とにかく良かった。

今日は早い段階で食い止められた。これが10時過ぎてから電話してたら大変だったな。

そう思ったら思わず溜め息が出た。


「将太ー、めぐ来るって?」


座敷から声がする。

俺はもう来ると返事をして、下駄箱から靴を取り出した。


いきなり手の中の携帯がぶるると震える。

俺はすぐに出た。


「めぐ?」

“将ちゃんっ。今乗ったよ、タクシー”

「よし」

”将ちゃん……ごめんね、ごめんね”


予想通り泣きそうな声をして謝るめぐ。

溜め息をつきたくなるのを堪えて言葉を繋いだ。


「いいよ。とにかく桜野銀行本店前のとこまで来てもらって」

“うん”


電話の向こう側でめぐが行き先を告げるのが小さく聞こえる。

銀行が見えたらもう1回電話するように伝えて切った。

そのまま店の外に出る。気付けばホワイトクリスマスだった。


30分後。携帯が鳴る。

銀行とこことは目と鼻の先だ。めぐをタクシーから降ろして、大通り沿いに歩いて来るように伝えた。

きっと今めぐはこれで合ってるかともの凄い不安になってるだろうな。

小さく笑みが零れた。

予想通りだろうなと思って笑う。

店の向かいにある別の飲み屋ガラスの自動ドアに、小さなリースが飾ってあった。

午後10時のクリスマスイブ。街はこんな細い路地にも恋人しか歩いていなかった。


「今どこ?」

“ピザ屋さんのところ”

「じゃ、そこを左に曲がって」

“うん”

「で、すぐある斜めの路地を右に曲がって」

“うん”


空気がキンと張るような感じがした。

そうだ、上着着てくりゃ良かった。今更ながら寒さが身に染みる。


“右に曲がって?”

「曲がったらすぐ……」


空いた方の手で片腕をさする。早く来い。

曲がってくる小さな影が見えた。めぐだ。


“俺がいるから”


俺がそう言ったのとめぐが俺を見つけたのはおそらく同時だった。




「将ちゃん……っ!!」


真っ直ぐに飼い主に向かって走ってくる犬みたいにめぐが突進してきた。

そして……抱き付かれた。

冷たい身体。上がる息。


「うえーん、将ちゃーん!着いたー!」


ぎゅっとしがみ付かれる。

いつも通りかつ予想通りのめぐを見てホッとしたら何だか笑いが込み上げてきた。

ぽんぽん、と泣いてる子供をあやすように背中を叩いてやる。

けれど、ふと目を上げてハッとした。

道 に い た 人 た ち 全 員 が 俺 た ち を 見 て い る 。

ぎょっとして俺は未だにしがみ付くめぐを剥がした。


「しょーうちゃーん♪」


背筋をつーと冷たいものが流れた。

ロボットのように背後を見ると、座敷で飲んでたはずの奴らが全員俺たちを見ていた。

みんな意味ありげな笑みを浮かべて。


「まるでトレンディドラマを見てるようだったわー」

「しょうちゃんかっくいー☆」

「将太ってばめぐが来ないからそわそわしてたもんね。良かったね」

「う、うるせぇ……!」


かっと一気に寒さがどこかへ吹っ飛ぶ。

めぐはきょとんとした顔で俺とあいつらを見ていた。


「大体何で出てきてんだよみんなしてっ!」

「だって時間来ちゃったんだよ」

「それにこんなに面白いもん見なきゃ損だろ」


お前ら……!

奴らは平然とそんな俺の睨みを受け流して互いの勝利を讃え合っている。

だからっ、俺とめぐは……!!


「じゃあ俺たち次行くけどー」

「めぐもおいで」

「うんっ!」


仲のいい成沢に呼ばれてひょこひょことその後を付いていくめぐ。


「将ちゃん、早くー」

「しょうちゃん、はやくー♪」


しきりにめぐの真似をする悪酔いした酔っ払いども。

これのどこが聖なる夜だチクショウ。世界中で1番可哀想な男だこれじゃ。

俺は地よりも深い溜め息を零した。



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