踏んだり蹴ったり
「将ちゃ……ん」
「はいはい」
よっこいしょっ、と。
年の瀬も押し迫った12月。
俺はいつもどおり背中に酔い潰れためぐを乗せて家路に着いていた。
高校時代の同級生たちは、俺たちがいつくっ付くかという極めて余計なお世話なテーマで賭けをしている。
だから最近こういう飲み会が多いし、めぐが誘われることも多い。
俺は早い時間には上がれないので参加することは稀だが、それでもいつだって最後は今日みたいに呼び出しがかかりめぐを連れて帰らされるんだ。
いくら俺たちだって、毎回こうしてればどっかで踏み切るだろう。それがあいつらの見解だった。
……本当に余計なお世話だ。
はっきり言ってその方が発展させづらいんだよ!
そんな叫びが誰にも明かすこともないまま俺の心の中で繰り返されていた。
「ほらめぐ、家着いたぞ」
家の前に着いたからめぐを起こしてやる。
「んー……」
「起きろ。俺の背中を寝床にするんじゃない」
「……」
俺はチャイムを押した。
玄関先は電気が付いていない。珍しいな。
しばらくしてもドアの中にさえ電気が付かない。
いつもだったらすぐにおばさんが「いつもいつもごめんね、将ちゃん」と言ってドアを開けるのに。
「おいめぐ、おばさんたちいないのか?」
「んー」
はぁ。
いないならいないで最初から言えよ。
きっと町内会の忘年会かなんかだろう。おじさんとおばさん揃って役員やってたもんな。
「かばん開けるぞ。鍵出すからな」
「……」
背中にめぐを乗せたままその手からかばんを取る。
眠っているとは言え、ちゃんと確認したからな。そう心の中で言ってかばんを開ける。
暗い玄関先でごそごそと鍵を探す。見つからない。
ああもうっ、とっとと出て来い!鍵!
「めぐ、鍵どこしまった?」
「……なくしたー」
「はっ?!」
「なくしたのー」
ありえない。
つくづく思うけどホントこいつ社会人か?っつーか俺と同い年か?
俺は探すことを諦めた。
ずり落ちそうなめぐをもう1度抱え直して溜め息をついた。
*
「母さん、めぐんちおじさんたちいないみたいだから連れてきた」
「ああ、石原さんとこ昨日から温泉だもんね」
温泉かよ。
パタパタと居間の方から母さんが出てきた。背中のめぐを覗き込む。
「あらあらめぐちゃん寝ちゃってるの?」
「ああ、ちょっと飲みすぎみたい」
「お布団に寝かせてあげなさいね」
「ああ」
……って何でこうなるんだ?
俺は2階の自分の部屋で頭を抱えた。
「幼馴染だから」と当たり前のように俺に担がれたまま俺の部屋に入れられてベッドに寝かされためぐ。
母さん、これってどうかと思うよ。だってこの布団は俺が毎日寝てるやつだしさ、そりゃあ寝心地はいいけどめぐはこれでも女だし。
やっぱりダメだと思う。
そう言ったら母さんは笑顔で言った。「じゃあどこに寝かせるの?」
こ、怖えぇ。母さんと言い姉貴と言い、年々恐ろしくなっていると思うのは俺だけか?
それでこうしてここですやすやと眠っているめぐ。
まるでここでこうしていることが日常のようだ。
溜め息をつく。
まったく、どんな夢を見ているのやら。
すでに緩めていたネクタイを取り去ると、ベッドの傍らにしゃがみこんでめぐを見た。
本当によく寝てるよなぁ。まるでこいつの父親にでもなった気分になる。
ぼーっと頬杖を付いたまま空いた手で目にかかっていた長めの前髪をゆっくりと横に流してやろうとして手を伸ばした、その時。
「将太ーおかえりちょっとパソコン貸して……ってギャー何やってんのあんたっ!めぐちゃん襲うなぁ!!」
「げぇっ姉貴!な、これは違っ」
「どう違うって言うの!説明なさい!お母さーんっ!ちょっと来てぇ!!」
「ちょ、ちょっと待てってば姉貴!これには深いわけがっ」
―――数分後。
「あははははっ!それでめぐちゃんここに寝かせるしかなかったってわけ?」
「……」
腹を抱えて大笑いの姉貴。ムッとする。
そんな気も知らず姉貴はひーひー苦しがっている。
「うるせぇよ。何時だと思ってんだ静かにしろ」
「将太相変わらず親父だねぇ。そんなこと言ってるからそうやって友達にまでからかわれるんだってば。あーお腹痛い……」
目尻にちょちょ切れた涙を拭い、もう一方の手で腹をさすっている姉貴。わが姉ながら何とも言えない。
からかってるのはあんたも同じだろーが、と思わず溜め息をついた。
はぁ、俺って溜め息魔だよなホント。幸せ逃げまくってたらどうしよ。
「まぁでもめぐちゃんいかにも無垢って感じで可愛いしね。むらむらっときちゃう気持ちは分からなくもないけど」
「むっ……?!何言ってんだ姉貴っ」
「あははー顔が赤いよ“将ちゃん”♪」
「あーもううるさいっ!用がないなら出てけよっ」
「パソコン貸してって言ったじゃない。借りるよー」
姉貴と喋ると疲れる。今日も見事に疲れた。
姉貴がパソコンに向かったのでやっと静かになり、スーツ姿だったことに気付いて着替えに外に出た。
いくらあんな姉貴と眠ったままの幼馴染とは言え、女だもんな。
もしや俺って女難の相があるとか?!うぇぇ。
スウェットのトレーナーをかぶりながらそんなことを思ったりした、とある夜。
まったく踏んだり蹴ったりだよな、俺の人生って。
深い深い溜め息が暗い廊下に静かに消えていった。