Ready, go?
あれからもう6日が経とうとしている。
俺はと言えば、NYに住んでいること、そして明日には帰ることがまるで別世界の話のように、家でこき使われて過ごしていた。俺はどんな下僕なんだって話だよ。
家族が久しぶりだと言って喜んだのは初日だけだった。
俺だって仕事で帰ってきたのに、「やっぱり将太がいると楽」という女たちの絶対的権力により炊事洗濯をほぼ強制的にさせられる始末。
まぁこう見えて家事は嫌いじゃないし、苦手でもないからいいんだけどさ。俺がいない間はどんな暮らしをしてたんだ、とか思うじゃないか、まったく。
それに、めぐとも何もない。
あの日以来アイツを連れて帰ってくるなんてことはなかったし、毎日俺より帰りが早いくらいだった。
いつも通りに両家の飯時を過ぎた辺りにうちに来て、母さんや姉貴とぺちゃくちゃ喋りながらTV観たりしている。
俺はその横で父さんと晩酌。
そんな、NYに行くまでの20年近くそこにあった生活が穏やかに続いているというわけだ。
でも、だ。
現実的に考えても、俺は明日NYに戻る。
今度はいつこうして帰って来られるかなんて自分じゃ分からない。
新城のこともある。
思ってた以上にアイツ、めぐに言い寄ってたし。
そのはずなのに。
酒をすすりながら盗み見ためぐは、まったくそんなことなんて考えたこともないような顔をして笑っている。
胸いっぱいに息を吸って、ため息にしないように鼻から勢いよく吐く。
何だかなー、いつだって俺ばかりこんなことでもやもやして。
TVから漏れる甲高い笑い声にますます気が滅入った。
これ以上そこにいたくなくて、俺は荷作りのために部屋に戻った。
*
分かってるんだ。はっきり言えばいい。
でも、こんなどろどろ混じり合った俺の気持ちを突然知ったら、めぐはどう受け止めるだろう。
もしかして受け止められないかもしれないな。
それに、俺の気持ちはそこまで確かなのか。
そう思うと、あんなに近くにいるのに何も言うことは出来なかった。
元々荷作りって言ったってそれほど長期の滞在でもあるまいし、俺の部屋はそのままにしてくれてたから(面倒で何も手をつけてないというのが正しいか。)ちょっと纏めてしまえば終わる。
トランクを閉じると、無意識にため息が零れた。
「あー」
どすん、とベッドに倒れ込む。天井の木目。目をつぶる。
俺、何やってんだか。
このまま寝てしまおうと思った瞬間に、ドアがノックされた。
「将ちゃん」
「何か用か?」
開けられたドアの向こうに立っていたのはめぐだった。
その心持ち所在無げにたたずむ姿を見て、俺は部屋に招き入れた。
「ううん、別に用はないよ」
「ふーん」
「眠いの?」
「いや、もうやることないから寝ようかと思ってただけ」
「そっか」
めぐはベッド際まで来て、そこに腰を下ろした。
そこら辺に置かれていたクッションを膝の上に抱えて。
「なぁめぐ、」
「ん?」
「俺たちってさ、何なんだろうな」
「え?」
「いや、……何でもない」
ぼーっと本棚の方を見ている横顔に問いかけた。
けれど、その耳まで届くことのなかった問いかけ。
俺はもう1回小さくため息をついた。
「やっぱもう寝るわ。明日早いし」
「あ、そうだね。明日はちゃんとお見送り行くからねっ」
こっちに顔の向きを変えて、にっこり笑うめぐ。
俺はしょうがねぇなぁって気持ちになる。
いつもそうだ。
バカみたいだけどさ、この思いが俺の一人相撲だろうが、別にいいやって気にさせる顔。
見慣れた、ふにゃっとした顔。
だってこれがめぐなんだもんなぁ。
俺がNY行こうが、変わるわけないんだから。
俺も笑い返す。
「お前起きられんのかよ」
「起きられるよっ」
「やだぞ、自分の見送りのためにお前起こしに行くのなんか」
「起きられるもん!大丈夫だよ!目覚まし2コかけるから!」
「2コだぁ?4つくらいにしろよ、じゃなきゃ絶対無理」
「よ、4つもいらないよっ」
無邪気だなぁ。
からかう俺に真面目に返すめぐ。
その必死さが笑いを誘う。
「じゃあめぐも早く寝ろ」
「うん、そうだね、分かった。じゃあね、将ちゃんおやすみ」
「おやすみ」
その日は、結局外が白んでくるまで眠ることが出来なかった。




